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18 被害者ケンタ


「行くぞオラアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 覚悟を決め、スタートを切る。




 一気に反対側の屋根の端まで駆け抜け、【跳躍】を発動しながら踏み切る。


 周囲の景色が一気に後方へ引き離され、燃え盛る馬巨人が迫る。



 このまま一気に張り付く――。


 と構えた瞬間、馬巨人が怪しげな挙動で暴れ、跳躍した軌道から逸れた。


 途端、住宅の壁が眼前に迫る。



「うおおおおおおおおぉおッッ!!!」


 俺は咄嗟の判断で【縮地】を発動し、空中で軌道を変更。


 叫ぶ俺は普通に飛んだだけでは再現不可能な軌道を描き、燃え盛る馬巨人の頭部へと降り立つことに成功する。


 馬の頭頂部という不定形な場所へと降り立った俺は周囲の燃え盛る炎にビビりながらも振り落とされないように【張り付く】を発動し、激しく揺れる頭部にへばりつく。


(あっちぃいいいいっ! 時間がねぇ!)


 熱さに耐える俺は炎に包まれながらも懸命に爆弾をセットする場所をさがす。


 このまま悠長にやっていれば全身火達磨だ。


 剣で丁寧に頭部へ切れ目をいれている暇はない。



 どうしたものかと悩む間もなく直感的なひらめきが頭をよぎる。


 ――眼だ。


 爆弾を柔らかい眼球部分に埋め込む。



 そう判断した俺はナイフを抜き、潰れていない方の眼へ突きたてた。


 跳躍した際、馬の顔に対して水平に着地してしまったので、矢を射った方の眼は俺の足の側だった。そのため、どちらの眼球を狙うかを選択する事は許されなかった。


 俺は差し込んだナイフに力を込め、グリグリと目玉をえぐりだす勢いでかき回す。



 ――ヴォオオオオオオオオオオンンッッッ!!!


 眼球をえぐられた馬巨人は絶叫し、堪らず暴れ出す。


 体を振り回して俺を落とそうと必死にもがく。


 が、俺は【張り付く】を使っているので、どんなに揺すられようとも落下する事はない。



 それが裏目に出てしまう。


(いかん!?)



 たまりかねた馬巨人は俺を引き剥がそうと自身の頭部へ向けて腕を伸ばした。


 つまり馬巨人は俺を手で握って引き剥がそうと考えたのだ。



 今の俺は馬巨人に掴まれようとも【張り付く】を使っているのでいくら引っ張られてもはがされる心配はない。と、言いたいところだが、巨人が持つ膂力の前では引き千切られるのがオチだ。


 まあ、死んじゃうよね。



 などと最悪な未来を想定しているうちに、巨大な手のひらが俺へ向けてゆっくりと迫る。


 このままでは掴まれてしまう、そう思った瞬間――。




「耐えろ!」



 ミックが大声を張り上げているのが聞こえた。


 声が聞こえた方を見やれば、高層集合住宅の外部に取り付けられた螺旋階段を駆け上がっているミックの姿が確認できた。


 そして――。


 階段を上っていたミックは馬巨人を見下ろす高さまで到達すると、何の躊躇もなくこちらへ向けて飛び降りた。


 階段から飛んだミックは馬巨人の腕の側まで近づくと頭を下げるようにして体を捻り、オーバーヘッドキックのような姿勢で腕の側面に向けて蹴りを放った。


 ミックの蹴り脚が馬巨人の手首に接触すると同時に大砲を撃ったかのような轟音が鳴り響く。


 放たれた蹴りはまるで落下中に力を溜めていたかのように凄まじい威力を発揮し、馬巨人の手首から先を吹き飛ばすようにして引き千切った。



 ――ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!



 手首を失った苦痛に耐え切れず、馬巨人が絶叫する。



(あ、チャンス)



 俺は馬巨人が叫んで開口した隙を見逃さず、口内へと爆弾を投擲。


 即座に飛び降りて離脱する。



 空中に身を投げ出した俺は落下中に起爆スイッチを押しこむ。


 ――ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!


 後方で激しい爆発音。


 着地様に振り返ると上半身が吹き飛び、下半身のみで立ち尽くす馬巨人の姿があった。


 下半身だけとなった馬巨人は盛大に黒煙を吹き上げ、塵化していく。



 ――終わりだ。



 消えゆく馬巨人を見つめていると、ミックがこちらへと近づいてくるのが視界に入った。


「何とかなったな……」


 俺は合流してきたミックに声をかける。



「たそがれた感じでかっこつけてるのはいいんだけどよ……」


「うん?」


 俺は妙に気まずそうに言葉に詰まるミックに先を促す。




「尻が燃えてるぞ?」



 ミックの言葉にワンテンポ遅れて“ぇ?”と、自身の尻を見やる。



 すると背部下方から鮮やかな朱色がチロチロと風に揺れている様が視界に収まった。


 あまりに現実感がなかったため、ハハッ、燃えてる燃えてる、と他人事のように心の中で呟いてしまう。


 ……頭から水をかぶったから下のほうまで水分が届かなかったんだなぁ――、などと今頃になって発火している理由に思い当たる。


 ――これはあかんやつや。



「ふぬぅぅうううううううおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」


 転げまわる俺。


 多分、尻に火がついたことがある人には共感してもらえると思うのだが、全く冷静でいられない。残念ながら最善の鎮火方法を粛々とこなせる胆力は俺には備わっていなかったのだ。



 だから、死にかけの蝉のように地面を転げ回ってしまう。



「おい、落ち着けって! ジャケット被せられないだろ!」


 俺が慌てて転げまわるせいでミックが火を消そうとジャケットで覆うようにしてくれるも抜け出してしまう。



 ――数分後。



「……凄まじい恐怖体験だった」



 無事、消火に成功した俺は額に滲む脂汗を手の甲で拭いながら息を整えた。


 俺の尻で発生した火災はミックの助力もあって、なんとか鎮火させることに成功する。


 ちょっと余裕が出来てきてここ数分間の出来事を思い返すと、燃え盛る炎に飛び込んだ上に体に火が燃え移った割には大した火傷もないのは、本当に幸運だったと心の底から思えた。


 布地が薄くなったせいかちょっと尻が涼しいが……。



 何はともあれ、これで馬巨人の始末には成功したし、街の安全は確保された。


 ただ、結構大事になってしまったし、一旦街からは離れた方がいいだろう。



「これ以上騒ぎが大きくなる前に一旦街から出ないか?」


 と、ミックに尋ねる。


 馬巨人は消失したが、それに伴い辺りはとても静かになった。



 このままいけば、しばらくすると街の人達も戻ってくるだろう。


 しかし俺たちが街の人達と鉢合わせてしまうと、今の状況では騒ぎの渦中にいた重要参考人というレッテルを貼られる可能性がある。


 正直、やることやってほっとしている今は事情聴取とか受けたい気分ではない。


 何よりうまく説明できる自信がこれっぽっちもない。



 という悩ましい俺の視線を受けたミックは首肯を返してくる。


「だな、一旦出るか」


 ミックは俺の考えを察してくれたのか、街を出ることに同意してくれる。


「じゃあ、見つからないように出ますかね」

「なら馬巨人が入ってきた塀の方に行くか」


 脱出を決めた俺とミックは街の外に繋がる高い塀を目指して歩きはじめた。



 …………



 色々あって街の大火災一歩手前までいった騒ぎから脱出した俺たちは特に当てもなく、てくてくと街道を歩いていた。


 さて、これからどうしたものかなと考えていると、両手を頭の後ろで組んだミックが得意気な表情でポツリと呟く。


「こうして街の平和はミックという一人の英雄によって護られたのだった」


「俺は?」


 今のミックの言葉だと、一人で全部やり遂げたみたいな感じになっていたので聞き返してしまう。俺も結構活躍したと思ったのだが、記憶違いだったのだろうか。


 大体、街に危機が訪れたのは俺たちとも関係が深いので英雄と表現するのはいささか疑問が残る。まあ、俺たちがルルカテの街にはじめからいなかった場合はもっと酷い結果になっていた可能性もあるのも確かではあるが、やっぱり英雄がどうこうって話にはならないと思うわけで。


 などと考えているとミックが訂正案を思いついたのか口を開いた。


「多数の犠牲が出た事件だったが、街の平和はミックという一人の英雄によって……」


「なんで被害者枠なんだよ!」


 一緒に戦ったのに多数の被害者という括りの中に放り込まれてしまう俺。


 中々の厚遇である。



「どうした? 燃えた角材でも両手に持つか?」


 俺のツッコミにニヘラと顔を緩めるミック。


「そんなやばい顔してないだろ!」


 いつも冷静な振る舞いを忘れない紳士な俺はそこまで必死に突っ込んでいない旨を伝える。……まったく、そこは角材だけじゃなくてホッケーマスクも用意して欲しいもんだぜ。



 と、次の瞬間――


「楽しそうですね」


 ――不意に側面から声が聞こえる。



「「うお」」


 俺とミック、二人同時に驚いて声を上げてしまう。

 声がした方を向けば、不気味な笑顔を湛えたフォグが佇んでいた。



「相変わらずだな……」

「もう少しなんとかならないのか?」


 突然のフォグの登場にたじろぐミックと俺。


 ほんとこの人怖い、などと思っていると怖い顔の持ち主であるフォグが丑三つ時に奇声を発するからくり人形のような挙動で口を動かす。


「お疲れ様です。では、こちらの準備も整ったので、次の場所へ向かってください。場所は依然伝えた通りです。調査の結果、やはり貴方の方に主要戦力が集結するようです。この機会を逃すと今回の様なチャンスは二度とないと思われるので、私たちの方に戦力を集中させることになります」


 フォグは俺たちの抗議を無視し、事務的な連絡に徹して話を進めていく。


 しかし、その内容を聞いても俺は何一つ理解できなかった。


 俺に向けた話ではないのだろうなと隣へ視線を向けると、納得顔のミックがいた。



「おー、了解だ。このまま向かう」


 ミックはフォグの話した内容を理解したのか軽い感じで頷く。


 俺にはフォグが話した内容は理解できなかったが、ミックの返事のしかたから大体は察することができた。



(あ〜、そういえば何か言ってたな……)


 当時、さして興味がなかった俺はミックの話を適当にあしらっていた。


 その時のことを思い出そうとおぼろげな記憶を手繰り寄せる。


 記憶をたどった結果、あの時ミックは今回の仕事が終わったら次の仕事をしないかと誘ってきた、その時例えていたのが――。


「あ……、デザートね」


 確かそう表現していたな、と言葉に出して呟く。


「そうそう。旨いんだぜ?」

「デザート? 旨い……?」


 俺の呟きにミックは訳知り顔で頷くも、フォグは何の事か分からず眉根を寄せていた。


 詳細は分からなかったが、要するにこれから二人はそれぞれ違う仕事へ赴くということなのだろう。


「まあ、俺の役目もここまでってことだな。報酬は後でもいいし、そっちの都合にあわせるよ」


 どうやらフォグとミックの会話を聞く限り、次の仕事までの時間的余裕は余りなさそうな気配だったので、金の受け取りはいつでもいいよと伝えておく。今回俺は突発的な参加だったので、わざわざ報酬を準備している時間はなかっただろう。


 こちらとしては金が主目的ではないので、焦って急かす必要もない。


 という旨を説明すると、フォグが俺の方へ疑問顔を向けてくる。


「報酬は次の依頼とまとめてでも構いませんか?」


「いやいや、なんで次も受ける体になってるの!? 受けないからね?」


 フォグの方かミックの言うデザートの方なのかは分からないが、なぜか俺が二連続で依頼を受ける話になっているマジック。


 一仕事やりおえて満足していた俺は必死で否定する事に従事する。


 するとフォグは疑問顔のまま首を傾げてみせる。



「ですが、ケンタさんのご出身はミーニ国ですよね?」


「え、違うけど? てかそれはどこだ?」


 フォグの口から妙な国名が出てくるも、全く思い当たる節がなかった俺は全く興味がないのに聞き返すはめになってしまう。


 俺の出身はJAPANであり、そんな得体の知れない国ではない。大体、それが依頼を受ける受けないという話にどう関係してくるというのだろうか。



「なるほど、出身ではなかったのですね。情報を収集した結果、どうやらミーニ国で活躍されていたようだったので、てっきり生まれもそうだと思っていました」


 俺の言葉を聞いたフォグはなるほどと頷くと、誤解が生まれた原因を話してくれた。



 どうやらミックは俺の事を調べたらしい。その結果、ミーニ国という国の生まれと判断したと言う。


 と、いうことはミーニ国というのはもしかしなくとも――。



「もしかして、ミーニ国ってスーラムの大滝とかウーミンの街があるとこ?」


 俺は他国の人間でも知ってそうな観光スポットを上げてフォグに確認を取ってみる。



「その通りです。国土は小さく、資源も少なく、国境付近に大きな山脈があって周囲から孤立しているも、景色だけは綺麗な国です」


 フォグは俺の言葉を聞くと深く頷き返す。


 どうやらフォグが話していたのは俺が転生してはじめて降り立った国で間違いないようだ。


 実際、俺の足跡を辿ればあそこより後ろは存在しないし、生まれ故郷と誤解するもの仕方ないかもしれない。


 ――いや、よく考えると死んで生まれ変わったわけだから、あの国が俺の生まれ故郷となるわけなのか。


 なんか、そんな実感は一切湧かないし、やっぱり俺ってどう考えても日本人だよな、とその結論を否定してしまう。


 そういう結論に至ってしまうのも、成長した状態で転生したのが理由だろう。どうしてもこの地で生を育んで歳を重ねたというより、ある日ポンと別の場所に飛ばされたといった感覚の方が強い。



「辛辣だな……。まあ、合ってる気がするけど。で、その国がどうかしたのか?」


 と、フォグが話した国がどこか分かったので先を促す。結局フォグは何が言いたかったのだろう。



「数日後にはなくなります」


「え?」


 あまりにフォグが端的にスラスラ言うものだから、聞き間違いかと聞き返してしまう。




「正確には我々が数日後に行う任務に失敗した場合、全てが灰になって消えてしまいます」


「ええ?」


 “正確には”と注釈がついた割には話す内容がさっぱり分からないため、結局聞き返してしまう。



「それを阻止するために行動を起こすのですが、助けが必要なのでご一緒しませんか」


 わけが分からないよといった表情をする俺へフォグは神妙な顔つきで仕事を請けないかと再度尋ねてくる。




「……とりあえず、行くわ」


 詳細を聞いていない。


 だが、了承する。



 ショウイチ君、ローズ、ムースメちゃんにオヤーサさん。


 オリン婆さんに赤の勇者。


 そしてルーフも無事だったなら今頃国に帰っているはずだ。



 あそこには沢山の知り合いがいる。


 今から危険を知らせて皆を脱出させることが叶うならそれもいいかもしれないが多分無理だろう。



 ショウイチ君やローズ辺りなら俺の話を聞いて即信じてくれるかもしれないが、ギルドのお姉さんとか一緒に臨時パーティーを組んだ連中辺りだと、そう簡単には信じてもらえないと思う。



 そして、転移の腕輪は少し前に使用済み。


 腕輪なしで今から急いでミーニ国へ向かっても間に合うとは思えない。



 移動が間に合わないのなら、残された選択肢は仕事を請けるか請けないかだけ。


 そうなってくると当然"請ける"を選択することになる。


 灰になって消滅すると聞いて黙って見過ごせる案件ではない。



 俺が頷くのを確認するとフォグは真剣な表情を返してくる。



「詳細は後程ミックに聞いてください。では私はもう一方の任務へ向かいます」


 フォグは俺への軽い説明を済ませるとミックの方へ向き、自身の予定を伝える。


 ミックはそれに応えるようにヒラヒラと手を振った。


「おー、気をつけてな」


「そちらもご武運を」


 フォグは簡単に挨拶を済ませると俺たちの前に現れたとき同様、目の前ですうぅっと姿を消してしまう。


 フォグの姿が消えるのを確認したミックは俺へと向き直るとニヤリと口角を吊り上げた。


「じゃあ、俺らも行くか」


「どこへ?」


 結局、何をするのかもどこへ行くのかもわからない。


 とりあえず行き先だけでも知りたかった俺はミックへ尋ねた。


「サイルミ地方だ」

「聞いても分かる場所じゃなかったわ」


 もったいつけずに即答を得られたのは良かったが、知らない地名だった。


 まあ、この様子なら道中に詳細は聞けそうではある。



「いいから着いて来いって」

「了解だ」


 ミーニ国の危機を救うと決めた俺は先を歩くミックの手招きに引き寄せられるようにして、サイルミ地方へと向かうのだった。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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