19 双極の種火
◆
――ケンタとミックが馬巨人の出現に呆然と立ち尽くしていた頃――
「残念やけど、うちはここでお暇させてもらうわ」
森へと飛び込んだバードゥは、後ろ髪引かれる思いで崩壊した屋敷の前で佇むケンタと縫い傷の男の方を見ながら呟いた。
頬が上気したバードゥは高鳴る鼓動を抑えようと胸に手を当てる。
(あんなオマケまでついてくるなんて反則やで)
まさか二度と再会できないであろうと思っていた運命の人にこんなところで出くわすとは……。
しかも、再会を果たした運命の人であるケンタは彼と同等に素晴らしきツキを持つ男を引き連れてバードゥの前に現れたのだ。あの縫い傷の男は相当の手練れ。
あの男も仕留めることができれば、自分が持つお守りは更に素晴らしい仕上がりとなるに違いない。
こんな出来事など二度と起こらないだろうと思えてしまうほどの幸運。
そんな二人の男を見ていると、あの場に戻りたいという衝動に駆られてしまう。
(でもなぁ……)
バードゥは拳を握り締め、狩りたい衝動をぐっと堪える。
止め処なく涎が零れ落ちるほどのご馳走が目の前にあるのに手を出せない。
その理由は二人の後ろにいる馬面の巨人のせいだった。
「あれはあかんわ」
馬面の巨人が視界に入るだけで寒気が止まらず、体の緊張が限界まで高まってしまう。
あれは占いがどうこうとか、お守りがどうこうといったものを超越している存在だ。
戦闘に関しては申し分ない経験を積んでいると自負できるバードゥからすればあの巨人に近寄るのは自殺行為と同義と結論付けるに足る悪寒が全身を駆け巡った。
ケンタ達と巨人。
バードゥにはその組み合わせが鳥を捕らえる籠の罠のように見えてしまう。
ケンタという餌に釣られて近づけば、巨人という名の籠が落ちて逃げる事叶わず捕らえられ、抵抗むなしく食べられてしまう未来が見えるようである。
未練が残るバードゥが名残惜しそうに屋敷の方へ視線を送っていると馬面の巨人が突然動き出す。
それに伴い、ケンタ達も畑の方へと逃げ出してしまった。
「諦めるべきやね」
どうしても誘惑に負けそうになる自分を説得するため声に出して言い聞かせる。
どう考えてもここが引き際。
本来の目的である仕事は問題なく終わった。
また、それと同時に行ったお守りの補強も無事終了。
はじめに思い描いていた目的は全て滞りなくやり遂げ、本来なら笑顔で迎えるべき満足いく結果なのだ。
それを不慮の事故ともいえる偶然の再会が最高ともいえる結果を霞ませてしまっているだけ。
当初の目的を最高の結果で終わらせている今、これ以上の深追いは自分の身を危険に晒すだけ。
自分への説得を終えたバードゥはケンタ達に背を向け一歩前へと歩き出す。
「一応お仕事もこれで一旦終了やね」
頭の中からケンタ達のことを追い出すために自身の本来の目的を遂げたことを呟く。
目的は達成されたし、後はサイヨウ国に戻って報告するだけ。
お偉いさん方はサイルミ地方に集合するらしいが自分には関係のないこと。
問題児の自分はデリケートな案件には関わることが許されない。
お家に帰って大人しくしていなければならないのである。
(ああ、本当に残念や。でも、ここに来たってことは……)
と、ここでバードゥはケンタとここで再会できたことに疑問とひらめきを感じる。
偶然会えたのは確かだが、ケンタ達があの場に訪れた理由が分からない。
いや、理由があるとすれば想像がつく。
そうなってくると――。
「フフ、近いうちにまた会える気がするわぁ」
予感めいたものを感じたバードゥは妖艶に微笑む。
もしあの二人が生き延びることができれば、そう遠くないうちに向こうから自分の元へやってくるに違いない。
自分の予想通りなら、二人の前には苦難で彩られた茨の道が立ちはだかっていることになる。普通の人間なら道半ばで力尽きるのが当たり前、力強き者しか踏破することが許されない道。
いくら強いとはいっても常人の範疇に収まる実力のケンタには荷が重過ぎる道のり。間違いなく死が訪れ、バードゥとの再会など叶う筈がない。
本来ならそういう話。だが――。
(ケンちゃんは本物のツキを持つ男。だから絶対に来る)
占い師としての直感がそう告げる。
ケンタには力の強さとは異なる運命を跳ね除ける力があると信じているバードゥからすれば、茨の道などものともせずに辿り着けるのは必然と結論付けるのも自然な流れ。
「後はその時に会えるかどうかやね〜」
きっとケンタはやって来る。
だが、その時自分と巡り会えるかは分からない。
なぜならその時、その場には大量の運命がひしめき合っている状況なのだから。
こればかりは自分の運命に託すしかない。
ここまで想い焦がれているのだから、その想いが通じて欲しいものだと願う。
「ほな、またね」
気持ちを切り替えたバードゥは誰もいなくなった屋敷を一瞥すると森を抜けようと走り出した。
◆
「あれは確か……」
男が見上げた視線の先には羽ばたく小鳥の姿があった。
しかしそれはただの鳥ではない。機械仕掛けの小鳥。
あの鳥の脚部には筒が付いており、そこに手紙を入れてやりとりをするものだと聞いている。
男は鳥が止まり易いようにと腕を前に突き出す。
すると機械仕掛けの小鳥は男の腕へと危なげなく降り立つと翼を畳んで丸くなった。
鳥が落ち着いたのを確認した男は筒から文を取り出して目を通すと苦笑いを浮かべた。
「相変わらず退屈しない毎日を送っているようだな」
男は鳥を返信に使わず、そのまま鞄へとしまいこむ。
返信先が危険な状態のため、送り返した結果敵に発見されるきっかけになってはまずいと判断したためだ。
「今から向かってギリギリってところか」
鳥が現れた方向を見つめる男の眼は白目部分が黒く、黒目部分が赤色と珍しいものだった。
男は荷物を背負いなおすと、文に書かれた場所を目指して一歩踏み出す。
「サイルミ地方か」
銀髪が揺れ、褐色の肌に映える。
男の名はレガシー。
向かう先はサイルミ地方。
危険が待ち受けると知りつつも男の足取りに迷いはない。




