11 炎を止めろ
炎は瞬く間に広がり、まるで紅葉した草原のように床一面が燃え盛る。
当然、ドラゴンの真正面にいたダーランガッタは火炎放射をもろに浴びてその姿が見えなくなった。
「おいッ! 生きてるか!!」
もうダメだろうと思っていたが叫ばずにはいられなかった。
ドラゴンの口から噴き出された炎は朱色の大滝の様相を呈し、その滝の中心部は全ての色が失われたかのように真っ白に輝いていた。
ドラゴンに張り付いている俺も溶鉱炉の側に立っているような熱気に体が包まれ、顔から止め処なく汗が流れ落ちる。
ただの人間があんなものを喰らえばひとたまりもない。
いくらダーランガッタでも……。
「ぐおおおおおおおおお!!」
と、ここで聞こえるはずのない声が炎の大滝の中から聞こえてくる。
目を凝らせばバリアのようなものを張ったダーランガッタが必死で炎に耐えている姿があった。
「おお! 大丈夫か!?」
ダーランガッタの姿を見つけ、再度声をかける。
だが、ダーランガッタにこちらの声が聞こえている様子は無かった。
目の前の炎を防ぐのに精一杯で、ほかの事に気を回す余力など一切残されていない感じだ。
(てか、このドラゴン、いつまで吐き続けるんだよ)
炎のブレスは呼吸の延長線上で息を吐くようなものかと思っていたが、今も尚、延々と噴き出し続けている。
もしかすると炎を吐きながら呼吸ができるのかもしれない。
このままの状態が続けば、何とか炎に耐えているダーランガッタがいずれ力尽きるのは明白だ。ダーランガッタの表情を窺う限り、それほど時間の猶予があるとも思えない。
あいつを助けるためにも炎をなんとかして止めたい。
(あの口が閉じれば……)
口が閉じれば炎も吐き出せなくなる。
そう考えた俺はドラゴンの脇から背へ移動し、首を伝って頭を目指す。
できれば援護が欲しかったので女達の方を見てみるも、炎が部屋の隅まで到達しており、ダーラガッタ同様バリアのようなものを張って耐えているのが目に入った。
バリアはエイミーが張っており、その後ろにアリスとマリアが隠れる形となっていた。
(あのバリア、魔法なのか……?)
魔法に疎い俺にはよく分からないが、使っている人物から判断するにその可能性が濃厚だ。
そしてバリアの正体がなんとなく分かるのと同時に、女達の援護が得られない事が分かってしまう。
「クソッ!」
俺は炎を吐くのをやめさせようとドラゴンの頭部に剣を突き立てた。
(くっ! 硬ぇ……)
刃は通った。
しかし、強い抵抗を感じ、深く沈みこまない。
思ったほどの効果は得られなかったのだ。
ダーランガッタがあっさりと斬り飛ばしていたので、俺でもある程度はいけると思ったが甘かった。さすがドラゴンと言うべきか。
あいつの剣が特別製なのか剣技が凄いのか、両方が凄いのかは分からないが今の俺だとドスを使ってスキル全ぶっこみでもしない限りは肉を切るのも一苦労ということなんだろう。
それでも悪あがきで何度かブスブスと剣を突きたてるも、ドラゴンが炎を吐くのをやめることはなかった。
しかもこれだけ頭を刺しまくっているのに嫌がって体を捻ることすらしない。
目の前で炎に耐えているダーランガッタに集中しているという事もあるだろうが、大したダメージを与えられていないのも確実だ。
(爆弾を使うか……?)
俺は傷付けた頭部に爆弾を埋め込もうか迷う。
だが、この状況では多分失敗する。
ドラゴンの傷が浅すぎて、うまくいかない気がするのだ。
もう少し深い傷を負わせて埋め込まないと爆破の威力が外に逃げてしまう。
今の状態で爆弾を使っても表面を吹き飛ばすだけに終わって内部にダメージが届かない可能性が高い。となるとあまりダメージも期待できない。
それにもう少し時間をかけて傷を深くして埋め込んだとしても、この巨大さでは頭蓋が厚くて骨で爆破を防がれて効果が薄くなってしまうかもしれない。
(なんとかすれば行けそうな感じはするんだがな……)
色々考えてみるも、後一手及ばない感じだ。
それでも長期戦に持ち込めばなんとか深い傷を負わせて頭蓋に爆弾を埋め込んでのワンチャンもある気がする。
しかしそれだと眼前で炎に耐えているダーランガッタが手遅れになってしまう。
ここで求められるのは短期で決着がつく方法だ。
といってもドラゴンを倒す必要はない。
とにかく少しでも早く炎を吐くのを止めさせたいのだ。
そうすればダーランガッタと女達が動けるようになり、チャンスが増える。
特にダーランガッタの剣技は是非とも使える状態に持っていきたい。
あれで前足をぶった斬っていたということは骨すらも切り裂くという事。
つまりダーランガッタなら確実に手早く倒せるという事だ。
つまり炎を吐くのを止めさせるのと同時にドラゴンに隙が生じるのが一番良いということになる。ついでに言うならダーランガッタの目の前にドラゴンの頭が無防備にさらされている状態なら尚良いということだ。
そうすればあいつに頭をぶった斬ってもらえる。
つまり――
(ドラゴンの頭を思いきり下に叩きつけて口を閉じさせれば、ダーランガッタと向き合う形になるな)
――ドラゴンの頭を地面に叩きつける。これだ。
となると頭頂部から強い力で押し付けることになる。
爆弾で下方向へ誘導するにはもう少し肉を掘る必要があるので時間が惜しい。
(ハンマーでも持っていれば……)
重量のある武器で叩くのが手っ取り早いが、斬撃に特化した装備を好んで使用してる俺はハンマーの類は持っていない。
俺の装備は身のこなしを重視したものだ。
そのため、重量のある武器は相性が悪いので手を出していない。
武器の大きさや威力に関してもオーガやビッグキラーウルフと渡り合えた事から、これ以上の強化の必然性を感じていなかった。
こんな希少なドラゴンを相手にするなんて世の冒険者の中で一体何人が経験することなんだろうか。そんなゼロに近い可能性を想定して準備するのは、さすがに完璧主義を通り越している。
「クソッ! 何かないか……」
時間は刻一刻と過ぎていく。
その間もドラゴンの火炎放射は止むことがなく、全身が汗でじっとりと湿ってくる。
大体、ハンマーでぶっ叩くにしてもドラゴンの頭を沈めるには相当の重量が必要だ。
杵くらいの大きさでは話にならない。
それこそジャスティスマス……、ミランダが振り回していたようなサイズが必要になってくる。
あんな超重量の武器なんて未来のことが予知でも出来ない限り、実用性を重視する俺がわざわざ手に入れるはずもな………………。
「あったわ」
ありましたわ。
丁度少し前に酒代として手に入れましたわ。
(これは運が良かったと言うべきなのだろうか……)
俺は複雑な表情でアイテムボックスからテリーゴの斧を取り出す。
取り出した瞬間、あまりの重さに取り落としそうになるも、慌てて両手でしっかりと掴み直す。
「迷ってる暇はないな……」
事態は一刻を争う、とにかくこの斧でドラゴンの頭をぶっ叩いてなんとかするしかない。
もし、地面に沈めることが叶わなくても、注意をこちらに向けることが出来れば炎を吐くのを止めるはず。これだけのデカブツに叩かれれば、いくら鈍感なドラゴンでもこちらに気付くだろう。
(……行くぞ)
ずっしりとした重量のある斧は持ち上げる事で精一杯だったが、ここで【膂力】と【剛力】を発動する。
するとなんとか軽く振り回せる程度には扱えるようになった。
この状態で更に【気配遮断】の部分発動をかける。
「行くぞぉおおおッッ!!!」
そして【気配遮断】の部分発動と同時に【跳躍】で垂直上昇しつつ、【決死斬り】の溜めに入る。
大斧を担いだ状態でも【跳躍】を使えば難なく人外の高さまで跳べる。
スキルを使った俺は砲弾のように風を切って真上へと跳ぶ。
跳躍の頂点に達する頃に【気配遮断】の部分発動が完成し、斧とそれに触れる両手が半透明になる。
(来た! 後少しで溜めも……)
そして、【斧術】スキルに身を任せて体を捻り、斧を下にして一気に落下する。
落下中、ついに【決死斬り】の溜めも完了する。
(よし! 溜まった!)
あとは落下の勢いに任せて全てをドラゴンの頭部にぶつけるだけ。
(的はデカい、楽勝だ……。行ける!)
ドラゴンの頭部が迫る中、俺は狙いを定め、集中する。
まとわりつくような熱気に当てられてかいた汗の粒が眼に入り、視界が霞む。
だが、特大の頭部に打ち下ろすだけなので、対象がおぼろげになっても問題ない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォオオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!」
巨大な鉄の塊と化した俺はドラゴンの頭部目がけて落下し、【膂力】【剛力】【跳躍】【気配遮断】【斧術】【決死斬り】の全てをその頭部へ叩きつけた。
ゴガッ! と凄まじい音を孕み、ドラゴンの頭頂部へと衝突する。
斧はドラゴンの頭部に見事突き刺さった。
その威力は突き刺さっただけで終わらず、ドラゴンの頭部を地面へ縫い付けることに成功する。
当然口は強制的に閉じられ、止め処なく放射され続けた炎も止まった。
最良の結果を出せたことを確認し、顔を上げた俺は生存しているであろうダーランガッタへ呼びかける。
「今だッッ!」
俺と目が合ったダーランガッタは深く頷くと、剣を振り上げこちらへと突進して来る。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! セィヤアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ダーランガッタが剣を振るうのと俺がドラゴンの頭部から飛び退くのが同時となる。
転がりながら退いた方を見やれば、ドラゴンの顔が盛大に血を撒き散らしながら縦に真っ二つに裂けていくのが見えた。
「やった!!!」
いくらドラゴンとはいえ、頭部を縦に裂かれて生きているはずはないだろう。
その事を証明するかのようにドラゴンの全身から力が抜け、ズシンと巨音を立てながら沈み込むようにして横に倒れた。
俺の目の前に横たわる巨大な塊からは生命が発する独特の気配を感じることがなく、完全に息絶えた事を証明してくれる。
その事実が穏やかな波のように押し寄せ、ワンテンポ遅れて実感が増してくる。
知らず、拳を握り締めていたことに気付く。
どうやら夢ではなく、本当にドラゴンを討伐する事に成功したようだ。
…………
「ごめん、斧壊しちゃったね」
と、ダーランガッタが近づいてくる。
「ああ、別にいいよ」
ドラゴンの顔を縦に裂いたダーランガッタの剣技は頭部に突き刺さっていた俺の大斧も真っ二つにしてしまっていた。
だが、あんな物そうそう使う機会なんて訪れないだろうし、ここでこれだけ役に立ったのだからあの斧も本望だろう。
「それにしてもあんな斧持ってなかったよね?」
首を傾げたダーランガッタが不思議そうな顔で聞いてくる。
「奥の手ってやつさ。冒険者にその辺を聞くのは……、分かるだろ?」
俺は心の中で冷や汗をかきながら適当に言いつくろう。
部屋の隅で拾ったと言い訳したいところだが女達が見ている可能性もあるし、止む無く苦し紛れの言葉を紡ぐ形となった。これでなんとか納得して欲しいところ。
「そうだね。ちょっと野暮だったね」
ハハッと爽やかスマイルを返してくれるダーランガッタ。
(ギリセーフっぽいな)
あんな適当な言葉で追及することを遠慮してくれるダーランガッタに心の中で感謝する。
やはりイケメンは顔だけでなく懐も深いようだ。
そして全てが片付いた雰囲気が漂いはじめたせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。
「まさか本当に倒せるとは……」
横たわるドラゴンを目の前に呟く。
正直、ダーランガッタがいなければ、ここまで簡単に勝てる相手ではなかった。
というか本来なら何十人とかで挑むモンスターだろう。
それをたった二人でやってしまったのだから凄いもんだ。
だが、ダーランガッタの判断や行動はさすがに無謀と言う他ない。
いくら腕に自信があるとはいえ、この人数で勝てると思えてしまう思考は危険極まりないものだ。このまま同行していたら命が幾つあっても足りないだろう。
逆にこの状況に恐怖し、何も出来なかった女性陣の方が普通の反応といえる。
などと考え込んでいると、眼前にあったドラゴンの死体がダンジョンに喰われ、じわじわと地面へと沈み込んでいくのが見えた。
「あ! もしかしたらドロップアイテムが出るかもしれませんよ!」
「ドラゴンのアイテム……。すごい……」
「遭遇率の低さと個体の強さから市場に出回ることなどほぼゼロの品だな」
いつの間にか隅っこからドラゴンの前に移動し、はしゃぐ女達。
今までの縮み上がりっぷりが嘘のようだ。ほんと現金なものである。
しかし、ドラゴンのドロップアイテムには俺もちょっと興味がある。
すんごい聖剣とか出たりするのだろうか。
「そうだね、もしかしたらドロップするかもしれないし、ちょっと待ってみようか」
女達の言葉を聞いたダーランガッタの提案により、ドラゴンの死体がなくなるのをじっと待つことになった。ドラゴンはとても大きく、完全に消失するまでそれなりの時間がかかることとなる。
そして――。




