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20 一方その頃ドンナはⅡ 3-1



 ◆



「……ふぅ」


 岩にもたれかかったドンナはしかめっ面で水を飲みながら、前方の光景を眺めていた。



 ドンナの視線の先には護衛対象であるラクル、その付き人であるメイディアナ、ラクルの気まぐれにより一命を取り留めたエルザの三人が和気藹々と話していた。


 ドンナがそんな三人の会話の輪に加わっていないのは、護衛という仕事を全うするために周囲を警戒しているからというのもあるが、それ以上に苦手意識が働いたためだ。


 そんな苦手意識の原因である無邪気で楽しそうな声がドンナの耳に届く。



「わぁ♪ ラクルさん、メイディアナさん、ありがとうございます!」


 と、満面の笑顔で言いながら新調したメイド服姿でくるりと回転してみせるエルザ。


 回転にあわせてふわっとスカートが舞い上がったエルザが着用するメイド服のデザインはメイディアナと同じものであった。だが、インナーのようなものが首元まで伸び、腕部は長手袋、脚部は厚手のストッキングとなっており、全身の肌の露出がなく、首の縫合跡から下を完全に隠していた。


「わぁ♪ 嬉しいなぁ」


 そんなメイド服に身を包んだエルザは小さく跳ねて喜ぶ。


 現在、ラクル一向は船での移動を終えて陸地へと上がり、隠れ家に向けて馬車で移動中だった。


 しかし、しばらく移動を続けて疲労が溜まったため、疲れをとるために一旦馬車を停めて休憩をとることとなった。


 そして、その休憩のタイミングにあわせてラクルとメイディアナがエルザへのサプライズプレゼントを贈り、眼前の光景が展開される結果に繋がっていたのである。



「ん、似合ってるね! 色々とお手伝いしてくれるっていうし、これくらいならお易いご用さ」

「本当に良かったのですか? 貴方はお客様のようなもの、無理に手伝いなどしなくともいいのですよ?」


「いえ、助けて頂いたわけですし、ご恩をお返ししたいです!」


 エルザはラクルとメイディアナの言葉に両拳を可愛く握り締めながら鼻を鳴らし、軽く頬を膨らませて満点のやる気を見せる。



「いい心掛けだね! じゃあよろしく頼むよ!」


 そんなエルザの仕草を見たラクルは満足げに頷く。


「はい!」


 エルザはラクルの元気一杯な言葉に負けないよう、一層元気良く返事を返していた。


「私も一緒にお手伝いをしていただける方ができて頼もしいです。服もお揃いですしなんだか姉妹のようですね」


 喜ぶエルザの姿を見たメイディアナは落ち着いた口調で微笑を浮かべる。


「え! ……お揃い、……姉妹……。えへへ」


 メイディアナの言葉を聞いたエルザは頬を赤らめ、俯きがちに照れていた。


「ブゥッ!」


 ドンナは姦しく話す三人を見てじっと我慢し、仏頂面で水を飲んでいたが、とうとう耐え切れずに吹き出してしまう。


 そんなドンナの姿をラクルが目ざとく見つけ、視線を投げ掛ける。


「ちょっと、汚いなぁ」

「悪ぃ。取り乱しちまった」


 ドンナが取り乱すのはこれがはじめてではない。



 もう数え切れないほど取り乱している。


 エルザが意識を取り戻してからドンナの調子は狂いっぱなしだった。



 それはエルザが記憶を喪失していたためである。


 記憶がないエルザはとても純粋かつ従順に振る舞っていた。それはラクルとメイディアナにとても良い印象を与え、良好な関係を育む事となった。



 しかし、ドンナはそうならなかった。


 なぜなら記憶を失う前の性格を熟知していたためである。



 モンスターが跋扈する国で磨かれた強い意志。


 自分のためなら人を殺すことをもいとわない性格。


 周囲の人間に対する評価も見下すとまではいかなくても利用するのが前提。



 そういう事を知っているため、いくら純真な振る舞いを見ても演技では……、と勘ぐってしまうのだ。


 どうしても全てをありのままに受け入れるというわけにはいかず、一拍考えてしまう。


 ラクルやメイディアナにもエルザについての説明はしたのだが、どうにも反応が薄かった。逆に何度も言うと、それは聞き飽きたといった反応を返される始末。


 ラクルとメイディアナの二人は今のエルザの姿が全てであり、彼女の過去の事などどうでもいいといった体で接しているのだ。


(参ったね)


 今日までのことを思い出し、渋面を作るドンナの眼前ではエルザとメイディアナが手を取り合ってクルクルと回っていた。



 エルザとメイディアナが笑顔でクルクル回ってみせるのもこれがはじめてではない。


 二人は非常に仲が良いのだ。


 その仲は先ほどメイディアナが言っていたように、外見を加味しなければ姉妹と説明されても頷けるほどである。



 船での航海を終えてカッペイナ国へと上陸して移動を続けたこの数日、エルザとメイディアナの仲の進展には目を見張るものがあった。


 お互い数日過ごしただけとは思えないほどに親密になってしまったのだ。



 それはドンナがエルザを避け続けたのが原因の一つとなっている。


 ドンナとしてはエルザとあまり関わりを持ちたくなかった。そのため、エルザに関する用事は必然とメイディアナがこなすこととなってしまう。



 つまり、エルザと接触の機会が一番多かったのがメイディアナ。


 そのメイディアナの性格がとても温厚で世話好きというのがとどめの一撃となった。



 メイディアナの献身的な振る舞いに治療後身体がおぼつかいうえに記憶を失い不安なエルザは心も体も頼りきりになってしまったのだろう。


 メイディアナも弱りきったエルザに対して仕事と割り切った接し方をしなかった。暇を見つけては様子を見に行き、甲斐甲斐しく世話をしていたのだ。



 ドンナはそんなあまりに熱心すぎるメイディアナの行動に多少の違和感を覚えた。


 いくら温厚で世話好きとはいえ、普段は仕事との線引きはしっかりしており、落ち着いた振る舞いが印象的だった。


 そのためエルザとも距離を置き、客観的かつ冷静な態度を貫くとばかり思っていたのだ。



 が、蓋を開けてみると真逆。


 まるで生まれてはじめて出来た友だちと接する子供のような、もしくは幼いながらに小さな妹の世話を焼く姉のような、そんな行動に出たのだ。


 二人の心中に通じるものがあったのか、メイディアナ自身が元々そういう性格だったのかは定かではないが、ドンナからすれば意外な展開であった。



 そしてそんな仲睦まじく振る舞う二人の様子はドンナにとっては不快、とまではいかなくても調子が狂わせてしまうには十分過ぎるものだったのだ。


 メイディアナがどんな行動に出ようがさほど気にならなかったが、問題はエルザ。


 あの女が幼女のようにキャッキャと喜びはしゃぐ姿は、ドンナの平常心をガリガリと削ってくれる。



 そのためドンナは二人から距離を置く。


 するとメイディアナとエルザが二人きりでいる時間が増え、二人の仲は益々良くなり、見えない絆が深まっていく。まさしく悪循環。



 ドンナの頭痛の種は芽を出し、葉を開き、蕾が花開く勢いで急成長していた。



「ちょっと、最近たるんでるんじゃない?」

「原因は分かってるから対処できるはずだ……」


 ラクルの指摘にドンナは奥歯をギリギリと鳴らしながらたどたどしく返す。


 実際調子が狂っている原因ははっきりと分かっているわけだし、改善できるはずなのである。ただし、その方法は未だ発見できていないが……。


「ちょっと、しっかりしてよ〜」

「善処する」


 ドンナはラクルに背中をポンと叩かれ、ばつの悪そうな顔を返した。


「元気出して下さい! 私にできることがあれば何でも言ってくださいねッ」


 二人の会話を聞きつけたエルザがドンナへ走り寄り、愛らしい笑顔を向けてくる。きっと励まそうとしているのだろう。


「……ああ」


 ドンナとしても、そんなエルザの姿を見てなるべく近寄らないでくれ、などと言う事もできず、言葉少なく相づちを打つに留まる。


 中々思うようにいかず、どうしたものかと心の中で頭を抱える結果となってしまうのだった。



 …………



「そろそろ移動しよっか」


 充分に休憩を満喫し、軽く伸びをしたラクルが皆を見渡しながら告げる。


 休憩とエルザへのサプライズプレゼントを終えた一行は再度出発の準備に入ろうと動き出す。


「分わかった、準備する。ん?」


 が、次の瞬間ドンナは遠方から車が二台こちらへ向かって来ていることに気づく。



 ここまでの道中、ずっと街道を進んでいるため、馬車とすれ違うことは珍しくない。


 この辺りで見かける馬車のデザインは物資を運ぶものでも客を運ぶものでも大して変わらない。言葉に変換すると使いこまれた幌馬車といった感じで、みな似たような外見なのだ。


 しかし、今こちらへと近づきつつあるのは馬車ではなく自動車。


 シュッラーノ国の都心でしか見かけないようなものが、カッペイナ国の田舎街道で二台も走っているのだ。


(なんだありゃ……)


 違和感を覚えたドンナが遠方からこちらへと近づきつつあるそれらを見ようと目を凝らすと、外見の詳細がなんとなく分かった。



 シュッラーノ国で見た自動車といえば、なんとも頼りない外見をしていた記憶がある。


 こう、蹴れば吹き飛び、殴れば転倒間違いなしといった脆さが感じられた。



 しかし、眼前を走る車両からは、そんな脆さは微塵も感じられない。


 こちらへと迫る車両は蹴ってもびくともしないであろう頑丈さと大きさを兼ね備えていた。



 黒塗りの金属の板で覆われたそれは、車に似つかわしくない堅牢な印象から小さな要塞を思わせるほどだった。


 外見に相応しい言葉を当てはめるなら戦車というより、装甲車といったところだろうか。



 そんな不意に現れた珍客に四人が目を奪われているとそれは起きた。



 車両の天井から複数の男が姿を現し、こちらへ向けて手をかざしたのだ。


 こちらへ向けて親しげに手を振っているわけではなく、あきらかに狙いを定めるような仕草だった。



 攻撃の意志を感じ取ったドンナは瞬時に動き出す。



「魔法だ、私の後ろに」


 周囲に遮蔽物がなかったため、咄嗟にラクルを背後に庇いつつ、【鉄腕】を発動するドンナ。


 それと同時に多数の炎の矢が四人の元へ飛来した。


「キャアアアッ!」

「大丈夫です。身を屈めて」


 悲鳴を上げるエルザにメイディアナが覆いかぶさり、強制的に姿勢を低くする。


 全員に緊迫感が伝播し、戦闘の訪れを否が応にも理解させる。



 が、こちらへ飛来するであろうと予測された炎の矢はドンナ達の頭上を通り過ぎていった。


「ッ!? 馬車か!」


 一瞬遅れて炎の矢の標的に気づいたドンナは首を巡らせ、背後にあった自分達の馬車を見る。するとそこには炎の矢が命中し、絶命した馬ごと燃え上がる馬車の姿があった。



「クソッ」


 ドンナが悪態をつく間も件の車両は走行を続け、四人の眼前まで辿り着く。


 二台の黒塗りの装甲車はドンナ達の前で停車すると前方の車両の扉が開き、一人の男が降りてきた。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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