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19 撤収


 



「ん?」



 道中、遠方から大きな音を聞き取ったダーランガッタは立ち止まる。


 音のした山の方を振り向くと、何か閃光が走ったように見えた。


 それと同時に土砂崩れのような巨音が聞こえてくる。


(一体何が……)


 虫の報せのようなものを感じ、そのことが気になったダーランガッタは一旦引返そうと踵を返した。


「よお、お使いの途中か?」


 だが、ダーランガッタが振り返った先には一人の男が立ちはだかっていた。



 男は筋肉の塊のような体つきをしており、そんな体を彩るように大量の剣を体に巻きつけるようにして差していた。


 特に腰には目を見張るような大きさの剣が二本差されているのが特徴的だった。



「テリーゴか。スタンリーさんの差し金か?」


 まるで背後にいたことに気づいていたかのように落ち着いた表情で問いかけるダーランガッタ。



「そうだとも言えるし、そうでもないと言えるな」


 テリーゴと呼ばれた男もダーランガッタと同じく余裕の表情で応える。


「分からないな」


 ダーランガッタはテリーゴの余裕ありげな表情に顔をしかめる。


「あいつはお前を避けて遺跡に先回りし、秘宝を手に入れろと言っていた。だが俺はそれは面倒だと思ったわけだ」


 顎に手を当て、軽く目を閉じながら得意気に話すテリーゴ。


「ふむ」


 だがダーランガッタはテリーゴがスタンリーという男の事を“あいつ”と言った事に眉を吊り上げる。数瞬前とは違って明らかな苛立ちの色が見え隠れしはじめていた。


「だってそうだろ? あんな罠だらけの中を進むなんて御免だぜ」


「で?」


「賢い俺はお前が遺跡を踏破して秘宝を持ち帰ってくるのを待っていたってわけさ。お使いご苦労。秘宝を渡してもらおうか」


 自身の語る内容に酔いしれたのか、得意気な表情のままダーランガッタへ向けて手を突き出すテリーゴ。


「断る。それに君は馬鹿だな」


 ダーランガッタは嘲笑混じりに断った。


「ああ? もう一度言ってみろ!」


 沸点が低いのかダーランガッタの対応にあっさり激高するテリーゴ。


「スタンリーさんは君の実力では僕に敵わないから遺跡へ行けと言ったんだ。そうでなければ僕を殺す事も視野に入れて指示を出すはずだからね」


「チッ、スタンリーは俺の実力を見くびっているだけだ!」


「おい、スタンリーさんを呼び捨てにするのはよせ」


「あ? あんな奴の肩を持つのか?」


「君こそ雇い主のことを軽く言うのは感心しないな」


 お互いの目的も忘れ、スタンリーという男について口論をはじめる両者。



「チッ、すかしやがって。俺はお前のそういうところが前から気に入らなかったんだよ!」



「奇遇だな。僕も君の事は気に入らなかったんだ」


「てめぇ……」


 お互いの気持ちを再確認しあったところで険悪な雰囲気も限界まで膨れ上がって破裂し、一触即発の空気が漂いはじめる。



「で、気に入らないとどうするっていうんだい?」


 腰に下げた片手剣に手をかけながらテリーゴに尋ねるダーランガッタ。


「後悔するなよ……」


 同じく、腰に差した巨大な剣を二本抜き、両手に構えるテリーゴ。


「自分で自分に言い聞かせているのかい?」


 ダーランガッタはフフッ、と微笑し片手剣を構え、残った手で手招きをした。



「うるせぇッッッ!!!」


 怒りが限界に到達したテリーゴはダーランガッタ目がけて力任せに二本の剣を振り上げ、大きく踏み出す。


 そして丸太のような腕で長大な剣を躊躇なく振り下ろした。



「フッ」


 が、テリーゴが剣で両断したのは軽い笑い声だけだった。


 二本の剣は空しく空を斬り、地面に深々と突き刺さる。


「あ?」


 突然眼前の得物がいなくなり、目を見開くテリーゴ。



 後ろへ飛び退いたのかと視線を向けるもダーランガッタの姿はなかった。


 なら、左、いや右か、と顔を激しく左右に振る。しかし、いない。



 数瞬後、背後から濃密な殺気を感じたテリーゴは額からじっとりと脂汗を流した。



「だから言っただろ? 君は弱い、ただ自信家なだけなんだ。だから僕達にも引き抜かれなかったし、スタンリーさんも成功率の低く、失敗しても問題ない仕事を君に押し付けたんだ」


 素早くテリーゴの背後へ回ったダーランガッタは落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。



 そんなダーランガッタが握る片手剣はテリーゴの背を貫いていた。


 そしてダーランガッタは何の感慨もなく、テリーゴから片手剣を引き抜く。途端、テリーゴの背から噴水のように鮮血が噴出する。



「この仕事は重要な……案件だ……」


 テリーゴは地面から剣を引き抜くことも、背後を振り向くこともできず固まった姿勢のまま話す。


 身体は震え、全身には玉のような汗がびっしりと張り付いていた。



「そう、確かに重要さ、僕が部下をあれだけ引き連れて行くくらいにはね。だけどスタンリーさんはそう考えていない」


 ダーランガッタの落ち着いた声音には相手を嘲笑するような軽さが含まれていた。


「何を……言っている……」


「スタンリーさんはこれを手に入れようが手に入れまいがどちらでもいいと考えていたのさ。これだけでは意味がない、とまでは言わないが半分だ。より脅威があるのは本体や積荷の方だし、そちらを阻止しようと動いていたってわけだ。でも君はそれを知らない。つまり蚊帳の外にいたってことなんだよ」


「うそだ……。大体なんでそんなことを……」


 テリーゴは戦闘のことなど忘れ、うろたえる。


「なんでそんなことを君より僕が詳しく知っているかって? ここまで聞いてそれを尋ねてくる時点でやはり君は役立たずなんだよ。だってそうだろ? そんなのは全てが予測されていたってこと以外ありえないじゃないか」


「そんなはずは……ない……」


 ダーランガッタの言葉を否定するテリーゴの言葉にもはや力はなかった。


 一語発するたびに力が失われていくかのように凄まじい速度で脱力していくのが分かる。


「君、しぶといなぁ、確実に急所を斬ったのに」


 軽い呟きと同時に再度テリーゴの背に剣を突き立てるダーランガッタ。


「グアッッ!」


 テリーゴの上げた声に悲鳴と分かるほどの鮮明さはなくなっていた。


 剣を杖代わりにしてなんとか身体を支えていたテリーゴはとうとう手の力が抜け、地面へと倒れこむ。


 そして動かなくなった。


「もう君には関係ないけど、その事実は嫌でももうすぐ分かるさ。僕達がずっと受け身でいたわけではないってことにね」


 ダーランガッタは物言わぬ屍となったテリーゴへ語りかけ、剣を鞘にしまう。


(さて。さっきの音が気になるわけなんだけど……)


 そう考えながら懐に入った秘宝へ視線を落とす。


「まあ、いいか。優先順位はどっちが上かなんて決まりきっているしね」


 ダーランガッタはそう呟くと音がした方へ向かうのを止める。



 音が聞こえたのは遺跡がある辺りだったが、今となってはそちらに行く必要は微塵も無い。


 残してきた部下たちも金持ちの長男という役を演じて雇った使い捨てだし、一番大事な秘宝は手中にある。やはり、嫌な予感がした程度では引き返す理由にはならない。



(確かサイヨウ国には戻らず、一旦サイルミ地方へ向かわないといけないんだっけ……)



 そして次に目指す目的地のことを考えた。


 さっさと戻って秘宝を届けたいところだったが、その前に立ち寄らなければならない場所があったことを思い出す。向かう場所を間違えて危うく帰りそうになっていたダーランガッタは目的の物を手に入れて少し浮かれていかもしれないなと苦笑する。


(まあ、みんなもそっちに集まるらしいから報告はできるか……)


 胸にしまった秘宝に目を落としながら微笑む。


「じゃあ、行きますか」


 と、顔を上げたダーランガッタは一路サイルミ地方を目指して歩き出した。





「まあ、こんなもんかな」


 散乱した死体をアイテムボックスに回収し終えた俺は森の出口にある断崖へ来て呟いた。


 崖ごと吹き飛ばした死体は回収不可能だったが、粉々に吹き飛んでしまったので仕方がない。


 回収した死体はショウイチ君の家に行ったときにでもダンジョンを利用して処分させてもらおう。



「さて、これからどうしたもんかね……」


 崖から周囲の山々を眺めながら呟く。



 先行しているダーランガッタがアリス達を心配して戻ってくる可能性は低い。


 どこかで合流する予定になっていたのなら、いつまでたってもそこに来ないという時点で異変に気づくだろうが、それまでは先を進むダーランガッタにアリス側の現状を知る術はない。


 アリス達も俺を殺してドラゴンの爪を奪おうと考えていたようだし、ダーランガッタに気づかれないよう、追ってこないように策を弄していたはずだ。


 つまりしばらくは安泰。


 最大だとダーランガッタが目的地に着いて一定期間経過するまでは大丈夫ということになる。



(となると、それまでの期間中にミックと連絡を取って、レガシーと会う方向に持って行くのがいいかね)


 このままこの国に居続ければ、いずれ厄介なことになるかもしれない。


 そうなる前に国外へ出ちゃうのがベスト。


 が、国外に出ると移動距離が大きくなりすぎる。だからその前に一旦ミックと連絡を取り、レガシーとも話せるなら話しておきたい。


 まあ、今回はこっちが襲われた側だし、ダーランガッタとちゃんと話せば理解を得られる可能性はあるが、わざわざこちらが疑われて捕まるリスクを侵してまで主張したいとも思わない。


 こういう時、極悪人をぶっ飛ばして気絶させたら全てが丸く収まっちゃう少年漫画の世界が羨ましくなってしまう。


 ダーランガッタに事の顛末を話したとき、ああ、彼女達ならやりそうだね、とくるか、彼女達がそんなことをするはずがない! と出るかが判断できない現状ではそう思うのも仕方がない。


 たった数日ではお互いに深い信頼で結ばれるほどの関係にはなりえなかった。


 もし、ダーランガッタがアリス達を信頼しきっていた場合、また俺は一人で向こうは複数という状況で争う事になってしまう。


 今回、その可能性がゼロになることはない。


 ならばさっさとおさらばしてしまうのが一番というわけだ。



「んじゃ、落ち着ける場所を見つけたら例の魔道具でミックに連絡を取るか」



 移動中にこちらが会いたいと連絡しても向こうも困惑するだろうし、一定期間滞在できる場所を見つけたい。もしくはミックかレガシーが滞在している場所へ向かうのも手だが向こうも移動中の可能性もある。


 というわけで、まずはしばらく寝床となる場所の確保といきたい。


 そして場所を確保したらミックから受け取った伝書鳩のような魔道具を使って滞在場所を知らせ、向こうの状態も聞く。そんな感じでいいのではないだろうか。



(落ち着ける場所っていうと……)


 そこそこの日数は滞在したいので、資金調達のためにも冒険者ギルドはあったほうがいいだろう。



 しかし、人口が多く、人の出入りが多い都会だと何かの拍子に今回の一件が原因となるトラブルが発生する可能性もある。


 そうなると、そこそこ田舎で最低限の宿泊施設がありつつも仕事に困らない、街の機能を有しているがあまり栄えていない所ということになる。


「俺、丁度いい場所知ってるわ」


 つい数日前に酒と引き換えに得た情報を思い出す。


 確かルルカテの街。


 スローライフを満喫するために仕入れた情報だったが、今回の一件を加味しても丁度いい滞在ポイントとなりそうだ。


「んじゃ、早速向かいますか」



 と、いうわけで俺は一路ルルカテの街を目指すのだった。




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