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9 事務所連行


 エイミーとマリアに射竦められ、乙女の園へ招待される俺。


 これが逆エスコートというやつなのだろうか。



 俺は部屋の中央に行くように顎で指示され、立たされる。


 そんな俺の正面ではアリスが相変わらず煙草をすぱすぱしていた。


「せいざ」

「え?」


 アリスの言った言葉の意味がわからず聞き返す。



「正座」

「あ、はい」


 乙女の園である。


 乙女の園で正座である。



 三人はこちらへ近づき、俺を包囲する形で見下ろしてきた。


「テメエ何してた」


 正座する俺に煙を吹きかけてくるアリス。


「灯りがついてたのが気になって……」


 煙にむせながら、やましい気持ちが一切ないことを告げる俺。



「覗きとはいい趣味してんな」


 正座する俺に煙を吹きかけてくるエイミー。


「すいません」


 煙にむせながら謝る俺。



「おい、それで謝ってるつもりか?」


 正座する俺に煙を吹きかけてくるマリア。


「すいませんでした」


 正座謝罪する俺。


 いわゆる土下座スタイルである。


 覗いたのは事実なので、ここはきっちり謝罪である。


「チッ、ガキのおもりでイライラしてんだから、余計な事してくるんじゃねえ」

「あのガキの家柄が普通だったら、顎でこきつかってやるのによ……」

「全く、思い込みの激しい子供の相手は疲れる」


 アリスから順にエイミー、マリアとダーランガッタへの愚痴をこぼす女達。


 言葉遣いが粗野になると誰が誰だか分からなくなるから、キャラ作りは徹底して欲しいと思ってしまう俺。


 三人はそれぞれ愚痴を吐くとショットグラスに注がれた酒をクイッと呷っていた。一息で呑みきると三人揃ってグラスをターン! と気持ち良い音を立ててテーブルに置く。


 飲み慣れてる感が半端ない。


 三人は一息で酒を煽るとクゥーッ! と酒精に喉を焼かれたのか気持ちよさげな声を上げる。


 乙女の園である。

 乙女の園で飲酒である。

 決して場末の酒場ではない。


「キャー☆ とか……言ってました……よね?」



 俺が思い出す限り、四人はとても仲睦まじげに見えた。


 ガッチガチのハーレムにしか見えなかった。



 こんな不満たらたらといった感じは窺えなかったのだが……。


 幻覚だったのだろうか。



「ああ? 競争相手に差をつけるためには媚売って擦り寄っておかねえとこっちも大変なんだよ! この世に女が何人いるか分かってるのか!?」

「金がいるんだよ! そうでなけりゃ、あんなガキ速攻ぶっ飛ばしてるところだ……」

「ボンボンで金づる。それだけだ。金のある内は従順に振る舞うのもやぶさかではない」


 それぞれ言いたい事を言い終わると再度クイッ、ターン! をリピートする。


 どうやら色々と溜まっている様子。


 そりゃあ酒も進むわけである。


「そうっすか」


 性格は悪いし金で成立している関係。



 一見悪いようにも見えるが、そういうわけでもない気がする。


 ダーランガッタの前では従順に指示に従っているし不満を顔に出さない。


 そういう意味ではちゃんと仕事をこなしているともいえる。


 これが悪人なら相手を殺すとか金品を盗むって選択肢が出てくるわけだがそういうわけではないようだ。どちらかというと飲み屋で上司の愚痴をこぼしているといった方がまだ近いのかもしれない。……ガラが凄まじく悪いが。


「チッ、だからってなんでこんな遺跡くんだりまで来なきゃいけねえんだ……」

「ボンボンならボンボンらしく屋敷に閉じこもってろよな……。妙にアクティブすぎるんだよアイツ」

「気が済んだら帰るだろ。まさか四人だけで入ることになるとは思っていなかったがな」


 などと三人でダーランガッタの愚痴を零し、顔に苛立ちを募らせる。


 そして三人揃ってクイッ、ターン! である。


 ターン!が終わるとすかさず煙草をプカーッ! である。


「そんなに嫌なら罠にはめて殺したり、置いてけぼりにしないんですか?」


 女達がどの位の気持ちで話しているのか計り知れず、極端な例を出してみる。


「あ? んなことしたら責任問題になるだろうが! テメエが死んで詫びるのか!?」

「短絡的すぎる……。だいたいそれだと仕事がなくなるだろうが」

「我々の雇用主だぞ? つまり金づるだ」


 そんな事を言いながら同時に俺へ煙を吹きかけてくる。



 美少女の吐く煙。


 前の世界ならどこかで袋詰めされて売ってそう。



 だが、大人買いして一気に吸い込むと一酸化炭素中毒になる可能性があるので注意が必要だ。


「そっすよね」


 三人がダーランガッタとの関係を仕事として認識しているという事が分かり、胸を撫で下ろす。犯罪が絡んでいるわけでもないし、後はダーランガッタの人を見る目の問題だ。


 ちょっと薄情かもしれないが、俺が口出しすることではない気もする。


「お前……、ここで見たことは黙ってろよ? お前は私達とは何の関係もない人間だ、その意味、わかるよな?」

「罠にはめて殺されても、置き去りにされても、何の責任にも問われない……」

「仲間でないお前は殺されても文句は言えない立場だ。生きて帰りたければ私達に役立つところを見せてみろ」


 三人は俺を睨みながら歪に口端を吊り上げる。



「何も見てませんし、全力で頑張らせて頂く所存です」


 俺は副流煙を肺一杯に吸い込むと再度頭を下げた。



「ならいい。行け」

「いつも見てるぞ……」

「くれぐれも気をつけるように」


 正座する俺に“立っていいよ”と足で合図を送ってくれる三人。



 美少女の小キック。


 昔ツンデレメイド喫茶とかあったし、前の世界ならこういうサービスもありそう。そんな貴重なサービスを無料で体験しながら立ち上がる。


「失礼しました」


 俺は服に付いた埃を払って頭を下げると乙女の園を後にした。


 そして通路で出すものを出した俺はダーランガッタの待つ部屋へと戻り、再度眠りにつくのだった。



 …………



 冷たい空気が鼻腔に侵入したのを感じ、まぶたを開ける。



 時計を確認すると朝の時間帯になっていた。


 どうやら夜が明けたようだ。


「あ、おはよう! ケンタさん」

「おはようございます」


 起床し、ダーランガッタと目が合う。


 するとダーランガッタは“これはモテるな”と思ってしまうほどとてつもなく爽やかな笑顔で挨拶してきた。


 俺も“これはモテないな”という爽やかな表情で挨拶を返す。


「あの」


 俺はそんなダーランガッタを前に、多少女性陣のことを話しておいた方がいいかなと考え、話を切り出そうとする。昨夜のことをダイレクトに伝えなくても匂わせることくらいはしてもいいだろうと思ったのだ。


「どうかしたのかい?」


 “うん?”と笑顔で俺の目を見つめ返してくるダーランガッタ。


 こんな小さな相づち一つにもキラキラエフェクトが過剰に付きそうな爽やかスマイルだった。


 ――が、そこで何か異常な寒気を感じてしまう。



 何事かと寒気の原因を探すと、どうやらその気配は扉の方から漂ってきたものだと分かる。


 俺は首を回し、気配のする方へ目を向ける。


(……ぇ)


 すると扉の隙間から何か鈍い光を放つものが見えた。


 なんだろう、と目を凝らすと光を放ったそれは扉の隙間からこちらを覗き込む血走った眼だとわかる。



 異常に見開かれ真円のようになり、限界まで毛細血管が浮かび上がった真っ赤な眼球がこちらをじっっっと見ていたのだ。


 その事実を知り、鼓動が速く、深くなり、朝一から心臓が限界まで荒ぶる俺。



「ヒ」


 まるでしゃっくりでもしたかのように俺の横隔膜が痙攣を起こす。


 ――見られてる。


 不味い。


「あ、え〜っと……今日も頑張りましょう!」


 俺は扉の隙間をチラチラと見やりながら厳選した台詞をダーランガッタへ送った。


「そうだね!」


 白い歯を眩しく光らせながら微笑み返すダーランガッタ。


(……ごめん。俺、頑張ったけど無理だったよ)


 俺は心の中でダーランガッタに侘びを入れながら出立の準備を整えるのだった。


 ちなみに扉の隙間から見えた眼球は俺達が部屋から出て女性陣と合流するまで消える事はなかった。



 …………



「む、瓦礫?」


 遺跡探索を再開し、数時間経った頃、暗雲が立ち込めはじめる。


 それまでは順調に進行していたのだったが、目の前の通路が瓦礫に埋もれて通れなくなっていたのだ。


「あ〜、これは無理だなぁ〜。非常に残念だけど探索はここまでのようですね〜」


 瓦礫の山を前に俺は顔がほころばないように注意しながら真剣な表情を装い、これ以上の進行は不可能だと告げる。やったぜ。


「みんな、下がって」


 と、ダーランガッタが瓦礫の山へ一歩進み出て剣を抜いた。


「ま、まさか、あの大量の瓦礫を……!?」

「いくら何でも無理……」

「できるわけがない……。彼があらゆるモンスターを一撃で屠るほどの腕を持っているとはいえ、さすがにあれは難しいだろう……」


 などと成功フラグをおったてまくってくれる女達。


 これ、瓦礫を除去しちゃうパターンだよね、などと考えているうちに剣を構え終えるダーランガッタ。


「はあああああっ! セヤーーーーーーーーッ!」


 ダーランガッタは剣を力強く振りかぶると、目にも留まらぬ速度で剣を振り下ろした。



 すると瓦礫の山が通路の奥へと吹き飛ばされ、飛び散る。


 一つの場所に密集していたものを薄く伸ばしたせいで空間が開き、通れるようになってしまった。大 成 功☆


「ス、スゴイ。ヤリマシタネ!」


 棒読みにならないように気をつけながらダーランガッタを絶賛する俺。


「キャー☆ ダーランガッタ様ぁああ!」

「すごい……。ありえない……」

「なんという剣技……。さすがとしか言いようがないな……」


 驚き、大絶賛の女達。


 きっと今晩の話題はダーランガッタのことで持ちきりだろう。


 その際、クイッ、ターンとスパスパが付随することは言うまでもない。



 が、当のダーランガッタは瓦礫を駆除してもその場から動かなかった。


「ん、これは不味いかもしれない」


 ぽつりと呟くダーランガッタ。


「どうしたんですか?」


 俺はダーランガッタの様子が気にあり、側へ寄る。


「どうもこの先はダンジョンになっているみたいだ」


「え?」


 ダーランガッタの言葉に驚き、言葉に詰まってしまう俺。


 開かれた通路の先を注意深く見てみると確かに様子がおかしい。



 ここまでの通路とは明らかに雰囲気が違うのだ。


 通路が発する質感や明るさからまるで生きているのではと錯覚してしまうような生々しさを感じてしまう。


 確かにこの感じはダンジョンの雰囲気だ。


 何度もダンジョンに入ったことがある俺もその雰囲気の類似性に気づいてしまう。



「やだぁ、こわーい」

「先に進めない……?」

「迂回するのか?」


 駆け寄ってきた女達も異常に気づき、不安を口にする。



「いや、遺跡があった場所に後からダンジョンが侵蝕してきたみたいだから迂回するのは無理だね」


 と、間髪入れずに返すダーランガッタ。



 確かに遺跡の奥へ通じる道はここ以外存在しない。


 つまり瓦礫を除去する事には成功したが、結局ダンジョンが道を塞いでいて通れない状態なのだ。


「ということはこれ以上進むのは無理だな。いやぁ、残念だなぁ」


 俺は遺跡探索が頓挫したことを心の底から残念がる。


 本当に残念で仕方ないが、これ以上の進行は不可能だろう。



「いや! 行けるよ! このダンジョンを突っ切ればいいんだ!」


 握りこぶしを作り、くわっと目を見開くダーランガッタ。


 その表情は爽やかかつ、エネルギーに満ち溢れていた。


 こいつ――、やる気だ。



「え。それって大丈夫ですか?」


 しかしそんなにうまくいくのだろうか。


 ここからではダンジョンがどうなっているかも、その先の遺跡がどうなっているかも分からない状況だ。


 ダンジョンに入ったはいいが、遺跡へ戻れなかったでは話にならない。



「問題ないよ。ダンジョンを踏破するわけじゃないし、遺跡に抜けるだけなら距離的には短いと思うんだ」


 やる気に満ち溢れた表情でダンジョンを抜けるプランを力説してくるダーランガッタ。


 ダーランガッタとの温度差で俺の顔が結露しそうだ。



「え、え〜っとぉ、遺跡の先がダンジョンに飲み込まれちゃってる可能性もぉ、あるかもぉ?」

「この先の遺跡がなくなってるかもしれない……」

「うむ。ダンジョンの侵蝕具合によるな」


 立場上、行かないとは言い辛い女達はさりげなく行っても無理じゃないかという方向へ持っていこうと言葉を紡ぐ。


(がんばれ! その調子で奴のモチベーションを奪うんだ!)


 などと心の中でエールを送る。普段は険悪な仲だが、今だけは心の中で何かが繋がったような気持ちになる。まあ、明らかに錯覚なのだが。



「うん! 行って確かめてみよう!」


 爽やかスマイルで進行を決定するダーランガッタ。


 残念ながら女達の無理ですアピールは不発に終わったようだ。



「お、おう? 行くんですか?」


 と、俺が尋ねる間にダーランガッタはダンジョンへ一歩踏み出していた。


「心配ないよ! じゃあ行こうか!」


 振り返り、“来いよ!”と爽やかかつワイルドなスマイルを投げ返してくるダーランガッタ。


 非常に爽やかイケメンである。これはアイドルデビュー待ったなし。


「は、はぁい」

「了承……」

「んむ。ダンジョンなぞ恐るるに足りんな」


 と、言いつつも歩く速度が牛歩化している女達。


 その様子を見て、今日のクイッ、ターンはすごい事になりそうだな、などと考えてしまう。


「うぃ〜っす」


 俺はそんな牛歩の女達を抜いて、ダーランガッタの側まで駆ける。


 入って進むことが決まってしまったなら一番安全な場所はダーランガッタの側と考え、一気に距離を詰める。その辺の抜かりはない。


「やったね! 一方通行な上に扉つきの大きな部屋があるだけだよ!」


 先を進んでいたダーランガッタがダンジョンの状態を報告する。


 それによるとこのダンジョンは迷路のような状態ではなく一本道。


 しかも、突き当たりに扉つきの大きな部屋があるだけだと言う。


「んん? この構造どっかで見たような……」


 しかし、俺はこのダンジョンの構造に妙な引っかかりを覚えた。


 ――どこかで……。


 どこかでこんな感じのダンジョンに潜った記憶があるようなないような……。






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