25 ミゴは悔しさをかみしめる
「くっ……」
ミゴは悔しさを限界まで濃縮させた一音を漏らした。
意中の相手との楽しいひと時を邪魔された上に誘いを断られてしまったのだ。
はらわたが煮えくり返るような衝動を服の胸元を握り締めて鎮めようとする。
(まさか神の為に死ぬことを拒む人間がいるなんて……)
誰よりも妄信的に信心深いミゴにとって予想外の結果だった。
誰だって神の為なら命を捧げ出すものだと心の底から思っていたミゴにとっては衝撃の展開だったのだ。
だが、時間――。
時間さえあればいくらでも説得できたはずだ。
それを乱入してきた低俗な輩に邪魔されてしまった。
賊を仕留めてくれた者達には感謝するが、それでも騒ぎのせいで台無しになってしまった事実は変らない。
「あと少しで貴重な人材を確保できたのに……」
とても口惜しいのか、どす黒い何かが沈殿する腹の底から怨嗟の呟きが漏れ続ける。
「ミゴ様。ご相談したいことが……」
そんなミゴの側にいつの間にか同胞の一人である信徒の男が立っていた。
「なんですか? できれば簡潔にお願いします」
気持ちが落ち着かないミゴは言葉の端に苛立ちが滲むのも構わず男を見る。
「賊が出て暴れています。このままでは支障が……」
「何を言っているのですか? 賊なら今ここで全滅しましたよ」
ミゴは同胞の報告が一足遅いことにため息をつきながら呆れ顔で返事をする。
「いえ、ほぼ全ての飲食店で賊が暴れています。このままでは死人が出る可能性や救命ボートを使って逃げる者が出るかもしれません」
「ッ! それは本当ですか?」
「はい、他の者たちにも動揺が出ています。いかがされますか?」
「どこまでも忌々しい……」
眉間に皺を寄せたミゴは自身の服を更に強く握り締めながら恨み節を吐く。
「運悪く昨日の計画を実行できるか試すためにかなりの者がレストランエリアやその近辺にいる状態です。このままでは乗客だけでなく我々の方にも多少の被害が……」
「……そうでした」
自身の指示により、今この場にはかなりの同胞が潜伏している。
この状態で賊に暴れられてはこちらの人員にも被害が及んでしまう可能性があるのだ。
(いや……、我々に被害が出なくても乗客に被害が出てしまうだけで問題なのです)
生け贄として使えるのはせいぜい死後半日が限界だ。それを越えるとただの死体となってしまう。
それにうまく賊を捕らえて事件が解決しても大量の人数が暴れたとなれば船内全体の調査が行われてしまう可能性もある。もし調査などされてしまうと、こちらとしても見つけられたくない物がちらほらとある今の状態では非常にまずい。
もっとまずいのは今の状況が益々酷くなり、乗客が救命ボートで船外へ脱出してしまう事態に発展してしまった場合である。そうなると今までしてきた準備がほぼ無に帰してしまう。
そして今暴れている賊は地味に人数が多く、強盗としてはかなりの規模だ。
そんな大人数で暴れて被害者が大量に出てしまった場合、救命ボートで脱出する可能性も現実味を帯びてきてしまう。
(どうすれば……)
ミゴは直面している現状に頭を悩ませた。
そんなミゴの頭にひらめきが走る。
(いや……、ここは発想を逆転させてしまえばいいのです。賊が邪魔をしているのではなく、賊を利用してしまえばいいだけの話。賊にも生け贄を生成するのを手伝ってもらっていると考えれば良いのです。幸い所要箇所の設置は終了しているし何も問題ありません)
賊にはこのままたっぷりと暴れてもらい、自分達も暴れる。
そうすれば何も問題はない、と結論付ける。
「仕方ありません、行動を早めます。今から実行します、いいですね?」
同胞の言葉を聞き、止むを得ず決行を早める決断をするミゴ。
このまま沈静化すれば問題ないが、そうならなかった場合は今まで船内で積み上げてきたことが全て無駄になってしまう。それなら賊を利用してしまおうと考えを改める。
「ッ!? わ、わかりましたっ! ですが救命ボートや機関室にはまだ何も細工できていない状態です。中には逃げ出してしまう者も一定数出てしまうかもしれません」
ミゴの言葉を聞き、全身に緊張を走らせる同胞の男。
そして同意の言葉の後に懸念材料があるという報告を追加する。
「止むを得ないでしょう。逃げ出す者を少しでも減らすために迅速に行動なさい。救命ボートは数が多いですし、この際諦めて機関室だけでも破壊を試みて下さい。混乱を招ければ誘導しやすくなります」
ミゴは男の言葉を受けて更に指示を追加する。
それは機関室の破壊だった。
とにかく少しでも動けない状況を作り出し、逃げるものを少なくしようという考えなのだろう。
「ハッ!」
「では、私は船首の方へ移動します。何かあればそちらに」
ミゴ自身は船首に移動し、他の行動は任せる旨を伝える。
「いよいよなのですね!」
目を血走らせ、興奮気味に応える男。
「そうです。この日のために皆で頑張ってきました……。だから、失敗させるわけにはいかないのです! いいですか、必ず成功させますよ!」
「ハッ!」
ミゴの言葉を受け、両手をチョキにして目元へ持ってくる男。
祈りのポーズである。
それを受けてミゴも両手をチョキにして目元へ持ってくる。
祈りのポーズ返しである。
指示の伝達と祈りのポーズが終わった二人は早速行動へ移すべく、それぞれ移動を開始した。
ミゴと同胞の男が店から出て移動をはじめるころ、入れ違い様に大慌てで一人の乗客が店内へと滑り込んでくる。
「おい、聞いたか! 他の店でも賊が出たらしいぞ!」
走りこんできた乗客は店内へ向けて他の店でも同じような強盗が起きていることを叫んだ。
その発言を聞いて店内の客にざわめきが伝播していく。
そんな中、店の賊を制圧したマスクを被った怪しげな三人組はその客の言葉を聞くや否や疾風のように店内から飛び出したのだった。
◆
「ハァハァ……、クソっ、なんであいつらが……」
命からがら店を飛び出したレジスは全力で走りながら毒づいた。




