15 一切の迷いなし
そして、リュックを開いた瞬間――。
――【火遁の術】を発動した。
途端、ボフンという空気が破裂したような音と共に、自身の体から白煙が凄まじい勢いで噴き出す。
辺りは瞬く間に濃霧が発生したかのように白煙に包まれた。
「クソがああああッ! どこだああああッッ!!」
「最後に男を見た場所を攻撃しろっ!」
「ダメだ! 視界が悪い! 同士討ちになるぞ!」
慌てる女達の声を尻目に俺は行動を開始する。
まず【忍び足】を発動し、リュックから思い切り離れる。
そして囲んでいる者の一人へ近づくと、背後から手で相手の口元を覆いながらナイフで腹、肺、喉と素早く裂く。
そして少し離れた対象目がけて【手裏剣術】を発動した鉄杭を連投した。
男達はアリス達の指示がまちまちで混乱し、その場に釘付けとなっていたため、大きな的も同然だった。
面白いように相手の頭部に鉄杭が突き刺さり、順にバタバタと倒れていく。
(こんなもんかな……)
四人ほど仕留めたところで踵を返し、森へと逃げ込む。
煙幕により未だ混乱状態の声が遠のき聞こえなくなる中、俺は手頃な木々を見つけて【跳躍】と【張り付く】を使い、三角飛びの要領で一気にてっぺんに登る。
そして木々を飛び移ってしばらく移動する。
夜なので足跡を辿るのは難しいと思うが、念のために登った木からは充分な距離を空けておくことにする。
そしてアイテムボックスから弓を取り出した。
次に矢を数本取り出しながら様子を窺う。
かなり距離を空けたので目視で姿を見るのは辛い状態だが、夜の静けさが味方して【聞き耳】を使えば音は何とか拾える。
「クソッ! いないぞ! 背嚢も整形してあるだけで中は空だ!」
「チッ、五人やられた! 爪をどこに隠しやがった! アイツぶっ殺してやる!」
「別れてから大して時間が経っていないし、爪はあの大きさだ。なら、わざわざアイツに聞かなくてもこちらで探せるはずだ!」
「よし、アイツは見つけ次第殺せ! 生きて帰すな! 爪探しはその後だ!」
「まだ遠くには行っていないはずだ! 絶対逃がすなよ!」
「追え! 五人一組になり分散して探せ! 何としても見つけ出して殺すんだ!」
【聞き耳】がアリス達の指示を拾う。
どうやら、女達はその場に留まり、部下たちに事に当たらせる様子。
(三人減るのはありがたいな)
単独のこちらとしては、三人とはいえ戦闘に参加しない面子ができるのはありがたい。
女達の指示を受けた部下達はそれぞれ五人一組となり、分散するようにして森へと突入していく。
(お、丁度来たな……)
指示を受け、颯爽と森へ飛び込んだ一組が俺が張り付いている木の下へ向かって来るのを確認する。
俺は指の間に三本の矢を挟んで弓を構えると眼下を見下ろし、その時を待つ。
五人は俺を探し出そうと移動速度を落とし、周囲を注意深く見回しながら森の奥へと進んでいた。夜の森は回りに灯りになるようなものがなく、視界が異常に悪い。月明かりさえ森の木々に遮られて、はっきり見えるものなど何もない状態だ。
そんな中、照明の魔道具を片手にゆっくり進む男達は恰好の的でしかない。
そして、とうとう男達は俺の【弓術】の射程圏内に到達する。
俺は【弓術】のスキルを使用し、発射した際の軌道となる赤いラインを矢の先端から発生させ、照準を合わせる。そして、ゆっくりとした動作で弓を横に構え、矢を三本番えた状態で弦を引き絞り、呼吸を整えながらラインを安定させていく。
狙うは右から順に三つの頭部だ。
頭を狙って一発で絶命させる。
「フッ」
俺は一息で番えた矢を放った。
放たれた三本の矢は狙いたがわず、三人の頭部へ命中する。
矢を受けた三人は糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちた。
すかさず、一本の矢を新たに番えて構える。
眼下を見下ろせば、急に仲間が倒れた事に狼狽する二人が目に入った。
男達は照明の魔道具をかざして遠方へ目をこらしている。
だが男達の見る方向に俺は居ない。動転して上から狙われている事に気づいていないのだろう。
俺は弓を構え、残された二人の内の一人へ照準を合わせる。
一本の矢を番えるだけならさして時間もかからず弦を引き絞れ、相手はまだ隙だらけの状態だ。
呼吸を整え、照準を残された一人の頭部へ向け、安定させる。
「フッ」
そして放つ。
矢は狙い定めた頭部に深々と突き刺さった。
そして流れるように再度矢を番え、弦を引き絞る。
照準を最後の一人に合わせると同時に、相手がこちらに気付いて見上げてきた。
弓を構える俺と照明を掲げる男の目が合う。
俺の姿を見つけ、驚愕した男の目が大きく見開かれる。
が、驚いたせいか棒立ちのままだ。
「フッ」
気にせず放つ。
「あ゛ッ」
矢は残された男の眉間にしっかりと突き刺さった。
男の短い悲鳴が小さく響く。
(うし)
俺は素早く木から下りる。
そして、男達を射った木の向かい側の木の陰に隠れて、【気配察知】を使う。
(こっちに来てるな……)
【気配察知】の結果、森の端まで辿り着いた一班がこちらへ再度戻って来ることが分かった。
多分、森から出た先はある程度見晴らしが良く、逃走した形跡がなかったため、森の中に隠れていると判断して戻ってきたのだろう。
俺はその一斑がこちらへ近づいてくるのをじっと待った。
ある程度距離が近くなってきたら再度矢を番え、弓を構えた状態で地へ伏せる。
「おい! あれ!」
「クソッ! おい大丈夫か!」
「ダメだ……」
「全員頭部に矢を受けているな……、もしかして木の上から狙われたのか?」
「方向からしてあの木の上だ! 気をつけろ!」
五人は死体の状況から俺が狙ったポイントを割り出し、そちらを見上げた。
照明をかざしながら周囲の木々を隈なく見つめる男達。
「フッ」
俺はそんな五人の背後から矢を射る。
先程と同様に三本の矢を番えた状態で背後から三人の頭部を狙って放つ。
矢は見事命中し、男達は後ろからこつかれたように前のめりに倒れた。
地面へと前倒しになる音を聞いた残された二人がびくりと身を震わせる。
そして倒れた男達へと視線を落とし、驚きの表情を浮かべた。
「ど、どうした!?」
「後ろだ!」
残りの二人がこちらに気付く。
だが、ワンテンポ遅い。
俺は慌てず伏せたまま再度矢を一本番える。
今度は気付かれているので、かわされる可能性を考えて的の大きい胸を狙う。
「フッ」
焦らず呼吸を整えてから放つ。
相手はこちらに気付いていたが、俺が矢を放つ方が一瞬早かった。
矢は残された二人の内の一人の胸に突き刺さる。
「グアッ」
矢を受けた男は短い悲鳴と共にあっけなく倒れた。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
残された一人が恐慌状態になりながらもこちらへ駆け寄りながら抜剣し、剣を振りかざした。男は興奮しながらこちらへと駆ける。
俺は慌てず、再度矢を番える。
そして伏せたままの状態で弓を構えた。
だが、男がこちらへ辿り着く速度の方が速かった。
このままでは矢を放つのが間に合わない。
「くらええええっっ!」
男が怒声と共に地面へ伏せる俺目がけて剣を振り下ろす。
が、俺は慌てずにその場で【縮地】を発動した。
すると寝そべったままの姿勢で瞬時に数メートル後方へ下がる事に成功する。
当然、弦は引き絞ったままだ。
「あ?」
剣を地面へ叩きつけた男の間抜けな声が響く。
「フッ」
スコンと小気味いい音を立てて、こちらを見つめる男の額に矢が突き刺さる。
それと同時に男が疑問の表情を浮かべたまま倒れた。
俺は新しく量産された男の死体には目もくれず【気配察知】を使う。
すると森の端まで行き終えた他の班も、こちらへ迫って来ていることが分かった。
森へ突入したのは五班。
そして今二班倒した。
残りは三班。
森は横に長い長方形のような形状をしており、その右半分の班を倒したことになる。
(さて……、移動すっかな)
さすがにこれ以上この場に留まるのはまずいだろう。
俺は【忍び足】と【気配遮断】を発動させたまま移動を再開した。
(お、池か……)
移動中、森の中に巨大な池を見つけた俺は【水遁の術】を発動させ迷わず池に潜る。
そして水中で弓を構えたまま【気配察知】を頼りに敵が来るのを待つ。
しばらくするとおあつらえ向きに一斑が池の側を通りかかった。
俺は池を挟んで限界まで遠くなるように位置取りし、水面から顔を出す。
相手は水の中に潜んでいるとは思っていなかったようで、こちらを見ていない。
さすがにこれだけの長時間潜っているのは常人には不可能だし、そう判断するものも仕方がないだろう。
俺は矢を二本番えて弓を横に倒して構える。
今回相手は立ち止まっていない。
しかも池の側にはいないだろうと判断し、移動速度が普通だ。
さっきのようにゆっくりと周囲を警戒しながら歩いている訳ではない。
そのため、狙う対象を二人、かつ頭部より当たりやすい胸部を狙う。
【弓術】スキルを使用して発生した赤いラインを相手が辿り着くであろう少し前に狙いを定め、相手の移動速度に同調するようにして自身と弓を動かしていく。
「フッ」
そして相手の移動速度に同調できた瞬間、スキルに身を任せて矢を放つ。
矢は吸い込まれるように男達の胸部に命中した。
途端、倒れる男達。
そして残された者たちが異変に気づいて立ち止まる。
そのチャンスを逃さず、すかさず同じように二本矢を番えて再度構え、そして放つ。
「フッ」
短い呼吸と共に放たれた矢は、倒れた者達に気を取られていた二人の胸部に命中した。残された一人はこちらに気付き逆上するも、池が邪魔をして近寄れない状態だった。
「てめぇ! やりやがったなぁあああッッ!!!」
普通なら逃げる局面だろうが仲間をやられて冷静さを失っていた男は剣を抜いて池に飛び込んで来る。
「フッ」
弓を構えていた俺はそんな隙を逃すはずもなく、矢を放つ。
水の抵抗を受け、思うように進めない男はあっけなく額に矢を受け、盛大に水しぶきを上げながら水面に倒れ込んだ。
これでもう一斑の処理成功だ。
(残りはどうすっか……)
池から這い出し、移動しながら次の策を練る。
さっき最後の男が声を張り上げたので、他の班がこちらへ駆けつける可能性が高い。
このまま池に居座りたいところだが、【水遁の術】の発動時間を考えると他の班が近づいてくる頃には効果が切れていそうだ。
(後は普通に行くか)
今の相手の数ははじめの三分の一の人数。
しかも分散行動中。
ならなんとかなるだろう。
そう判断し、【気配察知】で現在地を探る。
残りの二班は合流しておらず、それぞれ森の中をうろうろしているのが分かった。
どうやらさっきの男の叫び声は聞こえていなかったようだ。
(一斑に絞って攻撃を仕掛けるかね)
【忍び足】と【気配遮断】を発動させたままの俺は、【暗視】と【聞き耳】を駆使して男達への接近を試みる。
…………
しばらく森を歩き、一斑の背後に位置取りすることに成功する。
俺は鉄杭を五本ほど取り出すと、距離を詰めるために一気に駆け出した。
そして投擲距離に相応しいところまできたら一気に鉄杭を投げつける。
【手裏剣術】の影響を受けて投げた鉄杭は狙いたがわず、男の頭部へ命中する。
一本、二本と投げたところでさすがに相手に気づかれ、振り向かれてしまう。
だが、振り向き様に三本目が三人目の額に命中する。
俺はドスに触れつつ、【縮地】を発動し、更に急接近した。
残された男の一人の眼前まで一気に【縮地】で詰め寄り、【居合い術】を発動する。
――チン。
ドスを鞘にしまう音と共に俺とすれ違った男の腹がぱっくりと割れ、鮮血が噴き出す。
俺はそのまま流れに任せるようにナイフを抜き、スキルを【短刀術】へと切り替え最後の男へ駆け寄る。
「う、うわああああああっっ!」
一瞬の出来事に狼狽した男は俺の急接近に武器すら抜けずに驚愕の声を上げることしか叶わなかった。
俺は男の周りを回転するようにしてナイフを振るう。
膝、腿、二の腕と螺旋を描くように斬りつける。
「グアアアアアッ!」
されるがままの男は悲鳴を上げながら膝を突き、倒れた。
俺はすかさず倒れた男の頭部をサッカーボールに見立てて蹴り飛ばす。
すると男はビクンと少し大きな痙攣を残し沈黙する。
「運ぶか……」
俺は気を失った男の体を縛り上げると足を掴み、ずるずると引きずって森を抜けた先へ向かった。
そこは断崖となっていて見晴らしが良く、夜以外なら周囲の山々が一望できとても素晴らしい場所だった。
まあ、今俺が運搬中の男は気を失っているので、そんな絶景を拝む事はできない。
俺は気を失った男をその場に残すとまた森の中へ向かい、残り四人の死体をアイテムボックスへしまう。
そして再度断崖に戻ると、回収した死体を気を失った男目がけて振りかけた。
全ての作業を終えた俺は側にある木々へ【張り付く】と【跳躍】を使って三角飛びで登り、隠れる。
後は、最後の一斑がここへ来るのをじっくりと待つだけだ。
…………
木の上に隠れて数分後、最後の一斑が俺が餌をばら撒いたポイントへ差し掛かった。
俺は気を失った男を起こすため、弓を構え、矢を番える。
「フッ」
そして男の肩目がけて矢を射った。
矢は男の肩に問題なく突き刺さり、軽く血が噴き出す。
「うあッッ!?」
矢を受けた痛みにより、悲鳴を上げて目を覚ます男。
俺は男が目を覚ましたのを確認すると、刺さった矢の射線から居場所がばれないように木から降り、新たな木の影に隠れる。そして息を殺してじっと待つ。
すると――。
「おい! 大丈夫か!」
「一人生きているぞ!」
「他のやつは絶望的だな……」
などと言いながら残された一斑が傷を負った男に気付き、近づいていく。
そしてそれと同時に気絶から目覚めた男も声を上げた。
「た、助けてくれ! 足を切られた上に縛られているんだ!」
折り重なる死体で身動きが取れない男は叫んで助けを呼ぶ。
「よし! 今引き出すからな」
「ロープを切るのはその後だな」
「それより奴はどこだ!」
「他の班とも会わないし、どうなってるんだ……」
「おい、これは何だ? お前の物か?」
傷ついた男を助け出そうと駆け寄った男達の一人が黒い立方体を拾い上げて尋ねる。
「い、いや、何だそれは?」
だが、当然傷ついた男がその立方体の正体を知ることはなかった。
背後でじっと様子を窺っていた俺は頃合と判断し、起爆ボタンを押し込む。
すると凄まじい爆発音と共に強い閃光と衝撃波が発生し、男達を崖ごと吹き飛ばした。
爆発の衝撃により崖が崩れ、全員奈落の底へと落下していく。
だが、男達の断末魔の悲鳴が聞こえてくることはなかった。
多分、爆発をもろに受けてすでに絶命していたのだろう。
「うし、全滅まで後三人だな」
気がつけば三十人仕留めたことになる。
残りは女達三人。
仕掛けてきたのは向こうだし、悪いがここはいかせてもらおう。
俺は池に浸かって濡れた体の水分を入念に拭き取りながら次の行動へ移る準備をはじめた。




