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11 ナパーム


「死ねぇえええええッ!!」


 などと分析していると、こちらの方へも工員が駆け寄って来る。


「フッ」


 と、慌てず矢を射る。


 工員は頭部に矢を受け、こちらへたどり着くことなく倒れた。



(俺にはこっちの方が安定してるな)


 などと自分のスタイルについて心の中で再確認する。


 やはり、相手が遠距離攻撃手段を持たず、遠距離攻撃に対する防御方法がない場合は弓でいくのが手っ取り早い。


 どんどん矢を番え、射っていく。


(一応ミックが動き易いように狙うか)


 多少は援護した方がいいだろうと考え、弓を構えたままミックの方を向くと大勢に囲まれて本人がどこにいるか分からない状態になっていた。



 おしくら饅頭でもしているかのような密集具合の中、たまに工員が磁石で弾かれたかのようにあらぬ方向へすっ飛んでいく。


 どうやらミックへ攻撃を加えようとした者から順にカウンターをくらって吹き飛ばされているようだった。


 なんというか、ミックの姿が見えなくてもその技術の凄さが伝わる一場面なのだが、援護するには難しい状況である。


(あそこまで全方向に包囲されてるとわけが分からん)


 俺は止む無くミックを包囲している人間団子の端から順に矢を射って倒していくことに決める。あまり中心に近いところを狙うとミックに誤射してしまう可能性があるので消極的にならざるを得ない。


 ミックが特攻してくれたお陰で大半の工員は落ちた菓子に群がるアリのようにミックの方へ吸い寄せられているので、こちらは案外動き易かった。


 そのおかげでなるべく同じ場所に留まらないように心掛けながら矢を射れば案外敵は寄って来ない。


 しかも工場内は巨大な木箱が乱雑に置かれているため、身を隠して移動しやすかった。



 適度に【縮地】を利用して木箱間を移動すれば、相手はこちらを見失って中々追いついてこれない。そして躍起になって追いはじめると隙ができ、いい的になる。


 そうやって相手をかき乱しながら着実に仕留め、ミックの周りに群がる敵も間引いていく。



 そうこうする内に結構な数を仕留めることに成功したが、こちらが地味にやっているうえにミックが派手に暴れまわっているからか、意外に目立たない。


 工場全体を使って大きく周りながら戦闘を続けた結果、相手の数が確実に減っていく。ふと気がつけば、俺を追ってくる者はいなくなっていた。


 どうやら向こうさんは俺との実力の差を察し、一旦隠れて不意打ちの機会を窺いはじめているようだった。


(ミックの方はどうだ)


 しばらく援護できていなかったが大丈夫だろうか、と視線を向ける。すると、ミックを中心にしたおしくら饅頭も中身の餡子が見えるほどに数が激減していた。どうやら俺の心配は杞憂に終わったようで、危なげない戦いが続いていた。



 俺を追ってくる者もいなくなり、ミックの回りにいる敵も残りわずか。


 これは一気に片をつけるチャンス到来だ。



 俺は指の股に三本の矢を挟むと横にした弓に番えて弦を引き絞る。


 狙うはミックの周囲にいる工員だ。ここは一発で倒すことは諦め、とにかくなるべく多数に当ててけん制したい。


 俺は命中させるに充分な射程まで一気に距離を詰めると、ミックに誤射しそうにない位置にいる工員たちに狙いを定める。


「フッ」


 そして吐き出す息と共に矢を放つ。放つと同時に弓を置き、駆け出す。


 放った矢は狙い通りに三人の工員に命中し、行動不能に持ち込んでいた。



 そんなうずくまる工員目がけて鉄杭を投擲し、とどめを刺す。


 鉄杭を投げ終えたあとはナイフを抜き、そのままおしくら饅頭へ突撃した。


「よっ」


 俺はミックが打ち漏らした工員へと肉薄し、【短刀術】に身を任せてナイフを振るう。


 回転するような動きで男の喉と肺を裂き、蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばしてできたスペースへと侵入し、次のターゲットを切り刻む。



 ミックを避けつつそんな行動を繰り返し、敵を仕留めていく。


 そして気が付けば、ミックと背中合わせの状態となって敵を全滅させていた。



 立っているのは俺とミックの二人だけという状態を確認し、肩の力を抜く。


 ふぅっと軽く息を吐くころには、埃が舞う音が聞こえるほど周囲が静かになっていた。


「お、ナイスアシスト」


 背後のミックからお褒めの言葉をいただく。


「なんだろう……、深みにはまっている気がしてならない」


 視界に入る敵全てを全滅させた後の感想としては少し遠慮がちなものとなったが、実際感じた気持ちはそんなものだった。そんな気分の中、弓を拾いに行き、再びミックの元へと戻る。



 …………



 こちらへ向かって来る者がいなくなり、辺りが静かになるとミックがおもむろに懐から変形した懐中電灯のようなものを取り出した。


「うし、ちょっと離れてろ」


 そして俺の方に手で合図を出すと、懐中電灯のような物を構えて投擲姿勢に入る。


「え、それ何?」


 不穏な空気を察知した俺は、すかさず正体不明の物体についての説明を求めた。


「改造した着火用魔道具だな」

「ん、火をつけるのか?」


 ミックの返答を信じるなら、懐中電灯もどきは着火用魔道具らしい。


 普段俺が使っている着火用魔道具はちょっと大き目のライターみたいな感じだったため、イメージが結びつかなかった。



 そんな魔道具を投げつけるという事は火をつける、ということなんだろう。


 まあ、この工場も最終的には燃やすだろうと思ってはいたので、そういう物を持ち歩いていた事に疑問は感じない。



 しかし、ちょっとタイミングとしては早くないだろうか。


 できれば屋外に出てからにしてほしいところ。



 などと考えているうちにミックが魔道具を作動させる。


「改造って言っただろ? こいつは火炎瓶の何倍もの威力があるんだぜ」


 魔道具について得意げに語るミック。



 その理由は改造されて高まった威力にあった。


 いわゆるちょっとした焼夷弾。


 驚きのナパームである。


 ナパーム剤は入ってないけど。


「は!? こんな近距離で何考えてるんだ!」


 そんなブツを至近距離かつ屋内で作動させようとするミックに驚きを隠せない俺。


 外から室内に向かって投げ込めよ、と考えてしまうのはきっと俺だけではないはず。


「大丈夫だって。いくぞ?」


 そしてぽいと投げる。


「うおおおおおいッッ!!」


 静止が間に合わずに投げられてしまった魔改造着火用魔道具は綺麗な放物線を描いて機材の方へと飛んでいく。


 投擲された懐中電灯モドキが機材群にコンと接触すると眩い閃光を放つ。


 次の瞬間――。


 ――ッドオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 激しい音を立ててつつ、炎が燃え広がる。


 炎はまるで生き物のように凄まじい勢いで周囲を飲み込んでいく。



「おー、よく燃えるわ」


 額に手を当て、遠くを眺めるような仕草で他人事のように感想を述べるミック。


 実際、魔改造着火用魔道具はミックの言う通り凄まじい威力だった。



 しかし、その威力のお陰で炎に包まれた機材群が勢いよく燃え上がり、工場内の一部が炎の海と化していく。



「俺が思うに、はじめからそれを投げ込めばよかったんじゃないですかね?」


 懐中電灯モドキの威力を見るに、俺たちが突入する意味はなかったのではないだろうか。


 外から放り込めば済んだんじゃないかと思ってしまうほどよく燃えている。


 なんというか、火の海を目の前にしてこんな悠長に話している場合じゃないんじゃないかっていうくらいの燃えっぷりだ。




「魔道具は機材の破壊とお薬焼却が目的だからな? 適当に放り込むわけにはいかねえんだよ」

「そうですか」


 俺はそっけない相づちを打ちつつも、ミックの説明に珍しく納得する。


 女を口説くときの説明に関しては一切納得できなかったが、今回は頷ける内容だった。


 完全に工場の機能を停止し、薬の流通をストップさせて金を調達するのを阻止するのが目的なんだから、それ専用の切り札を用意しておくのは当然。そんな切り札を確実でない状況で使ってしまうわけにはいかないということなんだろう。


 眼前の成果を見る限り、ミックの選択は間違っていなかったというわけになる。



 などと一人納得して頷く俺の隣でミックが懐をゴソゴソやっているのが目に入った。


 何してるんだと注視すれば、魔改造着火用魔道具を三個取り出し、作動させているところだった。


「よし、次々いくぞ。ほ、ほ、ほッ」


 リズミカルに投擲を再開するミック。


 投げた魔改造着火用魔道具は、作業台、材料が入っているであろう麻袋の山、奥の倉庫へと放り込まれた。


「お、おい、いくらなんでも投げすぎだろ。外に出てから投げないと俺らも逃げられなくなるぞ」


 余りに大胆すぎる着火に顔を青くする俺。



 魔改造着火用魔道具の威力ははじめの一発で充分わかった。


 そんな物が同時に三個も放り投げられたとなるとちょっと慌ててしまう。



 俺が呆気にとられてビビッている間に魔道具が作動し、次々と火の手が上がる。


 そしてそれぞれの炎が繋がり、視界が朱に染まっていく。


 ――ア゛ア゛ア゛ア゛


 眼前の視界が炎で埋め尽くされる中、隠れて不意打ちしようとしていた者たちが次々と火達磨となり苦しみもがく。


 真っ赤に彩られた周囲は地獄絵図と化していた。


 大丈夫か……、これ。




「まあ、こんなもんかな。じゃあ本邸に行くぞ」


 パンパンと手を打ち合わせて埃を払うような動作をしたミックは次の目的地を告げる。



「了解だ、この上にあった屋敷だな」


 こんな火だらけの場所から一刻も早く出たかった俺は、ちょっと早口気味に返事をしながら頷く。


 そして、踵を返して出入り口へ向かおうとした時――。



「うわあああああああああああああおおおおおおおおおおおおッッ!!!」



 悲鳴と咆哮が入り混じったような声と共に炎に包まれる倉庫の方から男が一人、壁を突き破って飛び出してきた。


 男は二メートルを超える巨漢で、顔にはホッケーマスクのような物を被り、両手には火が燃え移った角材を握りしめているのが見える。


 ホッケーマスクの男は他の作業員同様上着は着ておらず、上半身があらわになっていた。 そのせいで異常に筋肉が発達しているのが見て取れる。


 鋼のような肉体の至る所に異常に太い血管が浮き上がり、ホッケーマスクの間から覗く眼は大きく見開かれて血走っていた。マスクで口元は隠れていたが荒い息づかいによって絶え間なく湯気が立ち上がり、フウフウという呼吸音がこちらまで聞こえてくる。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 俺たちを見つけ、角材を振り回しながら再度咆哮する男。



「お前の知り合いか?」


 やれやれといった表情で俺を見るミック。


「違うわ!」


 なぜ俺の知り合いだと思ったのか、その発想に驚愕する。



「悪い、お前の突っ込むときの顔にそっくりだったから……」

「ちょっとひどくないですか、それ……」


 俺、あんなに血走った顔で突っ込んでないから。


 そんな必死じゃないから。



 微妙にショックを受けて意気消沈してしまう。



「そうだな。俺も言ってからないなと思ったわ」

「来るぞ……」


 俺たちの会話が一段落つく頃、ホッケーマスクの男は炎の海を駆け抜けてこちらへと迫ってきた。



 …………



 ホッケーマスクの男は落ち着きがなく、野生をむき出しにしたような荒々しさがあった。


 巨漢で恐ろしい外見なので急に目の前に現れたらチビる自信はあったが、動きの方は隙だらけだ。


「フッ」


 俺は迫り来る男目がけてすかさず矢を射る。


 放った矢は男の胸を的確に貫いた。


 隙だらけの上に、上半身裸で無防備。おまけに図体がデカいので的もデカいと三拍子そろっていたため、綺麗すぎるほどに上手く当たってしまった。


「よし……。って、え?」


 矢は両てぃくびの真ん中へどんぴしゃで命中した。そのため、終わったなと気を抜いたのだが、ホッケーマスクの男は一切怯まず、こちらへと駆けるのをやめない。


(浅かったか……?)


 命中した矢を確認してみるも、しっかりと胸部に刺さっているのがはっきり見える。当たりが悪かったとは思えない。


 無敵の星でも取っていない限り傷は負わせられているはずなので、このまま攻め続ければ問題ないだろうと新たな矢を取り出す。


 そして慌てず矢を番え、素早く弦を引く。


「フッ、フッ」


 俺はホッケーマスクの男目がけて再度立て続けに二本の矢を連続で射った。


 そしてその全てが男の胸に問題なく命中する。


「イ゛ガアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 が、男は怯まず、走ることを止めず、奇声を上げながらこちらへと向かって来る。


 …………怖い。



「あいつ人間か?」


 至極当然の疑問を感じて口にしてしまう。


「あのギラつきようからして、痛みを感じないんじゃないか?」


「あ〜……」


 ミックの言葉になるほどと納得してしまう。


 要は超興奮状態のため、痛みを全く感じないということなんだろう。


 どうして超興奮状態なのかといえば下剤を大量摂取してポンポンに意識が集中しているためだろう。いや、違うか。でもなにかしら大量摂取はしていそうな気配。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ホッケーマスクの男は胸に矢を受けても怯まず炎の海を走り続け、とうとう俺達に攻撃が届く間合いまで到達する。炎を突き破り火の粉を纏った男は咆哮と共に燃え盛る角材をこちらへ振り下ろしてきた。


「任せろ」


 短い言葉と共にミックが前に出て拳を振るう。


 ミックが繰り出したパンチは燃えて黒く変色した角材を打ち砕く。



 そこで終わらず、次撃を振るう。



 次のパンチは男の横っ腹を捉えた。


 男の腹に思い切り沈み込んだミックの拳は相手の肋骨を砕いたらしく、ボキボキと耳障りな音が鳴る。



 しかし、男は全く動じない。


 残った角材でミックを殴りにかかろうとする。



 拳が深く沈みこんだことで引き抜くのに手間取ったミックは迫り来る角材を残された手で弾く。が、両手を大きく広げる形となってしまい、隙だらけとなってしまう。


 そんなミックの腹にホッケーマスクの男の蹴りが突き刺さる。蹴りがまともに当たり、地面をこするようにして吹き飛ぶミック。


(痛みを感じず、怯まないってのはこんなにやりにくいのか……)


 俺は吹き飛ばされても問題なく立ち上がるミックを眼の端で捉えながらナイフを抜いてホッケーマスクの男の背後へ回ると、【張り付く】を使って背中にぴたりと張り付いた。


(胸が平気でも頭は無理だろ)


 ホッケーマスクで顔はガードしていたが、後頭部は無防備。


 男の背中に張り付いた俺は男の頭頂部目がけてナイフを振り下ろす。


 ――が。


「ン゛ガアアアアアアアアッッッ!!!」


 ホッケーマスクの男は何を思ったか、なりふり構わないような力任せの動作で思い切り後方へ飛んだ。


「うっ」


 急な事態にナイフを振り下ろせず回避も出来ずに、なすがままになってしまう俺。


 慌てて背後を見るも、凄まじい速度で巨大な木箱が眼前に迫りつつあった。


(かわせない!?)


 衝突までに残された時間では衝撃に備えて力むぐらいしかやれることはなかった。



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