2 パーティーメンバー
「失礼ですが、どちらの街からお越しでしょうか?」
「え? スーラムですけど」
「あぁ〜……、もしかしてそちらで冒険者登録されましたか?」
「はい」
なんだろう、会話の流れが不穏だ。質問の意図がわからないので段々不安になってくる。
「その時、一番入り口に近い受付で登録されませんでしたか?」
「え? そうですけど、何か問題がありましたか?」
なんでそんなことがわかるのだろうか、エスパーか?
「いえ、そうではありません。ケンタさんはギルドランクが上がっているのですが処理されていなくて0のままの状態になっているんですね」
「え、初めて聞いたんですけど、何かまずいですか?」
ギルドカードのエラーだろうか。追加料金発生とかだけは止めてほしいところだ。
「ええっと、ランクが上がる際にポイントが繰り越しできないので、どんなにポイントを稼いでいたとしても次のランクになった時点で一旦0に戻ってしまいます」
「ぇぇ〜……」
「普通はこんなこと起こらないんですよ。報酬を貰うときにカードを提出されるじゃないですか? あの時に更新作業も同時に行うのでランクはある程度までは勝手に上がるものなんです」
受付のお姉さんはずっと難しそうな顔をしている。相当珍しいことなんだろう。
「ぇぇぇ〜?」
「原因は分かっているんですけどね」
そう言うお姉さんの顔は、俺の靴下の匂いを嗅いだ友達の飼い猫のような顔をしていた。
「な、何が原因なんですか!?」
「ケンタさんを対応した受付の女性です」
靴下の匂いを嗅いで顔をしかめたのに、また嗅ぎに来る友達の飼い猫のような顔でお姉さんは言う。
綺麗な顔が眉間を中心にクシャッと圧縮されたようになっていた。
「へ?」
とにかく自分が原因じゃなかったことに安堵する。
「彼女はその……なんていうか、勤務態度が悪かったというか……、仕事をしなかったというか……。とにかく、ここからスーラムの街に異動になったんですよ。ここにいた時も自分の仕事を軽減させるために更新手続きをわざとしなかったりして問題になっていたんです。たまにスーラムの街から来る冒険者から疑わしい話を聞いていたのですが、やはりですね。彼女の噂はこの辺りでは有名で、誰も彼女の受付に近寄らなかったのですが、はじめて登録される方だと何も知らないのは当然ですよね。今回のことは上司を通じてスーラムのギルドへ報告しておきます。本当に申し訳ございませんでした」
受付のお姉さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。
あのおばちゃんが原因だったのか……。
でもあれが普通の対応じゃなくて本当によかったと、怒りより安心が先に来る。
お姉さんの表情からしてもあのおばちゃんはここでも相当やらかしていたのだろう。
しかしなぜ解雇されないのだろうか。
もしかすると親類に権力者でもいるのかもしれない。
セブンフラッシュ的なオーラを感じる。
カードの方はギルドで設定いじったりできないのだろうか。
「ギルドランクの方はどうしようもないのですか?」
「……はい、カードのポイントを更新手続き以外で増減させることは固く禁じられています。そのため今回のようなことが起きた場合は対応できないんですよ。申し訳ございません。ですが特殊な事例ですので上司に報告後、改めてこちらで支援できることがあれば協力させていただく形をとらせていただきますのでご了承願えませんでしょうか」
「わかりました。よろしくお願いします」
ごねてもしょうがないし、初日に目をつけられるのは嫌なので大人しく"はい"と言っておく。
「近日中にギルド訪問時に詳細をご説明できるようにしておきます。ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「いえ、またよろしくお願いします」
ギルドの対応に関しては、正直あんまり期待していない。
もともと知らなかったことだし、予定していなかったことだ。
さしてショックもない。何をしてもらえることになってもラッキーで済むことだ。
ここには毎日のように来ることになるし、一時の感情に任せて問題を起こすようなことだけは避けたい。まあ、おばちゃんへの怒りはそこそこ増してしまったが。
「それと、ダンジョンに潜られる際は、事前に一時間程の講習を受けていただくことになっております。ダンジョンに潜られる予定がございましたら、事前にギルドにお越しくださいますようお願いします」
「わかりました、色々ありがとうございます」
なんか色々あったけどランクが1に上がった。
まあ消えたポイントをあわせてもせいぜい2になっていた程度だろう。
潜る予定のダンジョンも初心者用を予定していたしランクは低くても問題ない。
良心的な対応だし、何かしてくれるらしいから結果オーライとしておこう。
この街ではダンジョンをメインに攻略する予定だが一応依頼のボードと常時討伐依頼にも目を通しておく。
掲示板を見るとやはり施設の警備や輸送の護衛の依頼が目立つ。
常時討伐依頼はスーラムの街と大して変わらない様子だったが冬場になるとモンスターの目撃情報が著しく減るらしいので今回は野外でモンスターを狩る機会は少なそうだ。
ギルドの雰囲気を大体掴んだところで次は宿を探しに行くことにする。
しかし宿にも嫌な思い出がある。
ここは受付のお姉さんに丸投げしてみようと思い、再度受付に行ってみる。
すると受付のお姉さんは丁寧に地図付きで候補を三つくらい教えてくれた。
もうそれだけで十分な謝礼と思えてしまう。
親切な対応にちょっと目が潤んだ。歳をとると……ってさっき言ったか。
歳をとると同じことを何度も言ってしまうものなんだ。許してほしい。
三つの候補はどれも長期滞在型で一月契約するタイプのものだった。
料金の支払いは一泊ずつでも、まとめて数日分でも、一括でも構わないが後からまとめて払うのは不可という支払い方式だ。
融通の利く支払い方法だが、一度払ってしまうと一月宿を変えられないのが問題だ。
それでも通常の宿より料金が安いので今の俺には魅力的ではある。
自分で探していたらかなり難しい問題だっただろう。
受付のお姉さんに感謝しなくては。
俺は三つの宿を順に見学し一番キッチンが大きいところと契約した。
焼き魚作戦で節約できたので自炊するつもりでその宿を選んだ。
俺にはアイテムボックスという強い味方がいるので大量の作り置きが可能だ。
料理の方も時間をつくってチャレンジしていきたい。
ギルドと宿の手続きが終わるころには夕方になっていた。
ダンジョンへ行くのは明日からにして今日は無事街についたことだし酒場に祝杯を上げにいくことにする。
この街はスーラムの街と比べるとなんでも多い。
当然、宿の数も多いわけだが酒場の数はもっと多かった。どこに入ろうか迷うが、一番人が出入りしているところに決める。
酒場はスーラムの街と変わらず注文や支払いも同じ方法のようだ。
安心してカウンターにつき、メニューから食べたことのない料理と適当な酒を頼む。
今日は初日だし【聞き耳】での情報収集は止めておき、料理と酒を楽しむことにした。
まずは一口酒を飲もうとグラスを持った瞬間、いきなり横から声を掛けられる。
「隣の席いいですか?」
「あ、どうぞ」
折角飲もうと思っていたのに遮られたのが気になり隣を見てみると、こちらに笑顔を向ける女性がいた。
髪は黒に近い茶髪ですこしボサボサしたショートヘア、まぶたは厚くて目は青い。
自分の事を棚に上げるなら、なんとも垢抜けない顔に思えた。
服装は買ったばかりのような革鎧に、俺が見てもわかるような安物のショートソードを腰に下げていた。
村人ルックの俺が言うのもなんだが、いかにも駆け出し冒険者といったスタイルだ。
「こんばんは! お一人ですか?」
ものすごく元気なはきはきした声で聞いてくる。
「ええ」
俺が相づちを打つ間に注文を済ませ。彼女は話しかけてくる。
「私もなんです! 今日この街に着いて明日からダンジョンに行く予定なんですよ!」
注文が来るまで暇だから話しかけてくるのだろうか……。俺は早く食いたくてしょうがないのを我慢して適当に返す。
「冒険者なんだ」
「そうなんですよ! 冬場はダンジョンがいいって聞いて村から出てきたんです。まだ冒険者としての経験が少ないんでちょっと緊張してるんですよ。この街すごく大きいし」
「うん、広いよな。俺もスーラムの街から来たけど何もかも大きくてびっくりしてる」
「この街の方じゃないんですね。わたし、エルザっていいます!」
「俺はケンタ、よろしく」
お互い名乗ったところでエルザの注文の品が来る。
「乾杯しましょうよ! こういうのやってみたかったんです!」
「ん〜じゃあ、かんぱーい」
そう言ってグラスを合わせる。これでやっと飯が食えそうだ。
エルザは村での冒険者暮らしやモンスター討伐の失敗談を話してくれ、俺はそれに相槌を打ちながら食事は進んで行った。
エルザの話はかなり擬音語が多くて参考になる情報はなかったが、色んな苦労をしていたのが共感を誘い、ついつい聞き入ってしまった。
俺も自分が冒険者だと話すと驚いていたが、駆け出しで防具を買う金もままならないことを打ち明けるとものすごい勢いで頷いてくれて、翌日一緒にパーティーを組まないかと誘われた。
二人とも初心者だし丁度いいと思い、俺は二つ返事で快諾した。
その後も話ははずみ、お互い食事が終わっても酒のおかわりを頼みつつ、そのままついつい話し込んでしまった。
…………数時間後。
「おい、大丈夫か?」
「えへへ〜、大丈夫でっす!」
どう聞いても明らかに大丈夫じゃない時の返事の仕方だ。店を出た俺たちは宿に帰ることになった。
エルザはまっすぐ歩けないようで俺にもたれかかってきている。
「エルザの宿はどこなんだ? 送るから言ってくれ」
「夕方に着いたので宿はとってないです!」
「はぁ? おい、どうするんだよ。こんな時間じゃどうしようもないぞ」
「ケンタさんとこに泊めてください! どうせ明日一緒に行くんだし、いいでしょ?」
そう言いながら俺の首に手を回し上目遣いで聞いてくる。俺も酔っているし普段ならドキッとしてしまうような状況だが……。
息が壮絶に酒臭い。
ひっぺがして地面に叩き付けたい。
「ああ、そうだな。もういいか面倒くさいし」
「やりぃ!」
というわけで同じ部屋に泊まることになった。宿に戻り一応追加料金がいるか聞いてみたが問題ないようだ。
「キッチンが広い! でもベッドが一つしかない!」
「おい! もう遅いんだからあんまり大きい声出すなよ。一人部屋なんだからしょうがないだろ。結構でかいベッドだから二人でもなんとか入るだろ」
エルザの遠慮のない大声に俺は小声で注意しつつベッドへ移動した。
「もう〜エッチなことしないでくださいよ〜?」
「するかよ。それよりさっさと寝るぞ」
「はーい!」
街に着いた初日から酒臭いエルザと一つのベッドでぎゅうぎゅうになりながら寝ることになってしまった。それでも明日はパーティーでダンジョン攻略ができると思うと、この窮屈さも忘れられる。
木の上に比べれば何のことはない。
気がつくと俺は熟睡していた。
翌朝目が覚めると――
「…………またか」
――荷物が全てなくなっていた。




