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9 奴が再び現れた


 しょぼくれて俯いていた顔を上げるとそこには……。


 お婆さんが立っていた。




 俺と同じように村人のような服装をし、少し背を丸め手を後ろに組んだお婆さんだ。


「え? ああ。とりあえずかけて下さい」


 と椅子を勧める。


「邪魔するよ」


「あの、お子さんかお孫さんの付き添いですか?」


 元の世界でもうちの面接に母親が付き添いで来た剛の者はいたし、その類だろうか。


「アタシがアンタのパーティーに参加したいんだ」


「え?」


「ないだい、駄目なのかい?」


「いえ、そうではなくてですね。もう少し詳しくお話を伺ってもいいですか?」


 確かに高齢の冒険者もいるだろう。



 でも、それにしたって高齢すぎる気がする。


 とにかく話を聞けば疑問も解消できるだろう。


 そう思い、色々話を聞いてみて大体のことは把握できた。



 なぜ、俺の募集に来たのかは以下のような理由だった。



 ご主人が亡くなり、息子夫婦の世話になるのが嫌で冒険者に戻った。


 以前は冒険者をしていたのでレベルとランクは十分高い。


 実力は上級や中級でも申し分ないそうだが年齢で断られる。


 年齢差からくるコミュニケーションのとり辛さや怪我や事故を心配して断られるようだ。



 そのため片っ端から募集に声をかけたらしい。


 だがそれも全部不発に終わり、最後に俺の募集を見つけた。


 昔の勘を取り戻すのにも丁度いいと思い、参加を希望したとのことだった。



(これは……どうしたものか)


 多分断られているのは実力のあるなしより、本当に心配されているのだろう。



 そしてそんな心配されて全員から断られるようなお婆さんしか俺の募集に希望者が来なかった。


 つまり、俺の募集はこのお婆さんを引き入れない限り、参加希望者はいないということだ。


 だが、俺もお婆さんが心配だ。


 いくら初級とはいえ大丈夫だろうか。



「あの失礼ですがおいくつですか?」


「女に歳を聞くんじゃないよ!」


(そうなりますよね)


 そしてこのお婆さん、結構気が強い。



 普通に高齢だから無理せず息子夫婦のところに行きなよ、とか言っても逆に反発して一人でダンジョンへ行きかねない。


 他の募集には断られているそうだし、ここが最後の砦なのだろう。


 レベルやランクは高いらしいし、中級とか上級に一人で行ったら俺は何も出来ない。



 ここは考え方を変えてパーティーではなく、護衛任務と捉えてみたらどうだろうか。


 三日間このお婆さんと初心者用ダンジョンを一緒に回って護衛する。


 高齢でダンジョンを攻略するのは難しいと身をもって知ってもらえばお婆さんも諦めがつくだろう。


(よし、それでいこう)


 俺は自分の考えに心の中で頷く。


「わかりました。パーティー参加を許可します。ただし参加希望があったのがあなた一人なので二人パーティーになりますが構いませんか?」


「構わないよ。アタシはオリンだ。よろしく頼む」


「俺はケンタです。三日間よろしくお願いします。では早速明日からダンジョンに入りましょう。集合時刻と場所は…………」


 俺はオリンさんと簡単な打ち合わせを終え、受付で契約処理を済ませた。


 手続きを終えて外に出ると夕方だった。さすがに今からダンジョンに行っても大したこともできないので市場で買い物して宿に帰ることにする。


「なんか変なことになっちゃったなぁ」


 しかし、考えようによっては経験豊富な人とパーティーを組めるいい機会だ。


 何か役立つ知識が手に入るかもしれない。



「まあ、なんとかなるだろう」


 俺はそんなことを考えながら魔道コンロの火をつける。


 そしてその上に金網を置いた。



「景気づけに今日はこれを焼くぜ」


 今日の獲物は椎茸だ。


 肉厚で食い応えのあるサイズを市場で見つけてきたのだ。


 金網に軽く油を塗り、無造作に椎茸を置いていく。軽く焼き目が付いてきたら傘の内側が上にくるようにしてその中に醤油をたらす。


「塩も捨てがたいが今日は醤油で行こう」


 椎茸が焼けるのを鼻歌交じりに見守る。


(そういえば今朝はステータスチェックをしていなかったな)


 椎茸が食べごろになるのをじっと待ちながらそんなことを思い出す。



 毎朝欠かさずステータスはチェックしていたが、昨日の一件が尾を引いてチェックするのを忘れていたのだ。


(ちょっとチェックしてみるか)


 そう思い、早速ステータスを開いてみる。


 狩人スキル (MAX)


 LV1 短刀術

 LV2 弓術

 LV3 聞き耳

 LV4 暗視

 LV5 気配察知 (広範囲に生き物の気配や敵意を察知できる)


「おお! 上がったか!」


 LV5は【気配察知】というスキルらしい。


 早速どんな感じで察知できるのか試してみる。


【気配察知】を使用すると、目を閉じた上から光を感じるような感覚で気配を周囲から複数感じることができた。歯医者で目を閉じても光を感じたことを思い出す。 


 目を開けたままだと気配を感じ取りにくいが、やってできないことはない。


 この辺りも慣れが必要になってくるのだろう。


 俺は再び目を閉じ、スキルの感覚を掴もうとする。


「おお〜こんな感じなのね」


 集中すると距離感もかなり正確に把握できる。


 この感覚をたよりにすると、丁度近くに人の気配があることが分かった。


 どの位近くかというと一メートル以内に一人いる。




「……え?」




 いくらなんでも近すぎる。



 ……しかも丁度正面からその気配を感じることができる。



「…………ぇ?」



 気配は全く動かず、じっとしていた。


 驚いた俺は目を開ける。するといい具合の焼き色になった椎茸と目が合った。


 俺は椎茸から目を離し、恐る恐る気配がする方向に顔を向けるとそこには…………。



 キッチンの窓から虚ろな目で顔半分を覗かせている赤い髪の男がいた。



「ヒ、ヒイィィィ!」


 俺は思わず絹を裂くような声で悲鳴を上げてしまう。



「……また美味しそうなもの食べてますね」


 男はじっと椎茸を見つめ、かすれた声で言ってくる。


(怖い怖い怖い。怖いって)


 怯えきる俺。


「うおいっ! もういいから入れよ! 覗き方が堂に入ってて怖いんだよ!」


「……失礼ですね。でも、お邪魔します」


 そう言うと男はここが定位置ですと言わんばかりに、前回と同じところに座る。



「どうせ、俺の粗野な味付けの椎茸食いに来たんだろ!?」


「……その通りです。ちょっと分けて下さい。お金は払いますんで」


「いらねーつってんだろ!」


 そこで俺は少し考えた。



「これ全部やるから俺が食う分をお前が焼いてみろよ」


「……え?」


「こんなもん誰が作っても同じ味になるに決まってるんだよ! それを散々、人を馬鹿にしたようなこと言いやがって……。悔しかったらその上手すぎる腕を披露してみろってんだ」



 こんなもの椎茸に醤油かけて焼いただけだ。


 これで味に差がでるとかありえない。


 どうせこいつは俺の適当な料理をバカにしたいだけなんだろう。



「普段なら断るところですが、ご馳走になってますしいいですよ」


 そう言うと男は席を立ち、キッチンへ移動した。


「お、おう」


「あ、それは僕の分なので食べないで下さいね。すぐできますんで」


「食わねえよ!」


 ……数分後。


「できましたよ〜。じゃあ食べましょうか。あと、お酒あります?」


「あるよ!」


 ちょっと切れ気味に酒を出す。


「じゃあ、いただきます」


 そう言うと男は前回と同じように黙々と食べ出した。


 俺はそんな男を尻目に出された椎茸を見る。


 確かに俺の作ったのよりは綺麗に焼かれている。


 俺のは火加減が適当だったためについた焦げ目だが、これは計算されてつけられ色味を楽しむような感じだ。


 後、ちょっと切り目なんかが入って洒落た感じにしてあった。



 ……なんか思ってたのと違う。


 俺はゴクリと口の中の唾液を飲み込んだ後、椎茸を口に運ぶ。


「うっま!」


 条件反射で声が出てしまった。


(なんだこれは……)


 これは料理だ。



 俺のはただ焼いただけだが、これはれっきとした高級料理だ。


 材料も使った道具も同じなのに、これ程の違いがでるとは思いもよらなかった。


 あまりの動揺に、金縛りにあったように動けなくなる。



「でしょ? 上手すぎるんですよね〜。僕はもっと雑な味が食べたいのですがどうもうまくいかなくて」


「いかなくていいだろ!? 何わけのわからないこと言ってるんだ! うまけりゃいいだろ! こっちは作りたくても焼くぐらいしかまともにできないんだぞ!?」


「…………人それぞれなんですよ」


 そう言う男の目はいつにも増してどこを見ているかわからなかった。


 嫉妬マックスの俺は残りの椎茸を腹いせに食う。


「じゃあ、帰ります。どうもごちそうさま」


 男は食べ終わるとすっと消えていなくなるように帰って行った。


「なんなんだあいつは……」


 俺は高級料理になった椎茸に舌鼓を打ちながら一人呟いた。


 …………


 翌朝、俺はオリンお婆さんと待ち合わせのため、ギルド前にいた。



 オリンってやっぱり漢字で当てるとお燐とかなんだろうか。


 そんなことを考えていると丁度正面からオリンお婆さんがやってきた。


「待たせたね」


「いえ、俺も今来たところです」


 デートの待ち合わせのような受け答えをした後、お互いに沈黙が生まれる……。



 オリンお婆さんの姿は昨日の村人のような格好から一転して、どこから見ても冒険者とわかるしっかりした装備に変貌していた。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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