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異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ!  作者: 館林利忠
九章 特別篇 ゴウカキャクセイン号にて
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16 イハタクは逃げ出す

 

「クソッ! あの女、一体どこに……」


 客室のあるフロアを何度も周回したイハタクは苛立ちをぶつけるように吐き捨てた。


 勢いよく部屋から飛び出したはいいものの、自分のトランクを間違えて持ち去った女と出会うことはなかったのだ。


(部屋を訪ねてまわるか……?)



 トランクを取り違えた事に気づいたのは部屋に帰ってからだ。


 つまり、その間に女が自室へと帰ってしまっていた場合、いくらフロアをうろついても会える可能性は低い。


「いや、別の階にいる可能性もある……。そっちから先に潰していくか……」



 もし外にいるなら結局いつかは部屋に帰る。


 それなら部屋を訪ねて回るのは遅い時間帯の方が効果的だと考えたイハタクは先に他の階層を回って女を捜すことにする。



(こうなったら上からしらみ潰しに探してやる)


 そう考えたイハタクは十四階の展望エリアへと向かうのだった。


「いないか……」


 展望エリアに到着するも目当ての女を見つけることはできなかった。


 自分が焦っているだけに潮風に当たりながら景色を楽しむ連中を見ていると自然と腹立たしさが増してくる。


(下だ……)


 目的の人物が居ないと分かったイハタクは足早に階段を降りた。



「……やはり部屋に帰ったのか」


 十三階、十二階と空振りに終り、十一階に辿り着いたイハタクはがっくりと肩を落とす。


 そんなイハタクの目の前にはカジノがあった。



(一応覗いていくか……)



 と、カジノに足を踏み入れた次の瞬間――


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 ――男の絶叫が木霊する。



 何事かと周囲を見渡せば、黒ずくめの男が四つん這いになって叫んでいる姿が目に入った。



(フン、馬鹿が……、熱くなって引き際を見誤ったか……)



 カジノで絶叫。


 イハタクは絶叫する男が大負けしたに違いないと考えた。


 実際、その予想を裏付けるように男の正面にあったテーブルに大量に積まれていたチップが回収されるのが目に留まる。



(負け分を取り戻そうとして無理に全額突っ込んだ、といったところか)


 イハタクは男の無様な姿を鼻で笑うと女の捜索を再開した。



(ここも駄目か……)


 だが、カジノの中にも女の姿はなかった。


 次にフロア内にあるダンスホールやバーも覗いてみる。



 ダンスホールは人で溢れていたが残念ながら女はいなかった。


 バーでは孫ほど年の離れた組み合わせの男女が様になった雰囲気で飲んでいるのが珍しかったがそれだけだった。


「クソッ……」


 結局、六階の上甲板まで降りてきてしまうが、その間に女と会うことはなかった。



 苛立ちが募るイハタクが無意識に悪態をついていると――


「ねえねえ、そこの君。今、人を捜してるんだけど、ちょっと話を聞かせてもらえないかな?」


 ――背後から声をかけられる。



 振り向くとそこには怪しげなフルフェイスマスクをつけた中年太りの男が立っていた。


(こいつは……)


 イハタクはその男の外見に見覚えがあった。


 乗船時、頑なにマスクを取ろうとせずに船員ともめていた男だと思い出す。


 この男のせいで自分の待ち時間が無駄に増えたことは間違いないだろう。



 船に乗る際は怒鳴り声を上げてしまったが、今は女を捜すことで手一杯。


 愚痴の一つも言ってやりたいところだが、さっさとこの場を離れるべきことは確実だ。



 そう、現在イハタクは女の捜索に注力しなければならないはずなのだ。


 なのに立ち止まり、中年男を凝視してしまう。



 その顔は口があんぐりと大きく開き、なんとも呆けたものになっていた。



(な……なんだ、その恰好は……)


 中年男は以前見たときより更に外見の怪しさが増していた。



 なんと、とてつもなく派手な金属鎧を身に纏っていたのだ。


 金属鎧は端部に無意味に棘がついていたりと妙に前衛的なデザインで、見る者の目を釘付けにしてしまう。しかも、男の不摂生な体型にあわせてポッコリと腹部が膨らんでいる始末。



 そんな鎧が市販されているはずもないので特注品で間違いないだろう。


 男の姿は怪しげなマスクと相まってもはや危険人物としか言い表せない状態だった。



「すまん、急いでいるんだ」


 イハタクはそんな怪しい男に関わりたくなかったので断りをいれてその場を去ろうとする。


「むむ、仕方ないね。またよろしく頼むよ」


 すると男は案外すんなりとイハタクを解放してくれる。



(変なのと関わらなくて済んで良かった)


 まとわりつかれるかもしれないと危惧していたイハタクはほっと胸を撫で下ろしながら女の捜索を再開するのだった。


 …………


「結局ここまで来ても見つからなかったな……」


 ショッピングエリアへ着いたイハタクはため息を吐く。


 とうとう乗客が入れる最下層に当たる四階まで到着してしまったが、女と出くわす事はなかったのだ。


「ここで最後か……」


 建ち並ぶ店舗エリアの捜索を終え、残すは劇場のみ。


 残念ながら劇場はショーの絡みで開場時間が限られている。途中入場はできないのだ。


 だがイハタクは従業員を無理矢理説得し、ショーが開催されている劇場へと強引に入場した。


(暗くて分かりづらいがいないな……)


 邪魔にならないように気を使いながら客席を見て回った結果、女の姿を見つけることは叶わなかった。


(それにしても行儀の良い客だな……)


 ショーの最中に動き回っている張本人が言うのもなんだがショーが開催される中、客席を練り歩いているというのに誰も注意してこない。むしろ静か過ぎるくらいなのだ。


 賑やかで活気溢れる劇場というより、劇場セットの蝋人形館にでも迷い込んだかのような気分になってしまう。ショーの演者もそのことに違和感を感じ取ったせいか、妙な緊張感を抱えて演じているのが伝わってくる。


(どうにも気味が悪いな)


 異様な不気味さを味わいつつも目的を終えたイハタクは早々に劇場を後にするのだった。


 当然、劇場から出ると無理して入ったのに出てくるとはどういうつもりだと従業員に叱られたのは言うまでもない。


「こうなったら客室を一つずつ回るしかないな……」


 全てのエリアを入念に回ったせいか時間が随分と経ち、いつの間にか夜になっていた。


 今の時間帯なら客の大半は部屋に帰っているだろうし、留守にしている可能性は低いので好都合だろう。


「行くか……」


 次は客室を回ることにしたイハタクは六階を目指すのだった。


 …………


「ちょっと君、待ちなさい」


 六階へと到着し、片っ端から客室を尋ねて周っていると、ふと声をかけられる。



 あまりに必死に周っていたため気配に気づかなかったイハタクはハッとしつつも振り返る。


 すると眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をした船員が立っていた。


「何か用か?」


 一刻も早く客室を周り終えたいイハタクは焦った様子で船員へと尋ね返す。



「君かい? 客室を訪ねまわっているというのは」

「どこでそれを……」


「お客様から苦情が来てね。そういった行為は止めてもらえないだろうか」

「そうか……、すまないが事情を聞いてもらえないだろうか」


 船員に呼び止められたイハタクはこれ幸いと部屋を訪ねまわっているわけを説明するのだった。


「なるほど、そんな事が。それなら私が代わりに周りましょう」

「本当か!?」


 船員の申し出に喜色を浮かべるイハタク。


 一人で捜す事に限界を感じていたし、これは願ってもない事だ。



「ええ、取り違えたお客様も困っているでしょうし問題ないですよ」

「た、助かる……。実は客室を周るのは気が引けていたんだ」


「とりあえず今から周ってきますよ。報告は明日あなたの部屋へ伺うという事でいいですか?」

「ああ、問題ない」


「ではトランクはこちらで預かりますね」

「いや、すまないがそれは勘弁してくれ。揉め事を避けるためにも相手のトランクと交換する形をとりたい」


「それは難しいですね……。貴方はそんなことはしないだろうが、形式上窃盗の予防のため、こういう場合は預かることになっているんだ」


「このトランクはロックがかかっていて開かない。だからこじ開けでもしない限り、中の物を盗ったりすることはできないんだ。気になるなら交換時に持ち主に立ち会ってもらって中身の確認を行ってもらって構わないのでこのまま持たせていて欲しい」


「残念だがそういうわけにはいかないのですよ……。他のお客様の荷物を持っていると分かっていてこちらも見過ごすわけにはいかないのです。ちゃんとそのお客様の捜索はするし、トランクは取り戻すから渡してくれませんか?」


 が、捜索の引継ぎをする段になって問題が発生する。


 それは今イハタクが持っているトランクの引渡しだ。



 イハタクとしては女がゴネた時の保険、人質として相手のトランクは持っておきたい。しかし、船員としては本人の持ち物でないトランクをイハタクに持たせておきたくない。


 どちらの意見も理解でき、譲れない問題だった。


「「…………」」


 二人の間に沈黙の間が訪れる。



「すまん! あんたの言い分は重々分かるが、これは相手のトランクと交換する形を取りたい! 俺にとっては相手が持っていったトランクは本当に大事な物なんだ! だから、絶対に相手を見つけて交換すると約束する! あんたに都合が悪いなら見なかったことにしてくれ!」


「あっ! 待ちなさいッッ!」


「すまん! 分かってくれ!」


 説得が不可能だと判断したイハタクは早口でまくしたてると、船員に背を向け逃げ出した。



 ◆



 出航して一日目の夜が訪れ、船内も静けさに包まれつつある頃。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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