41 ケンタは目撃する 二
そして次の瞬間――――。
避難所に暴風が吹き荒れた。
「グアッ!」
内部へ入ろうとしていた俺達は吹き飛ばされ、通路に叩きつけられる。
「……避難所に何か仕掛けていたのか?」
頭を押さえながら立ち上がる船員。
「……ぐ」
俺もなんとか立ち上がり、避難所の中を見れば、そこは赤一色に染まっていた。
「うそだろ……」
眼前の光景に目を疑う。
俺達はよろよろと立ち上がり室内の様子を窺う。
……内部は酷いありさまだった。
生きて居る者もいる。
五体満足な者もいる。
だが死んで居る者が大半だった。
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのような光景なのではっきりとは分からないが、全体の八割は絶望的な状況だろう。
誰もがその惨状を前に言葉を失う。
立ち尽くす俺達の足元には避難所から流れて出てきた血液がじわりじわりと床面を満たしはじめていた。
(無茶苦茶じゃないか……)
喉の中がからからに干上がり、うまく息が吸えない。
まるで目の前の光景が脳を締め付けているかのような圧迫感を感じてしまう。
人の死に直面するのはこれがはじめてじゃないが、余りの事にうまく受け止めきれないでいた。そのせいか指先が冷たくなって感覚がなくなっていくかのような錯覚を味わってしまう。
「何をやっている救助せんかっ!」
そんな静寂を断ち切るようにして喝が飛ぶ。
視線をそちらへ向ければ船長らしき人物がこちらへと近付いてくるところだった。
「船長!? は、はいっ!」
我に返った船員が避難所へと入り生存者を外へと出す作業へと移行していく。
船員の反応を見る限り現れた男はやはり船長らしい。
船長はそんな作業を横目で確認しながら俺達に話しかけてきた。
「一体何があった!? これは一体……」
眼前の血肉溜まりを目撃し絶句する船長。
「賊が一般の乗客になりすましてたんだ。そいつらが避難所の中で何かやって乗客を巻き込んで死んだとしか……」
俺は船長にことのあらましを説明した。
避難所にいた賊は外見上一般の乗客となんら変わりなかった。
とにかくあの特徴的な恰好をしていなければ客か賊か判別がつかないのだ。
「おい……、これって他の避難所もやばいんじゃないのか……?」
と、クリスが呟く。
「確かにその通りなんだけど、避難している客を強引に調べようとしたら今みたいになるかもしれないよ?」
気のいい姉ちゃん冒険者のドーラはクリスの言葉に頷きつつも難しい顔をする。
ここでの騒動が起きたのは俺達が慌てて避難所に飛び込んだために潜伏していた奴に気づかれてしまったのが引き金となって起きた事だ。
早く他の避難所の状態を確認してまわりたいところだが、偽装している奴らに気づかれればここと同様に強行策を取ってくる可能性が高い。
つまり、最低でも相手を見分ける術がある程度確定していないと向こうに先手を打たれてしまうのだ。
「何か特徴は無いのか?」
難しい顔をした船長が皆に尋ねてくる。
「フードを被ってる奴もいたが普通に賊っぽい奴も居たしなぁ……」
船長の問いに俺は頭を悩ませる。
はじめに目撃したのはいかにも強盗っぽい感じだったり、フードを被っていたりして、ひと目で黒と判別できた。だが今回は普通の乗客と変わらない外見をしていたのだ。
調べる数が多すぎる上に客と見分けがつかない――、最悪の状況だ。
いい案が浮かばず沈黙が続く中、気のいいおっさん冒険者であるモーガンが口を開く。
「その集団の中でしか通用しない証のようなものを携帯しているかもしれんが……」
確かに、合言葉や手形みたいな物を持ってお互いを確認するのはありえることだ。
俺たちも船員から見分けがつくようにとバッチを貰ったし、相手も何らかの目印があるかもしれない。
「ちょっと調べてみるか」
なるほどと思った俺は手近に転がっていたフードの者の死体を漁ってみる。
が、めぼしい物を見つけることは出来なかった。
「特にそういった物は持ってないようだな。年齢、性別、服装、どれも共通点はないな」
他の死体を調べていた船員からも同様の報告が入る。
「ああ、こいつらはフードと曲刀を持っていたが、全員が持っているか分からん。決定打としては弱いかもしれんな」
モーガンも別の死体を調べながら苦い表情をしていた。
襲い掛かってきたフードの者はフード、マスク、曲刀と共通の物を持っていたわけだが、それが全てに当てはまるとは断定できない状況であり、判断材料の決め手としては弱い。
「ん、これってホクロかしら? でもなんか刺青っぽい気もするんだけど」
ドーラが死体を調べるうちに手首内側、少し肘よりの部分に黒いホクロのようなものを見つける。
俺や他の者もその場へと集まり、ホクロのようなものを凝視する。
「いや、良く見ると細かい模様のような……」
一見するとちょっと大き目のホクロのように見えるが、目を凝らすと複雑な模様が重なり合って黒一色に見えていたことに気づく。
「これって引き伸ばしたら最近良く聞く邪教の紋章にならないか!?」
「そういやこんな紋章の旗掲げてたの見たことあるぞ」
と、クリスとモーガンが盛り上がる。
どうやら手首にあった小さな刺青は今大流行の兆しがある邪教のエンブレムを圧縮したものらしい。ほくろの様に密集した模様の間隔を離すとシンボルとそっくりの形になるようだ。
そしてそこから邪教を知っている人達との情報交換がはじまった。
皆の話を要約すると以下のような活動を行っている団体だということが分かった。
一つ、神と交信できるとうそぶく巫女が教主を務めている。
一つ、神を現世に降臨させるのが目的。
一つ、神を降臨させること以外の活動目的が不明。
一つ、時々、神に捧げる生け贄が必要といって集団殺人を行う事がある。
一つ、最近生け贄を求める行動が頻繁になり、話題になっていた。
一つ、神出鬼没で組織の規模、信徒の数は不明瞭。
――といった感じらしい。
邪教の情報をまとめてみると、どれだけやばい連中なのかがはっきり分かる。
そして、妙なひっかかりを覚えてしまう。
これに近い内容をつい最近顔色の悪い巫女から聞いた気がしないでもないのだが……。
「他の死体はどうだ?」
俺は死体を調べている面子に尋ねてみる。
「ビンゴだ! 同じ位置に同じ刺青があるぞ!」
クリスが周囲の死体の手首を調べながら声を張る。
「決まりだ! あいつらは手首に証しを持っている。そいつを調べれば判別できるぞ!」
船員が拳を握り締めながら声を張り上げた。
確かにこれで潜伏している奴をあぶりだすことができるかもしれない。
「大体、さっきの爆発はなんだったんだ?」
凄まじい衝撃だったが魔法を使ったのだろうか。
「……あれは多分魔法陣だ」
モーガンが重々しく呟く。
「魔法陣?」
「ああ、廃れた技術だ。地面に陣を書き、大気中の魔力集めて人体の魔力を引きがねに魔法を発動させる技だ。だが、陣を書くのが異常に難しいうえに時間がかかる。しかも魔力を溜めるのにも時間がかかるので、利用価値を見出せず誰も使わなくなっていったものだ。それに使われなくなった原因はもう一つあって、陣が少しでも歪だと暴発するんだ。さっきのは多分陣が不完全だが魔力が充分に溜まっていたせいで暴発したんだと思う」
「ってことは避難所にあらかじめ魔法陣が描かれていたってことか……。で、他の避難所もその可能性があるってことだな」
陣を書くのにも魔力を充填するのにも時間がかかる。避難がはじまってから書いていたのでは到底間に合わない。何より避難所が人で溢れている状況では何も書くことなんてできないだろう。
「つまり、陣が描かれている避難所から全員を外に出せば問題ないんだな」
「ついでに魔法陣が発動できないように消しちゃえばいいんじゃない?」
と、クリスとドーラが言う。
「陣を消すのはそれほど難しくないはずだ。水でもかければ歪んで暴発するのを通り越して発動しなくなると思う」
腕組みしたモーガンが思い出すように話す。
皆の知恵を拝借して信者を見分ける方法、陣を無効化する方法の二つが判明する。
これでなんとかなりそうだ。
「よし、全てのスプリンクラーを発動させ、陣を消せ! そして救命ボートの準備が整ったと乗客に伝え、避難所から移動させるんだ。救命ボートへ搬送中に判別用のタグを付ける名目で乗客の手首を調べろ! そこで信者を見つけても取り押さえずに専用のタグをつけて分別、誘導し、一挙に拘束する! 問題ない者から順に救命ボートに乗せて港を目指せ!」
船長が皆の意見をまとめ、船員へ指示を出し終えるとこちらへ向き、話しかけてきた。
「君達も聞いてほしい。知っている者もいると思うが現在この船は機関室を破壊され停止状態にある。そのため乗客を救命ボートに乗せて一番近くの港まで移動してもらう準備に入っている」
その説明は驚くべきもので、現在船は停止していて脱出の準備に入っているとの事。それで脱出の指示を出していたというわけなのだろう。
船長の説明は続く。
「そのため冒険者の諸君には引き続き誘導を頼みたい。ここまでのことになったので後日報酬は払わせてもらう! その分しっかりと働いてくれ!」
「「「了解!」」」
皆は船長の指示に強く頷くと、それぞれ誘導に向けてきびきびと動きはじめた。
だが、俺は動きにぎこちなさが現れ、どうにも集中できないでいた。
さすがに目の前で一般人が大量に吹き飛ぶ様を目撃したのが応えたようだ。
まだ自分にも繊細な部分が残っていたことに安堵すべきか、こんな時にうまく動けない事に苛立ちを覚えるべきかは分からないが、あまり良い状態でないのは確かだ。
「……すまん、ちょっと外の空気を吸ってきていいか? 今のが応えたみたいだ」
皆がそれぞれ行動を開始する中、俺は少し気分の悪さを覚え、休息を申し出た。
一刻も早く作業を手伝うべきなのは分かっていたが、集中力を欠いた状態でミスを犯したら目も当てられない。それで自分に被害が及ぶならまだいいが、護衛中の乗客が負傷でもしようものなら精神的なリカバリーに時間がかかって大惨事になりかねない。
「ああ、構わないぞ。あんたらには協力してもらっている立場だし、無理強いはできん。だが、あいつらがいつ襲ってくるか分からん。なるべく早く戻ってきて作業に合流してくれるとありがたい」
「ああ、すまんな」
俺は側に居た船員の許可を得て外の空気を吸おうと避難所を後にした。
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「死にたい奴から順に来な……」
オリンが刀の柄に手を沿え、構える。




