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21 一方その頃ドンナはⅡ 3-2

 

「クソッ」


 ドンナが悪態をつく間も件の車両は走行を続け、四人の眼前まで辿り着く。


 二台の黒塗りの装甲車はドンナ達の前で停車すると前方の車両の扉が開き、一人の男が降りてきた。



 男は黒髪に黒服。更に黒服の上から黒いトレンチコートのようなものを羽織っており、全身黒ずくめ。


 背には長い刀を一本差していた。


 そんな全身黒ずくめの男は顔の下半分を覆うような金属のフェイスガードをつけているせいで鼻と口が隠されており、表情が非常に読み取りにくかった。



「捜したぞ」


 フェイスガードに遮られてくぐもった声が黒ずくめの男から聞こえてくる。


「やあ! こっちも捜してたんだ」


 ラクルは自分達の馬車が炎上している事など忘れたかのように、捜していた人物に会えて良かったといわんばかりに明るく返す。


「なら話が早い。おい、女どもは殺せ。お前はさっさとこちらへ来い」


 フェイスガードの男はラクルの言葉に目を細めると、背後の車両に指示を出す。


 するとその言葉を待っていたかのように、軍服を纏った男たちが車外へと飛び降りてくる。



 男たちは素早く四人の周りを包囲してしまった。


「ちょっと! 何言ってるのさ!」


 話が通じないままに事が進んで行くことに苛立ったのかラクルが声を荒らげる。


「黙ってこちらに来い」


 フェイスガードの男はラクルの言葉など意に介さず、軽く顎をしゃくってこちらへ来いと言う。



 が、ラクルは機嫌が悪くなったのか、頬を膨らませ小刻みに震えながらフェイスガードの男を睨んで微動だにしなかった。


 そして、溜まっていたものを吐き出すかのように叫び出す。



「こっちは君達があんまりしつこいから、もう一度依頼を受ける変わりにそれで縁を切りたいと思ってたんだけど、皆をどうこうしようとするのはだめだよ! 特にあの子は経過を見たいんだから、絶対駄目なんだからね!」


 ラクルは言いたいことを言い終えたのか、肩で息をしつつプルプルと震えながら、フェイスガードの男を睨み返していた。


「お前の要求は何ものまない。黙ってこちらの指示に従え」


「なんだと〜!」


 ラクルは頑張って交渉へと持ち込もうとしているようだったが、フェイスガードの男が取り合う様子は無かった。むしろフェイスガードの男のあまりに素っ気無い態度にラクルの方が取り乱す始末。


(チッ、人数が多いな……)


 そんなかんばしくない状況を見て、ドンナは心中で毒づく。


 このまま最悪の結果を招いたとしても、ラクルは連れ去られるだけで命を取られる事はない。



 が、その場合メイディアナとエルザの命はない。


 当然自分の命もだ。



 そうなると全員無事にこの場を移動するには抵抗するしかないという話になってくる。


 だが相手の数が多すぎる。ざっと見回しただけでも、三十人は優に超えている状態だ。



 一人で暴れるだけならなんとでもなりそうだが、護衛対象をほったらかしてそんな事をするわけにもいかない。ましてや護るべき対象が三人ともなると、ドンナにはどうすればいいのかさっぱり見当がつかなかった。


「こちらも急いでいるんだ。あまり駄々をこねないで頂きたい」


 フェイスガードの男は呆れた様子で声を紡ぎなら肩をすくめて見せた。


 その動作が合図となっていたのか、ドンナ達を囲む男たちが包囲を狭めてじわじわと接近をはじめる。



「きゃあ!」


 周囲を見渡したエルザは無表情で距離を詰めてくる軍服の男たちに恐怖したのか悲鳴を上げる。


「大丈夫ですよ」


 そんな混乱するエルザを落ち着かせようとメイディアナが優しく抱きとめ、髪を撫でる。


「……メイディアナさん」


 エルザはメイディアナの胸に顔をうずめながら必死に恐怖に抗おうと震えていた。


 そんな二人の様子を見ながらドンナはラクルの方へ視線を向ける。


「おいおい、こんな奴らとお話ししたくて捜しまわってたのか?」


 ラクルが捜していた連中のあまりの行儀の悪さにドンナは閉口する。


 このまま向こうのいいようにさせていれば、こちらの被害は甚大。


 これでは何のために捜しまわっていたのか意味が分からない。


「前はもうちょっと融通が効く感じだったんだよ。というか、この強引さは何か切羽詰ってる感じがするんだけどな……」


 口調の端々に苛立ちを垣間見せたラクルは親指の爪をかみながら眉根を寄せる。


「そいつは残念だったな。とにかく、いくら私でもこの人数相手に護衛しながら戦うのは無理だぞ……」


 軍服の男たちが包囲を狭める中、ドンナ達は自然と背を重ねるようにして密集してしまう。


 気が付けばあまりに近づきすぎたために、互いに互いの動きを封じるような形となってしまっていた。


「死ね……」


 こちらが身動きできなくなった瞬間を狙うにようにして、フェイスガードの男がドンナに向けて何かを投擲した。目を凝らせばそれが棒手裏剣だという事が分かる。


「フン、この間騙した事を根に持ってるのか?」


 自分の額に狙いが定められて投擲された棒手裏剣を難なく受け止めたドンナは口角を吊り上げながらフェイスガードの男に尋ねる。



 ドンナは眼前に立つフェイスガードの男とは初対面ではなかった。


 以前、シュッラーノ国で行動中に遭遇し、ケンタの居場所と引き換えに情報交換をしたことがあったのだ。その際、ドンナはフェイスガードの男に誤情報を掴ませた。



 なぜなら提供を求められた情報がラクルの所在だったためだ。


 護衛対象である雇用主の情報を明かすわけにはいかなかったがケンタの居場所が知りたかったドンナは、ラクルを守りつつ必要な情報を得るために意図してフェイスガードの男を騙したのである。


 そんな当時の事を根に持っているのかとニヤリと尋ねる。


 しかし、フェイスガードの男から返ってきたものは味気ないほど簡素なものだった。


「邪魔なものは消す」


 平坦な表情で短い言葉を紡ぎ、背にある大太刀の柄を握って構えを取るフェイスガードの男。


「こっちはお前に聞きたいことがあるんだ。ちょっと話し相手になってくれよ」


 フェイスガードの男の動作に応えるように構えを取るドンナ。


 この男がこの場に現れた理由はラクルであり、ドンナに興味はないのだろう。



 だが、ドンナとしては眼前の男から再度ケンタの情報や、島で偶然戦うこととなった縫い傷の男の情報が欲しいところ。以前も何故かケンタの情報を知っていたし、今回も何かしら知っていてもおかしくはない。


 その辺りを確かめるためにも時間をかけてたっぷりとお話ししたいところである。


「子供は傷付けるな。他は構わん、殺れ」


 しかし、フェイスガードの男はドンナに構わず包囲を完成させた軍服の男たちへと指示を飛ばす。


 男の号令を受けた兵士たちは剣を抜いてゆっくりと動き出した。


(あいつは見るからに手ごわそうだし、適当にその辺のを摘まんでおくか……)


 ドンナはフェイスガードの男が兵士たちに指示を出していることから一番の実力者なのだろうと考えた。そのため、一旦男のことは無視し、威嚇目的に適当に兵士を屠ろうと飛び出す。


「ラアアアアアッ!」


 勢いよく飛び出したドンナは【鉄拳】を、発動して赤黒く染まった拳を近づきつつあった兵士の一人へ繰り出す。力任せに繰り出した拳は兵士の顔面を捉え、陥没させる。


 更にそこから全身を回転させ、裏拳を放つ。


「ヒ、ヒィ!」


 ドンナの接近に怯えた兵士が剣を突き出し、身構える。


「無駄だああああああああッッッ!!!」


 しかし、ドンナが放った裏拳は構えた兵士の剣を易々と砕き、そのまま相手の胸部へ深々とめり込んだ。


「グハァッ!?」


 胸部を砕かれた兵士は溜まらず血を吐き、よろよろと崩れ落ちる。


 ――一瞬で二人を瞬殺。


 ドンナの攻撃に目を丸くした兵士たちに動揺が伝播し、声にならないざわめきが辺りに満ちる。途端、包囲に緊張が生まれ、進行が一時停止する。


「ん、どうした? 次は誰だ?」


 二人を屠ったドンナは素早く元居た場所へとバックステップで戻ると、構えを正して手招きする。



 だがそれは余裕の台詞、というわけではなかった。


 単に相手を挑発して踏み留まらせただけと言った方が正しかった。ドンナの実力ならばこのまま暴れまわって数を減らしていく事もできるが、それをすればラクル達を守ることができない。



 現状で奇襲気味に倒せるのは二人が限界。これ以上動き回ればそれだけラクル達に危険が及んでしまう。今のドンナにできることは最早何もなく、完全な手詰まり状態となっていた。


 今の発言もそれを隠すための苦肉の挑発であったのだ。



(さて、どうしたもんだろうね……)


 包囲された状況でじっとりと額に汗を滲ませるドンナ。



「僕達を守るのはメイディアナにやらせる。だから君はさっさとそいつらを倒しちゃって! メイディアナ、頼んだよ」

「かしこまりました」


 と、ここで背後からラクルの声とそれに反応したメイディアナの返事が聞こえてくる。



 それは護衛はメイディアナが務め、ドンナは好きに暴れればいいというもの。


 二人のやり取りを聞く限りメイディアナもそれで問題ないらしく、簡素な肯定の言葉を返していた。そのことを裏付けるようにメイディアナがドンナの隣へと移動してくる。



「分かったよ。早く倒せばいいんだろ」


 ラクルの言葉に眼前の敵を手早く片付けることを決意したドンナは懐からピルケースを取り出す。そして蓋を開けて中にあった錠剤を一つ摘むと口内へと放り込んでかみ砕いた。


 途端、身体の内部が炎に包まれたように熱くなる。その熱は全身を侵食するかのように身体の中心から手足の先端へ向かってジワジワと行き渡っていく。


(メイディアナがどれだけやれるか分からんし、さっさと終わらせないとな……)


 ドンナが攻撃に出る間、メイディアナがラクル達を守ってくれるというが、その実力は未知数。



 これだけの人数に包囲された状況では腕の立つ実力者であっても、護衛対象を守りきるのは難しいだろう。残念ながらラクルの付き人であるメイディアナに、それだけの実力が備わっているとは思えない。当てにできる時間は少ないと踏んだドンナは早期決着を目論んで薬を使った。



 たった今服用した薬は効果が表れると一時的にその人物に最適な最上位職についた状態へと身体能力を引き上げる力を持つ。


 しかし、その副作用は強大で、三つも飲めば命に危険が及ぶ可能性があるといういわくつきの代物だった。



 ドンナがこの薬を使用するのはこれで二度目。


 残された使用限界は後一度となっていた。



 そんな薬を使用するほどに今は危機的状況。


 命の危険があるにもかかわらず、躊躇わずに服用するほどにはラクル達が気に入っていた、ということなのだろう。


 しかし、ドンナに限って言えばそういった思考から導き出された結果というよりも獣的直感に支配された行動といった方が納得いく。


 薬の効果が全身へと染み渡っていく中、強烈な熱さに身を焦がすドンナは拳を握り締めながら眼前の兵士たちを威嚇する。



「一旦、前に出た二人に戦力を集中して処理しろ」


 ドンナとメイディアナが前に出たのを確認したフェイスガードの男は二人を先に殺せと非常に淡々とした調子で指示を出す。



「はっ、おいお前ら! あのスーツの女と前に出たメイド服の女だ。眼帯女と対象の子供は無視しろ!」

「「「「了解」」」」


 指示を受けた兵士たちは包囲の形を変形させ、二つの集団へと分断。


 標的をドンナとメイディアナの二人に絞り、戦力を二人へ密集させる形を取った。



「行け」

「「「「うおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」


 部下の陣形が滞りなく変更されたことを確認したフェイスガードの男の静かな声を合図に兵士たちが飛び出す。



(チッ、まだ動けねえ)


 兵士たちがこちらへ向かって来る姿を前にするも、もまだ薬の効果が全身に行き届いていなかったドンナはその場から動けずにいた。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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