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5 初研修


 受付のお姉さんはきょとんとした表情でこちらを見た。



「今日初めて存在を知ったのですが、できれば会わないようにしたいので避ける方法があれば知っておきたいなと思いまして」


「……ケンタさん」


 受付のお姉さんの口調がどこか重苦しい。




「はい?」


「新人講習は受けられましたか?」


「何ですかそれ?」


「チッ、あのババア……」


 お姉さんの顔に影が差し、目元が見えなくなる。それと同時に背後から暗雲が立ち込め、どろりとした異常な殺気を放ち出す。


 ……怖い。周りの冒険者も異変に気付いたようで一様にこちらから目をそらしていた。


「ケンタさん、本来は冒険者として登録し、ギルドカード発行と同時に冒険者の基礎知識を身につけてもらうために新人講習を受けてもらうのですよ。その講習内で新人狩りや盗賊についての対応なども教わるんです。ですが、あなたはあのババアの怠慢で、それも受けていなかったようです。申し訳ございません」


 淡々と話していたが段々早口になり、語気も荒くなるお姉さん。


 ついに遠慮がなくなりババア呼ばわりになっている。



「何の知識もなく冒険者の資格だけ与えて放置するなどあってはならないことなんです! それは見殺しにするも等しい行為です! それをあのババアは七光りをいいことに適当な仕事ばかりして許せません!」


 あ、やっぱり親類に権力者がいるんだ、などとお姉さんの発言から推測してしまう。それにしても受付のお姉さんのヒートアップはとどまることを知らない。



「ケンタさん!」


「はいぃ」


「今からギルドに泊まっていただき四日間新人講習を受けてもらいます!」


「え、今からですか?」


「明日からや午前中だけとした場合、講習のない時間を利用してダンジョンに入りますよね?」


「あ、はい。お金がいるので」


 今からっていうのは逃げられないように確保しようということなのだろうか。



「それは危険なので強制措置です。申し訳ありませんが、講習が終わるまでギルドから出られないようにします」


「わ、わかりました。お手柔らかにお願いします」


 スーラムでは盗み聞きしたり、後を着けたりと四苦八苦しながら情報収集していたので色々教えてもらえるのは逆にありがたい。ここは素直に講習を受けておこうと受付のお姉さんに頭を下げる。


「講習の担当も引き続き私が受け持ちます」


 そう言うと受付のお姉さんは眼鏡の端をクイッと摘み位置を直す、角度が変わったレンズが光を受けてまぶしく反射する。効果音がつくならキラーンとか音がしそうだ。


「よろしくお願いします」


「では、行きますよ!」


 俺は受付のお姉さんに引っ張られ講習の受けられる場所へ移動することとなった。


 ……四日後。


 無事新人講習を終え、ギルドの外に久しぶりに出る。


「シャバの空気がうまい……」


 中々ハードな四日間だった。



 講習は受付のお姉さんとマンツーマンで座学と実技の指導を受け、それが身についているかの簡単なテストを受けて終わりとなった。


 講習の内容は武術などではなく、採取・移動・野営の仕方など基本的なことや各種手続きの仕方などだった。


 ちなみに知りたかった新人狩りの情報については以下のような内容だった。



 狙うのは一人から二人で行動している冒険者が多い。


 狙われ易いダンジョンは人気で人の出入りが激しいダンジョン。


 人が多いと入場の記録から誰がやったかわからないためだ。



 ただ、新人狩りはダンジョン以外でもいるため、広く知られている。


 そのためダンジョンに来る者の多くは自衛のために事前にパーティーを組んでこの街を訪れる。


 街に入るとき一人ではなく四人位で行動している人が多かったのもそういうことだったのだろう。



 被害者になりやすいパターンはパーティーメンバーが負傷し、それでもお金が必要で少人数のままダンジョンに入ったところを狙われるか、この街に一人で来てパーティーが組めずに単独でダンジョンに入ったところを狙われるといったものが多い。


 特に田舎から一攫千金を狙ってくる素人同然の冒険者はこの街でパーティーも組めず、そのままダンジョンに入って囮にされたり、新人狩りにやられることがよくある。


 だから、ある程度経験のある者は絶対一人でこの街には来ないそうだ。


 聞けば聞くほど、俺がカモだったことがわかる。


 人気のダンジョンに入っていたら狙われていた可能性が高い。


 これからもソロで活動するなら不人気なダンジョンをメインにしていく必要がありそうだ。


 あと、ダンジョン内で冒険者の死体を見つけた場合はそのまま放置で問題なく、死体はそのままダンジョンに喰われるが所持品はその場に残る。


 中級ダンジョンまでは職員が低頻度で巡回しているので発見した場合は職員が持ち帰る。


 その場に残った死んだ冒険者の所持品は職員が見つける前に発見した場合は貰ってOK。


 負傷者の場合は入り口まで同行するか、無理な場合は階層毎にある休憩ポイントまで連れて行くことが望ましい。


 だが、自分の力量だと二次被害になってしまうと判断した場合は断っても問題ない。


 しかし同パーティー内での置き去りは罰則行為。



 といった感じで色々と教わり、有意義な時間を過ごせた。


 他にも冒険者として必要最低限知っておかなければならないことを沢山教わった。


 それら全てを受付のお姉さんからとても丁寧にご指導いただいた。



 講習を受けることになったときはどうなることになるかと思ったが、ちゃんと休憩を挟み、三食付で至れり尽くせりだった。


 本来は二人の教官が複数人に対して授業形式で行うそうだが、俺の場合は特別処置ということで今回のような対応になったようだ。受付業務は他の方がその間代行してくれたらしい。


 受付のお姉さんにお礼を言うと、本来当たり前のことで今回のことはこちらの不手際が原因だと、なんとも複雑な表情をしていた。


 講習が終わったのは夕方だったので、宿に帰る事にする。


 俺は帰り道の途中で市場によって買い物を済ませ、宿に戻った。後でわかったが講習中の宿代はギルドが払ってくれていた。本当に至れり尽くせりだ。


 この前は厚揚げと油揚げに我を忘れ直帰してしまったが、賠償金は半分を宿代にあて、残りの半分を買い物にまわすことにした。


 講習中に色々考えたが、ダンジョンに慣れるまではゴブリンを狩る予定だし、装備は今のままでもしばらくは問題ないと判断したためだ。



 今日は酒場へは行かず部屋で料理をするつもりだ。


 ……まあ、料理といっても焼くだけだが。


 部屋へ帰ると早速料理の準備をする。



「さて、一品作りますか」


 今回帰り道に市場で買って来たのはキノコだ。


 俺でも知っているエリンギとブナシメジを購入した。あとバターも手に入れた。



 市場で買い物をする度に驚くが本当に何でも揃っている。


 調味料はもちろん、チーズや卵も普通に売っている。


 菓子や酒といった嗜好品まで手頃な価格で売っているのには驚いた。


 海が遠いせいか魚貝類だけはあまり見かけないうえに高額だったが、それ以外は俺にでも買える値段のものがほとんどだった。



 そんな事を思い出しながらフライパンを温めてオリーブオイルを引く。


 そこに適当に切ったエリンギを入れ少し火を通す。


 そして最後にバターと醤油を投入する。作るのはエリンギのバター醤油焼きだ。



 しばらくするとバターと醤油が焦げる香ばしい香りがたちこめる。


 その香りで頭の中が一杯になってくるとゴクリと喉が鳴る。


「……旨いのはわかっているんだ、焦るな俺」


 フライパインをじっと見つめ、ベストなタイミングを見極める。




「……あのぅ」


「うお!?」


 フライパンに気をとられていたので、急に声を掛けられビクッと体が震える。



 顔を上げると換気のために空けておいたキッチンの窓から顔半分だけ覗かせている男がいた。


 窓が少し高い位置にあるので目から上だけ見えていて他は見えない。



 そしてその目がすごく虚ろで生気を感じなかった。


 虚ろな目は憑りつかれたようにじっとフライパンを見下ろしてきている。


 なんというか……、風呂場を覗かれた女性の気分がわかるような目つきだ。


 怖い。まじ怖い。


「な、なんだ!?」


 俺はエリンギが焦げ付かないようにフライパンを火から離して男の方を見た。


「それ、売ってください」


 男はじっとフライパンを見つめながら窓からお金を見せてくる。


 手に握られていたお金はすごい金額だった。



「はぁ? それだけあれば酒場でなんでも食えるだろ?」


「いえ、それがいいんです」


 男は視線を放さずこちらを凝視しながら言う。目だけしか見えないので本当に怖い。



「じゃあ、自分で作れよ! その金があればできるだろ」


「あ〜、僕って料理がうまいんで無理なんですよ」


「どういう意味だ!?」


「……あ、違うんです。僕が作ると上手過ぎてそんな風にならないんですよ。その、なんていうか男の料理って感じに」


「何が違うんだよ! 明らかにバカにしてるじゃねぇか! 絶対やらねぇ」


「えぇ〜……。なんていうか粗野な味っていうんですか? そういうワイルドなやつが懐かしくて……」


 男は弁解しようとして、さらに俺の心の傷口に塩を塗りたくってくる。


 俺だって料理の腕も少しずつ上がっているはずなんだ。はじめは焼き魚を焦がしてたけど、今はちゃんと焼ける。


 ――だが、俺の料理は素材を焼いてるだけなのは事実だ。本物の料理とは違うというのは薄々分かっていた。


 旨いし、これでいいかと自分に言い聞かせている部分がなかったと言えば嘘になる。


 しかし、それを他人に指摘されるのはなんか違う。分かっていたからこそ腹が立つのだ。


「帰れ! 俺はこれで一杯やるんだ」


「あ、いいなぁ。お願いしますよ〜。それに早くしないと冷めますよ?」


 確かに冷めてしまってはこいつの味が落ちてしまう。


 このまま押し問答を続けるのは得策ではない気もする。


 何でもいいからさっさと終わらせて早く出来立てのこいつを食いたい。



「くそっ、全部はやらん。半分だ。後、金はいらんから食ったらさっさと帰れ!」


「やったー」


 正直金は欲しいが、こんな不審人物から貰うべきではないだろう。



 なんかよく分からないうちに、部屋を覗き込んでいた変質者とエリンギのバター醤油焼きを食うことになってしまった。だが、そんなことは瑣末なことだ。


 重要なのは冷めないうちにこいつを食うことなんだ。


 俺は皿をもう一つ出し、半分に分けて盛り付ける。ドアを開けて男を招き入れるとテーブルに案内した。


 男は俺より少し身長が高かったが、肩をすぼめて背を丸めているのでむしろ俺より低く感じるほどだ。


 髪は赤くて長く、三つ編みにしている。目は茶色だった。服は落ち着いた色を選択しているが一目で高そうだとわかる。


 さっきも迷わず金を出してきたし金持ちなのだろうか。


 全体的に元気がないというか暗い印象だ。



「座れ、そして食ったら帰れ。以上だ」


 俺は用件だけ言うと対面に座り、自分の世界に入ることにする。



 無事講習も終えたし家で誰も気にせずに一杯やろうと思っていたのによくわからないことになった。


 だが、それでも死守した半分のエリンギバター醤油焼きを楽しむため、意識を目の前の皿と木のコップに注いだ酒に集中する。



 まずはエリンギのバター醤油焼きをつまむ。


 エリンギをかじるとしっかりとした歯応えが返ってくる。プリッとした弾力ある歯応えだ。


「あちっ」


 中までしっかり火が通っていたので一気にかむとちょっと熱かった。だがそれも良い。


 噛み締めるとキノコ特有の旨味が染み出てくる。そこにバターと醤油の風味と香りが絡まり俺の舌を攻めてくる。


「この歯応えがいいんだよな」


 キノコ類はそれぞれ違った歯応えがあり、それが旨さの一つになっていると俺は思う。エリンギはコリコリとした食感がたまらない。


 一息つくため酒をちびりと一口飲む。


「……うっめぇ」


 最高だ。バターと醤油でしっかり味がついているので、酒が進む。



「美味しいですよね、僕にも一杯もらえませんか?」


 正面に座った男が聞いてくる。折角美味しく呑んでいるのであんまり言い争いとかしたくない。


 今日飲んでいるのはルーフに貰った奴ではなく、市場で買ったものなので一杯振舞うことにする。



「それ飲んだら帰れよ」


「ありがとうございます」


 男はそれ以上話すこともなく、黙々とエリンギを食い、酒を飲んだ。


 そして食べ終わると抑揚のない声で礼を言い、帰っていった。



 ……一体なんだったんだろう。


 食べている男の顔はずっと暗く悲しそうだった。


 少し気になるがこちらから踏み込むほどの間柄でもない。


 本人も納得して帰って行ったようだし、これでいいだろう。



 邪魔者がいなくなり、ほっとした俺は第二ラウンドに突入する。


 次はブナシメジのバター醤油焼きだ。


 料理ができなくてもこれぐらいならなんとかなるもんだ。



 イレギュラーな出来事があったが、その夜はキノコ祭りを楽しみ、バター醤油焼きの余韻に包まれて眠りについた。



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