6 話し合う
「気になって来てみればこの様か……」
次いで木陰の方角から男の声が聞こえてきた。
その声音ははじめて聞くもので、フォグではないことが分かる。
(新手か……?)
声のした方へ視線を向けると男が一人、姿を現した。
青い頭髪と鋭い目つきが印象的な男だったが見覚えは無い。
今相手をしていた連中は飯屋で見かけた顔だったが、眼前にいる男ははじめて見る。話してやりすごせるならそうしたいところだがどうだろうか、と考え、話しかける。
「誰かは知らんが、向こうから仕掛けてきたんだからな? こっちは一人でどうしようもなかったんだから、あんまり責めてくれるなよ?」
今回は正当防衛を主張してもいい気がしたのでちょっと言ってみる。
「責められるのはそこでくたばってる奴らだな。十人で一人に負けたんじゃあ、生きていても責任を取らされるのは必至だ」
青髪の男は周囲に横たわる死体を見て不敵に微笑する。
「そうそう、悪いのはそいつ……ら、なんだけどお前の言い方に引っかかりを覚えるんだけど気のせいかな」
どうにも男の言い回しが気になり、問いかける。
「気のせいではないな。なぜならお前を始末しろと命じたのは俺だからだ」
静かな雰囲気をかもし出しつつも俺へ鋭い視線を送ってくる青髪の男。
「おっと、こんな善良な旅人を襲うよう指示するなんて……。お前、さては極悪人だな」
どうやら今しがた仕留めた奴らの大将が目の前の男らしい。
つまりこいつが勘違い野郎ってことだ。
「善良な旅人が聞いて呆れるな。で、お前はどちらなんだ? 今答えるなら楽に死なせてやるぞ」
青髪の男は特に声を荒らげるわけでもなく、淡々と俺を問い詰めてくる。
どうもこいつは俺が内部監査か潜入捜査に来たと信じて疑わないようだ。
そして話の内容を聞く限り、俺がどちらと答えても殺されることが確定しているのは間違いない。
まあ、俺はどちらでもないので、まだ円満解決な生存ルートは残っている……、だろうか。
「どっちでもないわ! こっちはちょっとした観光気分と田舎暮らしを味わいたかっただけなんだよ!」
と、事情を説明するも信じてもらえる予感が一切しない。
「観光とはよく言ったものだ。確かにここの裏の名所である畑や工場を見に来たというのなら観光ともいえる。つまりお前は潜入捜査官で間違いないんだな?」
「どの畑だよ! こんなモロバレの潜入捜査官なんているわけないだろうが!?」
向こうから言わなくてよさそうな情報を開示してくれる逆方向に親切な男へ突っ込む俺。
これで俺は知らなくてもいい事を知ってしまった気がするわけで。
なんていうか、どっちにしろ生かして帰さんと言われそうな気配がビンビンである。
「雑魚を十人殺した位でいい気になるなよ?」
青髪の男は余裕の表情で腰に差した両手剣を抜き放つ。
なんかかっこいい台詞っぽいけど仲間を雑魚呼ばわりはどうかと思う。
「おい! 構えるなよ! 話し合おうぜ?」
男の臨戦態勢に慌てた俺は弓を置き、両手を上げて降参のポーズを取る。
こちらとしては対話での円満解決を諦めたくない。
でも無理だろうな、とは思う。
「話し合うさ。お前を捕らえた後にたっぷりとな」
俺の言葉を聞いた青髪の男は同意しながらも剣を構え、今にも飛び出さん雰囲気を発してくる。
「それ、俺の勘違いじゃなかったら話し合うって言わないよね?」
尋問とか拷問って言葉が適当なのではないかと思うのは気のせいではないだろう。
「こう見えて俺はその手の会話は得意なんだ」
話を続けながらも軽業のように両手剣を振り、威嚇する青髪の男。
青髪の男が繰り出す剣技を見ていると、さっき襲ってきた男達に酒場で挑発された際にバタフライナイフでも振り回してみれば、とアドバイスしたことが頭をよぎる。
そうそうそんな感じ、とは思うものの絶妙にタイミングが遅い。今さらそんなものを見せ付けられても俺はどういったリアクションをとればいいのか分からない。
それにしても、この男が言う“会話”が俺の切望するのとはかけ離れている事だけは確かで、こちらが望む結果にならないことも間違いない。
「どの手だよ。男とピロートークとかは遠慮したいところなんだが」
嫌な会話もあったものだと、うんざりしながらも間合いを調節していく。
「大丈夫だ。俺の会話は声を使ったものではない。直接体に聞くタイプのものだ。まずはここで少し試していけ。口では嘘を吐いても体は正直だってことを思い知らせてやる」
「今の台詞の後半は是非美女に言われたいところだが、お前と体を使ったトークは御免だな」
ウフフ、体は正直なのね、ここがもうこんなに……、とか言われたいな! などと現実逃避を試みるも男の顔が正面にあるため、すぐに現実に引き戻されてしまう。畜生。
「一応、お前のことは本邸の方にも知らせる様に言ってある。ここを凌げたら終わり、などとは考えないことだな……」
「俺の名前すら知らないくせに偉く自信満々だな」
俺は男に悟られないように鉄杭を取り出しながら、本邸とかどうにも人数が多そうなワードが挟み込まれていたことに心中で顔をしかめる。
「問題ない、不足分は捕らえてからたっぷり補うさ」
「よっ」
俺は男が返答するタイミングに合わせて鉄杭を投げつけた。
が、青髪の男は軽く剣を振り、鉄杭を弾いて見せる。
「開始の合図を出してくれるとは中々親切じゃないか!」
男はそう言うと剣を振り上げ、こちらへ飛び出した。
「当然だろ? こう見えて紳士で通ってるからな」
俺は片手剣とナイフを抜きながら男を見据える。
残念ながらこちらが武器を抜いて構えを取るころには男が攻撃可能な間合いに到達してしまう。
「ふんッ!」
青髪の男が短く息を吐きつつ、両手剣を振り下ろす。
ブオッと大きな風切り音とともに両手剣が俺へと迫る。
俺は迫り来る両手剣に片手剣を合わせ、慌てず【剣檄】を発動した。
途端、お互いの得物が大きく弾かれ、腕がピンと伸びきる。
すかさず、俺はナイフを持っている手に集中し【短刀術】へ切り替えを行いつつ、【縮地】で相手の側面を取るように移動。そこから相手の背後に回り込む。
そしてそのまま【短刀術】の流れに任せ、男を数度切りつけ、とどめに【剣術】へ切り替えてからの片手剣で袈裟斬りを行った。振るった片手剣が男の背に深々と沈み込み、肉を断ち切る。
「ッ!? グアアアアアアッ!」
青髪の男は俺の動きに対応できず、全ての攻撃をその身で受け止め、両手剣を取り落とす。
剣が地面へと落下し、カランカランと金属独特の音が男の悲鳴を彩る。
「あれ?」
結構勿体付けた登場の仕方だったし、ボスっぽい語り口調だったため、なんともあっさり風味に片がついてしまったことに思わず声が漏れてしまう。
もっと苦戦すると思っていただけに拍子抜けもいいところだ。
「ま、まさかこの俺が敗れるとは……。多数の部下を従え、この街でも指折りの実力者であるこの俺が……」
首だけこちらを振り向いて色々と喋った後、口からつうっと血を滴らせながら体勢を崩して膝立ちになる男。
「そ、そうなんだ」
男の話した内容は死にかけている割にはどこか自慢げな感じだったが、俺からすればそんなに強いという印象がなかったため、どうにも冴えない相づちとなってしまう。
「だが調子に乗らないことだな。いくらこの俺が強いとは言っても世界には強い奴がごまんといる……。お前もいつかそんな奴らに殺される日が来るだろう……、この俺のようになッ!」
言いたいことを言いたいだけまくしたてた男はそのままバタリと倒れ、息絶えた。
「世界って……。この街にはいないのかよ……」
男の最後の言葉を聞き、つい言い返してしまうも返事が返って来ることはなかった。
男は相当自分の腕に自信があるような捨て台詞を吐いて息を引き取ったが、俺からすれば首を傾げるものだった。
案外、この男は街から出たことがなかったのかもしれない。
そう思わせるにたる実力しか持ち合わせていなかった。
いや、今回相手にした男たちだけでなく、この国の人間の大半が他の国と比べると弱い可能性もある。
そう思わせる理由はこの国に来てからモンスターとの遭遇が非常に少なかったことが起因している。つまり、この国の人間はモンスターが少ないせいで戦闘経験も少なくなってしまっているのではないか、と思うのだ。
まあ、これから敵対するかもしれない相手の実力が低い事は喜ばしいが、自分が強いと思い込んで思わせぶりな態度を取られると実力が測りきれずに難儀しそうではある。
どちらにせよ、たった今強いかもしれないと身構えた相手ははじめに見せた軽業がすごいだけの男だったというわけだ。
それだけに戦闘の印象も薄くなるはずだったのだが戦っている最中にどうにも気になることができてしまっていた。
「まあ、いいか。それよりも……」
戦闘中に気になることがあった俺は男の死体から視線を外しつつ、今の戦闘を思い返して腕組みをする。
(それにしても……、ほぼノータイムで使えたな)
気になること、それは【縮地】だ。
覚えたてのころは発動まで数秒を要したが、今となってはほぼタイムラグなしで発動できるようになってきた。最近は発動までの時間がかなり減ってきているという自覚はあったが、ここまでスムーズに発動できたのははじめてかもしれない。
最大飛距離の方はそれほど伸びていていないが、距離の調節の方はかなり上手くなった。
擦れ違いに一撃入れたはいいが距離が空きすぎてしまったということももうない。
多分、何度も使ってきたせいでコツのようなものが掴めてきたのだろう。
まあ、オリン婆さんの瞬間移動を見た後だと、まだまだといった感が否めないどころか赤子同然といった感じだが……。
(【縮地】もそうだけど、【張り付く】の方も後一歩のような気がするんだよな)
そして【張り付く】の方にもちょっとした手応えを感じていた。
最近、【張り付く】の切り替えをタイミングよくやれば張り付いた状態で移動できるのではという感じがするのだ。
以前試したときは失敗して落下してしまったが、それ以降できないものだと思いこんで練習すらしていなかった。だが、指先だけで張り付いたりと変則的なことを繰り返したせいか、ちょっとコツが掴めつつあるのだ。
あと少し、何かきっかけでもあれば一気に上達しそうな気がしてならない。
【縮地】と【張り付く】、この二つのスキルの扱いが急に上手くなってきたことには理由がある。
それは数日前に訪れたンドゴラ遺跡だ。
あの遺跡で俺は罠にはまりまくった。
そしてその度にスキルを駆使して根性で回避しまくった。
ただ命懸けで罠を回避していただけだったのだが、それが意図せずスキル特訓のようになってしまったのだろう。
妙なところで災い転じて福となしていることに微妙に納得できず、なんとも複雑な気分になってしまう。
俺の中でスキルは収得した時点で終わりというイメージがどこかにあった。
だが、それは間違いだ。その考えを裏付ける好例としてオリン婆さんがいる。
しかしスキルの技術を向上させるのは凄まじい難易度だということも分かる。
ただ使っているだけで上達する代物ではないということは今の俺の現状を見れば分かる。
命懸けの状態、自身の命に危険が迫り超絶的な集中力を発揮した状況下でないと一皮むけない感じなのだろう。だがそんな状況で不慣れなスキルを使って無理から技術向上を狙えばどうなるかといえば死が待っているだけだ。
スキルの技術向上のためにまたあの遺跡にこもるなんていうのは絶対御免だ。
(そう甘くないって事だよな)
と、一人納得する。
今はこれで満足しろってことなんだろう。
…………
「さて、どうしたもんか……」
戦闘とスキルの考察を終えて腕組みを解いた俺は新たに増えた死体を見下ろしながら呟く。
「見事なものですね」
――と、どこからともなくフォグが現れた。
「うおう!? 急に出てくるなよ」
相変わらず心臓に余計な負荷がかかる登場に身を強張らせてしまう俺。
ほんと普通に出て来れないものだろうか。
「これは失礼。それにしても、さすがですね。かなり不利な状況に見えたのですが、問題なく対処できていました」
フォグは淡々と俺を賞賛してくれるも余り嬉しくはない。後、顔が怖い。
「つってもなぁ……。報告に行かれたらしいし、これからがヤバイ気がするんだよな。大体、あれだけの人数だったんだから助けてくれよ」
正直、一人で来ていた青髪の男だけでもその隠密性を有効活用して、こっそりと始末してほしかった。
「戦闘は専門外でして……」
「専門外ねぇ」
これだけ気配を消せるなら楽勝で不意打ちできそうなものなのにな、と思ってしまう。
だが、済んでしまったことはしょうがない。
さっさとこれからどうするべきか考えるべきだろう。
「ところで……、ご相談があるのですが……」
「断る」
即座に断る。
「貴方にとっても悪い話ではないと思いますよ」
「断る」
間髪入れずに断る。
「これだけ殺した上に、本邸に報せが行ったわけですし、ここで蹴りをつけておかないと面倒なことになりますよ? ですが心配ご無用、そんな貴方に妙案があるのですがいかがでしょう」
「話を聞こうか」
いつになく熱心な勧誘を受け、結局話を聞くことにする。
遺跡で一件、この街で一件、計二件もトラブルを引き起こすとさすがにまずい。
自分で思いつく枠外のアイデアかもしれないし、フォグの妙案に耳を傾けるのも悪くないと判断するも、深みにはまっている気がしないでもない。
「ケンタさんが仕留めた連中はある組織の下部組織に属する構成員です。どういう組織かというのは我々が関与している時点でおおよその見当はつくかと思います。つまり、ここでうまく片をつけておかないと面倒なことになる、といったところです。きっと貴方が力尽きるまで延々と追いかけまわすぐらいのことはしてくるでしょう」
「ぇー……。ナニソレ」
ここにフォグがいる時点で嫌な予感はしていたが、雲行きがどんどこ怪しくなっていく。




