5 二大派閥
するとそこには、一切血の気が無く真っ青になった不気味な男の顔がこちらを見ていた。
男は俺と目が合うと不気味に頬を引きつらせてみせた。
「――――――」
俺は恐怖のあまり、声にならない悲鳴を上げてしまう。
恐怖の対象から遠ざかろうと無意識に後ずさる。
そしてかまどの中に足を突っ込んでしまった。
「あっつ!」
俺は自身についた火を振り払おうと、奇抜な新作ダンスでも披露するかのように身もだえする。
それと同時に金網がひっくり返り、上に乗っていた俺セレクションである腸詰が燃え盛る火の中へ突入していった。
「――――――」
腸詰が無残な姿になる光景を目撃し、声にならない悲鳴を上げてしまう。
本日二度目である。
そして段々と我に返り、全ての食材が台無しになったことに気付く。
「アーーーーーーーーーーーッッ!!」
ワンテンポ置いて絶望を実感し、絶叫してしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
と、超絶に不気味でゲッソリとした顔がゆらりとこちらへ近づいてくる。
「アーーーーーーーーーーーッッ!!」
間髪入れず絶叫する俺。
本日二度目である。
総評――、ちょっと喉が痛かった。
…………
「ったく、声をかけるなら、もう少し遠くから頼むぜ」
俺は消えそうになったかまどの火を調節しながら愚痴る。
「すみません。これでも機を見計らったのですが……」
不気味にゲッソリした顔が申し訳なさそうな表情で俯いた。
「どんな機だよ!? お陰で飯が台無しになったんだからな!」
どうやら俺に話しかけるチャンスを見計らった挙げ句にあの結果だったらしい。
ならば、適当に声をかけられていたらどんな大惨事に発展していたことか……。
「返す言葉もごさまいせん。よければこれでもどうぞ」
と、言いながら不気味な顔の男は懐からパンを取り出し、こちらへ差し出した。
「おう、貰うわ。てか、なんでこんなところにいるの!?」
俺はパンを受け取り、一かじりしてから一番の疑問を口にした。
こんな人里離れた森の中で知り合いと遭遇する確立など、ほぼゼロだというのになぜ出会ってしまったのか。
俺はうんざりした表情で不気味な男の顔を再度見つめる。
この顔、じっくり見たくはなかったが、まじまじ見つめると見覚えがあることを思い出す。
名前は確かフォグ。
ミックの仲間で、情報収集を専門としている奴だったはず。
異常に気配を消すのがうまくて目の前で消えるようにいなくなったことに驚いたのが記憶に残っている。
「もちろん仕事ですよ。ミックが仕事でこの国に来るということは私も当然来るということです」
俺の問いかけに仕事だと簡潔に答えるフォグ。
「それもそうか。……ん、オラちょっとハラハラしてきたぞ?」
そういえばミックもこの国での仕事があり、移動中に船でオフを楽しむような事を言っていたのを思い出す。
その後、この国の港で再開した時も仕事があるからとその場で別れた。
つまりはこのカッペイナ国で何か用事があるということ。
となると同じ組織に所属しているフォグもこの国に用事があるのは頷ける。
そこまでなら“それもそうか”と得心がいく。
問題はなぜフォグがここにいるかということだ。
ここにいるってことは、もしかしなくてもルルカテの街に用事があるからではないだろうか。
だってこの辺りに他に街なんてないしね!
そう思い至ると、どうにも胸騒ぎが止まらない。
「どうしたのですか?」
フォグが俺の挙動不審な表情を見て、益々挙動不審に拍車がかかりそうなほど不気味な顔で心配してくれる。……やめてくれ。
「もしかしてルルカテの街で仕事なのか?」
そして俺がハラハラしている原因をダイレクトに尋ねてみた。
「その通りですね」
「断る」
即座に断る俺。
英断である。
前の世界ならやれない場合もやれますと答えなければならず、できない場合もできますと答えることを強要され、無理ですと言うことはやる前から諦めていると断じられ、絶対に許されない。そういう意味では、こうやってばっさり断れるのも異世界ならではなのかもしれない。
これは案外気持ちいい……、癖になりそうだ。
「まだ何も言っていないのですが……」
「でも俺に近づいたって事は仕事に誘うためなんだろ? そうなんだろ?」
仕事の勧誘以外でフォグがここで俺に接触してくる理由が他に思い当たらなかった。
そのせいか断定的に問い詰めてしまう。
でも、間違いない気がするんだ。
俺、ついにシックスセンスに目覚めちゃったかも。
「いえ、今回は違います。違いますが、誘ってもいいかなとも思います」
俺の言葉に怯んだフォグは一拍おいてから否定するも、肯定した。
「どっちなんだよ!?」
はっきりしない回答につい突っ込んでしまう。
「単にはじめは街で貴方を見かけて驚いただけだったのです」
「あ、そうなんだ。まあ、偶然会ったら驚くよね」
フォグの説明になるほどね、と頷く。
旅先で偶然知り合いに会えば声の一つもかけたくなる気持ちは理解できる。
俺も前の世界で遠方に出たとき、偶然同僚を見かけて声をかけたら数秒遅れて上司の奥さんが後ろから出て来て場が凍りついたのを思い出す。不倫ダメ、絶対。
「なので警告しようと思って、こうやって会いに来たということだったのですが……」
「ん、なんか真ん中が抜けてないか? 警告ってなんだよ。あとなんで途中で話を区切ってんだよ!? その先があるような言い回し何?」
フォグの思わせぶりな話し方に俺の嫌な予感ゲージが限界点を突破する。
聞かなければ巻き込まれない可能性もあるが、ここまで聞いてしまうと気になって眠れない。
「我々が仕事をしようとするほどには、この街も胡散臭くて危険なところだから移動した方がいいですよ、と忠告しようとしていたのです。ですが、それも意味がなくなってしまった、といったところでしょうか」
俺の言葉に促されてフォグが話の続きを口にするも、結局主題が抜けていて要領を得ない感じになってしまっていた。
「遠まわし! 遠まわしに言うのやめて! 大体もう街の外じゃん。もう街から出てるんだから、今さら警告する事なんてないよね!?」
フォグは何か危険を警告しに来てくれたみたいだが今は街の外。
ここまでくれば大丈夫なはず。
「そうだと良かったのですが……」
言葉尻を濁し、申し訳なそうな顔で言いよどむフォグ。申し訳ない顔も当然怖い。
「遠まわし2! 本題! 本題に入って! デンジャースメルがするから、お前が知ってることをさっさと話してくれ!」
段々耐え切れなくなった俺は本題をさっさと話すようにフォグを急かしたてた。
俺の身に危険が迫っている気がしてならないので必死である。
「貴方の後を追って複数の男がこちらへ向かっています」
「そういうの早く言って!」
遅い。
中々注文した出前が来なくて電話で確認したら“今出ました”って返答が返って来る後ろで“滝川さん家のラーメンセット上がり!”って聞こえるくらい遅い。
「チンピラ風の男が十人こちらへ来ますよ」
フォグが早口で内容を伝えてくる。
「そっちの早くじゃないからね!?」
俺の早く言えという指摘に対して凄まじい早口で応えてくれるフォグ。
違う、そうじゃないんだ!
というか不気味な顔のくせにそういうお茶目なところもあるんだなと妙なところで感心してしまう。
「私は情報収集専門で戦闘は専門外なので、これで失礼しますね。では、生きていればまた会いましょう」
フォグは早口で俺に別れを告げると、まるで蜃気楼のように姿を消した。
「what!?」
誰もいなくなった森の中で、俺の英語の腕が披露される。
遮蔽物がない空間の真正面でそういう消え方するから幽霊に間違われるんじゃないのかと思ってしまうも、別に消えなくてもあの顔じゃ気味悪がられるかと、とてつもなく失礼なことを考えてしまう。
結局、フォグから情報を聞き出すことには成功するも、俺の危機的状況は変わらなかった。
「行っちまいやがった……」
ぱちぱちとかまどの中の薪が燃える音を聞きながら、誰もいなくなった空間を見つめて呻く。
フォグとの会話が終わって静かになったせいか、こちらへと近づいてくる物音もよく聞こえる。
俺が呆然としている間に枝をかきわけながら大地を踏み締め歩く音がだんだんと大きくなってくる。
そして――
「おい、いたぞ……」
「ああ、探したぜ」
「こんな遠くまで移動しやがって……」
――酒場で俺を挑発した男達が枝をかきわけながら、かまどの側にある開けた空間へと乗り込んできた。
視線を巡らせると絡んできた三人を先頭に、店にいた客全員がやって来ているようだということが分かってしまう。どうやらフォグが知らせてくれた十人の内訳は、あの時酒場にいた客全員のようだった。
「なら探さなくても良かったんだぞ?」
男達のほうを見やりながら帰ってくれないかと言外に伝えてみる。
「もう、そういう状況じゃない」
先頭に立っていた男が腰に下げていた鉈のようなものを抜く。
男の顔は酒場で会ったときのようにこちらを見下すような雰囲気が抜け落ち、代わりに覚悟のようなものが感じ取れてしまうほど緊張感のある顔立ちになっていた。
それは後ろに続く男達も同様で、ふざけた表情をしている者が全くいないことに気づく。
「さっきはそっちから逃げていったのに、今度は相手してくれるのか?」
間合いを調節しようと数歩後退しながら尋ねる。
正直こんなところで無双しても無双損だし、できればギャラリーのいるところでやりたかったものだ。
「お前はどっちだ?」
が、俺の質問など全く取り合わずに鉈を構えた男がこちらへ質問を投げ掛けてくる。
「どっち?」
だが、俺は男の質問の内容の意味が分からず、聞き返してしまう。
何に対しての“どっち”なのだろうか。
これはやはり、人類においての巨大派閥、きのこかたけのこのどちらの所属なのかという質問なのだろうか。
その質問は争いしか生まないからやめておいた方がいい。
両方美味しくて両方好きで何がいけないのか。
「まあ、好きなのはビールかな」
とりあえず、この世界できのことたけのこはまだ目撃したことがなかったので、無難に好きな酒を答えておく。とりあえず生で、と言うくらいにはビール派です。
「ふざけるな。内部監査官か潜入捜査官のどちらかと聞いている」
男は苛立ちを押し殺したかのような静かだが圧のある声で聞いてくる。
「ああ〜、そのどっちね。ってなんだよそのどっちは!? どっちでもないわ!!!」
俺は男の言葉を聞き、なるほどな、とは一切思えず問い返す。
両方一切心当たりがなく、とばっちり臭さが半端ない問いかけだった。
「口を割るわけがないか……。おい! 捕らえて吐かせるぞ!」
男は一人納得し、回りの仲間へ指示を出す。
「今の俺の答え聞いてなかったのかよ! どっちでもないんだから吐くものなんてないぞ! 俺はただの冒険者だ」
俺は男たちの誤解を解こうと必死に弁明する。
大体、どこから俺がそんな優秀な人物という話が上がったのだろうか。
その人はすごく人を見る目があると思うが、残念ながら今回に限っては不正解だ。
「苦しい言い訳だな。こんなどん詰まりの辺境に冒険者が一人で来るわけないだろうが!」
男は情がたっぷりこもった俺の否定を聞くも、声高に反論した。
こんな何もない行き詰まりの街に冒険者が来るわけがない、と。
「か、観光なんだよ。ちょっとした小旅行だったんだよ!」
そんな需要のない街を目指して旅をしていた俺としては真実のみを語ったこの説明で納得してもらいたいところ。廃墟めぐりとかそんな感じだと思ってもらえれば幸いです。
「お前、俺の事なめてるだろ? そんな言い訳が通用するとでも思ったか!!」
残念ながら、俺の言葉は一切信じてもらえる様子がなかった。
男の目にはむしろ嘘を重ねて逃れようとしているように映ったようで、どんどん怒りが収まらなくなってきている。
「事実だ!」
本当の事だと強調する俺。
でも無駄っぽい。
「やっちまえ!!!」
男が後ろの面子へ振り向きながら鉈を掲げて叫ぶ。
すると鉈を持った男のすぐ後ろにいた二人が飛び出した。
「「うわあああああ!」」
短剣を脇に抱えた二人の男が奇声を発しながらこちらへ突進してくる。
「よっ」
俺は【跳躍】を発動し、斜め後ろにバク宙しながら二人の男へ向けて両手で一本ずつ鉄杭を投げつけた。
俺の視界に逆さまに映った二人の男の額に鉄杭が突き刺さるのを確認しながら弓を取り出そうとアイテムボックスを起動。倒れる男を回転しながら見送り、眼前に迫る木の枝に【張り付く】を使って降り立つ。
そして弓を取り出し、構える。
「てめえっ!!」
鉈を持つ男の吠え声が聞こえるも気にせずに矢を番える。
「フッ」
そして放つ。
鉈を持つ男は放たれた矢に目を開いたが、それ以上の行動はできずに終わる。
胸に矢を受け、膝から崩れ落ちた。
「ぁ?」
「どうして……」
一気に三人が絶命し、残された七人に動揺が走る。
俺はそんな隙を見逃さず、三本の矢を指の股に挟んで番え、同時に放つ。
【弓術】スキルを発動した事により発生した照準ラインをなぞって矢が飛び、対象へと突き刺さる。
三本の矢は見事に命中し、新たな死体が三つ増える。
「てめえ! 降りて来い!」
逆上した一人の男が怒声と共に木に張り付くこちらへ向けて剣を投げつけてきた。
俺は木から飛び降り、飛んで来た剣を危なげなくかわす。
投擲された剣が枝に突き刺さるのを落下中に確認しつつも、手を動かして矢を三本番え、弦を引き絞る。
「フッ」
そして空中で放つ。
「あ?」
こちらへ得物を投げつけて無防備になった男の胸に一本。
残りの二本はその男の両サイドにいた者たちに命中する。
もっと剣で防がれたりするかと思ったが、あっさりいけてしまった。
「う、うわあああああああああああああああああああっ!」
最後に残された一人が大惨事に発展した事に動揺し、声を上げて背を向けた。
そのまま逃げるつもりなのだろう。
だが――
「フッ」
――逃さない。
背を向けた男の後頭部に矢が突き刺さる。
終了だ。
弓をアイテムボックスへとしまいながら周囲に散らばる死体を見回す。
(まあ、即興としては上手くいきすぎたな。目撃者も逃亡者も出さなかったし、これなら死体を処理すればなんとかなりそうだ)
などと考え、一息つく。
突発的に発生した戦闘だったが、スムーズに片付けることに成功する。
ただ、仲間が帰って来ないことを怪しむ連中も出てくるだろうし、この場は早々に立ち去った方がいいだろう、と考えていると正面の木陰から茂みを踏み締めるような物音が耳に入る。
「気になって来てみればこの様か……」
次いで木陰の方角から男の声が聞こえてきた。




