7 心を入れ替える
「ちょっと来なさい!」
あ、お説教タイムに突入の予感です。
「ケンタさん、さっきは言いませんでしたが、今日の更新でケンタさんのギルドランクが2になりました。ところで、新人講習でケンタさんのスーラムでの依頼のこなし方を聞いて、私はなんと言ったか覚えていますか?」
「はい、多用なモンスターを狩らず特定のモンスターばかり狩っていると変な癖がついたり、思い込みで判断するようになって、いざというとき対応できなくなると」
「その通りです。それとケンタさんはこの街に来てから一度でもパーティーを組んだことがありますか?」
「ありません」
「それもよくないです。中級者用ダンジョンならレベルを上げればなんとかなるかもしれませんが、上級者用ダンジョンになるとパーティーを組むことが必須になってきます」
「はい」
「また、護衛任務などを受ける場合も単独で依頼を受けることは難しく、パーティーで募集されていることがほとんどです」
「はい」
「ですから、今のうちから色々なモンスターを狩り、パーティーでの連携ができるようになっておかないと、このまま後回しにすればするほどこの先できることが減っていきますよ!」
「おっしゃる通りです」
「お金のために狩り易い敵を狩るのもわかります。講習中に伺ったスーラムでの経験がパーティーに苦手意識を持っているのもわかります。ですが、このままではゴブリンを単独で倒した経験しかないまま中級者用ダンジョンに入れるようになってしまいますよ」
確かにそれはまずい。
中級者用ダンジョンのモンスターがどの程度の強さかわからないが慣れるまではパーティーで攻略したほうが断然楽だろう。
だが、ゴブリンの討伐経験しかなく、ソロで活動してきた人間をわざわざパーティーに招き入れる奴はいない。
求められるのは単独で強い人間ではなく連携のできる人間だ。
それにソロで行動し続ければ新人狩りに会う可能性も上がってしまう。
そう考えるといいタイミングで叱ってもらえたのかもしれない。
ここは行動方針を切り替えていくべきだろう。
「確かにその通りですね。モンスターに関しては狩り易いのをメインにしつつも実戦経験のないモンスターと戦う時間を作っていきます。パーティーに関しては……俺って需要ありますかね?」
「……」
無言で顔をそらす受付のお姉さん。
「ぼ、募集してみればなんとかなるかもしれません」
そしてハッとしながらなんとかフォローを入れてくれる。
「う~ん……」
「確かに、初心者用ダンジョンでの募集は難しいかもしれません。
中級者用ダンジョンになれば募集は増えますが、まったく経験のないまま中級者用ダンジョンでのパーティーに参加するのはお勧めできません」
受付のお姉さんからしても難しい問題のようだ。
「そうですよね。……とりあえず募集があるか見てみるか」
「募集はほとんどないと思います。何度か募集をかけてみて駄目な場合はご相談下さい。こちらで教官と同行できるようにセッティングします。ただ、その場合は多少お金のやりとりが発生するかもしれません」
教官からの指導っていうのは多分、スーラムで見た兄貴と新人たちのような感じになるってことだろう。
「色々ありがとうございます。まずは経験のないモンスター討伐から始めてみます。その後はパーティー募集に挑戦してみますよ」
「はい、もうすぐケンタさんはランク3になります。ランク3になれば中級者用ダンジョンにも入ることができるようになるので、それを目安に調整していけばいいと思います」
会話を聞く限り、そろそろ俺のランクが上がるから心配してくれていたのだろう。
ランクが上がって中級者用ダンジョンに入れるとわかったら俺は金欲しさに迷わず行ったに違いない。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。これからもご指導のほどよろしくお願いします」
「いえ、冒険者はとても危険な職業です。これからも慎重に行動なさってください」
俺は受付のお姉さんに感謝し、お礼を言ってギルドを後にした。
…………
その後は昼過ぎまでゴブリンを狩って、そこから別のダンジョンに移動して少し別のモンスターを狩って帰るという日々が続いた。
その結果、他のダンジョンのモンスターもある程度特徴がつかめてきた。
ホーンラビットは額に螺旋状の溝がある角が生えたウサギでその角を活かして飛び掛って来る。
しかしその突進をかわすとスキだらけになるので、そこを背後から攻撃すると楽に倒せた。
キラービーは赤ん坊くらいの大きさの蜂で牙や針を刺そうと飛んでくる。
自由に空中を飛び回るので急所は狙いにくいが羽を破壊できれば何もできなくなるので意外となんとかなる。
キラースネークは近接武器ではドタバタしてしまうのであれ以来戦っていない。
――といった感じだ。
そして今日はビッグスパイダーを狩りにダンジョンに来ている。
後はビッグスパイダーと戦えば一応初心者用ダンジョンで出てくるモンスター全てと戦ったことになる。
今回の探索で難なく倒すことができれば次はパーティー募集をしてみようと思っている。
気を引き締めた俺は少し緊張しながらダンジョンに入った。
突入後、程なくしてビッグスパイダーと遭遇する。
見た目はデッカい黒蜘蛛だ。
「これは生理的に結構キツイな」
子供の頃は虫を見てもなんともなかったが歳を重ねるにつれ、駄目になっていった。
バッタとかも子供の頃なら追い掛け回して捕まえたりしていたが、今は恐怖の対象でしかない。
そんな虫嫌いの俺の目の前に小さな子供くらいの大きさ、一メートルちょっと位の蜘蛛がいる状態だ。
カサッカサカサカサっと虫特有の不快な足音が耳をザラザラと撫でる。
「うおうっ」
俺は苦手意識から寒気がして鳥肌がおさまらず、全身がゾワゾワする。
(これと組んず解れつ取っ組み合いをするのか……)
戦闘シーンをイメージして寒気が止まらなくなってしまう。
「ううっ無理だ」
どうしても生理的に受け付けない。
これもキラースネーク同様、槍か弓を手に入れるまで止めておくべきだろう。
俺はビッグスパイダーを狩るのを諦め、ダンジョンから出ることにして入り口を目指した。
(動物系はまだ大丈夫なんだけど虫系は苦手なんだよなぁ……)
キラービーも若干苦手意識があったがこれは駄目だ。
もし、このサイズのムカデやナメクジみたいなのがいたらと思うと背中に嫌な汗がにじみ出る。
受付のお姉さんにばれたらどうしよう、などと考えながら歩いていると通路を曲がった先から怒鳴りあうような声が聞こえてきた。
トラブルの匂いを感じた俺は壁にぴったり背を着け、通路の先を覗き込んで様子を窺う。
「なんだお前らは!」
すると自身の肩に手を当てた男性冒険者が女性冒険者をかばいながら四人組の男性冒険者に剣を向けているのが見えた。
女性冒険者をかばう男性冒険者の肩は血が滲んでいる。
……多分、斬られたのだろう。
「へへっ、荷物を全部床に下ろしな」
四人組の冒険者は剣の腹で自分の肩や手を叩いたりしながら二人組を取り囲もうとしている。
俺の覗き込んだ位置からすると四人組が背を向けている状態だ。
「ふざけるな! そこを通せ!」
四人組を睨みつけながら剣を向けて威嚇する男性冒険者。
「さっさと荷物を下ろせよ」
「蜘蛛の糸はドロップしたかぁ?」
四人組は下卑た笑みを浮かべながら剣をおもちゃのようにぞんざいに扱い、じわじわと二人組との距離を詰めていく。
――あの四人組は新人狩りで間違いないだろう。
(こういうときの対処って講習で習ってないんだよなぁ)
絡まれないようにしろ、絡まれたら逃げろとしか教わっていない。
絡まれているのを見かけたらどうするかも教えてほしかった。
優しい受付のお姉さんだったからついそう考えてしまったが元の世界なら自分で考えろ、そんなこともわからないのか、そんなことをいちいち聞いてくるな常識だぞ、だからお前はいつまでたってもダメなんだの四連コンボぐらいくらいそうなダメ思考だ。
そしてその四連コンボには何の解決方法もないのが憎らしい。
……さてどうしたものか。
新人狩りは基本、相手を殺してから所持品を奪うと講習では言っていた。
このまま入り口まで戻って職員を呼んで来ていたら手遅れになるだろう。
狙われているのは二人なので俺が加勢して不意打ちで一人でも減らせれば、三対三の同数にもちこめる。戦力が拮抗すれば向こうもあきらめて逃げる可能性が出てくる。
上手い具合に四人組は俺に背を向けているし、狙うのは容易い。
(人間相手か……。でも、遅かれ早かれこういうときは来ただろうな)
正直迷いはあるがあまり悠長に構えていると二人組に被害が出てしまう。
(でも、俺が注意を引いたら、俺を囮に使って逃げたりしないかな)
スーラムでやられたことが頭をよぎる。助けに行ったはいいものの俺を囮にして自分たちだけ助かろうと行動された場合、非常に危険だ。
(……いや、だからといってこの状況を見捨てて帰れるか?)
迷う。
迷ってしまう。
だが、これは結論のでない迷いだ。別の方向から考えるべきだろう。
今回は不意打ちができる。
なら、はじめから囮に使われて逃げられたとしても対応できるような行動をとればいいだけだ。
「おいおい、その肩大丈夫か? 血が出てるじゃねぇか」
「お前が斬ったんだろうが! 近寄るな! そこをどけ!」
「ヒヒッ、心配するなって。なぁ?」
「ああ、俺たちが診てやるよ。ククッ」
四人組は心配している素振りを微塵も感じさせない口調でじわじわと二人組に近づいていく。
――これ以上ここで立ち止まっているのはまずい。
どうするか決めないといけない。
(とはいっても行くって決めてるようなもんだよな……)
俺は覚悟を決め、両手で持てるサイズの石を一つ取り出す。
今の自分を客観的に見ると、はじめてゴブリンを倒した時に比べれば動揺は少ない。
(ここで行動不能にするだけでいいとか日和ると、危険な状況になる可能性が跳ね上がる。息の根を完全に止めるつもりでいかないと駄目だ)
自分にそう言い聞かせる。
自然と石を持つ手に力が入る。
俺は深呼吸すると四人組の方へ一気に飛び出し、一番近い一人の頭部に向けて石を振り下ろした。
ゴスッと鈍い音を立てて頭蓋を叩き割る。男はそのまま崩れ落ちた。
確実に死んだだろう。
間髪入れずにもう一人に近寄る。
そのまま振り下ろした石を振り上げるようにして側頭部を狙う。
狙った男は異常に気がつき振り向こうとしたので振り上げた石が顔にめり込んだ。
顔を押さえひるんだところで俺は石を上げて万歳の姿勢のまま思い切り腹を蹴る。
男はたまらず体をくの字に曲げた。
そこにすかさず後頭部目掛けて石を振り下ろす。
数瞬前と同じ感触が手に伝わる。
二人目だ。
「てめぇ!」
完全に気づかれ、向こうも臨戦態勢になった。俺は仕切りなおそうと一旦バックステップし距離を離す。
新人狩りも立ち止まり、睨み合いになる。
――そんなこう着状態を一転させたのは意外な人物だった。
「なんてことをするんです!」
男性冒険者にかばわれていた女性冒険者が声を荒らげつつ、こちらに向かって来たのだ。




