55 バードゥは取り戻す
「ふぅ、なんとか拾えて良かったわ」
海面へと顔を出したバードゥは拾い上げたお守りを満足気に見つめて頷く。
これを切られたときは肝を冷やしたが、即断で海に飛び込んだのが幸いし、 なんとか探し出すことに成功する。
そんなバードゥの背後ではお守りの代わりにゴウカキャクセイン号が海の底へと沈んでいくところだった。
(でも、お守りの効果が薄れてるからこんなことになったのは事実。早くなんとかしないと……)
バードゥの表情が安堵したものから一変し、深刻なものへと変わる。
彼女にとって運やツキは切っても切れないものであり、今回のトラブルに関してもそれが原因だと心の底から信じていた。
そんなバードゥが心の底から安心できるのはお守りが強化された時。
だが、その条件は厳しく、焦燥感が募る。
(何としてもアレが欲しい)
バードゥは数刻前に取り逃したお守りの材料を惜しんで爪をかむ。
あれほどの材料はもう二度と見つからないだろうという確信があるため、その歯がゆさもひとしおだ。
(けど、仕事が……)
現在バードゥは仕事へ向かう途中であり、ここでそれを放棄して材料探しを続行するわけにはいかなかった。
――諦めるしかない。
その事実がバードゥの落ち着きを奪い、効果が弱まったお守りで仕事に当たらねばならないことに不安が募ってくる。何より本来同行するはずだった仲間が不慮の事故で全滅してしまったのが痛い。
このままでは単独で仕事に当たらねばならない状況なのである。
「いや、仕事でいい材料が手に入るかもしれん……」
そこでバードゥは仕事中に良い巡り会わせがある事を願った。
今回の仕事内容ならお咎めもないし、一石二鳥。
自身の愁いも解消されるのである。
「よし、頑張ろか」
バードゥは両手で頬を叩くと気持ちを切り替えた。
手にはいらない物や手に入らない仲間のことなど忘れ、仕事に集中する。
バードゥは意識を研ぎ澄まし、未練を断ち切った。
「まあ、今はとにかく陸を目指さんとなぁ……」
お守りを首につけなおしたバードゥは一面に広がる海を見てため息をつく。
「ん?」
そんなバードゥの視線の先に何かが見えた。
それは桃色に輝く何か。
光の元が気になったバードゥは泳いで側へと近付く。
するとそこにはお碗ほどの大きさの二つの山が浮島のように浮かんでいた。
そしてその双子浮島はなぜか桃色に輝いていたのだった。
「なんやこれ」
ツンツンとつつく。
すると二つの山はぷるるんと魅惑的な弾力を示した。
「まあ、浮き輪代わりに丁度ええわ」
そう考えたバードゥは二つの山を力任せに掴んだ。
その時――。
「神よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッッッッッッッ!!!」
得体の知れない絶叫と共に海面から女が姿を現す。
女はなぜか全身が桃色に輝いていたのだった。
「もう、うちが女神のように美しいってこと? 自分、暗い顔してる割にはうまいなぁ」
「違うううううぅぅぅぅぅうううううっ!!」
かみあわない二人は誰もいない海上で対面を果たす。
◆
目立つことを避けたかったイハタクは港を避け、近隣の港に上陸していた。
「ハァハァ……、とんだ目にあった……」
イハタクは救命ボートから降りると、倒れこむようにして砂浜に身を投げ出す。
船に関して全くの素人であるイハタクの操縦する救命ボートは不安定極まりなかった。それでも数日かけてなんとか陸地にたどり着くことに成功していた。
砂浜で寝転び、陽射しを全身に受ける腹の上には大事なトランクの姿もあった。
(早く中を確認したいし、さっさと宿を探すか)
乗船中にかなり乱暴にトランクを扱ってしまったため、すぐにでも中の状態を確認したかった。だが、こんな砂浜の上ではトランクを開けて、もし中身が破損していた場合、不純物が入り込んでしまう。
充分な休憩をとったイハタクは勢い良く起き上がると、宿を探そうと歩き出すのだった。
そしてしばらく歩いて海辺の街を発見し、宿を取る。
受付で鍵を貰ったイハタクははやる気持ちを抑えつつ部屋へと向かった。
扉を開けて中へ入ると慎重にトランクをベッドの上に置き、暗証番号を入力する。
するとガチャリという音と共にトランクが少し開く。
「よし、ロックが壊れていることはなかったな……」
ひとまず安心したイハタクはそっとトランクを開ける。
開かれたトランクの上蓋には無造作に書類が挟まれていた。
書類群には鎧を纏った金属巨人の設計図らしきものや、モンスターの部位を体内に埋め込む様が描かれた図面など奇抜な物が目に付く。
そして肝心のトランクの中は――。
緩衝材のようなものがかっちりとはめ込まれ、四つの溝になっていた。
その溝にきっちりはまるようにして四本のガラス容器が収められているのが見える。そんな円筒形のガラス容器の中は黄色い液体が満たされていた。
だが満たされていたのは液体だけではない。
そのガラス容器の中にはよく分からない肉塊が浮いていたのだ。
肉塊はまるで生きているかのように激しく脈打つ。
「良かった……。割れてない……」
容器の状態を確認し、胸を撫で下ろすイハタク。
その時――。
「どうした? トラブルか?」
まるで安心しきったイハタクの心臓を握りつぶすかのように背後からくぐもった声がかけられる。
「ッ!?」
驚いたイハタクが振り向くと、そこには金属のフェイスガードで口と鼻を隠した男が立っていた。男は黒いトレンチコートのような物を羽織り、背には刀を一本差していた。
「なんだ……アンタか……、脅かさないでくれよ。よくここが分かったな?」
不意を突かれて驚いたが見知った顔だったため、安堵の表情を見せるイハタク。
「船が沈没したんだ。心配になって見にも来る」
驚くイハタクを尻目に男は淡々とした調子でゴウカキャクセイン号が沈没した事を告げた。
「はあっ!? 沈没!?」
船が沈没したことを知り、目を見開くイハタク。
彼が脱出した時は混乱状態ではあったが、船が沈没する可能性など見出せなかった。
そのため、男の言葉を聞いてもにわかには信じられないといった表情になってしまう。
「なんだ、知らなかったのか?」
「あ、ああ。そんな事になっていたとは……。脱出して正解だったな」
救命ボートを奪った時は早まった選択だったかもしれないと悩んだが、結果を聞けば大正解だったようだ。
「そういう訳で近場に居た俺が港近辺の捜索に当てられたわけだ。どうやら荷物も無事のようだな」
そんな大惨事が発生したため、フェイスガードの男はイハタクを捜索していたのだと告げる。
そして、イハタクが開いていたトランクを見て、運んでいた積荷も問題ないことを確認する。
「ああ! 見てくれ。苦労したがこの通り無傷だ。これで俺も昇進できるんだよな?」
イハタクは喜びを隠せない様子で顔を綻ばせながら弾んだ口調でフェイスガードの男に尋ねた。
「問題ない。殉職時の昇進は常識だ」
フェイスガードの男は淡々と告げると背中の刀を抜き、イハタクを斬り付けた。
「なっ!? グアアアッ!」
上半身を袈裟切りにされ、顔を引きつらせながら床へと崩れ落ちるイハタク。
「お前の仕事はこの荷物をサイヨウ国へ届ける事のはずだ。だがここはカッペイナ国。お前は失敗したんだ」
フェイスガードの男は地に伏すイハタクを見下ろしながら冷たい言葉を投げ掛ける。
「そ……んな……」
「心配するな、後は俺が引き継ぐ。運送班も新たに手配した」
フェイスガードの男は事切れる寸前のイハタクの横を通り、ベッドの上に置かれたトランクを閉めた。
「俺が……いなければ……」
「向こうでは全ての設備が整い、これの到着を待つだけの状態だ。お前が行ってできる事など何もない」
トランクを持ったフェイスガードの男は事切れるイハタクに目もくれずに部屋を出ていく。
一人残されたイハタクは陸の上で血の海に溺れて息絶えた。
◆
「ないわ〜……」
目出し帽を脱ぎ捨てた俺はひたすら泳いでいた。




