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10 アレ

 

 ――どこかで……。


 どこかでこんな感じのダンジョンに潜った記憶があるようなないような……。




「何か心当たりが?」


 額に手を当てて思い出そうとする俺の様子を見たダーランガッタが尋ねてくる。


「ちょっと待って……、今思い出すから……。なんか既視感があるんだよなぁ」


 そう、どこかで見たのは間違いない。


 しかしあまり印象に残っていない。


 つまり軽く視界に入った程度、一度きりの可能性がある。


 一体どこで……。


「は、早くしてくれるかなぁ」

「無駄な時間……」

「本当に役に立たんな……」


 女達が俺を急かしてくる。



 だが、俺はどうしても思い出せずにいた。


 喉元まで出かかっているのだが、なぜか思い出せない。


 何か嫌な思い出があって忘れようとしているくらい思い出せない。


 なんとももどかしいことこの上ない状態だ。



「行けば分かるよ! じゃあ入るね!」


 待ちくたびれたダーランガッタが巨大な扉を開け放つ。


 爽やかアイドルイケメンのダーランガッタは少し開けて中を覗くとかそういったことはもちろんしない。


 全力で全開だった。


 バーン! と音を立てて扉が開く。


 と、同時にその音がきっかけとなり記憶のほつれがとれ、思い出す。


 この構造は――あのダンジョンとそっくりだったのだ。


 そう、俺が転生した理由と縁深いダンジョン。


 いけ好かない老剣士が絡んだダンジョン。




 確かあそこには――


「あ……、思い出した。って、入ったらだめだ!」


 ――アレがいたはず。



 俺は部屋の中へと進んで行くダーランガッタ達へ向けて叫びながら後を追う。



「こ、これは!?」


「「「きゃああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!」」」


 と、同時に驚愕の声と悲鳴が轟いた。



「まさかこんなところで再会するとは……」


 ダーランガッタ達が驚愕する視線の先にいるモンスターを見て俺は言葉を詰まらせる。


 俺達の目の前には一匹の巨大なドラゴンが寝転がっていた。


 その大きさは生き物に例えるより建物に例えた方が分かり易い大きさをしていた。ドラゴンは全身くまなく真っ青だった。


 きっと名前はブルードラゴンだろうなと思ってしまうほどには真っ青だった。


 そんなブルードラゴンの体が脈打ち、微細に波打つ。



 そして、こちらの声に気づいたのかドラゴンのまぶたがゆっくりと開く。


 ちょっとしたガレージのシャッターが開くようにして見開かれた瞳には爬虫類特有の虹彩が見て取れた。



「こ、これはドラゴン……」


 呟き、固まるダーランガッタ。


「に、逃げましょう!」

「無理……」

「いくらなんでもこの人数では敵わない相手だ! 撤退しよう!」


 怯え、後退る女達。


 だが、そんな俺達を逃がしてくれるほどドラゴンは優しくなかった。


 まぶたを開き、こちらへと頭部を向けたドラゴンはゆっくりと立ち上がる。



 そして――


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 ――吼えた。



 強大な咆哮を受け、身体がすくみ、思うように動けなくなる。


 視界の端には女達が腰を抜かして尻餅をついている姿が目に入った。



 が、正面に居たダーランガッタはそんな咆哮を受けても動じない。


 内心は多少動揺しているのかもしれないが、表面上は平常運転に見えた。



「相手にとって不足なし! 行くよ、みんな!」


 そして剣を抜き、勇敢にもドラゴンへ立ち向かうことを宣言するダーランガッタ。




「「「えええ!?」」」


 尻餅をついたまま虫のようにカサカサと音を立てながら後退する女達。


 これはどう見ても完全に戦意を喪失している状態だ。


「うっわ〜……、どうすんの、これ……」


 そんな中、俺は膝の震えが止まらないのを誤魔化すように呟いた。




「いくぞ! せやああああっ!」


 剣を抜き、ドラゴンへ向けて勇ましく駆け出すダーランガッタ。


 その勇敢さは尊敬に値するが、一人で特攻するのは頂けない。


 戦うなら戦う、逃げるなら逃げるでちゃんと全員の意思を統一しておかないとこのままでは混乱が増すだけだ。


「あ、おいっ!」


 ダーランガッタを制しようと声をかけるも止まる事はなかった。


 そして後ろで物音が聞こえて振り返ると入り口の扉へ駆けて行く女達が目に留まる。


(あいつら逃げる気か?)


 と、視線を向けているうちに女達は扉へ到着し、取っ手に手をかけた。そして力任せに引っ張った。


 が、開かない。


 三人で取っ手を全力で引いているのが痛いほど伝わってくる動きをしていたが、扉はピクリとも動かなかった。最後はキレて扉を蹴り、部屋の隅へと駆け出す始末。


(……これはあれだ。倒さないと開かない的なシステムとみた)


 いわゆるボス部屋仕様。


 一度入場しちゃうと対象を倒さない限り、部屋から出ることが許されないルール。


 つまり部屋の隅でどれだけ固まっていても、この部屋から出ることは不可能。


 もちろん女達もその事は分かっているとは思う。


 だが、それでも部屋の隅へ避難。



 それはダーランガッタ一人にドラゴン戦を任せる作戦ということなんだろう。


 一応俺という存在もいるわけだが、女達にとってケンタという冒険者はノーカン扱いとなっているとみた方が賢明だ。


 女達はダーランガッタがドラゴンを倒すと信じて隅で固まる。


 もしくはダーランガッタが自身の命と引き換えにドラゴンを追い詰め、自分達でも倒せる状況になるまでは隅で固まる。


 と、いうことなんだろう。


(で、俺はどうするべきか……)


 ダーランガッタと女達の行動は明確になり、不明瞭なのは残された俺のみ。


 といっても残された選択肢はダーランガッタに加勢、または女達と一緒に逃げ回る、のどちらかだ。

 要はこの部屋から出れる可能性が高いほうを選ぶべきだろう。


 なら――。


「加勢だわな」


 加勢一択。


 鉄球をも切り裂くダーランガッタの援護に回って勝率を上げるべきだ。


 邪魔になるなら逃げた方がいいだろうが、そう判断するのは色々試した後でいい。


 今は自分にやれることを一通りやってみて、少しでも生存率を上げていくべきだろう。


 数瞬の間に俺が決断するのと同時にダーランガッタの声が辺りに響く。



「はあああっ!」



 振り向くと丁度ダーランガッタがドラゴンへ向けて剣を振り下ろすところだった。



 ドラゴンはその巨体故、スピードが遅く、狙える的が大きい。


 ダーランガッタの一撃はドラゴンの前足を一本吹き飛ばすことに成功する。



 足を一本失ったドラゴンは巨大な咆哮と共に大きく仰け反る。


 室内に凶悪な大音響が轟く中、ダーランガッタの一撃を受けた前足が宙を舞う。


 数秒の間を置いてドシン、とコンテナが落下したような巨音を立てて足が地面に転がる。


「うお、切りやがった……」


 その光景を見て固まる俺。


 いくら凄い斬撃を繰り出せるとはいえ、まさかあんなにもあっさり切ってしまうとは思ってもみなかった。案外柔らかいのだろうか。



「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」


 そして、足を切られたドラゴンが絶叫し、暴れまわる。


 暴れまわるたびに地面が揺れ、天井から塵が落下する。


 なんとか姿勢を保とうと幾度となく地面を叩いていたドラゴンだったが三本足で安定する姿勢の模索を諦め、二本足で立ち上がる。


 ズズズ、という効果音が似合いそうなほど辺りを影で覆いながら、気球が上昇するかのようなじっくりとした速度でドラゴンが天を衝く。


(やべえわ)


 ドラゴンを見上げ、あまりの巨大さに語彙を失う俺。


 今まで地に伏した状態でも巨大と感じていたものが立ち上がるとどういうことになるのかを身を持って知ってしまう。……怖いっすわ。


「ゴオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」


 呆然とする俺の眼前で立ち上がった記念にドラゴンが唸り声を上げる。


 ワンワンならチンチンのポーズになったと言えるが、ドラゴンだと某怪獣を思い出す佇まいである。


 二本の足でしっかりと立ち上がったドラゴンはダーランガッタの方を見下ろすと軽く体を捻った。


 軽く捻っただけのはずなのにボファッ! とか風切音を通り越した風裂音が鳴るのは反則だと抗議したい。


 ドラゴンが体を捻った瞬間に発生した風裂音と共にその背に供えた巨大な尻尾がこちらへ唸りを上げて迫ってきた。


「は?」


 脱線した電車が目の前に迫ってくるような恐怖を体感し、内腿が今まで感じたことのない痙攣の仕方をしはじめる。


 巨大な尻尾は凄まじい速度で容赦なくこちらへと迫る。


 このまま突っ立っていれば尻尾が俺へ到達するのは数秒後だが、その前にダーランガッタへの直撃は免れない。などと考えているうちに尻尾がダーランガッタへ襲い掛かる。



「はっ!」


 だが、迫る尻尾を爽やかな掛け声と共に軽やかなジャンプで難なくかわすダーランガッタ。


 さすがイケメンアイドル戦士を地で行く存在である。



「やべっ!!!」


 アイドルの華麗なジャンプに見惚れて出遅れた俺は迫る尻尾を背に必死で走る。



「ぬううううおおおおおおおおおおおおお!!!」


 そして不細工な大声と共にばたついた【跳躍】で尻尾をぎりぎりかわす俺。


 見下ろせばバス程の太さの尻尾が床の表面を削り取りながら通過するところだった。



 なんとか尻尾をかわし、両手両足でベチャリと着地すると他のメンバーの安否を確認する。


 ダーランガッタは華麗にかわしたため健在、女達は尻尾攻撃の範囲外だったため無傷。


 どうやら全員無事のようだった。


 ほっとしつつも次にどうするかを考える。



(俺の場合は接近した方が良さそうだな)


 こう見えて巨大な敵との戦闘経験は結構ある。


 今までの感覚からいくと、巨大すぎる相手には背に張り付くのが一番という結論に到達する。


 あって良かった【張り付く】スキルである。


 どうやら今回はドラゴン登山と洒落込むことになりそうだ。


「うし」


 俺は早速【疾駆】を発動し、尻尾を振りぬいて姿勢を正そうとするドラゴン目がけてダッシュする。


「あいつに張り付く! 俺の事は気にせず好きに攻撃してくれ!」


 途中、ダーランガッタとすれ違ったので一言こっちの意図を伝えておく。


 ダーランガッタは俺の言葉に目でうなずき返すと剣を構えて駆け出す。



(どこに張り付くべきかな……)


 走りながらドラゴンを見据え、どこへしがみ付くか狙いを定める。


 ベストは背中だが、現状相手は正面を向いているのでそれは難しい。


 となると、とにかく高い位置に張り付き、そこから時間をかけて背面に回るのがいいかもしれない。


(胸か、腋辺りに行ければベストだな)


 と、狙いを定める。



 後少しで跳べる範囲に到達しそうになった時、ドラゴンの行動に違和感を覚える。


 尻尾を振るなら体を捻る予備動作があるのだが、今回は違った。


 顎を引くようにして、顔を上方へそらしたのだ。


 目を凝らすとドデカい口はしっかりと閉じられていたが、その口に納まりきらない大きな牙がにょきりとはみ出ているのが見える。


 そんな牙と牙の隙間からチロチロと朱色の何かが見え隠れする。


 朱色の何かはとても鮮やかな色彩でドラゴンの体表が青色なのと相まってとても映えていた。


(……なんていうか、炎っぽいような)


 ドラゴンの口の隙間から朱色の何かが見える=火を吐く。


 間違いないのではないだろうか。


 もし炎が吐かれたとしても俺はドラゴンの体に密着するのが間に合うので、やりすごせる可能性が高い。


 が、問題はダーランガッタだ。


 あいつは今剣を掲げて突進中である。


 いくらあいつの剣技が凄いといっても炎までは切り裂けないだろう。



「おい! 火を吐くかもしれん! 気をつけろ!」


 ドラゴンへ張り付くに充分な距離に到達した俺は後ろにいるであろうダーランガッタへ向けて叫びつつ、【跳躍】で跳ぶ。


 スキルの影響で不自然なほどの跳躍距離を得た俺は、垂直上昇で一気にドラゴンの上半身まで到達し、手を伸ばす。


 そしてドラゴンの脇に手が触れた瞬間を狙って【張り付く】を発動し、体を固定させた。


 が、次の瞬間、ドラゴンが勢いよく頭を下げた。


「うお!」


 急な下降感を味わい、思わず声を上げてしまう。


 多分、火を吐くための予備動作だろう。


 ドラゴンの急な動きに驚いた俺は衝撃に耐えるようにしてその体にしっかりとしがみ付く。



 フリーホールのアトラクションかと思うほどの落下からの急停止。


 俺がドラゴンの体に振り回される中、その巨大なアギトがガッと勢いよく大きく開く。


 そして紅蓮の炎が土石流のように吐き出された。



 吐き出されたというより噴き出されたという表現の方が近い。


 それだけ強烈な暴威があったのだ。



 部屋全体を埋め尽くさんと朱色の炎が荒れ狂う。


 炎は瞬く間に広がり、まるで紅葉した草原のように床一面が燃え盛る。


 当然、ドラゴンの真正面にいたダーランガッタは火炎放射をもろに浴びてその姿が見えなくなった。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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