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異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ!  作者: 館林利忠
九章 特別篇 ゴウカキャクセイン号にて
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36 ヘザーは取り乱す

 

(な、なんとかなった……)


 食堂で賊に包囲されたが、なんとか脱出に成功したヘザーは全力で走りながらも安堵していた。これでトランクを奪われることもない。金は無事だ、と。


(もういやだ……、部屋に……、部屋に帰って閉じこもる!)


 夜を明かし疲れきっていたヘザーは考えるのをやめた。


 事が収まるまで自室に閉じこもると決める。



 こんな状態がいつまでも続くはずがない。ならば、それまで部屋でやりすごせばいい。とても眠いし、全てを投げ出して寝てしまいたい。


 そんな思考停止に近い状態に陥ってしまう。



 早く寝たい。早く部屋へ帰りたい。


 その一身で駆ける。



 レストランエリアは賊が出たせいで混沌とし怒声や悲鳴が飛び交っていた。


 もはやどんな事にも関わりたくなかったヘザーは周囲の事など構わず、早くここから脱しようとひたすら走る。


 だが、事態は更に変化を見せる。


 ヘザーがレストランエリアを抜けようと走る中、周囲にいる乗客にフードをかぶり出す者が現れたのだ。


 その姿を見てヘザーは戦慄する。


 あれは食堂で暴れていた者達と同じだと。


 焦るヘザーを尻目に周囲はフードを被る者で溢れかえりはじめた。



 そしてヘザーの懸念が的中するかのように、目の前でフードの者が手当たり次第に乗客を襲いだしたのだ。


 ――きゃあああああっ!

 ――うわあああ!


 フードの者の凶行に怯えて固まる乗客。


 ついさっき店内で見た光景がフロア全体で再現されてしまう。



 そして自分の進路上でもフードの者が乗客に襲いかかろうとしていた。


「くそっ、どけぇえっ!」


 自身の進路を邪魔されたヘザーは止む無く抜剣し、フードの者を切り伏せた。


 背後から切られたフードの者は背から血を噴きながらあっけなく倒れる。



 そして目の前の出来事を目撃し、安堵した乗客がヘザーへと近寄ってくる。


「た、助かりましたっ!」

「あ、ありがとうっ」


 顔をぐしゃぐしゃにしてお礼を言ってくる乗客たち。


 だがそんな言葉は興奮状態のヘザーの耳には一切届いていなかった。



 ヘザーからすれば人助けのための行いではなく、通路を空けるための行動。


 さっさとこの場を立ち去りたいだけなのだ。



 乗客たちが話しかけて来るために立ち止まってしまったが、ヘザーからすればなるべくならこの場に一秒たりともいたくない心境だった。


 そしてヘザーの思いは通じず状況は悪化する。



 フードの者を斬ったことで目立ってしまい、他のフードの者たちがヘザーのもと目掛けて走り寄って来たのだ。


「ぐっ、どけっ!」


 一瞬遅れて状況を把握したヘザーは乗客を押しのけ、再び走り出す。



 だが、フードの者たちの数が多すぎた。


 結局逃げ切れずに包囲されてしまう。


 フードの者たちはどこからともなく短い曲刀のようなものを抜くとジリジリと距離を詰めはじめた。


(なんでこんなことに!?)


 周囲を隙間無く包囲され、フードの者たちに曲刀を振り下ろされる寸前にヘザーが思ったのは、そんなありきたりなことだった。


 大事なトランクを必至に抱きしめ、自身に振り下ろされる大量の曲刀を見つめる。


 ――あと数瞬で終わってしまう、とヘザーは迫る曲刀を視界一杯に捉えながら観念した。


 が、凶刃が自身の顔に届くと思った次の瞬間、全ての曲刀が握りこんだ手首ごと明後日の方向に吹き飛んでしまう。


「え?」


 呆気にとられたヘザーの呟きと同時に周囲にいたフードの者たちは一瞬にして細切れとなった。


 まるで肉体が瞬間的に蒸発して水蒸気になったかのように一瞬で赤い血煙と化す。


 本当に一瞬にして――。


 細かい血飛沫が霧のようになり、肉片が床へと落下する音が呆然と立ち尽くすヘザーの意識を引き戻す。


(一体なにが……!?)


 現状把握に努めようとするも周囲を染め上げる血の海が冷静さを奪っていく。


 そんな状態のヘザーへとどこからともなく声がかけられる。



「なにぼさっとしてるんだい。さっさと逃げな」


 振り返ればそこには両手に刀を持った老婆がいた。


 老婆はヘザーを一瞥するとあっさりその場を去ってしまう。



「そ、そうだ、逃げないと……」


 我に返ったヘザーはゆっくりと歩き出そうとした。


 だが、床が血だまりになってぬめっており、足を滑らせそうになってしまう。


 転倒しそうになったヘザーは慌てて足を踏ん張り、なんとか姿勢を保つ。



 一瞬で多様な出来事が起こり、理解が追いついていなかったが、今ヘザーの回りは血の海となっており、とても滑りやすいのだ。


 慎重に歩を進め、なんとか血だまりを越える。


「ふぅ……。グアッ!?」


 と、一息ついたのも束の間、今度は側面に衝撃が走り、倒れてしまう。


 何ごとかと思い、顔を上げるとそこにはヘザーのトランクを拾い上げる男の姿があった。



 どこか軽薄さが滲み出る男の顔は日に焼けており、鼻や耳には大量のピアスがはめられていた。


「き、貴様っ!」


 そう、初日にヘザーへ乗船券のチェックを行っていた船員がトランクを拾っているところだったのだ。


「ッ! やべぇっ!」


 船員はトランクを抱え込むと一目散に駆け出した。


「ま、待てっ……ッッ!!!」


 ヘザーは急いで立ち上がろうとする。


 ずっと警戒してきたのに危惧していた結果通りになってしまい、動揺が頂点に達っしてしまうヘザー。


 なんとか、なんとか奴を取り押さえなければと走り出そうとした瞬間――。


「グアッ!?」


 今度は背中に衝撃が走る。



 何ごとかと振り返れば背後の足元にトランクが落ちていた。


 トランクはどう見ても今しがた船員に持ち逃げされたものと瓜二つで、ヘザーの混乱に拍車がかかる。



 そしてそれを投げつけたであろう男が憤怒の形相でヘザーを睨みつけていたのだった。



「それがお前のトランクだっ!! ずっと捜していたんだぞ!」



「あ? え?」


 男の言葉にわけも分からず慌てるヘザー。


 呆然とするヘザーが事の真相を知るのは数秒後だった。



 ◆



「う、嘘だろ……おい……、おいいいいっ!!!」


 イハタクの目の前であってはならない事が起こる。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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