14 ケンタはツキを実感する 三
「こんばんは、お兄さん」
「ん? こんばんは」
俺がギャンブルという名のトラウマを乗り越え、また一つ大きな成長を遂げてしまったとき、不意に声をかけられる。
テーブルから視線を上げ、声の主を探せば丁度正面から女がこちらへとやってくるところだった。
女の外見は青みがかった白髪に露出度の高い服、そんな服の隙間からは健康的な褐色の肌があらわになっていた。女は俺の方へと笑顔を向けながら近付いてくる。
「綺麗な黒髪やね」
挨拶を終えた女は俺の傍に来ると妙なことを言ってくる。
特に用事があって話しかけたという感じでもないし、これはもしや逆ナンというやつだろうか。
「そう? おねーさんの髪の方が綺麗だと思うけど」
「ありがとぅ。お世辞でも嬉しいわ」
「そんなことないよ? 肌も綺麗だし一目惚れしそう」
「あら、うまいねぇ。でも、そんな言葉で簡単に傾いたりせえへんよ?」
「おっと手厳しい。で、俺に何か用?」
他愛のない会話をしながら何故話しかけてきたのかと聞いてみる。
「ううん、ほんとに髪が綺麗やったから声かけただけなんよ。よかったら一緒に飲まへん?」
「お、いいね。ていうかこんな経験はじめてだわ。詐欺師か何か?」
「もう、詐欺師じゃなくて占い師やで? ご飯終わってるみたいやしカウンターに行こか」
「OKOK」
女は用事があったわけでもなく気まぐれで話しかけたと言う。
だがそんな事は一切信用できない俺は更に突っ込んで聞き込む。
一緒に行ったらあとで怖いお兄さんが出てくるか、異常に高い壷を買わされるかのどちらかしか考えられない、と思ったら占い師らしい。
これは妙なお守りを買わされるか高額な除霊料をとられる予感がビンビンである。
ここは適当なタイミングで逃げてしまった方がいいかもしれない。
俺は女の後に続いてカウンターに座りながら逃げるタイミングを窺う。
「改めて、うちの名前はバードゥ。よろしくね」
女の名前はバードゥと言うらしい。
バードゥは自己紹介しながらしっとりとした笑顔を向けてくる。
カウンター席の距離感でこんな笑顔をされるとクラッときてしまう。
「あ、俺ケンタ。よろしく」
バードゥの自己紹介を受け俺は素直に名乗る。
なんていうか偽名を使うのはついさっき懲りたので。
「で、そのケンちゃんはなんでこの船に乗ってるん?」
そんな当たり障りのない質問をしながらカウンターの上に置いていた俺の手を自然な感じで触れてくるバードゥ。
「ん、旅行中だよ。船旅ははじめてだったからちょっとはめを外しすぎて色々後悔してたところ。バーちゃんは?」
俺は平静を装いながら無難な回答をする。
元の世界で俺の縄張りは冷凍食品をつまみに出してくれるチェーン店だったため、こういう距離感で接客してくれるお店の経験がないのでどうにも落ち着かない。
「ふ〜ん、そうなんや。この船はええよね。ちなみにちゃんづけで呼ぶならドゥーちゃんにしてほしいわ。バーちゃんはお婆ちゃんみたいでちょっと嫌」
バードゥはそう言いながら俺の手の甲を軽くつねるとイタズラっぽく笑う。
「了解了解。で、ドゥーちゃんも旅行?」
俺はバードゥのペースに飲み込まれるのを感じながらも、特に怪しい感じはしないし、まあいいかな、などと考えてしまう。
「うちは仕事も込みやね。こう見えて色々多芸なんよ?」
「へぇ、占いって言ってたもんね」
どうやらバードゥはこの船で客を探しているのかもしれない。
となるとやはり俺をカモだと思って近付いたのだろうか。
「そうそう。後、踊りもやったりするんよ?」
「おー、すごそうだね。両方とも興味あるけど散財しちゃったからなぁ……」
俺は色々アピールしてくるバードゥにそれとなく金がないことを告げる。
報酬が残っていれば占ってもらったり、踊ってもらったりしても良かったが現状贅沢は避けたい。もしかして今日の俺は女性方面のみについていたのだろうか。
正直、選択肢を見誤った感が半端ない。……踊り、超見たかった。
「ふふっ、気にせんでええよ。お仕事したくて声かけたんとちゃうからね」
そう言いながらバードゥは俺の手の甲を触れていた手を太腿の上へと移動させた。
さりげなく俺の内腿を触れながらにっこりと微笑む。
俺はそんなバードゥの手馴れたスキンシップにたじろぐ。
手玉に取られそう感が半端ない。
まあ、こんな綺麗なお姉さんになら取られても何一つ問題ない気もする。
「そうなんだ。飛び込み営業かと思ったよ」
「言ったやろ? 髪が綺麗やって」
「そうかなぁ?」
俺の髪に妙なこだわりを見せるバードゥ。
その真偽が定かでないため、俺の反応もはっきりしないものとなってしまう。
「自信持ってええで? うち、仕事柄ツキを凄い気にするんよ。最近ちょっとツキが落ちてきたからその髪にあやかろうかなと思てね」
バードゥは占い師という仕事柄、自身の運勢に気を使っていると言う。
そして俺の髪に験担ぎみたいなことをしたいと言ってくる。
確かにバードゥは俺と話しているとき、ずっと髪の方を見ていた。
髪といっても上の方ではなく、なぜか側頭部周辺だったが……。
そのせいで後ろを気にしながら話しているのではと思ったほどだ。
「それは残念。俺にツキはないみたいよ?」
俺はそんなバードゥの発言に肩をすくめながら返す。
数時間前にその台詞を聞いていれば無条件で信じていたが今は違う。
なぜならついさっきカジノでツキのなさを経験したばかりだからだ。
まあ、占い師だって外れることぐらいあるだろう。
「あ〜、ギャンブルでもしたん?」
「そういうこと。大負け」
「うちが言ってるのはそういうツキじゃないんよ。もっと大きなもの、総合的なものなんよ」
「ふーん。さすが占い師って感じだわ」
バードゥは俺がギャンブルに大負けしたことを聞いてもツキがあると言い張る。
その語り口調はさすが本業といった感じだ。
「あ〜、信じてないやろ」
可愛げのある表情で睨んでくるバードゥ。
「信じてる。すっごい信じてる。ドゥーちゃんの言うことだったら全部信じちゃう」
俺は棒読みで応える。
「こらこら。……まあええわ。うちはそのツキがすっごい気にいってん。ただそれだけや」
するとバードゥは俺の太腿を軽く撫でながらイタズラっぽく笑う。
「お気に入りってわけだ」
どうやら俺には占い師からお墨付きのツキがあるらしい。
なんとも嬉しい話だが、それならそれでカジノで全力を出して欲しかった。
鏡の前で行った俺のコーチングでは熱量が足りなかったのだろうか。
「そう! そうなんよ。うちのお気に入りなんやから大切にしぃよ」
「扱い方がわかんないけどそうするよ」
「じゃあ、次会ったら占い師として色々とアドバイスしたげるわ」
そう言うとバードゥは俺の背をポンと叩くと席を立った。
カウンターの上を見れば、バードゥのグラスはいつの間にか空になっていた。
「営業への素早い転身!」
「あはは、じゃあね」
「またな」
俺は手を振りながらバードゥを見送る。
結局俺の懸念を裏切り、バードゥとは金をふんだくられることもなく会話だけで終わった。
結構面白い奴だったし、今度会ったら占ってもらってもいいかもしれないな、とつい思ってしまう。もしかしたらこれがバードゥの作戦なのかもしれない。
その後バードゥと別れた俺はしばらくカウンターで飲んだ後、自室へと向かった。
(ギャンブルのこととかサウナのことは忘れたいけど、中々面白い一日だったな)
乗船初日だったが飽きることなく、のんびり過ごせた。
チケットをくれたミックには感謝しないといけないかもしれない。
ギャンブルで受け取った報酬分はなくなったが、手持ちには一切手をつけていない。依頼の報酬がここのチケットだったと思えばなんとか耐えられる。サウナもただの筋肉トークだったし大丈夫だ。
夜は綺麗なお姉さんとのトークも楽しめた。
それになんといっても明日はおっぱ……、もといミゴと飯が食える。
俺は酔って上機嫌のまま部屋へと戻る。
窓から大海を彩る夜景を楽しみながら歯を磨き、着替えを済ませる。
そして特大のベッドへと飛び込んだ。
(明日が楽しみだな)
俺はそう思いながらふかふかの布団にくるまると、まぶたを閉じた。
ベッドと布団は重さを感じないほど柔らかく、まるで雲の上で寝ているかのような浮遊感を味わっていると、自然と意識がじんわりと遠のいていく。
このまま明日気持ちよく目覚めれば楽しい一日が待っているだろう。
◆
「お頭はどう言ってるんですか?」
むくつけき男達の集団の先頭にいたひょろ長い男が一歩前に踏み出し、眼前にいるゾックへ問いかけてくる。




