1 異世界に来てこんなこともできるようになりました
本作品は残酷なシーンが含まれます。そういった描写に不快感を感じられる方は読むのをお控えくださいますようお願いします。
あらすじにも書いてありますが本作品は残酷なシーン、登場人物の死亡、主人公が殺人を犯す描写が出てきます。なろう内の投稿作品を見ていると該当話の前書きに注意書きをするのをよく見受けますが、本作は該当シーンがネタバレになる部分もあるため前書きでの注意喚起は行わない予定です。また、そのシーンを読み飛ばして読んでも意味が分からなくなってしまうというのもあります。そのため冒頭に当たる第一話での注意喚起とさせていただきます。ご了承ください。
「よっ」
俺はコインを無造作に真上へ放り投げた。
陽の光を浴びたコインはキラキラとその縁を輝かせながら宙を舞う。
空を漂う事に飽きたコインは再び俺の手の中へと戻ってこようとする。
「ほい」
俺はコインを手の甲へ着地させようと腕を動かし、片手で塞ぐようにしてキャッチする。
コインは手で塞ぐと小気味いい音と共に俺の手の甲へ無事納まった。
「表なら右、裏なら左で行こう」
コインをキャッチした俺の手が指し示す先には分かれ道があった。
つまり、どちらの道を選ぶかコイントスで決めようとしていたのだ。
実はここまで行き先を決めずに進んできたため、分かれ道が来るたびに今のようにコイントスで道を決めてきた。
その内どこかに辿り着くだろうという打算の元に繰り返した行為だったが、そろそろ飽きてきた。港から離れて数日経つが人里は一向に見つからず、生い茂る松っぽい木の量が増し増しになってきているこの状況。
道があるので遭難はしていないが、選択を間違ったと言わざるを得ない。
ここまで来て言うのもなんだが、ちゃんと港町で情報収集してから行動すべきだった。
当てもない旅感を演出しようとして迷う――、予想できる結末だったはずだ。
(こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……)
俺は溜息を吐きながら目を閉じる。
以前居たシュッラーノ国はどこへ行っても都会っぽい雰囲気があった。
この国に滞在する事に決めたのはシュッラーノ国から逃げ出したかったというのもあるが、田舎っぽい雰囲気を味わいたかったためでもある。
なんていうか自然と戯れている感とでもいうのだろうか。
ギルドで依頼を受け、森や山へ繰り出しモンスターを狩る。
自然の中で食材を確保したり、料理したりする。
そういうゆったりとした時間の流れを味わいたかったのだ。
そのためにぶらり旅感を演出しようと余計な事をしてしまった。
一応現状を言葉で表現するなら小旅行に近い状態にはある。
が、当てもなくさまよっているとも言える。
はじめに俺が求めていたものとは微妙にズレが生じつつあるのだ。
だが、ここで情報を得るために再度港へ引き返すのは負けた気がする。
それでも半日ほどで引き返せる距離ならそうしただろう。
引き返すのにも当然時間が経過する。ここまで来た日数と引き返す日数を足すとの長い散歩となってしまう今となっては港に帰るという選択肢はなしだ。
「これで決まるッ! 次の道で街に着く。着ける着ける! 絶対着ける! 俺は着ける男だ! うおおおおおおっ! オープンッ!」
たっぷりと念を込め、コインを覆った手を除ける。
そこには表側を見せるコインの姿があった。
「右だな……」
両手でじっくりと温めたコインを懐にしまい、コインが選んだ道へ舵を取る。
俺は選ばれなかった左側の道を後ろ髪引かれる思いで凝視しながら右へと進みはじめた。
…………
「大丈夫だ……。街は近い……」
俺は焚き火の上に金網をセットしながら呟く。
ほうほうとどこからともなく聞こえる夜行性の鳥の鳴き声と、ぱちぱちと音を立てて燃える薪の音に耳を傾けると自然と心も落ち着いてくる。落ち着きを通りこして人恋しくなってくるのは気のせいだろうか。
本日、昼間にコイントスをしてから分かれ道はなかった。
だが街にも辿り着かなかった。
今日も今日とてハードな散歩を続けるうちに無情にも日はとっぷりと暮れ、夕食タイムに突入となってしまった次第。
だが、ここ数日で分かったこともある。
この道、平坦ではなく、すこし上りだった。
なぜ気付いたかといえば、周囲に山しか見えなくなってきたからだ。
ここ最近、朝起きると妙に空気が美味しいのも頷ける。
靄がかった冷たい空気を吸いながら緑溢れる朝の山道を歩くのは中々気持ちが良いものだ。
これで街に着ければ言う事なしなんだがな、とも思ってしまう。
俺はそんな事を考えながら道中に手に入れた鳥をデンと金網の上に載っけて塩を振る。
鳥は獲ったときに血を抜き、羽根をむしり、余分なものを取り除いてすぐ調理できる状態にしておいた。そうしておかないといざ食べようと思ったときに捌いていたのでは腹の虫が俺の胃を食い破る危険があるせいだ。
焚き火に炙られた鶏肉はじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てながら油を吐き出し、炎を猛らせる。次第に肉の焼ける香ばしい香りが増してきて俺の腹の虫の歌声が子守唄からゴアメタルへと曲調が変わる。
俺は肉のベストな焼き上がり状態をイメージしながら酒を取り出し、焚き火の側へ置いた。
これで鳥が焼きあがり次第、いつでも飲める状態の完成だ。
熱々の鳥を食べながら酒を飲む姿を想像し、口元からよだれが零れ落ちそうになる。
「ん〜中まで火が通るかな……」
鶏肉を金網の上で転がしながら呟く。
金網の上に鎮座するドデカい塊を見て、切り分けてから焼けば良かったと少し後悔してしまう。
お腹、減ってたんだよね……。
「お、腕輪が使えそうだな」
鶏肉の状態を見ていると、ふと手首にはめた腕輪が視界に入る。
この腕輪はウーミンの街で知り合った錬金術師のショウイチ君にもらった物で、ショウイチ家まで転移が行える代物だ。
ただ、使用条件はかなり厳しく、周囲に漂う微量な魔力を吸収して使用可能になるだけの量を確保しないと起動させることができない。更に起動させても使用可能になるまでに、かなりのタイムラグが発生する。体感で半日から一日くらいといったところだろうか。
(今、爆弾がないし一度行っておきたいな……)
そう思った俺は早速腕輪を起動させる。
転移が可能になるのは明日になるだろうが、そこは止むを得ないだろう。
俺は危険な戦闘をする際、切り札として頼りにしている物がある。それが爆弾だ。
が、それは俺自身が作り出したものではなく、凄腕錬金術師であるショウイチ君に作ってもらった逸品である。
つい数日前も船旅で大惨事に巻き込まれた身としては、身を守る保険の一つとして何としても補充しておきたいと考えた次第だ。
ちなみにその時の船旅は今思い出しても身の毛もよだつ壮絶なものだった。
乗船初日に一千万すったのを皮切りに二日目には船が沈没し、強制的にドーバー海峡横断も真っ青な楽しい遠泳に興じる羽目になった。
その際、たまたま見つけたトランクを浮き輪代わりにできたことが命運を分けた。
俺にとってそのトランクは救いの女神と呼ぶに相応しい存在だ。
そんな救いの女神のお陰でなんとか陸地まで辿り着くことに成功する。
上陸後、冗談半分でトランクの中身を確認したところ、なんと大金が詰まっていた。
その場に居合わせたミックは興奮しながら二人で山分けしようとまくしたてたが、俺はそれを断った。
そしてその大金が詰まったトランクをゴウカキャクセイン号の関係者に落し物として届けた。
なぜそうしたかといえば、金が欲しいミックの気持ちも充分わかったが、それ以上に落とし主の気持ちが痛いほどわかってしまったからだ。
大金を喪失した気持ちを知らなくてもいいのによく知っている身としては、落とし主に届けてやりたいと思って行動するのはとても自然な成り行きなのである。
折角俺と一緒に陸まで辿り着けたのだから、トランクには無事持ち主と再会を果たしてもらいたいところだ。
港で再会したミックは俺がトランクを届ける姿を愚痴りながら見届けると仕事へ行くと言い残し、その場を去った。一緒に来るかと誘われたが、俺は仕事に付き合う気がなかったので、そこで別れることとなった。
仕事を誘われた際に断ったのは単純にしばらくのんびりしたかったからだが、ミックの仕事はどう考えても命の危険がつきまとうタイプのものなので爆弾なしで受けるのは避けられるなら避けるべきではあるのだ。
今回は強制力がなかったので断れたが、こちらがYESとしか言えない状況での要請もないとは言い切れないので爆弾の補充はそういう意味でも急務なのである。
それはさておき、転移の腕輪も本来ならたまに友人と会うための便利道具のはずだったのだが、今となっては爆弾を貰いにいく命綱と化している。
あれがないと俺の命の灯火は何度消えていたかわからない。ちなみに消える寸前までいって激しく燃えたことは数回あるのはご愛嬌。
俺はそんな事を考えながら起動した腕輪から焚き火へと視線を戻し、薪の量や火の当たり方を調節して弱火にすると鶏肉を炙っていく。
表面だけが焦げて中が生だと、がっかり感が半端ないのでここは慎重にいかねば。
「そろそろかな」
じっくりと鶏肉を焼き、十分に中まで火が通ったと判断する。
串を刺してみた感じでも問題なしだ。
「よし、最後はこいつをかけるぜ」
俺は鶏肉を焼きながら準備しておいたタレを構えた。
タレといってもそんな大層なものではなく、醤油に刻みニンニクと砂糖を少々加えたものだ。とても簡単な代物だが、こいつの旨さは俺が説明しなくても勝手に伝わってしまうのではないだろうか。
俺はタレが入った小皿を傾け、程よい焼き色となった鶏肉へ垂らす。
タレは全て使わず、後でつけて食べる用にも残しておく。
表面だけしか味がついていない状態で肉が結構デカイのでこれは必須だ。
タレを金網の上にある鶏肉にかけると途端、ジュッと音が鳴り、ニンニクと醤油が焦げる香ばしい香りが漂う。
このまま焼き続けると焦げ付いてしまうので素早く取り出そうとすると――。
「お、旨そうだな! 貰っていいか?」
――どこからともなく男が現れ、鶏肉を手づかみで取り、躊躇なく口へと運ぶ。
「うわっちっ! 熱ッ! 熱ッ! うめぇええっ!」
などと言いながら空腹の俺の目の前で焼きたての鶏肉を頬張る男。
擬音で表現するなら“ガツガツガツ!”、擬台詞で表現するなら“ヒャァアアアウマイイイイイ!”といった感じだろうか。男は熱い熱いと連呼しながら肉を貪った。
熱いのは当たり前だ。
今まで焼いていたのに素手で取ったからだ。
などとどうでもいい事を心の中でツッコミながら男の暴挙を呆然と見上げる。
あ、何か言わないと……。
「何も返事してないからな!?」
貰っていいかという問いかけに返答していないことを伝える。
空腹で頭が回っていない上に突然の事でどうにも的外れな事を言っている気がしないでもない。
「そうか? 悪い悪い。こいつで勘弁してくれよ、な?」
男は鶏肉をむしゃぶりながら俺の言葉を聞くと酒瓶を渡してきた。
いわゆる物々交換の申し出というやつだろう。
……事後承諾だが。
腹は膨れないが等価交換的な物だし、まあいいかと受け取る。
「まあ、それならいいか……、って空じゃねえか! 空の酒瓶なんているか!」
が、受け取った酒瓶は空だった。
空瓶だったのだ。
今は酒屋に瓶を返してもお金なんて貰えない時代だというのに、どういうつもりなのだろうか。これを割って凶器に変えてかかってこいよという意味なのだろうか。
「しょうがないだろ? 何も食い物がないから貰ったんだぞ?」
“当たり前だろ、そんな事も分からないのか?”と顔に書いてあったが俺の気持ちがそれを読んで収まるはずもない。
「開き直んな! なら金だ! 金払えや!」
男の胸倉を掴み、激しく揺する。
俺、異世界に来てこんなこともできるようになったんだぜ。
「おー、怖。まるでギャングだな。しょうがないな、払うって」
男は骨だけになった鶏肉をしゃぶり尽くして吐き捨てると懐をごそごそと探る。
「いや、なんか俺が悪いみたいな感じになってるけど、明らかにお前が悪いからな?」
思い返してみても俺が何か悪さをした記憶がない。
記憶喪失だろうか。
「細かい事は気にするな! 俺はテリーゴ! アンタは?」
男はガハハッと笑い声を上げながら鶏肉の油でベタベタになった手で俺の肩を叩いてくる。
微妙にニンニク醤油味のしそうな手だった。
そんなニンニク醤油味のする手を持つ男の名前はテリーゴというらしい。
短く切りそろえた緑髪に黒目、伸ばしたもみ上げと整えた髭が合体し緑色が顔を一周した面構えの持ち主だ。こんな人気がない森で出くわすに相応しい革鎧を装備し、体に何本もの片手剣を巻きつけ、腰には長大な剣を二本差していた。更に背中には巨大な両刃斧を背負っているのがとても目立っていた。全身武器だらけなうえにゴツイ顔立ちのせいか弁慶のようだ。
が、俺の興味は男の名前や外見より、金だった。
テリーゴは俺の肩に手を回しながら、もう片方の手で金を差し出してくる。
俺はその金を奪い取り、金額を確認する。
テリーゴが差し出した金は少額だった。
が、交渉するのも面倒臭いので納得して金を受け取り、追い払うことにする。
「ケンタだ。食ったんならとっととどっか行け。俺は寝る」
俺はテリーゴに名乗ると肩に回された腕を振り払い、シッシッと追い払う仕草をした。
このまま一緒にいればさらに俺の食い物が奪われる可能性が大なので、なるべく早く別れたい。
「そう言うなって、な? ちょっと酒でも飲んで話そうぜ?」
が、テリーゴは焚き火の側にドカッと腰を下ろすと酒を取り出した。
酒持ってるなら空瓶なんか寄越すなよ、と思いながら視線を向けると、それはどう見ても俺の酒だった。
俺が鶏肉と一緒に楽しもうといつでも飲めるように準備しておいた酒だった。
見間違えるはずもなく俺の酒だった。
「……」
俺は無言で目を伏せ、静かな動作で握っていた空き瓶を側にあった木に叩きつけた。
甲高い音を立てて空き瓶が割れ、先端が鋭く尖る。
瓶の破片が割れ散り、地面へ散乱する音が止むと、焚き火の燃える音だけが静かに響く。
「おい……、それは俺の酒だ。今すぐ手を放すか、金を払え」
割れて先端が尖った瓶の切っ先をテリーゴに向け、見据える。
この状況、空き瓶をくれたことだけはテリーゴに感謝してもいいかもしれない。
「おいおいおい。物騒なもんはしまえって」
テリーゴは俺に割れた瓶を向けられてもヘラヘラとした表情を崩さず、俺の酒瓶の蓋を開けた。緊迫した状況でキュポンっとコルクが勢い良く飛び出す場違いな音が鳴る。
……どうやらテリーゴはこの状況でも飲むことをまだ諦めていないようだ。
だが、そんな蛮行、俺が許すわけがない。
酒だぞ?
俺の酒を飲もうとしているんだぞ?
絶対に阻止する。
命に替えてもだ!
俺は尖った割れ瓶を構え、テリーゴへにじり寄る。
と、その時――。
「「ビャオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」」
俺がテリーゴへじりじりと距離を詰める中、奇声が轟く。




