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3 ガソリン

 

「うし、行くか」


 俺は眼前にある赤い扉を潜ってショウイチ君の家を目指した。


 といっても扉を開いた瞬間に玄関にいるわけだが。



「お」

「あ」


 そして、玄関に到着した瞬間、鼻がつくほどの距離にショウイチ君がいた。


 いきなりの出来事に、お互いしばし硬直してしまう。



 ショウイチ君は相変わらず目元が少し隠れるほど伸ばした髪とTシャツにジーパン姿が世界観を台無しにしていた。


 そして、お互い、“お”とか、“あ”とかしか咄嗟に声を出せない様を見て噴き出す。



「よっ、久しぶり! 元気にしてた?」

「ケンタさん、お久しぶりっす。こっちはみんな元気でしたよ。あれ……レガシーさんが……?」


 お互いに笑顔で挨拶を交わすもレガシーがいないことに気付くショウイチ君。


「ああ……、ちょっとケンカしちゃってな……」

「そうだったんですか。いや、実は僕もハニーとケンカしちゃって……」


 ショウイチ君は俺の表情から察して、あまり多くを聞いてこなかった。



 話してもいいけど暗い雰囲気になるのは間違いないし、できるなら次は二人で来て仲直りしたところでも見せてやりたい。



 そしてショウイチ君が言ったハニーというのはショウイチ君の嫁さんであるローズの事だ。


 桃色髪のセクシーダイナマイトボディの持ち主で回復魔法も使えるすごい嫁さんなのである。どうやらショウイチ君はそんなローズとケンカしたらしい。



「ええ? ラブラブ新婚さんなのに?」

「そうなんです……」


 ラブラブ新婚さんという言葉に一切反応を示さず、ナチュラルに頷くショウイチ君。


 ……そうか新婚ラブラブなのか。



「結構深刻な感じ?」

「かなり怒ってますっす」


 ケンカの度合いを尋ねてみるも、結構やばそうな感じ。


 ショウイチ君にはいつもお世話になっているし、これは仲裁を申し出た方がいいかもしれない。



「俺が間に入って話し合ってみるか?」

「……そうっすね。お願いしてもいいですか」


 俺の提案に少し思案した後、同意するショウイチ君。


 これは“ガソリン”の異名を欲しいままにしてきた俺の出番だろう。


 燃やすぜ。


 これでもかってくらいに燃やすぜ。



 もっと熱くなれよ!


 命をかけて全力でぶつかれよ!



 よし、イメージトレーニングは万全だ。



「おう、まかしとけ。で、どこにいるんだ?」

「あ、どうぞ上がって下さいっす」


 俺がローズの居場所を尋ねると、ショウイチ君が「こっちです」と案内してくれた。


「お邪魔します」


 と、靴を脱ぎ、ショウイチ君の後に続く。



 そして“ローズ”と書かれた可愛らしい猫柄のネームプレートが付いた部屋の前に到着する。


 どうやらここがあの女のルームらしい。


「この部屋に閉じこもって出てきてくれないっす」


「まじか……。おーい、ローズ! 久しぶり〜」


 俺はドアをノックし、中にいるであろうローズに呼びかけてみる。




「――――」


 が、返事は一切返ってこなかった。


「ぐっ、すまんショウイチ君。俺とローズとの距離感では会話すら成立しなかったよ」


 と、ショウイチ君に謝罪する。


 どうやら俺の実力不足だったらしい。



 諦めるのが早い? そう思うのも仕方がないだろう。


 だが、考えてみて欲しい、この状況で深入りするのがどれだけ危険かを。



 …………、ね?


 というのは冗談で、感情的になっている相手に対してこちらから強引にいってもいい結果は得られないという判断だ。


 最低でも会話が成立するくらいにはクールダウンしていてほしいのだが、どうやらローズの怒りは相当根深いのかもしれない。



「いえ、ありがとうございましたっす。やっぱりここは僕が話してみます」

「がんばれ! 応援してるぞ!」


 俺単独でこれ以上のアプローチは難しいと考え、応援に徹する事にする。


 でも騒がしくすると邪魔になるので、ひたすらじっとしているだけになってしまうが……。



 とにかくショウイチ君とローズが会話できる状況になったらお互いがヒートアップしないようにフォローに入るのが良いだろう。


 ぶっちゃけしばらく用無しとなった俺はグッと拳を握り締め、熱い視線をショウイチ君の背中へと送る。がんばれ!



「ハニー! ごめんなさいっす! 悪気はなかったんす!」


 ショウイチのターン。


 ショウイチはローズに謝罪をした。



「うそ! 私の事嫌いだからでしょ!」


 ショウイチの謝罪は効かなかった。



「そんなわけないっす! 世界で一番愛してますっす!」


 ショウイチのターン。


 ショウイチはローズに愛を叫んだ。



「ならなんで着てくれなかったの!」


 しかしショウイチの愛はかわされた。


 ローズのターン。


 ローズは答えにくい質問をショウイチへ投げつけた。



「そ、それはその……」


 答えにくい質問はショウイチの急所に当たった。


 効果は抜群だ。



「ん、着るって何?」


 会話を見守りつつ心の中で実況していた俺だったが、気になる言葉が出てきたのでつい聞き返してしまう。


 どうやらケンカの原因は何かを着なかったことにあるらしい。




「あ……、はい。ちょっと服のことで……」


 言いよどむショウイチ君。


「服、ねぇ……」


 服を着なかっただけでこの状態……。


 新婚さんだから楽しい毎日を送っているなんて俺のはかない妄想だったようだ。


 やっぱり一人が一番だな、と酒で紛らわせる痛みを胸に感じながらも深く頷く。



「すいません。ちょっと失礼するっす」


 俺が物思いにふける中、ショウイチ君が慌てた様子で駆け出し、どこかへ行ってしまう。


「お、おう」


 なんとも締まらない相づちを打ちながら一人取り残される俺。



 目の前にあるドアに“ショウイチ移動”とノックでモールス信号を送ろうかとも思ったが、俺はモールス信号を知らなかったので大人しく帰って来るのを待つことにする。


 数分後、ショウイチ君が帰還した。



 ――ピンクのセーターを着用して。


 セーターの胸部には白いハート型の刺繍があり、そのど真ん中に異世界語でI LOVE R とデカデカと記されていた。



 こいつは……。


「ハニー、着たっす! その目で確認して欲しいっす!」


 ショウイチ君の言葉に扉が少しだけ開く。


 隙間から覗く目が大きく見開かれたかと思うと、ドアが開ききり、中からローズが飛び出してきた。そんなローズも全く同じデザインのセーターを着用していた。当然、胸部の文字はI LOVE S である。


 だが、ローズはバストが大きいので微妙に文字が変形してラブがルアアブッと巻き舌っぽくなっていた。そんなプリントを見ると太った人が着た牛丼のTシャツが大盛りになっていたのを思い出してしまう。



「ダーリン!」

「ハニー!」


 抱擁しあう二人。



 至近距離で抱擁を目撃すると妙に生々しくてドキドキしちゃう。


 ドキドキを治めるためにも二人を強制的に引きはがすべきだろうか……。



「もう、何で着てくれなかったの?」


 ショウイチ君の胸にしなだりかかるローズ。


 そしてローズは潤んだ瞳で見上げながらショウイチ君の胸にのの字を書き続ける。



 なんていうか、こんな至近距離で見ると俺へのダメージが深刻すぎる。


 やめて! ケンタのライフはもう0だし、生命保険にも加入していないのよ!



「こんな恰好で歩いたら他の人にも僕が旦那だってバレちゃうし……。ハニーに迷惑がかかると思って」


 言葉を詰まらせ、俯きがちに語るショウイチ君。


 まあ、そんなペアルックでうろうろすれば一発でバレるのは確かだ。



 何がバレるのか詳しく、事細かに、赤子でもわかるように説明するならばショウイチとローズがLOVELOVEだということが、だ。


 俺もよく分かった。分かってしまった……。


 ハンカチ取り出して“キィィイイ”とか言いながら、かみしめたいくらい分かった。


 キィィイイ!



「迷惑なんてかかるわけないでしょ!」


 キッと睨むような視線を送り、否定するローズ。



「ごめんなさい」


 謝るショウイチ君。


 二人はどちらからということもなく、自然と強く抱きしめあう。


「ダーリン……」

「ハニー……」


 熱く濃厚な抱擁を続ける二人はお互いを見つめあったまま、ローズが居た部屋へとゆらゆらと移動しはじめる。


(やばい! こいつらおっぱじめる気だ!)


 瞬時に危機的状況を察知した俺は目の前で溶けて交じり合おうとする二人に数十センチ先に佇む寂しい男の存在を思い出してもらうために止むを得ず口を開いた。


「あ、おーい……。雰囲気壊すようで悪いけど爆弾だけくれ〜頼む〜」


 俺はショウイチ君だけに聞こえるように耳打ちする。


 するとショウイチ君はコタツのある部屋を指差し、そのまま二人で雪崩れこむようにしてローズの部屋へ入っていった。バタンと勢い良く扉の閉まる音が空しく木霊する。


(――まじか……)


 熱い雰囲気に当てられ呆然としていた俺は閉ざされた扉を数秒見つめた後、コタツのある部屋へのそのそと移動した。


 するとコタツの上に爆弾が三個置いてあるのを発見する。十センチ四方の真っ黒な立方体が寂しい俺を慰めてくれるかのように整然と並べられていた。


 いや、ただ単に横一列に並んでいただけだったが、全ての対象が俺を元気付けてくれている気がしてならない。


 爆弾は多分服を着替えに行った時に置いておいてくれたんだろう。


 ちゃんと俺のことを忘れずにいてくれたショウイチ君には感謝せねばならないのだが、どうにも釈然としないのはなぜだろう。


 原因は一切わからないが、なぜか溜息をついてしまった俺は“へへっ”とすすけた笑顔で漆黒の立方体を順に手に取り、アイテムボックスへ仕舞いこむ。


 妙な疲労感を覚えた俺は自然とこたつへ吸い寄せられた。


「な〜ん」


 爆弾をしまい込み、なんとなくこたつへ足を突っ込んだ瞬間、中から手乗り黒猫のごまだれが姿を現す。


「お、元気にしてたか?」


 俺の問いかけにごまだれは素早い身のこなしで肩に乗っかって頬ずりしてくる。



 ちょっと……、今優しくされたら傾いちゃう。


 などと考えた瞬間、ごまだれは俺の肩からすっと降り、部屋を出てしまった。


 俺を篭絡するチャンスをみすみす逃したごまだれは室内散歩へと出かけてしまう。


「ま、俺も行くか」


 と、こたつから立ち上がり、帰る事にする。



 爆弾を受け取った俺は代わりにゴウカキャクセイン号で買ったお土産をコタツの上に置き、“末永くお幸せに、ローズにもよろしく言っておいてくれ”とメモを残し、撤収の準備に入る。



 口頭で挨拶の一つもしたかったが、あの部屋の前にいてアレな声やアレな音でも聞こえてこようものなら俺は正気でいられる自信が無いし、服装が妙に乱れて出てきた二人と会うのは気まず過ぎる。


 準備を済ませた俺はさっさと真っ赤な扉をくぐり、元いた森へと帰還する事となった。



 …………



 扉を抜けて元いた森へ出た瞬間、今通った真っ赤な扉が蜃気楼のように消えていく。



「仲直りしたのはいいことだ」


 自分で自分にマインドコントロールを試みる。


 口に出して言えば自然と納得できる――かと思ったがそうでもなかった。


(……俺も痴話喧嘩してぇ)


 マインドコントロールの効きが弱かったせいか、つい本音が漏れる。



 俺だってここ最近、女性との喧嘩に困ったことはない。


 むしろ量でいうなら俺の方がショウイチ君より勝っているのは確実だ。



 だが、質が……。


 いかせん質が悪すぎる。


 目を閉じて俺の女性との喧嘩遍歴を思い出すも、全員三白眼の下衆い笑顔を浮かべた連中しか出てこない。


 下からライト当てたらホラー映画でお見かけしそうな面構えばかりだ。


(まあ、俺の事はどうでもいいか……)


 と、気持ちを切り替える。



 しかし、あの二人、俺が扉に張り付いて中の音を聞くとか考えなかったのだろうか。


 俺がそんな事はしない人間という評価を得られているのは嬉しいが、だからと言って眼前であんな事をされてしまうと俺の繊細な心がひび割れてしまう。


 とにかく、次遊びに行ったら子供が居たってオチだけは勘弁してほしい。




(俺にもなんかいい事ないかなぁ……)


 ショウイチ君達に当てられたピンクオーラが抜けない俺はそんな事を考えながら力なく歩く。



 そして――


「あったよ、いい事」


 ――しばらく進むと眼前に民家が見えてきた。



 それも一つや二つではなく、かなりの規模でだ。


 どうやらなんとか街についたようだ。


 俺は小走りに街へと近づく。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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