2 人型1、獣型2
俺は尖った割れ瓶を構え、テリーゴへにじり寄る。
と、その時――。
「「ビャオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」」
俺がテリーゴへじりじりと距離を詰める中、奇声が轟く。
酒をねだるテリーゴの一発芸かと思ったが、そうではなかった。
目を凝らせば、いつの間にかテリーゴの背後に巨大な獣が二匹現れていた。
かなり大柄な個体が二匹、こちらへ睨みを利かせている。
――モンスターだ。
「なんでこんな時に……」
酒を取り戻したらいくらでも相手をしてやるが、今は少しだけ待って欲しい。
焚き火で暖を取って待っていてもらうわけにはいかないのだろうか、などと考えてしまう。
モンスターに目を向けると、大型の個体のそれらは体色が真っ赤な豹に見えた。
上顎から大きな牙が二本、にょっきりと顔を出しているせいか、サーベルタイガーを連想してしまう。
「アーーーーッ!! 俺の酒がああああっっ!!」
と、俺がモンスターの品定めをしているとテリーゴの絶叫が木霊する。
見れば、俺の酒瓶を落として割っていた。
酒豪の地面は俺の酒を瞬く間に飲み干してしまう。
「俺のだから……。その酒は俺のだからな!!」
モンスターとかどうでもいい。
そんな事より酒の所有権を明らかにするのが先だと思った俺はテリーゴに吠える。
「割れたんだし、細かい事気にすんなって、な?」
ヘラヘラ顔のテリーゴ。
悪いと思っている奴の顔じゃない。
「くそっ、モンスターが三匹か……。人型が一匹に獣型が二匹とはついてないぜ……」
モンスター三匹が相手なんて俺もついていない。
「おいっ! 二匹だからな! 俺は違うぞ!」
一匹のモンスターが流暢な人語を話して俺を惑わせようとする。
その手には乗らんぞ!
「三対一とかキツイぜ……」
「聞いてるのか!」
テリーゴは声を荒らげつつもモンスターを見据え、背負っている長大な斧に手をかけた。
「「ビャオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」」
大型のモンスターは仲が良いのか、綺麗に声を揃えて咆哮する。
俺たちの会話を黙って聞いていたモンスターもそろそろ我慢の限界なのだろう。
「来るぞ……」
「任せろ。こういうのは得意分野だ」
俺が構え、テリーゴが斧を抜く頃、モンスターはこちらへ飛びかかってきた。
…………
大型の豹っぽいモンスターは、こちらへ威嚇の叫びを上げながら駆けて来る。
二匹はまるで双子のように動きがシンクロし、一対で一匹のモンスターのように思えるほど息がぴったり合っていた。
「くっ、でけえ……。この森はこんなのがいるのか」
俺は割れて尖った瓶を構えたまま片手剣を抜く。
あんな大型の個体と地上で遭遇するのは珍しいを通り越してほとんどない。
この国に来てからモンスターと全く遭遇していなかったので油断していたが、これからは周囲の警戒を強化した方がよさそうだ。
「あれはデッドパンサーだ! かなり希少なモンスターで滅多に見ない。奴らは火を吐くから気をつけろ!」
と、テリーゴがモンスターの名前を教えてくれる。
真っ赤な豹はデッドパンサーと言うらしい。
そしてデッドパンサーが遭遇確立の低いレアなモンスターだということも分かる。どうやらクジ運が良かっただけのようだ。
「全く……、鳥がなくなり、酒がなくなり、人型のモンスターに襲われ、最後はデッドパンサーか。本当についてないな」
今日のつきのなさを毒づきながらデッドパンサーを見据える。
二匹のデッドパンサーは巧みに位置を入れ替えて惑わせるような動きでこちらへと迫ってきていた。
この感じからして、コンビネーションが得意そうな気配がビンビンする。
となると、まずは引き離すのが第一段階ではないだろうか。
「おい! 一つ間違いがあったぞ!」
案外細かい事を聞き分けるテリーゴから指摘が入る。
そんなテリーゴの言葉が合図となってデッドパンサーがこちらへ何かしようと身構えた。
「ビャオオオオオオオオンッッ」
次の瞬間、一匹のデッドパンサーが咆哮とともにこちらへ飛び掛って来る。
「うおうっ!」
「くそっ」
よける俺達。
が、飛び退いて姿勢を正した視線の先には大口を開けたもう一匹のデッドパンサーが見えた。次の瞬間、口から火球が発生し、こちらへ射出される。
サッカーボールほどの大きさの火球が凄まじい速度で直進してくる。
「ふん!」
俺は迫る火球を片手剣でぶった切る。
切れた火球は四散し、火花が華麗に周囲へ舞い落ちた。
(一匹が前衛で、一匹が後衛で援護か……)
どうやらデッドパンサー達は前後に分かれて攻撃するのが得意なようだった。
となるとこちらも前衛後衛に分かれて対応した方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら片手剣を鞘に納め弓を取り出そうとしながら、テリーゴに声をかける。
「俺が援護する! あんたには前衛を頼む」
「あ? 誰に指示してるんだ? てめえが俺に合わせろ!」
俺の提案は却下され、無鉄砲に飛び出すテリーゴ。
「おいっ! クソッ!」
テリーゴが飛び出したせいで弓を出す暇がなかった俺は止む無くそのまま後を追う。
「こんな奴ら俺一人で充分だ! オラアアアアッッ!!」
怒声と共にテリーゴが長大な斧をデッドパンサー目がけて振り下ろす。
しかし、斧はその巨大さゆえに小回りが利かず大振り。
テリーゴの特大の一撃はしなやかな動きを見せるデッドパンサーにあっさりかわされてしまった。
そして斧で地面を割ったテリーゴの背後から俺が飛び出す。
「よっ」
俺はテリーゴの一撃をかわしたデッドパンサー目がけて鉄杭を投げつけた。
斧をかわして着地態勢に入っていたデッドパンサーの首に鉄杭が命中する。
しかし、小さな鉄杭では大型の個体であるデッドパンサーに効果は薄く、向こうはひるみもしなかった。
あのくらいの大きさ相手に鉄杭を使うなら殺すことより足止め目的。
目や関節を狙わないと効果は薄いだろう。
だが、デッドパンサーは動きが速い。
相当の隙を見せてくれない限り、ピンポイントで狙うのは難しそうだ。
「てめえ! 何横取りしてやがる!」
と、テリーゴが分析中の俺の肩に体当たりをかましてくる。
テリーゴは頭に血が上りやすいのか、顔を真っ赤にしながら苛立ちを俺にぶつけてきた。
「なら次はちゃんと当てるんだな……。空振りした奴が言うと説得力に欠けるぞ?」
こういう時はなるべく協調していきたいところだが、そういう気分になれなかったのでつい言い返してしまう。
大体、上手くコンビネーションになっていたんだし、あれでいいだろうに。
「連携の途中だったんだよ!」
地面に突き刺さった斧を見ているとあの後にどんな連携があるのか想像できないがテリーゴの言い分としては俺が余計な事をしてしまったらしい。
「なら俺は奥の個体を狙う。邪魔はするなよ」
これ以上の話は無駄だと考えた俺は二人で戦う事を諦め、それぞれが一体倒す方向に話の終着点を持っていく。
「てめえこそ!」
睨むテリーゴ。
が、楽しい話し合いの時間はここまでだった。
後ろにいたデッドパンサーが再度火球を吐いたのだ。
その事に気付いた俺はテリーゴへ叫ぶ。
「火球だ!」
「うるせえ!」
俺の注意喚起に返ってきたのは暴言と再度の体当たりだった。
テリーゴの体当たりにより、お互いの距離が離れ、その間を火球が通過する。
「はっ!」
俺はテリーゴの体当たりに姿勢を崩しながらも火球を吐いたデッドパンサー目がけて割れた瓶を【手裏剣術】で投げつけた。スキルの恩恵を受けた割れ瓶は歪な形をものともせず、綺麗な軌道でデッドパンサーの胴に突き刺さる。
割れ瓶が刺さり、それを嫌がったデッドパンサーは身をひねってはがすような動作をする。
俺はその間に距離を詰めようと駆ける。
駆けながらテリーゴの方を見やれば前方にいたデッドパンサー目がけて性懲りもなく斧を振り下ろしていた。
そしてかわされる。
斧は先ほどと同じように地面へ突き刺さっていた。
が、そこで治まらず斧を引き抜くようにして振り上げる。
振り上げた斧は土を巻き上げながらデッドパンサーの顔を掠めていた。
どうやらあれが連携らしい。結局二撃目もかわされていたが……。
(と、見てる場合じゃないな)
向こうは大丈夫そうだと判断した俺は自身の目標へ集中する。
正面を向けばデッドパンサーとの距離が随分と縮まっていた。
瓶を受けたデッドパンサーは復帰し、俺へ向けて威嚇目的の咆哮を行う。
「フッ」
そんなデッドパンサー目がけて今度は鉄杭を投げつける。
割れ瓶を喰らって投擲を嫌がったデッドパンサーは鉄杭を大仰にかわす。
俺はそこでピタリと立ち止まり、ドスに触れ【縮地】を発動する。
鉄杭をかわそうと飛んだデッドパンサーの着地点目がけて【縮地】で一気に距離を詰め、【居合い術】を使ってデッドパンサーの胴を斬りつける。
ドスでの一撃は、着地し次の動作に移ろうとしていたデッドパンサーの腹を見事に捉えた。
胴を裂かれ、大きくよろめくデッドパンサー。
「オラアッ!!」
俺はその隙を逃さず、片手剣を抜いてデッドパンサーの脚目がけて振り下ろした。
柔らかい畑にクワを振り下ろしたような触感が腕に伝わり、次に硬い何かにひっかかるような感覚を得るも力任せに振りぬく。
片手剣はデッドパンサーの脚を抜け、断面から少なくない血が噴き出す。
脚を一本失ったデッドパンサーはバランスを崩し、地面を転がる。
(チッ、離れた)
チャンス到来と言いたいところだが、地面で悶えるデッドパサーは俺からは少し距離が空き、うまくとどめがさせない。
「頼む! レガ……っていないんだった」
いつもの調子でフォローを頼もうと無意識に叫んでしまうも、その存在がいないことに言ってから気付く。
(近づいてもう一発入れるか……)
気を取り直して再度一撃入れようと一歩踏み出す。
「ンシャオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
が、デッドパンサーが苦し紛れに火球を吐いた。
俺はそれを危なげなくかわし、前のめりに斬り掛かる。
(終わりだッッ!)
完全な隙。致命傷を与えるに足る隙を得ることに成功し、片手剣を振る。
――が。
「隙ありぃいいいっ!!!」
なぜかどこからともなくテリーゴが現れ、側面から地面に転がるデッドパンサー目がけて斧を振り下ろしたのだった。
俺が作った隙を利用し、確実にデッドパンサーを仕留めるテリーゴ。
俺は片手剣を振りかぶった姿勢のまま、テリーゴをぽかんと見つめていた。
(もしかして先に倒したのか?)
自分の担当を倒し、こちらへ加勢しに来てくれたのかと周囲を見渡せばもう一匹のデッドパンサーはピンピンとしていた。
残されたデッドパンサーは自身が窮地に立たされたことを悟り、逃げ出してしまう。
「いや、お前の担当はあっちだろうが……」
俺はテリーゴを半眼で見つめながら逃げていくデッドパンサーを指差した。
「あーあ、逃がしちゃったぞ? 俺がこっちをやってる間にちゃんと相手しておけよな」
デッドパンサーの死骸から斧を引き抜きながら俺へ非難の視線を向けてくるテリーゴ。
「おい! 俺がやらかしたみたいな感じに言うなよ! お前が適当な動きをしたせいだろうが!」
あのままいけば俺は一人で倒せていた。
そんな状況で横から美味しくかっさらったのはテリーゴの方だ。
途中ギリギリまでピンチで加勢したとかではなく、はじめから優勢とはいかなくても互角の勝負には持ち込めていた。つまり、テリーゴがこちらへ参戦する理由が全くないのだ。
「あー、やだやだ。細けえ、細けえ。俺そういうの嫌い。あいつらもそうなんだよな、超こまけーの。俺の実力に嫉妬しちゃってバカみたいな奴らだぜ」
俺の反論に肩をすくめ、首を振るテリーゴ。
その顔を見る限り、自分が悪いとは一切思っていない様子。
そしてその話の内容から察するに、この手の指摘はよくされている模様。
俺、テリーゴの周りの人と仲良くなれそうだわ。
「何の話かは知らんし知りたくもないが、アレを取り逃したのはお前の責任だから自覚しろ」
俺は再度テリーゴへ強く言う。
こいつから謝罪を引き出せるとは思わなかったが、自分の苛立ちを少しでも和らげたかったのだろう。
「なんていうのかなぁ。阿吽の呼吸ってあるだろ? 俺がこっち来た時、さっと向こうに行くべきなのを自覚してほしいよなぁ」
暖簾に腕押しとはこの事か、と思ってしまうほど俺の言葉を受け流すのが得意なテリーゴ。
受け流しているというより、回りは俺に合わせて当然とか思っていそうな気配だ。
「……あ?」
テリーゴの無茶な台詞につい声を荒らげてしまう。
「あー、お前もそうやって切れちゃうタイプなんだ。あー、やだやだ。まあ、俺一人でも楽勝だし。俺、行くわ。じゃ」
テリーゴはそう言うと斧を放り投げ、俺に背を向けた。
「おい、それどうするんだ……」
俺は地面へ放り投げた斧を見ながらテリーゴに声をかける。
「酒代だよ。あーやだやだ」
テリーゴはこちらへ振り向くこともなく、森の中へと消えていった。
「こんな物貰ってもな……」
地面へ投げ捨てられた斧へ近づく。
近くで見ると本当にデカイ。刃の部分など畳を五枚重ねにしたかのような厚さと大きさだ。
「重」
試しに持ってみるも俺が扱うには難しそうな重さだった。
両刃の斧は異常に巨大で俺にはバーベルの代用品としてしか使い道がなさそうである。
こんなデカブツを振り回せるテリーゴの筋力はすごいとは思うが、うまく使いこなせていたかといえば疑問が残る。こんな物、人間が自在に扱うのは不可能なのではないだろうか。
「ん〜……、入るか?」
持ち上げた斧に腕を引っ張られながら、恐る恐るアイテムボックスを起動させてみる。
すると巨大斧をなんとか収納することに成功する。
アイテムボックスには一度に入る許容限界が存在する。
この世界に来た直後、アイテムボックスにコンテナサイズの岩でもブッ込んで高所から落とせば、どんなモンスターでも簡単に倒せるのではないだろうかとふと思いつき、試した事がある。
結果、自力で持ち上げるくらいの大きさ、重さでないとアイテムボックスには入らないということが分かった。
コンテナサイズの岩など早々見つからないのに苦労して探し出したら収納不可能という結果だったため、しばらく引きずるほどがっくりしたのが懐かしい。
そういうわけでテリーゴの斧がアイテムボックスに入るか微妙なラインだったのだが無事収納できた。
もし入らなかったら、ここに放置せざるを得なかったのでうまくいってよかった。
(売れば足しになるか)
などと考えつつ、重りのような斧から解放された体で伸びをする。
「なんか異常に疲れたな……」
なんとも後味の悪い出来事にどっと疲れが押し寄せてくる。
「寝よう……」
ついさっきデッドパンサーを一匹逃がしたので地面で寝るのが怖かった俺は久々に木に張り付いて一夜を明かすのだった。
…………
「昨日は最悪だったな」
起床一番、昨夜のことを思い出し、愚痴が漏れる。
これは漏れても許されるはず。
じっくりと時間をかけて作っていた飯を目の前で貪られ、酒を台無しにされ、モンスターに襲われ、一方的に責められる。
そんな事を思い出す朝が最低以外の何ものでもある筈がない。
こういう朝は前の世界で散々経験したものだが、慣れることは一切ない。
周囲に見える景色は同じなのに昨日よりくすんで見えるほどだ。
前の世界ではそんな状況に置かれてもオートで修復機能が働いた。
そんな自動で発動した唯一の解決策とは、それよりひどいことが以前に幾らでもあったので昨日はまだ増しな方だったという考えが自然と浮かんできてくれることだった。
というか、無意識下で精神の危険を感じて防衛本能的なものが働いていただけなのかもしれないが……。
だが、この世界に降り立ってからは、そう考えることは少なくなった気がする。
命の危険にさらされた数は両手に納まりきらないはずなのに、だ。
(案外性に合ってるのか……?)
ここでの生活は綱渡りと表現する以外に相応しい言葉が見つからないものだが、俺との相性はなかなか良好なのかもしれない。
が、そうなってくると昨日の出来事に関してはそこそこのダメージがあったと見るべきだろう。そうなると自力でメンタルケアを施しておいた方がいいかもしれない。
そう考えた俺は昨日の出来事で傷んだ心を和らげようと思考を巡らせる。
(あれだ、これは幸運の前触れだ。きっと余りに良い事が起こるから帳尻合わせにちょっと嫌な出来事が起きたんだ)
悪い事が起きた反動できっとこれからいい事がある、そう思うことにする。
きっとこのまま先に進むと複数の美少女もしくは美女と遭遇し、ちょっとした事がきっかけでとても素晴らしい関係に発展するんじゃないだろうか。
……ありえる!
などと輝かしい未来について夢想しているとチーン! という電子レンジのタイマーを連想させる妙に場違いな音が辺りに響いた。
それと同時に目の前の空間が歪み、真っ赤な扉が実体化する。
「お、来たか!」
どうやら腕輪が起動し、転移が可能になったようだ。
「うし、行くか」
俺は眼前にある赤い扉を潜ってショウイチ君の家を目指した。




