4 趣のない遺跡
俺は小走りに街へと近づく。
「……街ではなかったな」
到着してみて分かったことは街ではなかったということだった。
どちらかというと村、ひいき目に見て村、言葉として相応しいのは集落、といった感じだった。
(これこれ、こういう感じ。スローライフ的な?)
が、俺が求めていたものはこういう感じだった。
山をさまよって忘れそうになっていたが、都会での生活に嫌気がさして自然溢れる生活を夢見ていたことを思い出す。
確か、モンスターを狩ったり、畑を耕したりとか、ファンタジー感溢れる生活に浸りたくて目的地も決めずに飛び出したはずだったのだ。
川から水を引いてドラム缶風呂とか、平たい板とか拾ってまな板にしたい気分だったのだ。
だが、ここに辿り着くまでの寝食を考えると別にわざわざ村まで行かなくてもよかったのかもしれない、などという気持ちが去来してしまう。
なんか、もう充分味わい尽くした気がしないでもない。
(たった数日でそんな事も忘れるとは……。自然と戯れ飽きたか?)
そんな事を思いながら村の入り口に向かうと、丁度おっさんが通りかかったので声をかけてみる。
「あ、すいません」
「おう、お客さんとは珍しい。旅の方ですかな?」
たまたま通りかかったおっさんはクワを担いでいた。
服装も汚れても大丈夫なような作業着を着ていたので、農作業へ行く途中だったのか帰る途中だったのだろう。作業をやる前かやった後なのかは定かではないが、俺の言葉に反応してくれたので会話が成立する。
「まあ、そんなもんです。ギルドで手続きしたいんですけど、どこにありますか?」
「この村にそんなもんはないのぅ」
とりあえず手続きを済ませようとギルドの場所を尋ねるも、この村に冒険者ギルドが存在しないことが判明。
「あ〜……、そうですか。じゃあ、宿屋はどの辺りに?」
おっさんの返答を聞いた俺は村を見渡し、それもそうだよなと心の中で頷く。
この規模の村に冒険者ギルドを置いても機能しないだろう。
むしろ村側から街のギルドへ依頼に行く形なのではないのだろうか。
そんな事を考え、一人納得しながら宿の場所を尋ねる。
「残念だがそんなもんはないのぅ。お客さんが来た時はこの村で一番大きい村長の家に泊まることが定番になっとるかの」
肩をすくめ首を振るおっさん。
「そうなんですか。村長の家っていうのは……、あれ……ですか?」
俺はおっさんの言葉を聞き、これは田舎過ぎたかもしれないなと少し後悔する。
そして村の中を見渡し、一番デカイ家を指差してあれがそうかと尋ねようとした瞬間、村長の家らしき大きな建物からゾロゾロと集団が出て来るのが見えた。
「そうじゃ、あれが村長の家じゃ。じゃが今は丁度団体さんが来とって空きはないのう。しかも人数が多いから他の家まで借り出されて大変なんじゃ」
俺の問いにうんうんと頷くおっさん。
しかし、その後に続いた言葉は俺をがっかりさせるものだった。
どうやら村長の家は今満室らしい……。
しかも村長の家では納まりきらないので、他の村の家まで溢れてしまっている様子。
「ち、ちなみにお店とか飲食店は……」
宿がダメでも買い物したり、旨い飯ぐらいは食いたいなとおっさんに問いかける。
「ここにはたまに行商の人が来るだけで店はないのう。飲み屋は一軒あるけんども畑と兼業でやってる店じゃから、店主の気分でやったりやってなかったりじゃ」
おっさんからどっちもないよと回答を頂く。
(……田舎……すぎた)
どうやらスローライフを通り越して自給自足色が強いところまで辿り着いてしまったようだ。
次はもう少し手加減しないとな、と心のメモ帳に記しておく。
(クッ、そうきたか……。だが、まだだ。まだ諦めんぞ)
なんだかんだで苦労して辿り着いたこの地。
そうそう諦めるわけにはいかない。
「じゃ、じゃあこの辺りで観光名所とか名物とか珍しいものとか儲け話とか……、最悪ただ単に見晴らしのいい場所とかありますか!」
ギルドがないということは依頼を受けれないから収入が確保できない。
泊まれる場所がないから長期滞在もできない。
店も飯屋もないから買えるものもない。
となると、それ以外。
名所――、もしくは景色だ。
とにかくここまで来たんだから、何かしらスローライフ感なり小旅行感なりを味わってから戻りたい。手ぶらで帰るのは御免だ。
「一辺に聞かれてものぅ……。まあ、一応あるぞ」
腕組みしたおっさんは親切にも俺の質問に答えてくれる。
聞いてみるもんだ。
「な、なんだってーーーっっ!?」
ダメもとで聞いただけに驚きを隠せない俺。
「ちとうるさいぞ。この先の丘にある洞窟が遺跡なんじゃ。名はンドゴラ遺跡と言うての。見つかったのは割と最近で何度か中に調査に入った者とか、盗掘まがいのことをしようとした奴らもおったんじゃが、誰も戻ってこんかったていういわくつきの代物じゃがのう」
「おお、それっぽいのきたよ! それそれそういうの!」
おっさん情報により、この先に遺跡があることが発覚。
しかもいわくつきの遺跡。
ちょっと面白そうなのが来た感がある。
軽くテンションが上がり、顔にワクワク感が滲み出てしまう俺。
「いやぁ……、こちらから言っておいてなんじゃが、観光気分で行くのはお勧めせんぞ? 本当に罠だらけらしいんじゃ。しかもこんな田舎中の田舎の辺鄙なところにある遺跡じゃぞ? 中に入っても何もないのがオチじゃろうて」
おっさんは眉間に皺を寄せながら遺跡の危険性と期待を無に帰すようなリアルな分析を告げる。
この感じは多分、遺跡の話を聞いて喜ぶのが俺で数人目とかなんだろう。
村を訪れた人に遺跡の事を聞かれて答えるという事が何度もあって反応に慣れ、あしらいも上手くなっているってところだろうか。
「ぐっ、しかし遺跡という言葉に魅力を感じる」
おっさんの言葉に納得しつつも、手ぶらで帰りたくない俺は引き下がれなかった。
「まあ、中を見物したいだけなら、あの団体さんが帰った後にしたらどうじゃ?」
そう言いながら、村長の家の回りにいる集団を指差すおっさん。
「あの団体さんがどうかしたのか?」
俺はおっさんに指差された集団を改めて凝視してみる。
人数は二十人を超えているだろうか。
全員、作業着のような同じ服を着ており、統制がとれている。
なんともこの村に似つかわしくない集団である。
(ん?)
そんな集団の真ん中に妙に目立つのが数人いた。
何とも派手な色味の服を着た女が三人。そんな女達に囲まれるようにして高そうな服を着ている男が一人だ。
他の者が作業着のように落ち着いた色の服を着ているせいか余計に目立って見える。
あの集団の中心人物的存在なのだろうか。
「今村長さんのところにおる皆さんはその遺跡を探索しに来たんじゃ。……まあ、遺跡の入り口や通路が狭くてあれだけの人数が入れず、どう探索するかで揉めているみたいじゃがの」
どうやらあの集団は遺跡の調査団だったらしい。
人数からして相当大規模なものだ。
「ぐっ、あいつらが踏み荒らした後を行くのか……」
調査団の後から行けば罠にかかる心配はないだろうし、見物目的ならそれでいいとも言える。
が、目の前にいると同じスタートラインに立っている気分になり、先を越されるような気がしてどうにも歯がゆい。
「見物だけならその方がいいんじゃないかの。死体が目印になって罠も避け易いぞ」
「物騒な事言うなぁ……」
おっさんの言葉に妙な実感がこもっていて言葉に詰まる。
俺的には単純に調査団が遺跡の罠を解除してくれると思っていたのだが、おっさんからすれば全員罠にはまって死んでしまう哀れな犠牲者に見えたのだろうか。
「実際危険なんじゃ。村の者も度胸試しとかいって何人か遺跡に入った奴がおったが、全員帰ってこなかったしのぅ」
「そんなにか……」
おっさんの言葉に驚く俺。
そこまで罠が大量に敷き詰められた遺跡というのも珍しいのではないだろうか。
「そういうことじゃ。ただの遺跡なら観光名所にもできようもんなのに、危なすぎてただのお荷物じゃわい」
がっくりと肩を落としたおっさんは溜息を洩らす。
確かに罠がなければ観光名所として村の資金源にもなったかもしれないだけにその気持ちはわかる。
「ちょっとだけ覗いて帰るか……」
色々諦めた俺は軽く覗いて移動することを決める。
調査団の後から行けばじっくり見て回れるかもしれないが、調査方法で揉めているらしいし遺跡へ向かうのがいつになるかわからない。
それなら調査団が動き出す前にさっさと行って、さっさと覗いて、さっさと帰るのがいいだろう。などと昼食に牛丼や立ち食いそばを愛用し手早く胃を満たしていた俺ならではの発想で結論を下す。
ちなみに、立ち食いそば屋でカレーうどんは飛び散る汁が凶器と化すので絶対頼まない派である。あれは店が仕掛けた巧妙な罠だ。
「それがええわい。ここにはなんもありゃせん」
俺の呟きに同意し、うんうんと頷くおっさん。
「むぅ……。そうだ、なあ、おっさん」
「お、くれるんかの」
俺はそんなおっさんにお礼の意味も込めて酒を渡す。
ついでにもう少し色々聞いてみることにする。
「ああ。でさ、この辺りで都市ってほど栄えてなくて、でも冒険者ギルドとか店とか宿があって、ちょっと田舎っぽい雰囲気が味わえる街ってどっかにないか?」
俺が行きたかった街のイメージを正確におっさんに伝え、聞いてみる。
言葉に出して言ってみるとそんな感じだ。
決して田舎ならどこでもいいってわけじゃなかったことに改めて気付く。
「なんでそんなややこしい事を……」
俺の希望に眉根を寄せて首を傾げるおっさん。
おっさんからしてみれば確かにわけのわからない話だろう。
「いや、ちょっと前まで都会にいたからさ。田舎っぽい雰囲気で冒険者ライフを送りたいわけよ。スローライフだよ、スローライフ」
「わしにはよくわからん理屈じゃな。まあ、この辺りじゃとその条件に当てはまるのはルルカテの街かのぅ……」
おっさんは俺の言葉を聞いても納得しなかったが、質問にはちゃんと答えてくれる。その話によると、どうやら近くに条件に当てはまる街があるらしい。
「お、あるんだ」
「まあのう。でも行った事はないし、軽く話を聞いた程度じゃぞ? お前さんの条件通りの街じゃから用があれば他の栄えた街に行くしのぅ。そんな街、わざわざ行かんじゃろ?」
「それもそうだよな。でもこっちとしては助かったわ。いい情報ありがとうよ」
俺はおっさんから街の場所を聞き、礼を言う。
これで、遺跡の見学が済んだら次に向かう行き先も決まった。
今度こそ、その街でまったり過ごすのだ。
「いい情報かのう? まあ、わしは酒が貰えたからいいんじゃけどの」
「おう! で、この村でどっか泊めてくれそうなところって残ってる?」
調査団が滞在しているとはいえ、まだ空きがある可能性も考えて聞いてみる。
もし泊まれる場所があるなら、ここで一休みするのも悪くない。
「村長の馬小屋なら空いてると思うぞ」
馬小屋がある辺りを顎で指すおっさん。
おっさんの言葉を聞いた俺はすっと目を閉じた。
すると目の前に古めかしいデザインの天秤のイメージが現れる。
そして俺の両手にはある物が握られていた。
右手には野宿とか書かれた重り、左手には馬小屋と書かれた重り。
俺は両手を突き出し、重りを天秤に同時に載せる。
すると野宿の重りがあり得ない速度で沈み、台を破壊した。
この間、およそ0,5秒の出来事である。
「じゃ、またな!」
まぶたを開けた俺はおっさんに手を振ると村を去った。
今日は野宿だ。
…………
「へぇ、ここか」
早めの野宿で一夜を明かした後、移動を再会した俺はおっさんに聞いた遺跡があるという場所に辿り着く。
そこは村から更に山を登った先にある小さな崖だった。
この辺りは大小様々な山々が折り重なるようにあり、ちょっとした山脈のようになっている。
そのため、教えてもらった場所は自力で探し出すことは不可能だと思えるほど入り組んだ場所にあった。割と最近になって見つかったというのも頷ける話だ。
そんな件の場所である崖には人がぎりぎり立って入れるほどの横穴が開いていた。
一見するとただの洞穴に見えるが、どうやらこれが遺跡の入口らしい。
なんでもはじめは森へ狩りに入った村人が雨宿りにここへ入ったそうだ。
が、どこまでも続く洞穴の奥が気になり、進んだら途中から遺跡になっていたということだった。
外見上は辺鄙な田舎の村の外れにある小振りな洞窟なので、今まで誰も見つけることができなかった遺跡。
見つかった当初は話題になり、遺跡へ入るものが後を絶たなかった時期もあったらしい。だが、入る者全てが帰らぬ人になった上に入り口が洞穴にしか見えないショボイ外見のせいで、いつしか誰も寄り付かなくなったとのこと。
「これがンドゴラ遺跡ねぇ。確かに洞穴と変わらんな」
見た目の第一印象を呟いた俺は洞穴へと入り、【暗視】のスキルを使いながら先へと進んで行く。
奥へ進めど穴の大きさが変わるわけでもなく、ただただ自然のトンネルが続くだけだ。
しばらく進むも何もない。
本当に洞穴にしか見えない。
場所を間違えたのではないかと自信がなくなってくるほどだ。
「お?」
しかし、入り口から差し込む日の光が心細くなる頃に周囲の壁が人の手が入ったものへと変わってくる。
地面も自然のものから石畳の床へと変化していく。
自然の円いフォルムの洞窟はいつしか石壁で覆われた四角い通路へと代わっていた。
(遺跡ってほど趣がないな……)
だが、味気ない。
通路に入った感想としてはそんなものだった。
壁画があったり、装飾が施されたりしているわけではない。
これじゃあダンジョンと変わらないのではないか……、などと思って歩いていると足に何かがひっかかり、軽くつんのめってしまう。
何だろうと足元を見れば、白骨化した死体があった。
白骨死体は朽ちた服装から判断するに村の人っぽかった。
周囲には特に持ち物らしいものもなく、軽い気持ちでここまで来たことが窺える。
「遺跡だわ〜。ダンジョンだと生物食っちゃうからこれは間違いなく遺跡だわ〜」
どうでもいい部分でここが遺跡だと再確認できてしまう。
(できればお宝的な物で遺跡と認識したかったよなぁ……)
と、思いながら遠くまで目を凝らしてみるも何もない。
ただただ通路が続くだけだ。
「もう少し進んで何もないなら帰るか」
俺はそう呟きながら足元の白骨死体を跨いだ。
そして跨いだ先にある石畳の床に足を着けた瞬間、ガコンっと音が鳴る。
音がしたのと同時に足を着けた床が数センチ沈みこむ。
(ヤベッ)
妙な悪寒を感じた俺は素早く後ろへ跳んだ。
俺が後ろへ身を引いたのと同時に天井から特大の刃が落下し、地面で長期間安眠していたであろう白骨死体を粉々に砕く。特大の刃は地面に接触すると落下した速度の百倍くらいの遅さでゆっくりと天井へ戻っていった。
ギリギリと何かを巻き取るような音をとともに上昇していく刃を見送っていると俺の額にじっとりと冷や汗が流れ出てくる。
「……さて、帰るか」
一応、遺跡も見れたわけだし、ここにはもう用は無い。
これ以上奥へ進むと罠の数も増えそうだし退き時だろう。
俺は新たな罠を作動させないように自分が踏んだ足跡をなぞるようにして後退して洞窟部分を目指す。
そして何事もなく、洞窟と遺跡の境目まで到着した。
ふう、と手の甲で額の汗を拭うと出口を目指す。
しばらく歩くとほんの少しだが眩い日の光が出口から差し込んでくるのが見えた。
ここからだと出口から差し込む光が蝋燭が照らす灯りのように心もとないものに見えてしまう。
「んじゃ、次は村で聞いた街を目指してみるかなぁ……っと――」
と、前へ一歩踏み出そうとした瞬間、入り口から差し込んでいた日の光が蝋燭の火を吹き消したかのようにふっと消え、真っ暗になる。
何事かと目を凝らせば――
「シャァアアアアアアアオオオオッッ!!」
――一匹のデッドパンサーが俺を威嚇しているのが見えた。




