18 ケンタはパンケーキを頬張る
ちょっと飲みすぎたせいで寝すぎてしまった俺は少し遅めに起床した。
「……う、腹減ったな」
目覚めた理由は空腹だ。
年を重ねると起床の理由が胃痛、吐き気、咳になってくるので空腹で目が覚めるのは健康な証拠だろう。
(何か軽く食ってくるか……)
遅くに起きたといっても昼までにはまだ時間があるし、何か胃に入れておきたい。
そう考えた俺は早速レストランエリアへと向かった。
レストランエリアではそれぞれの店が朝食専用メニューを提示していてどの店も中々盛況な様子だった。特にバイキング形式の店は人の出入りが激しく、とても込んでいるのが遠い位置からでもよく見える。
(最近はビュッフェって言うんだっけ……?)
などと、寝起きの回らない頭で思い出す。
バインキングとビュッフェって何が違うんだろうと、ついどうでもいい事を考えてしまう。
とりあえず起きるのが遅かったため、今食べ放題で思い切り食うと昼に影響が出てしまう。
ここはオープンカフェを設けてある店に入って軽食を取りながら景色を楽しむのが正解だろうと考えた。
そして適当な店を選んで入り、空いている席をきょろきょろと探す。
すると――。
「こっちこっち」
手を振るバードゥが見えた。
「お、おはよう」
俺はバードゥの座るテーブルへと向かい挨拶する。
どうやらバードゥも朝食を摂っていたらしく、テーブルの上にはパンやら飲み物が置かれていた。
「ほれ、座り座り」
するとバードゥはテーブルを軽く叩きながら座れと誘ってくる。
「ん、お邪魔するわ」
俺はその誘いを受け、バードゥの正面に座る。
「朝ごはん?」
「そそ、ちょっと寝坊して遅くなっちゃったけどね」
俺が席に付いたのを確認するとバードゥは朝食を摂りにきたのかと聞いてくる。
眠気がぬけない俺はそれに肩をすくめて応えた。
「フフ、ここのお勧めはパンケーキや」
「へぇ、じゃあそれをいただこうかな」
俺はバードゥお勧めのパンケーキを注文することにした。
注文してから焼くだろうし遅くなるかと思ったらあっという間に到着して驚いてしまう。
「早いね」
「やろ? だからお勧め」
「なるほどね」
眼前で果物のジュースのようなものを飲みながら笑顔を見せるバードゥ。
パンケーキはあっという間に出てきたとは思えないほどふっくらしいて熱々だった。
そんな熱々の生地にバターを塗り、メイプルシロップをかけていく。
熱で溶けたバターとメイプルシロップ、そして焼きたての生地の香りが混ざり合ってなんとも甘ったるい香りが漂ってくる。
俺はその香りに背を押されるようにして素早くパンケーキをひと口サイズに切り分ける。
そして口の中へと放り込んだ。
ふっくらした生地にバターとシロップの濃厚な甘さが加わり、何ともたまらない。俺はパンケーキを切り分けて口に運ぶ動作が止まらなくなっていた。
「うまいわ」
「もちろん。味もお勧めやからね」
今にも鼻歌でも歌いだしそうなほどニコニコ顔のバードゥの顔を見ながらパンケーキをぱくつく。豪華客船で美女と二人で朝食というのも乙なものだ。
「上機嫌みたいだけど何かいいことでもあったの?」
俺はパンケーキを詰め込みすぎてリスのようになった口でバードゥに尋ねた。
「分かる?」
バードゥは零れんばかりの笑顔で聞き返してくる。
こんな楽しそうな顔を見ていると、こっちも自然と顔がほころんでしまう。
これはかなりいいことがあったに違いない。
「そんだけニコニコしてればね」
「フフ、やっとツキが回復しそうやからよ」
「ツキ? 回復?」
だがバードゥがご機嫌な理由は聞いてぱっと分かる類のものではなかった。
今一つはっきりと分からなかった俺は再度聞き返してしまう。
「そう、うちは仕事柄、運勢とかツキを物凄い気にするんよ。で、最近ちょっとツキが落ちてきてるなって思っててん」
「ふ〜ん?」
バードゥは占い師だし、運に対して何か強いこだわりがあるのだろう。
昨日もそんな事を言っていたのを思い出す。
だが聞いているこちらとしてはどうにもピンとこない。
爆ツキで一千万すった今となっては尚更だ。
こういうと負けっぱなしで一千万がなくなったように聞こえるかもしれないが結構奮闘したのも事実。
黒字に傾けば減っても大丈夫と続け、赤字に傾けば負け続けることなんてありえないと続け……。目に見えて大きく減ることがないので、段々感覚が麻痺していくという……。ほんと怖い。
「あ〜、あんまり興味なさそう。女の子の前でそんな相づち打ったらあかんで」
「ごめんごめん」
バードゥに釘を刺された俺は口の中のパンケーキを飲み込みながら謝る。
「でな、そのツキを戻す当てができたってわけやねん」
「お、良かったじゃん」
今となってはさしてツキに興味はないが、バードゥの気が晴れるならそれはそれでいいことだ。綺麗なお姉さんの笑顔、プライスレスってやつである。
「ありがとう。ほんと中々見つからなくて難儀してたんよ」
「で、当てって? ツキを取り戻すとかって想像つかないわ」
心底ホッとした表情を見せるバードゥ。
だがここまでの会話で結局どうやってツキを取り戻すのかはよく分からなかった。
ラッキーな人と握手でもするのだろうか。
手で触れて吸い取るとかだったら運を取られた相手がちょっと可哀相だな、などと考えてしまう。
「フフ、自分強いやろ?」
「ん? そこそこだよ。戦士のLV7かな」
だがここでバードゥは俺の質問を無視して話を逸らすように妙なことを聞いてくる。
ツキの話からすっとんでなぜか俺の事だ。
全く訳が分からなかったが、とりあえず無難な回答をしておく。
たしか偽装のギルドカードがそのくらいの数値だったはず。
「そういうことじゃないんよ」
「酒の強さ?」
笑顔のままかわいく首を横に振るバードゥ。
強さって言われて他に思い浮かぶのは酒だろうか。
「ちゃうちゃう、そうじゃなくてやな。自分、人を殺したことあるやろ?」
「え……、いや?」
が、バードゥは怪しく光る双眸で俺を見つめながらとんでもないことを聞いてきた。
突然のことに俺は慌てて目をそらしながら否定する。
咄嗟に対応できず言葉も詰まりがちになり、どうみても怪しい挙動となってしまう。
バードゥはそんな俺から視線を外さず、じっと見つめてくる。
「ごまかさんでええ、見たらわかるわ。ちょっとやそっとの人数じゃないっていうのもな」
「いやいや、俺がそんなことするわけないでしょ」
バードゥは席についた時と同じ明るい調子のまま日常会話のように話してくる。
俺もはじめこそ動揺したものの、なんとか取り繕おうと言葉を選ぶ。
「すごい人数やわ……、目を見たらわかる。しかも、さして気にしてないんとちゃう?」
「気のせいだって」
バードゥは俺の否定にも怯まず、嬉々として殺しについて問い詰めてくる。
そんなグイグイ具合に俺は逆に言葉数が自然と少なくなってしまう。
そして一歩退いた俺の素振りを見てバードゥの瞳は爛々と輝きを増していく。
「そういうのずっと捜しててん。そういう強い男をずっと捜しててん」
恍惚と表現しても差し支えないほどうっとりした表情を見せるバードゥ。
綺麗な顔立ちだからつい見惚れてしまうが話している内容が要注意だ。
「……ドゥーちゃんの勘違いじゃないかな?」
パンケーキを食ったせいか口の中が乾いてうまく言葉が出ない。
俺は乾いた口を金魚のようにぱくぱくさせながらなんとか誤魔化そうとする。
「職業柄人の顔見たらそういうのってピンと来るねん。間違いない、絶対や」
俺をじっと見つめる瞳は妖艶に輝き、その口から発する言葉は艶っぽい声音だったがその内容はこちらを追い詰め、逃げ場を失わせるものだった。
「悪い、ちょっと急用思い出したわ……。行くね」
このまま話していては分が悪いと判断した俺は一旦その場を離れることにした。
どんなに否定しようともバードゥは更にそれを否定してくるだろう。
俺の話を聞かないというより、己の判断に揺るぎない自信を持っているようだ。
そしてそんなバードゥの強い押しに俺はどうしても動揺してしまう。
なぜかといえば嘘をついているのは俺の方だからだ。
このまま占い師としての会話術で手玉に取られるくらいなら逃げてしまった方が得策だと判断する。俺は席を立ち、バードゥから逃げるように歩き出す。
「ウフフ、また後でな……」
バードゥは俺を追ってくるわけでもなく、艶っぽい笑みを浮かべているだけだった。
俺はそんなバードゥの体全身から溢れる妖艶さに寒気を感じながら足早にその場を去った。
◆
「フフ、あれは間違いない」
バードゥは立ち去るケンタの背を見ながらとてもゆっくりと舌なめずりをした。
じっくりと舌を這わせ、唇を湿らせる。




