3 初ダンジョン
翌朝目が覚めると――
「…………またか」
――荷物が全てなくなっていた。
まさか、またやられてしまうとは……。
俺は宿屋に泊まると荷物を盗まれる病気にでもかかっているのだろうか。
正直、この世界に来てから人に対して随分疑い深くなった自信がある。
それでもエルザに関しては油断していた。
ああいう油断させて物を盗むのはもっと色っぽいお姉さんみたいなのがやるものだと思い込んでいたからだ。
あんないかにもドン臭い新人冒険者風の、しかも泥酔した奴がそんな事をするとは思ってもみなかった。
というか、あれが全部演技だったということなのだろう。
その事実が滅茶苦茶怖い。
完全に騙された。
元の世界で女性とホテルに行った男性が睡眠薬やスタンガンで行動不能にされて強盗にあった記事を読んだときは、なんで怪しいって気づかないんだ俺なら絶対気づくのに、とか思っていたが全く気づきませんでした。ごめんなさい。
だがアイテムボックスに大半の物はしまっておいたので被害は軽微で済んだ。
まあ、金目の物をある程度持っていって貰ったの方がいいだろう。
全く収穫がなかった場合、俺の寝込みを襲って本格的に家捜しされた可能性もある。
全部隠すのは逆に危ない。
しかし、被害にあってしまったが宿で事が済んで良かった。
これがダンジョンだったら殺されてから荷物を奪われていたり、囮にされていたかもしれない。
それにしても結構酷い目にあっているはずなのに良かったと思えてしまう。
これは多分、治安の悪い街で長期間過ごした人間だけが持ちえる効果、スーラム効果だろう。
俺が今発案した。
伊達に毎日カツアゲを目撃していたわけではない。
しかし、このことは誰にも相談できない。憲兵に通報も無理だ。
どんなに説明がうまくても要約すると……。
“酔った女を宿に連れ込んだら荷物を盗まれた”となってしまう。
身に覚えのないエロサイトからの請求書が来て、もしかしたらもしかするかもと思い、恥ずかしくて誰にも相談できないのと同じだ。
今俺も恥ずかしくて相談できない。
エルザはそれも計算ずくでやっていたのだろう。
そういうところもエロサイトの架空請求と全く一緒だ。
怖すぎる。
最悪の目覚めになってしまったが、気を取り直してダンジョンに向かうことにする。
結局、二人パーティで行く予定だったのが、ソロで行くことになってしまった。
まずはギルドに行って簡単な手続きと講習を済ませる必要があるが午前中には潜れるはずだ。
ギルドの受付のお姉さんとの会話で心の傷を癒したいところ。
…………
その後、受付のお姉さんとの講習を問題なく終え、初心者用ダンジョンに向かう。
講習で聞いた話によると、ダンジョンはギルドのランクで入れる場所が初心者用、中級者用、上級者用の三箇所に分かれているらしい。
それぞれ初心者用が五個、中級者用が十個、上級者用が三個、立ち入り禁止が二個といった感じで大量に存在する。
せいぜい三個位と思っていたのでその数を聞いたときは驚いた。
その複数あるダンジョンが周囲の魔力を吸い取ってしまうのが原因で、街の周辺は荒地のようになっているそうだ。
また、この街はダンジョンから取れる魔石で成り立っているらしい。
魔石は色々な用途で使われているらしく、とても需要が高いそうだ。
身近なところでは魔道具なども魔石が動力源になっている。
冒険者はダンジョンでその魔石を取ってきてお金と交換する仕組みになっている。
今回挑む初心者用ダンジョンに関してはどれも大差ないようなので、人が少ないほうが狩り易いと考え、街から一番離れたところに行くことにする。
街から離れているといっても歩いて四十分ほどだろうか。全ての入り口は街の周辺に密集しているそうだ。
ダンジョンから一斉にモンスターが出てきたら一瞬で壊滅するじゃないかと思って受付のお姉さんに聞いてみたら、ダンジョンのモンスターは決して外には出て来ないとのこと。なんともよくできているもんだ。
「お、着いたな」
講習で受けた内容を思い出していると、目的地のダンジョンに到着した。
ダンジョンの入り口はむき出しの洞窟とかではなく、それぞれが一戸建ての家になっている。
かなり大きめの家で、中には簡易の宿泊施設、シャワー室、小規模な道具屋があったりする。
イメージとしては売店付きの民宿といった感じだ。
俺は早速施設内へと足を踏み入れた。
ダンジョンへの入り口は駅の改札口や遊園地の入場口のようになっていてギルドカードを提示すると中に入れる。準備は整えているし、日帰りの予定なので早速ダンジョンに挑むことにする。
俺は入り口にいる職員にカードを提示し、ダンジョンの中に入る。
中は石造りの迷宮といった感じだった。
通路の大きさは、横幅が四人が横一列で進めるほどで、高さは三メートル位だろう。
通路の両脇には一定間隔で燭台のようなものが置いてあり、中に入っている石が白い光を放ってまるで蛍光灯のように広範囲を照らしていた。
(夜の病院の廊下みたいだな)
どこまでも続く白い道は、人の気配がないせいもあり、まるで廃病院のようだ。
照明のお陰で足元もはっきりわかり、奥まで綺麗に見えている。
「もっと暗いのを想像していたけど、初心者用だからかな?」
少し予想していたのとは違ったが気を取り直して前進することにした。
暗殺者のスキルレベルはカンストしてしまったので職業を狩人に変更し、【気配遮断】と【忍び足】も忘れずに使用する。
講習によると初心者用ダンジョンに出現するモンスターは、ゴブリン、ホーンラビット、キラースネーク、ビッグスパイダー、キラービーの五種だ。
五つのダンジョンはそれぞれ、その中の一種の出現率が高く、それ以外の四種がほとんど出現しない構造になっているそうだ。
つまり、ゴブリンが多く出るダンジョン、ホーンラビットが多く出るダンジョン……といった感じで住み分けられていると説明すると分かり易いかもしれない。
俺が入ったダンジョンはゴブリンが多く出現するタイプのダンジョンだった。
街から一番遠くてゴブリンが出る、となれば不人気でほとんど誰も入ってこないのかもしれない。
だが俺にとっては、周りを気にせず、狩り慣れているゴブリンの相手ができるとなれば絶好のポイントになりそうだ。
ソロで潜っているにも関わらず不安は少ない。
しばらく進むと前方に第一ゴブリンを発見した。相手は三匹で行動している。
一匹が先頭に立ち、残り二匹が後ろにいる状況だ。
向こうはまだこちらに気づいていなかった。通路が狭く、隠れる場所もないのでスキルを使用したまま直進し、畳み掛けることにする。
アイテムボックスから両手に石を出し、握りこむと一気に駆ける。
【気配遮断】の効果なのか、二メートルくらいまで距離を詰めても気づかれる様子がない。
一応、相対せず側面に回るように移動し、後ろの二匹から攻撃を仕掛けることにする。丁度すれ違い様に気づかれたが気にせず後ろに回りこむ。
俺の方がすばやさのステータスが高いせいなのか相手の対応が間に合っていない。
ゴブリンは首だけ回して俺を追いかける。
俺は背後に回りきると二匹の頭目掛けて両手の石を振り下ろした。
力のステータスも十分高いせいか、【暗殺術】が発動しなくても一撃で屠る。
残ったゴブリンの棍棒攻撃も余裕を持って大きく移動するようにかわすと、側面から側頭部を狙って腕を横に振る。
はじめの二匹と同じように石はすんなり頭部にめり込み、ゴブリンは息絶えた。
「ふぅ」
全身の緊張を解き、軽く息を吐く。
慣れたものだ。何の問題もなく三匹を狩り終わる。
「隠れる場所がないのはやりにくいなぁ」
かなりうまく狩れたが、ダンジョンが狭く障害物もないので【暗殺術】が使えないのがネックだ。
今までのように不意打ちで先制し、相手に攻撃される前に倒すという自分の攻略パターンが使えないのが辛い。
このダンジョンは構造上、正面から戦うことが基本になるようだ。やはりパーティーを組んで前衛後衛と役割分担して攻略するのが正道なのだろう。
「そういえば、正面から【気配遮断】を使っても気づかれなかったな」
今まで背後から襲うのに気づかれないよう使っていたスキルだが、まさか正面から行って目視できる距離でも気づかれないとは思いもしなかった。
さすがに接触するほどの距離になると気がつかれたが、こんなに使えるスキルだったとは予想外だ。
これなら少し距離を置いて、横を素通りすればうまく背後に回れるかもしれない。次に試してみよう。
そんな事を考えていると目の前のゴブリンの死体が底なし沼にはまったように床に沈みこんでいく。
これも講習で教わったがモンスターの死体はダンジョンに喰われるそうだ。
死体をしばらく放置していると床に吸い込まれてしまう。
そして、死体があった場所に魔石が残される。
この魔石をギルドに持ち込むと現金に換金してもらえるシステムらしい。
野外の討伐では討伐部位を提出したが、ダンジョンではそれが魔石に変わる仕様だ。
一応人間の死体もダンジョンに喰われるそうだがモンスターと比べると完全に吸い込まれるまでにかなり時間がかかるそうだ。喰われると所持品だけがその場に残るとのこと。
また、モンスターの死体がダンジョンに喰われる際にまれにアイテムや素材を残すこともあるらしい。
いわゆるドロップアイテムってやつなんだろう。
今回は魔石以外は何もなかったので大人しくそれを拾い、アイテムボックスにしまう。
「うし、ドンドンいきますかね」
目標は宿代一泊分だ。貯蓄はあるがなるべく切り崩したくない。
ダンジョン攻略とは言ったものの、先に進むのが目的ではなく、ひたすらモンスターを倒すのが目的なので帰り道さえわかれば進路も適当でいい。
とにかく狩りまくることにする。
……そして、気がつくと相当時間が経っていた。
多分夕方になっているのではないだろうか。
ダンジョン内なので腹時計で測ったが、大体合っている自信がある。
入り口に戻り、外に出てみると空の青に朱色が差しつつあった。
俺は探索を切り上げて街に帰ることにする。その日はほぼ一日ダンジョンの中にいたが他の冒険者と会うことはなかった。
街への帰り道の途中、ぐうぅっと腹が鳴る。
昼飯はダンジョン内で簡単に済ませただけだったので腹ペコだ。
「ギルドへ行ったら、酒場で飯だな」
ダンジョン攻略が安定するまでは、朝と昼はアイテムボックスにある食料、夜は酒場で情報収集という感じにしていこうと考えている。
宿や食事の料金はスーラムと比べると格段に安かったので外食を挟んでも貯蓄だけでしばらくは問題ない。
やはりスーラムの物価の高さは異常だったのだろう。
…………
ダンジョンから街へと辿り着くころには空の色も濃い橙へと変わっていた。
周囲には俺と同じようにダンジョンでの探索を切り上げたであろう冒険者がそこかしこに見て取れる。
そんな光景が帰宅ラッシュを思い出し、懐かしさを覚えてしまう。人の流れは冒険者ギルドへと続いていて、俺もその流れに沿って歩いていく。
ギルド内へ入ると中は人でごった返していた。
そんな喧騒の中、俺は夕食に何を食べるか考えながら受付に向かう。
「すいません、魔石の換金をお願いします」
「かしこまりました。ギルドカードと魔石の提出をお願いします」
言われた通りにカードと魔石を出ししばらく待つ。
「ギルドカードの更新が終了しました。それと今回の報酬はこちらになります」
「ありがとうございます」
と、カードと報酬を受け取る。金額はゴブリンの討伐依頼より少し高かった。
魔石は色々な用途で使用されるそうなので結構高く換金してもらえるらしい。
俺にとってはありがたい話だ。
「あ、ケンタさん少しお時間よろしいでしょうか」
お礼を言って帰ろうとしたら呼び止められる。
「はい、なんでしょうか?」
「先日、お話していた協力支援の方が決まりましたのでご報告させてください」
「お、どうなりましたか?」
協力支援という名のいわゆる謝罪だ。
「ケンタさんの未更新ポイントですが、更新されていた場合ギルドランクは4になっていたと推定されます。これは討伐のみで上がれる限界です。ランク5からは試験が必要になってきますのでその受験資格が発生する段階まで上がっていたと思っていただいて結構です」
せいぜい2だろうと思っていたら4だった。
「ですが、ケンタさんはそのポイントのほとんどをゴブリン討伐で取得されていました。これは大変申し上げにくいのですが、あまり評価されない方法です。本来は経験ある冒険者となるべく多種多様な依頼をこなすことが求められるからです。」
そっすよね。
ケンタ納得。
「そのため、ポイントが更新されていたとしても問題になっていたでしょう。といっても普通は担当の受付と面談し、色々な依頼を受けるようこちらから働きかけたり、ランク上昇毎に担当から指導を受けたりするのですが、全て前任担当の不手際です」
バッサリ来た。
「それらを踏まえたうえで、こちらから三つご提案させていただきますので、その中から選んでいただけますか?」
「わかりました」
俺は深く頷く。
選択肢は三つ。
ここはどれが有用か慎重に吟味しなければならない。
「まず一つ目は、稼いだポイントをゴブリンの討伐報酬で逆算し、その三割をお金で支払わせていただくとい「それでお願いします!」」
「……え?」
「お金で!」
「待ってください。お気持ちはわかりますが後の二つも聞いてから判断して下さい。二つ目はギルド職員が教官となって一定期間探索に同行「お金で!」」
「み、三つ目は特別処置として中級ダンジョンに入ることができる通行証を発行す「お金でお願いします!」」
「……わ、わかりました」
「すいません」
金に目が眩んで食い気味にグイグイいってしまった。
他の提案も確かにありがたく、魅力的ではあったが今必要なのは金だ。
未だに武器が石で宿代に四苦八苦している状態で一番ありがたいのはどう考えても現金だろう。
「最後にもう一度確認しますが、累積ポイントをゴブリンの討伐報酬で逆算した三割をお金で支払うということで構いませんね?」
「問題ありません。それでお願いします」
「それではこちらが累計ポイントと報酬の合計、そして受け取り金額になります。お確かめ下さい」
「おお」
スーラムで稼いだ総額の三割だからかなりの金額だ。
ほとんど賠償金みたいなもんだな、こりゃ。
「この度はこちらの不手際でご不快な思いをさせてしまい。申し訳ございませんでした」
「いえ、ご丁寧にありがとうございます。それでは」
何度も誤らせてしまってこっちが恐縮してしまう。とにかく色々良くしてくれた受付のお姉さんには迷惑をかけないように頑張っていきたい。
これだけあれば宿代一月分を払ってお釣りがくる。
俺は浮かれた足取りで酒場に向かった。
今日からは酒場で情報収集を行っていく。
以前と同じく【気配遮断】と【聞き耳】を使って有用な情報を探す。
まだ詳しく知りたい情報など絞りきれていないので、雑多に聞いて面白そうなのを拾っていくつもりだ。
……長時間酒場で粘り、手に入れた情報は以下のようなものだった。
武器を携帯した冒険者が大量にいるのに治安がいいのは自治組織と軍警がしっかりしているためで、街中でケンカなどをすると厳罰が下るらしいというものと、スーラムの街の側にはスーラムの大滝というバカでかい滝があるらしいというものだった。
他にも色々と聞けたが特にこの二つが興味をひいた。
厳罰って何されるかわかんないのでケンカは気をつけたほうがいいだろう。
そして、大滝。
そんなもの聞いたこともなかった。多分俺が意図的に街にいる滞在時間を減らしていたために聞き逃してしまったのだろう。
だが、観光スポットのような語られ方をしていたので有名なのは間違いない。
スーラムにいるときに知っていれば絶対行ったのに……。いつかチャンスがあれば行ってみたい。
酒場での会話を聞いているとやはり客のほとんどが冒険者のようだ。
その冒険者も冬場のみの出稼ぎが大半を占めているようで、みんなここの稼ぎで春からどこに行くとか貯めた金で何をするというような会話が多かった。
ひとまず初日としては色々聞けたので大満足だ。情報収集を終えた俺は酒場を後にする。
店の外に出ると完全に真っ暗になっていた。
だが、道には魔石の力で発光する街灯が設置されており、迷うことはなさそうだ。
といっても俺には【暗視】があるので真っ暗でも問題ない。
ギルドから酒場に向かう途中に市場の前を通ったが、まだ営業している店がちらほらあった。
冒険者はダンジョンに行くため日中街にいない。
そのため遅くまでやっているのだろう。
そんな街の様子を眺めながら明日は午前中を買い物にあて、午後からダンジョンに行くことを決める。
まだ市場をチェックしていないのでどんな物があるのか確認するのが目的だ。
冒険者が多数いる街だしスーラムでは手に入らないようなものが売っているかもしれない。今からどんな物があるのか楽しみだ。
昨夜はトラブルに巻き込まれたが今日一日はそれを補うほど順調だった事で機嫌を直した俺は宿へ帰りつくと嫌なことなど忘れてぐっすり眠ることに成功した。




