13 俺にどうしろと
しばらく進んだ後、ダーランガッタが何かを思い出したかのようにこちらへと駆け戻って来る。
「ん、何かあったか?」
なんだろう、護衛の料金徴収とかだろうか。
とりあえず俺も充分役に立ったことをアピールし、少しでも割り引く方向に持っていきたい。
「これあげるよ。ドラゴンを倒せたのはケンタさんの助力もあってのことだしね」
そう言うとダーランガッタは背負っていたドラゴンの爪をこちらへと差し出してきた。
「え、いいの? あ……、いや、遠慮するわ。出口まで案内してもらったのでチャラってことでいいんでないかな。じゃあそういうことで」
ダーランガッタの言葉に爪を受け取りそうになるも、濃密な殺気を感じ、気配がした方へ視線を向けると女性陣が俺を射殺す勢いで睨んでいた。身の危険を感じた俺は爪の受け取りを辞退し、その場を去ろうとする。
ここで村とは逆方向に移動すれば下山ルートからそれてしまうが、それでもこの会話を終了させることが先決だ。
一刻も早くこの場から離れないと命に危険が及ぶ可能性がある、そんな殺気だった。
「だめだよ! こういうのはきっちりしておかないと気が済まない性質なんだ! 大体僕達が秘宝を貰うわけだし、これは持っていって貰った方がいいよ。ほら、奥の手も壊しちゃったしさ」
ダーランガッタ曰く、自分達が秘宝を貰いたいから遺跡踏破の報酬分配としてドラゴンの爪は持っていってくれとのこと。それにドラゴン戦で斧を壊してしまったことも気に病んでいるようだ。
確かに分け前と考えることもできるが、元々俺は秘宝探しのパーティーメンバーというわけではない。
つまり報酬の分配自体がおかしいとも言える。斧だって元々降って湧いたような物だし大した損失ではない。
実際、ダーランガッタの後ろにいる女達は俺と同意見かそれ以上の様子。
それに苦労して手に入れた遺跡の秘宝があの何の変哲もないランタンだ。
俺が爪を受け取ると儲けがなくなってしまうのではないのだろうか。
「いや、いいよ。そっちの方が人数も多いわけだし金も必要だろ? 俺はいいって。んじゃ」
再度断る俺。
「そんな事言わないで下さい。生きて帰れたのはあなたのお陰でもあるんだから受け取って下さい。ねえ、みんな?」
ここでダーランガッタが女性陣に意見を求めてしまう。
「……え、ええ。そうですね、彼の助力も多少は役に立ちましたね」
「いないよりは……、増しだった……」
「役に立った部分もあるとは思うが、いなくても君がいるから大丈夫だったとは思うぞ?」
完全否定するとダーランガッタの印象が悪くなると考えたのか微妙な返答をする三人。
だがその発言にはドラゴンの爪に対する未練がたっぷりと含まれていた。
「ほら! みんなもいいって言ってるし、持っていってよ!」
ドラゴンの爪を俺にぐいぐいと押し付けてくるダーランガッタ。
しかし、今の言葉を“OK”と判断するのは早計ではないだろうか。
と、ダーランガッタの背後にいる女達へ視線を向けると全員がこちらを睨みつけながら首を振っていた。
「悪い、かさばるしいらないわ。一人旅にはちょっと重過ぎるかな」
と、今度は重量を盾に断ってみる。
「そうだね! じゃあ僕達が持って行ってあげるよ!」
するとダーランガッタは自分が運ぶのを手伝おうと言ってきた。
「え?」
固まる俺。
「「「え?」」」
固まる女達。
ダーランガッタの周り以外の空気が凍りつくのを感じる。
どうやらさっさと別れたいと考えていたのは俺だけではなかったようだ。
そういう意味ではあいつらと気が合うと言えないこともない。
「一緒に帰ろう!」
そんな中、ドラゴンの爪を押し付けようとしながらガンガン来るダーランガッタ。
「いや、それはちょっと……」
余り関わり合いたくない俺は言葉を濁す。
女達に視線を向けるも苦虫をかみつぶしたような顔で俺を睨んでいた。
一体俺にどうしろと……。
どうしろというんだ!
「どうあってもこれは受け取ってもらうからね。これは皆の言葉を聞く限り、観賞用にしか使えないみたいだし、お金なら実家にあるから問題ないんだ」
ダーランガッタの姿勢は揺らがない。
「……分かった、貰うわ。背負って帰るから運んでもらうのは遠慮するけどな」
と、俺がここで折れた。
女達には悪いが勘弁してもらおう。
大体女達はダーランガッタに雇用されている身、爪を売った報酬があいつらの懐に入るかどうかは微妙なところなのではないだろうか。大体ダーランガッタから給料が貰えるんだろうし、それで納得してもらいたい。
狙いとは違う予定外の品であるドラゴンの爪がなくてもなんとかなるだろう。
このまま一緒に帰ることになれば乙女の花園への招待という名の深夜の呼び出しをくらいそうだし、絶対に嫌だ。もう乙女の煙も乙女のローキックも充分味わった。
一緒に帰るのが嫌だというのは女達も同じ気持ちだろうし妥協してくれるはず、という判断でドラゴンの爪を受け取ることにする。
「分かったよ。じゃあ、お元気で!」
爪を俺へと渡し、晴れ晴れとした笑顔で手を振りながら村へと向かうダーランガッタ。
「仕方ありませんね。あなたのような人はしぶとく生き残るでしょうが、くれぐれも我々の前には二度と現れないで下さいね?」
「せいぜいその爪で……楽しむといい……」
「貴様がいなくても我々だけで踏破可能だったという事を肝に銘じて受け取るのだな。無様に恥じて生き続けるがいい」
それぞれ唾を吐き捨てる勢いで俺に捨て台詞を残していく女達。
「どうもお世話になりました。じゃあな!」
と、俺は大きく手を振りながら四人を見送った。
村まで一緒に来るかとダーランガッタ言われたが休憩がてらに少し山の景色を楽しんでから帰ると嘘をつき、その場に残る。とにかく一刻も早く一人になってリラックスしたかった。
「ふぃ、面倒臭い連中だったな……」
四人の姿が見えなくなってから呟く。
そして考える。
(折角別れたのに道が一緒で合流しちゃうのは嫌だしどうしたもんか)
ここで別れても、向こうも村で残りの調査団と合流すれば程なく移動を開始するはず。
そうなると、どこかでばったり出くわす可能性が出てくる。
なら、合流しないように急いで進むか、ここでしばらく時間を潰してから移動するかのどちらかだろう。
(ダーランガッタはあの秘宝をすぐにでも持ち帰りたいと言っていたし即移動しそうだな……)
秘宝を見つけて大層喜んでいたダーランガッタは遺跡から外へ出る帰り道の最中も早く帰って報告したいと何度も語っていた。
ダーランガッタはちょっとワンマンな部分があるので急ぐと判断した場合、他のメンバーを強引に引っ張ってでも行きそうな気がして怖い。
もっと言うと着いてこれないメンバーを気遣って自分だけ先に行くから後からゆっくり追いついてくれとか言って先行しそうな気配すらある。
となると、あまり急いで移動するとダーランガッタ単体、もしくは集団全員と合流してしまう可能性が出てくる。ダーランガッタ一人なら合流しても悪くない気もするが、その状態を維持すると絶対どこかで女達と鉢合わせる気がする。
そうなるとどちらに転がっても面倒臭い。
(数日ここで時間を潰してから移動しますかね……)
急ぐ旅でもないし、ここは大人しく時間を潰すことにする。
次の行く先も決めてあるし、無理をする必要もない。
ここはダーランガッタ達に先を行ってもらい、俺は後からのんびり旅と洒落込むのが一番だろう。
(とにかく、まずはコイツをどうにかしないとな……)
と、目の前にある真っ白なテントのようなドラゴンの爪を見る。
この爪、重さはテリーゴの斧ほどではないが、大きさが厄介だ。
持ち運ぶとなると相当面倒くさい。
アイテムボックスに入れてしまえば解決できる問題なのだが、不慮の事故でダーランガッタ達と遭遇してしまった時の事を考えるとしばらくは持ち歩いているように見せかけておきたい。
「ダミーを作るか……」
悩んだ末、当分の間は偽物を持ち歩くことにする。
俺はドラゴンの爪を持ち上げてアイテムボックスへとしまう。
そして入れ替えに特大サイズのリュックと寝袋を取り出した。
次に周囲に生える木から適当なサイズの枝を切り取る。
最後に特大サイズのリュックを枝を使って限界まで引き延ばし、中が見えないように切り開いた寝袋でぐるぐる巻きにしてみる。すると、なんとなくそれっぽい妥協の産物ができた。
「こんな感じか?」
これなら重さも軽減されたうえに楽に背負えるので持ち運びも簡単だ。
じっくり見ると一回りは余裕で小さくなってしまったが、パッと見は気づかないだろう。
後は俺の洗練されたトーク技術で煙に巻けばいいだけだ。SUGEEには失敗したが言い訳には自信がある。な、なんとかなるはず。
といってもこれも万が一の時のための保険なので、ここまでやっても多分、あいつらと再会することはないだろう。
(んじゃ早速、落ち着けそうな場所を探すか)
と、これからの予定を決めた俺は野営できそうな場所を求めて歩き出した。
…………
遺跡からの帰還を祝って俺を出迎えてくれた夕日とは数刻前に別れ、夜が訪れた。
周囲を散策した結果、ンドゴラ遺跡があった場所から少し離れたところで手頃な野営場所を見つけることに成功する。
そこは大きな森が側にあったが山の上にしては斜面がなく、平らな地形が広がっていた。
これなら走りやすいし、何かあったときの対応も素早くできそうだ。
俺は薪を組んで火をおこし、側に腰掛け、一息つく。
満天の星空の下、様々な虫の鳴き声を聞きながら焚き火を見つめ、酒をすする。
焚き火が燃える音を聞きながら温かさに包まれていると自然と穏やかな気持ちになってくる。
(さて、飯の準備でもするか)
このままのんびりと飯を食って寝る。
ちょっと贅沢な時間を満喫したい俺は早速食い物をアイテムボックスから取り出そうとした。
――が、そこで何か違和感を察知する。
うまく言葉で表現できないが何かを感じたのだ。
現在地が街道から外れていて辺りに結界石がなかったため、【聞き耳】で周囲を探りながら準備していたのが影響しているのかもしれない。
俺は何も気付かなかったふりをして作業を続行しつつ、周囲を警戒する。
「ん」
すると【聞き耳】が小枝を踏むような小さな物音を拾った。
どうやら何かがヒットした様子。
俺は料理の準備をする振りをしながら【気配察知】を発動する。
スキル発動からしばらく後、周囲の気配を感知し、現状を把握する事に成功する。
(モンスターではないな。人……? いや、でも……)
【気配察知】に引っかかったのは人の気配だった。
しかし、本当に人の気配なのか疑わしく思えてしまう。
なぜなら感知した数が多すぎるのだ。
こんな森の中で俺を取り囲むようにして数十の気配を感じるなんて明らかにおかしいわけで。
俺は焚き火に砂をかけて消しながら立ち上がり、辺りを見渡し、目を凝らす。
(ぇ、こわっ……)
【暗視】のスキルを使い、周囲を見回すと【気配察知】で感じ取った通りの人数がこちらをじっと見ているのが分かる。
俺が明らかに不審な動きをしたせいか、囲んでいた面子も気付かれたと察したようで、代表と思われる三人組がこちらへと向かって来るのが見えた。




