27 オリンは挑発に乗る 一
――少し時間を遡りケンタが食堂で昼食をとっていた同刻――
「ここは色んな食事が楽しめて飽きないね……」
「そう思うならもう少し楽しそうな顔をして下さいよ」
「アタシもそうしたいのは山々なんだけどねぇ」
本来ならこの船自慢の料理に舌鼓を打ちつつ、会話楽しむオリンとロッソ、……のはずだった。
だがオリンの表情を見れば不快感がむきだしになっていた。
そんなオリンをなだめようと言葉をかけるロッソだったが、ご機嫌が改善される可能性は低かった。むすっとした表情を見せる彼女の苛立ちの原因は隣のテーブルで食事をする者達にある。
「ガハハッ、俺が絶対優勝だ!」
「ダハハッ! 冗談も休み休みに言え! 武闘大会で優勝するのは俺様だ!」
「なにおうっ! この剣聖一歩手前の実力の俺に敵うわけがなかろう!」
「なんだとうぅ! 剣聖一歩手前なのは俺も同じだ! 絶対負けんからな!」
「ふんっ、この筋肉を見ろ! こいつの前では巷を騒がせている邪教徒どもも裸足で逃げ出すわっ!」
「なんだとぅッ! 筋肉なら負けんぞ! 俺の腕力の前では剛拳だろうがショーグンだろうが一捻りだッッ!」
オリンとロッソの隣のテーブルでは二人組の男が店中に響き渡るような大声で話しながら食事をしていた。
そんな大声で話すものだから周囲の客の目線は否がおうにもそちらへと注がれる。そして男達をひと目見て関わりたくないと即断し、すぐそらす。
男二人が大声で何を話しているかといえば自慢話だ。
自分達がいかに強く、これから挑む武道大会で優勝するという話を色々と表現を変えながら延々と話し続けているのだ。
そんな大声で話し続ける二人を横目で睨むオリン。
「あんなバカ丸出しの小僧が大騒ぎしてたら飯も不味くなるってもんさね」
「まあ、確かに……」
オリンは苛立ちがピークに達していたのか声も潜めず、普通に愚痴ってしまう。
そんな言葉に自然と同意してしまうロッソ。
だが愚痴の相手が隣にいれば当然――
「なんだとコラッ! 聞こえているぞ!」
「誰がバカ丸出しの小僧だと! もう一度言ってみろ!」
――聞こえてしまう。
オリンの言葉を聞いた男達は感情をあらわにして怒り出す。
そして席を立ち、すぐ隣のオリンとロッソのテーブルまでやってきた。
「バカはバカに違いないさ。そんなバカの小僧が優勝できる大会ならその武闘大会ってのもの大したことないんだね」
「ちょっと何やってるんですか……。あんな暑苦しいのと関わるのはやめましょうよ」
「なんだとおおおおおっ!!!」
「おい! 赤髪のお前も大概にしろ!」
溜まりに溜まった苛立ちをここぞとばかりにぶつけるオリン。
そんなオリンをなだめようとするも、知らずに男達を挑発してしまうロッソ。
どっこいどっこいである。
「ていうかお前ら昨日の奴らじゃねえか!」
「っ! 確かに! あの時は見逃してやったのに今度はただでは済まさんぞ!」
そして男達はオリンとロッソが昨日喧嘩の仲裁にきた者達だと気づいた様子。
昨日のこともあり、男達の激高に益々拍車がかかる。
「見るからに弱いって言ったのさ。分かり辛かったかい? 大体ただじゃ済まないとどうなるっていうんだい」
「もぅ、船旅で疲れてるって言ってたのに……。わざわざこんなどうでもいい人達と関わらなくてもいいじゃないですか」
が、そこで治まらない。
日課の花に水をやるのと同じような感覚で火に油を注ぐ会話を展開するオリンとロッソ。当然無意識である。
「上等だ! 表に出ろ! 我々の実力を見せてくれるわっ!!!」
「赤髪の男! お前も来いッ! 絶対来い!」
オリンとロッソの言葉に完全に我を失った男達は勝負しろと声を荒らげた。
「へぇ、そいつは楽しみだねぇ。拍子抜けじゃないといいんだけどね」
「なんでそんなに煽ってるんですか……。元々暑苦しい顔が真っ赤になって益々暑苦しくなってるじゃないですか」
美味しい食事では苛立ちを発散できないと思ったのか男達の安い挑発にあっさり乗るオリン。それをいさめるロッソだったが、他の者が耳にすれば更に挑発しているようにしか聞こえない内容だった。結局二人は男達の言葉を受け、勝負することとなってしまう。
「貴様ぁああああっ! 後悔させてくれるわっ!!!」
「赤髪の男! お前は殺すからなっ!」
完全に火がつき、怒り心頭の男達。
そんな二人組の男に冷め切った表情で面倒臭そうに着いていくオリンとロッソだった。
…………
「表に出るんじゃなかったのかい?」
「ここって関係者以外立入禁止ですよね?」
男達の挑発に乗り、黙って後に着いて行った二人だったが想像していた場所とは違うところに到着してしまい、首を傾げつつ問いかける。
かなり時間をかけて辿り着いた場所は関係者以外の立ち入りが禁止されいる機関室の手前だった。
男達は関係者入口の扉をなんの躊躇もなく開け、我が物顔で入るとそのままずんずんと進んで行き、とうとうそんな奥深い部分まで辿り着くこととなってしまったのだ。
確かに広めの空間は存在するが、この場である必然性をオリンとロッソは感じることができなかった。
「そうだ! ここなら余計な邪魔は入らないッ! お前達は知らないだろうが昨日爆破騒動があったせいでここは船員も立入禁止になっている場所だ!」
「つまり、これからお前達は俺達によって誰も止める者がいない状況で半殺しにされるってわけだっ!」
男達はそんなオリンとロッソに丁寧な解説をする。
確かに人目につくところで喧嘩などしようものなら、船員や乗客が仲裁に入るはずだ。
が、この場にはその両方が来ないという。
しかしこれだけの規模の船で立入禁止場所に全く人員が配備されないことなどあろうか。立入禁止だから誰も居ないと判断するのはあまりに浅慮過ぎる。
オリンとロッソはその事実に気づいていたので呆れた顔を見合わせてため息をついた。
「だそうだよ? この歳で探検ゴッコして怒られるのは勘弁してほしいんだけどねぇ」
「まあ、見つからない内に片付ければ問題ないかと」
男達の説明をどうでも良さそうな表情で聞きながらも納得する二人。
しかし、二人は気づいていなかった。
機関室の手前であるこの場に辿り着くまで船員と一切会わず、立ち話をしている間も誰とも遭遇しない不自然さに。
船に対して不慣れな部分や知らないことが多いため、実際に直面した状態が通常と判断し、そんなものなのかもしれないと思っていたのだろう。
だが、本来ならここまで到達する間に船員と遭遇し、注意されていてもおかしくないはずなのだ。
「何をこそこそ話しているっ! 行くぞおおおおおっ!」
「我々を侮ったことを後悔させてくれるわっ!」
余裕の表情を崩さないオリンとロッソに痺れを切らした二人の男は一斉に飛びかかった。
…………
「秒殺でしたね」
「瞬殺の間違いだろ? まあ、口だけの小僧だからね」
そんな軽口を交わすオリンとロッソの足元には先ほど威勢よく飛びかかってきた男二人がのびていた。
男達は完全に気絶しているようで、口から少量の泡を吹いているのが見てとれる。
「ん?」
やることを終えたロッソがここに来てやっと室内に違和感を覚える。
「どうしたんだい?」
ロッソの表情が気になり、自身も周囲への注意を深めるオリン。
「いつの間にか音がしなくなっていませんか?」
「そういやそうだね」
ロッソが気になったのは人の気配ではなく、ここの機械類が動いているにしては静かすぎることだった。
ここまで移動してくる最中には散々うるさい音を聞いていたのに二人組の男をのした辺りでピタリと音が止んでしまったのだ。
オリンもそう言われてはたと気付く。
「機関を停止して整備でもしているのでしょうか」
「やめておくれよ。アタシゃさっさとこの船から降りたいんだよ?」
ロッソは今の静か過ぎる状況からトラブルが発生して整備中なのではないだろうかと考えた。それを聞いてあからさまに嫌そうな顔をするオリン。
眉根を寄せるオリンの顔を見ながらロッソは自分にも手伝えることがないかと整備担当の船員を探してみることにした。そんな行動に出たのは少しでも早く船が進行したほうがオリンの機嫌も良くなるだろうと思ってのことだ。
そして遠慮なくズンズンと進んで行くも全く人と遭遇しない。
幾度となく鉄扉を開け、お構いなしに奥へと向かう。
二人は気付かぬ間に機関室へと足を踏み入れていた。
「どうなっているんでしょうか……」
「匂うね……、気をつけな」
余りに不自然な状態にいぶかしむロッソ。
そしてオリンは馴染みのある鉄臭さを嗅ぎ取り、眉間に皺を寄せた。
と、ここで人が倒れているのを発見する。
少し離れているせいかはっきりとは分からなかったが服装は船員のようだった。
驚いて駆け寄るロッソ。
うつ伏せに倒れていた男を抱き上げるようにして仰向けにすると声をかけた。
「大丈夫ですか!? ……ッ!」
服装を見る限り、男はここの作業員のようだったが、すでに事切れていた。
更に周囲を見れば隠されるようにして作業員の死体が大量に転がっているのが視界に入る。




