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20 勢いづく火種


 



「ふぃ〜、今日も疲れたわい」


 農作業を終えた男は畑の側にある切り株に腰掛けると一息ついた。


 持ってきた水筒を取り出すと喉を潤し、肩の力を抜く。



 そして作業を終えた自慢の畑に目を向けた。


 今年は大雨などの災害も無く、作物の育ちがいい。このままいけば今年の収穫は期待できそうだと胸を弾ませる。


 男が満足そうに畑を眺めながら休憩していると、突然、背後から声をかけられる。



「どうもこんにちは、ヒャヒャ」


「はい、こんにちは。最近は人によく会うねぇ……ヒィイイイッ!?」


 男は背後から聞こえた声に反射的に挨拶を返しながら振り向いた。


 そして盛大な悲鳴を上げる。



 女性の声だったため、油断していたというのもある。


 声が若そうだったため、振り向く前から勝手に外見を想像していたというのもある。


 ちゃんと挨拶してきたため、柄の悪い連中ではないだろうと予想していたというのもある。



 だが、しかし――。



(なんじゃこりゃぁああああああああああッッ!!)



 振り向いた視線の先にいた女の外見は常軌を逸していた。



 善人がどうとか悪人がどうとか、そういったものを超越したレベル。


 一言で言うなら変人。



 女は変質者と呼ぶに相応しい外見をしていたのである。



 男の知りえる常識が一切通用しそうに無い外見。


 その外見から導き出されてしまった異常性は、男がこれまで生きてきた経験からは行動が全く予想できないというものだった。何が相手の逆鱗に触れるか分からないというのは、それだけで恐怖。


 男はほんの一瞬でその事を悟り、振り向いた姿勢のまま固まってしまう。


(ッ!?)


 金縛りにあったように動けなくなってしまった男は、女の足の装備に刃物が付いていることに気づく。


 日の光が刃物に反射し怪しく輝くのを見ていると、自然と額に脂汗が滲み出る。


「どうかされましたか? ヒャヒャ」


 男の動揺を察してか、変質者の女は首を傾げた。


「か、金はないですっ! ど、どうか命だけは!」


 男は女を捉えた視線の端でチラチラと刃物を見ながら、必死に命乞いをした。



「んん? 落ち着いて下さい。お金も命も必要ありませんので。ヒャヒャ」

「なんでもしますので! ど、どうかお助けを……!!」


 男は女の金も命も取らないという返答にも頭を下げ続けた。


 女の言葉を信じるのなら、こちらに危害を加えるつもりはないということになる。


 しかし。


 しかし、女の外見が言葉の信憑性を裏付けない。


 男はひたすら命乞いを続ける事を決定する。


「それでは一つお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 女は頭を下げる男へすぅっと近づくと耳元で囁く。


「な、なんなりと!」


 耳に息を吹きかけられてしまい、さらに身を固まらせつつも頭を下げた姿勢を一切崩さない男。命に比べれば質問など容易い、と思いながら女の言葉を聞き漏らさないよう、必死に耳を澄ます。



「ここ最近、黒髪、黒ずくめで平凡な顔立ちの冒険者がこちらへ訪ねてきませんでしたか?」


「………………ッ! き、来ました!」


 はじめ、男は女が何を言っているのか分からなかった。


 それほど緊張していたのだ。


 だが女の声を頭の中で何度か反芻し、やっと意味が分かる。



 そして必死に思い出し、該当人物と思わしき男のことを思い出す。


 あれは確か村に遺跡の調査団が来ていた時だ。



 あの時、まるで迷い込んだ小鹿のように一人の冒険者がここへ訪れた。


 その冒険者はしきりに観光がしたいと言っていたが、それならなぜこんな辺鄙なところに来たのだと疑問に思ったため、よく憶えている。


 その冒険者の外見が黒髪、黒ずくめ。


 女の指定した外見と一致する。


 そのことを思い出した男は即座に頷き、心当たりがあることを告げる。


「それは良かった。で、まだこの辺りに滞在しているのでしょうか? ヒャヒャ」


「いえッ! 丁度泊まれる場所がなかったので、すぐに移動していきましたッ!」


 質問には素早く即座に解答する。


 危ない外見の女の気が変わる可能性を少しでも低くするために男ができるのはその程度のことしかなかった。


「どこへ向かったか分かりますか?」


「この先の遺跡を見学に行くと言ってました! でも日帰りで行くような感じだったのでもういないと思いますッ!」


「なるほど……。他にその冒険者が行きそうな場所に心当たりはありませんか? ヒャヒャ」


「確か……、田舎っぽい街を探していると言っていました。わしが知っていたのはルルカテの街だけだったのでそこを教えましたッ!」



 男は必死に頭を巡らせ、当時の会話を思い出す。



 確か……、冒険者の男は妙にこだわりのある条件を提示し、辺鄙な場所にある街を聞いてきた。


 男の問いかけに自分が思い浮かんだ街は一つしかなく、その街の名を答えたのを思い出す。



 冒険者の男はその話を聞くと大層喜んでいたが、自分にとっては何がそんなに嬉しいのかさっぱり分からなかったのを憶えている。



「ほぅ、ルルカテの街ですか。これはいい事を聞きましたね。どうもありがとうございました。ヒャヒャッッ」


 女はその奇抜すぎる外見からは想像できないほど畏まった礼をすると踵を返してその場を去った。


「ヒイィッ!?」


 男は女が急に動いたため何かされると身構え、悲鳴を上げてしまう。


(ん?)


 しかし、いつまでたっても何も起こらなかったため、硬く閉じた目を開いて前を見ると、女の姿はどこにもなかった。



「一体なんだったんだ……」


 寿命が縮まる思いをした男が一連の出来事を一言で表現するとそういう感想になってしまった。



 しかし、男がこの先、そのほんのひと時に起きた出来事の意味を知ることはない。




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