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16 ナイスキャッチ

 

「追いつけるか……あれ」

「行くしかないだろう……」


 俺とミックは馬巨人を目視で確認すると、そちらへ向けて走り出す。



 馬巨人の方はこちらに関心がなく、住民を捕まえることに執心しており、移動する先が読みにくい状態となっていた。それでもなんとか追いつこうと走る。



 馬巨人は住民を飲み込むたびに元気になり、暴れる勢いが増してゆく。


 新たな獲物を獲得せんと四つん這いの姿勢のまま走り回り、逃げ惑う人を追い掛け回す。



 力を取り戻しつつある馬巨人は障害物となる住居など物ともせず、体当たりでガッツンガッツン破壊していく様は重機を思わせるほどだった。



 ただ、馬巨人の手は二つ。



 一度に掴める人間は二人という事になる。


 いくら巨人の手とはいえ、人間二人が収まるほどの大きさはない。


 それが功を奏して、逃走に成功する住民の方が圧倒的に多かった。



 また、奴は街に入ってから一度も炎を吐いていない。そして食べる人間は生きたまま丸呑み。


 この二つから考えられることは、レアは好きでもローストが嫌いという偏食家の可能性が高いという事。



 案外、あの馬巨人が求める生贄にはフレッシュさが求められているのかもしれない。断言するには情報が少なすぎるが、炎を吐く可能性は今のところ低そうではある。


 はじめこそ逃げ惑う住民が大量におり、馬巨人からすればより取り見取りの状態だったのだが、時間が経つにつれ周囲にいる人の数は確実に減っていた。


 やはり馬巨人の掴み取り嚥下する、という一連の動作は案外時間がかかり、効率が悪いためだろう。


 そして周囲に人影が無くなったため馬巨人は逃げた者を追うより、住居を破壊して中から人を探し出す方向へとシフトした。



 巨大な腕を振るい、集合住宅を破壊し、人を見つけ出す。


 そして、掴み取ると嚥下するといった行いを続ける。



 それに気づいた住居に立てこもっていた者たちは大慌てで部屋から脱出し、逃げ出しはじめる。馬巨人も逃げ出す住人を捕らえようと住居を破壊する速度を速めた。



「いけるぞ」

「まったく手こずらせてくれるぜ」


 馬巨人が逃げ惑う住民をランダムに追うことを止め、住居を破壊する行為をはじめたせいで一つの場所に留まる時間が増え、追走していた俺たちは一気に距離を縮める事に成功する。


 俺たちが馬巨人に接近する頃、巨人はとある集合住宅を破壊していた。


 巨大な腕を窓に突っ込んだかと思うと、力任せに横へ移動させ、複数のベランダを一つながりにする。



 すると中に隠れていた住民が慌てて壊れたベランダから這い出してくるのが見えた。


 それは一組の男女だった。


 二人はベランダに出たはいいものの、そこからどうしていいか分からず立ち止まってしまう。



 そんな二人を馬巨人が見逃すはずもなく、手を伸ばして捕獲しようとする。


 馬巨人の巨大な手が怯えて固まる二人へと迫る。



 そこで二人は意を決したのか、ベランダから飛び降りようと身を乗り出した。


 しかし、そこは三階。かなりの高所だ。


 常人が飛び降りて無事で済む高さではない。



 だが、二人は躊躇なく飛び降りた。


 二人の男女が飛び降りるのと同時に、馬巨人が半壊した住居へ再度腕を突っ込む姿が目に留まる。



 きっと二人は飛び降りる事しか考えていなかったのだろうが、そのタイミングは馬巨人の行動を回避するには絶好のタイミングとなっていた。



 が、馬巨人の捕獲行動を回避するも二人の落下は止まるはずもない。


 あのままでは地面に激突し、負傷してしまう。


「おい、受け止めるぞ」

「分かった」


 俺はミックの言葉に頷き返し、飛び降りた二人の下へ駆ける。


 そして――。


「よっ」


 なんとか間に合い、飛び降りた住民を受け止めることに成功する。


 横を見れば、ミックも問題なくキャッチしていた。



 ミックは女。


 俺は男の方を救助した形となった。



 途端、上からパラパラと細かい瓦礫が落下してくる。


 上方を見やれば、住居に腕を突っ込んだ馬巨人がこちらへ向けて方向転換しようとしているのが確認できた。



 危険を察知した俺たちは、それぞれ救助した人をキャッチ(お姫様抱っこスタイル)したままその場を離脱しようと走り出す。


「……あら、ありがとう」

「惚れ直したか?」

「あと一晩くらいはいいかなって程度には」

「その言葉、忘れるなよ」


 などという耳打ちするほどの声音で囁かれた会話を走行中に耳ざとく拾ってしまう俺。


 会話の発信元はもちろん、ミックとミックがキャッチした女だ。



 そう、俺とミックがキャッチした一組の男女というのは朝方お邪魔したお宅の夫婦だったのだ。何とも間がいいのか悪いのかさっぱり分からない話である。


 後、この一件が片付いたらミックは拘束し、夜中に出歩けないようにしておく必要があるだろう。主に俺の心の平穏のために。


 などと今後のプランを練っていると、抱えて(お姫様抱っこ)いたおっさんがぎろりと睨んで俺に声をかけてくる。



「おい」

「はい」

「どこかで会ったか?」

「いえ、初対面です」


 俺は間髪入れずに即答する。


 おっさんに疑問の余地を与えてはいけない、絶対だ。


「そうか……、初めて会った気がしないな。これが運命ってやつか。ありがとうよ」


 おっさんは俺の腕の中ではにかみながら礼を言ってきた。やったね。



「特に他意はないですし、人として当然のことをしたまでです。だから全く気にしなくていいですよ」


 俺はおっさんに最大限に装飾した言葉を早口でまくしたてる。


 これ以上、一切の関係を発展させないために、あらゆる可能性を断ち切る言葉を連ねた。


「分かった」


 おっさんはちょっと寂しそうに了承した。


 俺は、よし、と心の中で情感のこもったガッツポーズを形成する。



 ――ブフォッ!


 なんか吹き出す音が聞こえたので音の出所を探ると、ミックがプルプル震えて笑いを堪えているのが見えた。……あいつ。


 ちょっと運ぶ荷物の交換を求めたいのだが、不可能だろうか。



 …………



 俺たちはしばらく救助者を抱えたまま走り、倒壊していな住居が多いエリアまで到着する。


 振り返れば馬巨人は未だ同じ一帯の住居を破壊して獲物を探している様子だった。


 だが、その成果はかんばしくなく、あれ以降人を捕獲できた気配はない。



「ここまで来れば大丈夫だろう」


 と、ミックは抱えていた女を下ろす。


「悪いけど後は自力で逃げてくれ」


 それに続いて俺もおっさんを下ろしながら説明する。



 馬巨人から結構距離も離せたし、あとは自力でなんとかしてもらいたい。


 俺たちはこの街へ救助活動しに来たわけでなく、その大元の退治にきたわけだし、そろそろ本来の業務に戻るべきだろう。


「どうするの?」

「まさかあんたら……」


 俺たちの言葉を聞き、何かを想像したのか言葉を詰まらせる夫婦。


「丁度暴れ馬とじゃれ合いたいと思ってたところなんだよ。なぁ?」

「こう見えてデカブツでのロデオの経験は豊富だぜ?」


 ミックの問いかけに俺は肩を回しながら答える。


 現状、馬巨人は住居の破壊に執心しているが、あんまり悠長にやってると新しい被害者が出るかもしれない。なら、さっさと俺たちで退治してしまった方がいいだろう。


「む、無茶だ! あんたらも逃げた方がいい!」


 おっさんが俺たちの身を案じて声を荒らげる。


 意外にいい人だった。


 が、ここでこれ以上押し問答を続けているわけにもいかない。


「話してる時間が惜しい。さっさと行ってくれ」

「俺たちを説得するだけ時間の無駄だ。巻き添えくらいたくなかったら、早く逃げた方がいいぞ」


 ミックと俺はおっさんに別れの言葉を告げる。


 おっさんはまだ納得いかないような顔だったが、女の方がそれを制して首を振る。しばらく夫婦で見詰め合った後、二人は頷きあうとこちらへ視線を向ける。


「……気をつけてね」

「無事を祈ってるぜ」


 夫婦は俺たちに激励の言葉を残して駆け出した。


 俺とミックはそんな背を見送り佇む。



「行くか」


 と、ミックが声をかけてくる。


「行かなくても来るだろ」


 俺はミックの言葉に肩をすくめてみせる。


 そしてその言葉を裏付けるように、こちらへ走ってくる馬巨人の姿が見えた。



 ――ヴオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!


 人がいない周囲の住宅を破壊しつくし、獲物を収穫する事に失敗した馬巨人は大口を開けて舌を振り乱しながら四つん這い姿勢でこちらへと駆けて来る。


「な?」


 俺はミックの方を向き、ドヤ顔をしてみせる。


「……それ、気に入ったのか?」


 ミックは俺にうんざりした表情を返してくる。



 戦闘開始だ。



 …………



 久しぶりの生け贄を発見し、狂喜乱舞した馬巨人がこちらへと迫り来る。


 馬巨人を見据えたミックが軽くステップを踏みながらこちらに声をかけてくる。


「お前の愛しの人が来たぞ」

「冗談でも言っていいことと悪い事があるぞ。……いや、馬刺しという観点からするとありかも」


 馬刺し、美味しい。


 しかし、あれを刺身で食べるのは勇気が必要というレベルを通り越して蛮行。


 ましてやあれが愛しい人などということは絶対あり得ない。



 つまり、ミックは今夜拘束されて夜中に出歩けないということだ。


 俺に愛しい人がいないというのに、ミックが愛しい人と会うことなど許されはしないのだ。


 この一見なんの繋がりもなく関係性が見出せないサイコパスじみた思考も散りばめられた点の中央に馬巨人というパワーワードをすえると割とそれっぽくなる不思議。


 などと戦闘に役立たない思考を切り上げる頃、ミックが再度声をかけてくる。


「炎を吐かれるとまずいな」

「ああ、あいつのご馳走も周囲にはもういないみたいだし、吐くかもしれん」


 現状、あの巨人の周囲にいるのは多分俺たち二人だけ。


 そうなってくると生け贄を焦がして食べ損ねるといった心配をしなくていい分、炎を吐く可能性が高まる。食うもん食って元気を取り戻したみたいだし、そろそろ吐くかもしれない。


「お前が何とかしろ!」


 ミックは俺にとても大事なことを丸投げすると、馬巨人目がけて駆け出した。



「あ、おい!」


 俺は慌てて声を上げて制止を試みるも、ミックが止まることはなかった。


 炎を吐かせないようにするってどうすりゃいいんだよ……。



 答えの出ない難問を押し付けられた俺は途方に暮れる。


 そんな間もミックは走り続け、馬巨人へと迫る。



 気がつけば意図せず二手に分かれる形となっていた。


 大物相手に二人で同方向から攻めることもないだろうし、二手に分かれる事自体は問題ない。相手の注意を分散できるので、これはこれで良いだろう。



 問題は馬巨人が吐く炎だ。


 あの炎は広範囲に広がるので、近距離や中距離で吐かれてしまうとかわすことが難しい。


 しかし、ミックは真正面から突撃してしまった。



 となると、俺が炎をなんとかしないと、ミックの丸焼きが完成してしまう。


 俺はまとまらないなりにまとめた考えを胸に【跳躍】する。



「よっ」


 スキルの影響で尋常ではない垂直上昇をした結果、視界を遮るものが減り、一気に見晴らしが良くなる。



 俺は【跳躍】で近くの民家の屋根に乗ると屋根伝いに移動を開始する。


 屋根を走って馬巨人との距離を縮めるとそこから更に【跳躍】し、五階建ての集合住宅の屋根へ移る。


 屋根の上から馬巨人の姿を確認できるポイントを見つけると、アイテムボックスから弓と矢を取り出す。



(まあ、炎を吐き出す予備動作を見たら、すかさず矢を射ってけん制するしかないか)


 タイミングを見て矢を射れば炎を吐くことを止めさせれるだろうし、失敗しても軌道をそらすことはできるはず。


 ちょっと消極的なプランだが、どうやって炎を吐いているのか仕組みが分からないのでやむなしだ。まあ、炎を吐く仕組みが分かったとしても、俺の手札であの巨体相手では根本を断つのは難しいかもしれない。


(吐かないでくれるなら、それにこしたことはないんだけどな……)


 心の中で炎を吐かないことを祈りつつ弓に矢を番えて弦を引き絞る。


 俺とミック、それぞれスタンバイOKといった感じだ。



 ――ヴオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!


 と、こちらの準備が整う頃、馬巨人が雄叫びを上げると、口を閉じて身構えるように顔を上げた。



 あれはまずい。


 言ったそばから炎を吐く気満々である。


「フッ」


 俺はすかさず矢を射る。


 狙い定めた矢が馬巨人の目に命中した。



 馬巨人はたまらず矢を受けた目を手で押さえながら身もだえし、口を大きく開けて苦しむ。


(お、うまくいったか?)


 見る限り、炎を吐くことを制止できた気がする。目は後一つ残されているし、あと一回は炎を吐くのを防げそうではある。


 などと考えながら次の矢を番え、不慮の事態に備える。



「行くぞぉおッ! ハァアアッ!」


 こちらのけん制がうまくいった頃、ミックも馬巨人へと肉薄していた。


 どこを攻撃するのかと見守っていると、ミックは走った状態から一気に上方へジャンプした。



 馬巨人の基本姿勢は四つん這い。


 つまり上へ飛べば、胸や腹に手が届く高さなのだ。


 どうやらミックは上へ飛んで腹を狙って攻撃するつもりらしかった。



 俺の予想通り、飛躍したミックは馬巨人の下っ腹目がけてジャンピングアッパーを放った。こう、なんていうか竜が昇る感じのアッパーだった。


 ミックが放ったジャンピングアッパーはサンドバックをぶち破ったような音を立てながら馬巨人の下っ腹に深々とめり込む。


 ――ブオオオオオオオオオオオオオオオンンッッッ



 たまらず悲鳴を上げて仰け反る馬巨人。



 四つん這いの姿勢から大きく体をそらし、立ち上がるようにして仰け反る。


 俺は苦しむ巨人の姿を弓を構えたままじっと集中して見守る。



 体を振り乱し苦痛を訴える馬巨人を見据え、狙いを定める。



 そして――。


「フッ」


 タイミングを見計らって矢を放つ。


 放った矢は起き上がってあらわになった馬巨人の胸に埋め込まれているミゴの喉に刺さった。



「くそ、ズレた」


 頭を狙ったのだが、ミゴが痙攣するせいで微妙にズレてしまう。


「いぎゃぁああああああああああああああああああああああッッ!」


 喉に矢を受けたミゴは声になっていない悲鳴を上げて上半身をバタバタと揺する。


 すると、それに連動して馬巨人も悶え苦しみ出した。


 やはりミゴと馬巨人は見た目通りに何かしら繋がっていて、痛覚などが連動しているのだろう。



 そんな中、ミックが静かに構えて制止した。



「いい子だからじっとしてろよ……」


 ミックは馬巨人を前に、地に根を張ったようにどっしりとした構えを取る。


 多分馬巨人の怯みが大きな隙と判断し、大技の発動に踏み切ったのだろう。




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