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18 マリア


 



(二人とも戻って来ない……。どういう事だ……)


 腕組みしたマリアは苛立たしさを解消しようと、何度も小刻みに地面を踏みつけた。


 じっとしていることに限界が訪れ、その気持ちの全てが地面を踏みつけることに変換される。


(二人がここを離れて大して時間は経っていない。だが、それ以外の者たちは一体どうしたというのだ。一人ぐらい報告に来てもいいだろうに!)


 少しでも気分を落ち着けようとしたマリアは懐から煙草を取り出した。


 箱から煙草を一本抜き出して咥えると、着火用の魔道具を取り出し、火をつけようとする。


「クソッ」


 が、動揺と待つことに苛立ちを感じていたせいか、指先が力みすぎ上手く火をつけられない。


 何度か同じ動作を繰り返し、やっと煙草に火がつく。


 軽くふかして安定させたあと、一気に紫煙を吸い込み、肺を満たす。



 そして、一気に吐き出す。


 薄くなった紫煙がマリアの顔を包み、独特の臭気が周囲を漂う。


 それと同時に頭の血管がキュッと引き締まる独特の感覚と共に気分が落ち着いてくる。



(もう待てない……、限界だ)


 この一本を吸い終わったら自分も動く。


 そう決断したマリアは再度煙を深く吸い込んだ。



(大丈夫だ。あの二人なら、そう簡単にやられたりはしない)


 自分を含め、アリスとエイミーも外見だけでダーランガッタに雇用されたわけではない。しっかりと実力があると認められたためだ。



 今回の相手はたった一人。


 しかも、うだつの上がらない冒険者一人だ。



 それの殺害に部下全員を当たらせた。


 更に部下だけでなく、アリスとエイミーが追い討ちに向かったのだ。


 なんの問題もない。



 普通なら補って余りあるくらいなのである。


(きっと逃がして責任を追及されたくないから、顔を出しづらいだけなんだ)


 煙を吐き出したマリアは、煙草の先端に溜まった灰を落としながら、そう自分に言い聞かせる。



 ――大人数で事に当たったのに逃げられた。



 だがその事実を認められず、今も捜索を続けているのではないか。


 その可能性が大だ、とマリアは結論付ける。


 それ以外で誰も戻ってこないという理由が思い浮かばなかったのだ。



 いや、思い浮かぶ可能性はもう一つある。


 誰も戻ってこない理由、それは――。


(しかしそんな事はあり得ない!)


 マリアは極小の可能性を思いつき、頭を振って否定する。


 次の瞬間、動揺したマリアの指先から煙草がこぼれ落ちた。


「あ」


 煙草は火がついたまま数度跳ね、地面を転がる。


 闇が支配する森で小さな灯火となった煙草はちらちらと地面を照らす。


 そんな僅かな灯火に照らされ、こちらへ駆け寄る足が見えた。


「ッ!」


 ハッとなり目を凝らすマリア。


(誰かが帰ってきた!)


 驚くマリアの視線の先には、こちらへ必死で駆けて来るエイミーの姿があった。


 怯えるような表情のエイミーは青白い顔でこちらへと一心不乱に走ってくる。


「ど、どうした!?」


 マリアは中々こちらへ辿り着けないエイミーに痺れを切らし、側へと駆け寄った。



「ハァ……ハァ……、アリ……スが…………」


 息も絶え絶えに何かを話そうとするエイミー。


 その顔は暗い影が顔全体を覆い、不吉な予感を募らせる。


「アリスがどうした!?」


 嫌な予感が膨れ上がったマリアはエイミーの肩を掴んで先を促す。



「アリスが……やられた……」


 息を切らせながらなんとか言葉を紡ぐエイミー。


 疲労とショックからか、何かが抜け落ちたような顔で俯く。



「何!? そんな馬鹿な……」


 が、必死のエイミーの言葉を聞いたマリアは、その事実を受け入れられずにいた。


「アリス……だけじゃ……ない……。他の者も……」


 まるでタライを引っくり返したかのように汗をかき、全身濡れそぼったエイミーは虚ろな目をしながら話す。



「ウソだろ!? 何人いたと思ってるんだ!」


 動揺を隠せないマリアはエイミーの肩を掴んだ手の力を無意識に強めてしまう。



「でも……」


 全てを報告し終わり、話すことがなくなったエイミーは所在無く視線をさまよわせる。



「クソッ!」


 結局、見てきた者の言葉と見ていない自分の予想では、当然前者が信用できる情報だということを思い知らされ毒づく。


 苛立ちを抑え切れないマリアはエイミーの肩を掴んでいた手を放し、側にあった木を殴った。どこまでも暗く、不気味に静まり返った森で木を殴る鈍い音が辺りに響く。



「あっ!」


 話すこともなくなり、気まずい沈黙が続く中、エイミーが急に声を上げる。


 エイミーは目を見開いたまま固まり、森の奥を指差した。


「どうしたっ!?」


 驚いたマリアはエイミーの顔を覗き込む。


 しかし、エイミーはある一点を見つめたまま動かなかった。


 そして怯えるエイミーの視線の先にはこちらへと駆けて来るエイミーの姿があった。



「なっ!? どうなっている!?」


 混乱するマリア。


「に、偽者よ! 気をつけて!」


「偽者!?」


 エイミーの言葉に混乱が増すマリア。


 マリアがエイミーの言葉を吟味している間に、もう一人のエイミーが二人の側へ駆け寄って来る。




「ハァハァ……、に、偽者は……そいつの方よ!」


 駆け寄ってきた新たなエイミーがマリアの側に立つエイミーへ向けて指を差す。


 後から来たエイミーは目が血走り、憎しみと怒りに彩られた表情で吼えた。


「一体どうなっているんだ……」


 二人のエイミーを交互に見てどちらが本物か見定めようとするマリア。


 だが、どちらのエイミーも鏡に映ったかのように全てが瓜二つで、差異のある部分など一つも見つけ出すことができなかった。



「騙されないで! 後から来て私達を仲違いさせるつもりだわ!」


 側に居たエイミーがマリアの手を握りながら、後から来た方が偽者だと主張する。



「何言ってるの! それはアンタの方でしょ!」


 後から来たエイミーがすかさず反論する。



 エイミーとエイミーが口論をはじめる。



 その声音はどちらも全く同じで、同一人物がずっと喋り続けているような錯覚に陥るほどだった。二人の会話を聞いたマリアはどちらが本物か見分けが付かず、狼狽する。


 そんな中、後から来たエイミーが反論しながらマリア達の方へと近づきはじめた。



「止まれ!」


 それを見たマリアは咄嗟に後から来たエイミーへ向けて剣を抜く。



 敵意があって抜いたというよりは近づかれれば混乱が増すと判断しての対応だった。


 もし二人が掴み合いのケンカでもしようものなら、どちらが先に来た者でどちらが後から来た者かも区別がつかなくなってしまうと思ってのことだった。


「な!? 私を偽者扱いするっていうの!」


 だが、後から来たエイミーはそんなマリアの意図を察する事ができず激高する。


「違う! 分からないからそれ以上近づいて欲しくないだけだ! 二人の距離が近いと完全に判別がつかなくなってしまうからな」


 何とか冷静な会話を試みようとするマリア。


 事情を話すも、後から来たエイミーの顔からは不満と怒りの色しか窺い知ることができなかった。


「私が本物よ! 何でも聞いて! なんだって答えられるわ!」


 後から来たエイミーは自身の胸に手を当て、自分が本物だと主張する。


「答えられる自信があるってことでしょ! 前から調べておいたってだけじゃない!」


 が、先に来ていたエイミーが情報などいくらでも補充できると間髪入れずに反論する。


(確かにエイミーの言う通りだ。ここで偽者を見分けるなら本人しか知り得ない事を聞くのが正攻法だが、その情報を事前に知っていたかどうかの判別がつかない……。もし偽者が正答を答えた場合、私は謝って本物を斬ってしてしまうかもしれない……)


 二人のエイミーの言葉に頭を悩ませるマリア。


 二人の言っていることは正しく、どこにも間違いなどない。



 本物にしか分からない質問をすれば、偽者を判別できることは確か。


 そして、あそこまで完璧になりきっている偽者が質問への対策を怠っているはずがない。


 結局、本物と判断する術が咄嗟に思いつかない。



「何だって答えられる! 私達三人しか絶対知らないことがあるはずよ!」


 後から来たエイミーがマリアへ質問を促す。


 そこには絶対の自信が窺えた。


「騙されないで! 私も答えられる自信はあるけど、あいつはそれすら利用してくる可能性があるわ……」


 先に来ていたエイミーがマリアの方を見つめながら苦い表情をする。



(何か……何か良い質問はないか……。いや、これこそが偽者に踊らされている可能性も捨てられない……)


 もしかすると自分は気が付かない内に後から来たエイミーの口車に乗せられているのかもしれない。



 こうまで質問を促してくるのは罠にはめるため、ということも考えられる。


 本当に質問をしても大丈夫なのか。


 そう考えたマリアはどうにも考えがまとまらず、黙りこくってしまう。



「ッ!」


 が、そこで後から来たエイミーが二人へ向けて両手をかざした。


 明らかに魔法を射出する体勢だ。


 その表情にためらいも躊躇も感じられない。


(かわせない!?)


 突然の事に反応が遅れるマリア。


 後から来たエイミーは淀みなく体を動かし、一瞬で魔法を放てる状態へ移行する。



「危ないっ!」



 と、先に来ていたエイミーがマリアを庇うように前に出た。


「フレイムアローッッ!!」


 次の瞬間、後から来ていたエイミーが魔法を放つ。


 炎の矢は凄まじい速度で二人へと迫るも、先に来ていたエイミーが事前に動いていたため、直撃を避けることに成功する。


 炎の矢はマリアには当たらす、先に来ていたエイミーの肩を掠めた。


 一瞬放心状態となったマリアだったが段々と我に返り、剣を構える。


 自分を攻撃した相手と庇った相手、どちらが本物かなど一目瞭然だ。



「き、貴様あああああぁッッ!!!」


 逆上したマリアが後から来たエイミーへ向けて駆け出す。


「ち、違う! あいつが後ろからマリアを刺そうとしていたからッッ! あなたを狙ったんじゃない! あいつがあなたを引き寄せたのよ!?」


 剣を振り上げて迫ってくるマリアへ後から来たエイミーは必死に弁明する。


「戯れ言をッ!」


 だが、そんな言葉をマリアが聞き入れるはずがなかった。


 激高したマリアは何の躊躇もなく剣を振り下ろした。



 途端、肉が裂ける音と共に真っ赤な血が切断された服の隙間からじわりと滲み出る。



「ガッッ! そんな……、なんで……」


 マリアを見据え、声も絶え絶えに訴えかける後から来たエイミー。


「偽者めッ!」


 だがマリアはそんな言葉など意に介さず、再度剣を振り下ろした。


 裂けた肉を更に裂き、大きく開いた傷口から鮮血が噴き出す。


 勢いよく噴き出た血飛沫がマリアの頬へと跳ねる。


「――」


 二撃目を受け、完全に目から生気が失われ力尽きる後から来たエイミー。


「……ハァハァ」


 マリアは仲間にそっくりな偽者を殺したせいか興奮が納まらず、荒い呼吸を繰り返していた。そんなマリアを落ち着かせようとしたのか、生き残ったエイミーが背後から静かに寄って来る。


「グッッ!? ……………………ぇ?」


 腰部に鋭い痛みを感じたマリアは振り返る。


 そこには自身の背部へナイフを突き刺したエイミーの姿があった。



 わけが分からず目を見開くマリア。


「な……ぜ……?」


 喉に血を詰まらせながら理由を問いかける。


「俺達は仲間じゃない。だから殺されてもお互い文句は言えない立場なんだろ?」


 いつものエイミーとは違う口調に違和感を覚えるマリア。


 そんな違和感が残る台詞を言い終えたエイミーの体から白煙が噴き出し、その身を包み込む。そして全身を包んだ煙に稲妻が走り出す。


 マリアには永遠とも思われるほどの時間をかけて煙が晴れるとそこには――。



「お前は!?」



 そこにはうだつの上がらない冒険者の顔があった。


 名前もうろ覚えな冒険者の男の顔だった。



「あばよ」


 そんな男の台詞と共に短刀が振るわれる。


「ガッ!?」


 致命的な一撃を受け、その場へと崩れ落ちるマリア。



(こ……んなやつに……)


 怨嗟の声を吐き出そうとするも口を動かす事も、肺から息を吐き出すことも難しかった。


 遠のく意識の中でもなんとか立ち上がろうと全身に力を込める。


 だが、指先一つ動かす事は叶わなかった。


 力尽きたマリアが最後に目撃したのは、自分がとどめを刺した本物のエイミーの遺体だった。



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