13 ケンタはツキを実感する 二
「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
報酬を全てすった俺はサウナで呻き声を上げた。
サウナには誰もいなかったので、大声を出しても迷惑になることはない。
もう、ギャンブルはしない。
絶対だ。
カジノで大負けし、壮絶なショックを受けてしまった俺は気分転換にスパエリアのサウナへと来ていたのだった。
限界までサウナに居座り、キンキンに冷えたビールを飲んで心のもやもやを全部吹っ飛ばす計画だ。
このショック、もはや酒の力を借りるしかないだろう。
本当に壮絶な衝撃だった。
先輩の新居にお祝いに行った時、同僚が冗談半分で床にビー玉置いたら障子を突き破る速度で驀進してしまった時に悲鳴を上げた奥さんくらいの衝撃レベルだと思う。
残金が完全になくなったときの喪失感。
もう再チャレンジできないと分かり、この場にいる意味がなくなってしまった瞬間、心が空っぽになってしまった。
そんな空っぽの心に止め処なく後悔の感情が延々と流し込まれる苦痛。
今も尚、空っぽの心には止めるタイミングはいつでもあったという後悔が密度の高いヘドロのようになって溜まり続けている。
これはもう、“酒、飲まずにはいれられないっ!”てやつだ。
「……く、もうそろそろ出るか」
かなり長時間サウナで粘ったので、ちょっとクラクラになった俺は出入り口へと向かった。ちょっと粘りすぎて体が辛いが、この状態で飲んだら絶対旨いのは確かだ。
俺は確実に旨い酒が飲めるという事一点に集中する。金のことなど一切忘れ、他に脇目を降らないようにしながらドアノブを握ろうとした瞬間、反対側から扉が開いてしまう。
「ここがサウナか。ガハハッ」
「ふむ、いい施設だな。ダハハッ」
俺がサウナから出ようとした瞬間、丁度二人組が扉を開けて中に入って来てしまう。
そのため、出入り口が塞がれて外に出られなくなってしまった。
「……あ、あの、すいません」
限界が近い俺は少し朦朧としながら二人組に声をかけた。
「ふむ。君、中々いい体をしているな」
「ああ、全くだ。中々素晴らしい体じゃねえか」
だが、二人組は俺が愛想よく話しかけたと勘違いし、妙な返事を返してくる。
「あ、ども……。で、どいてほし……」
クラクラな俺はろれつが回りにくくなっており、中々うまく意図を伝えられない。男達の言葉を適当に返しつつ、どいてくれと表情で必至にアピールする。
「ところでこの大胸筋をどう思う?」
「うむ、素晴らしい。だがこっちの上腕二頭筋も中々のものだろう?」
が、男達は順に独特なポーズを取り、自慢の筋肉をピクピクと動かしてみせはじめた。
なぜか朦朧とする俺の眼前で筋肉品評会が開催されてしまう。
「あ、すごいっすね……」
俺はやけくそ気味に感想を述べる。
確かにピクピクアピールするだけはあって、彫像のようにご立派な筋肉ではあった。
だが、そんなことはどうでもいい。
正直、その場をどいてほしいだけなんだ。
「「そうだろう!」」
俺の褒め言葉を正面から受け止めた二人組は大層喜んで声をハモらせる。
「あ、自分そろそろ出るので……」
これでは埒があかないと判断した俺は二人を押しのけるようにして扉へと向かった。
「そう言うな。ゆっくりしていけ」
そんな事を言いながら俺の肩に腕を回してくる男。
「うむ。ところで名はなんという?」
もう一人の男も俺の肩に腕を回してがっちり固定するとそのまま奥の方へと進み出す。
「え、えっと……。ケンタウロスです」
とりあえず名前は偽名の方を答えておくことにする。
なんというか……、この二人組に本名を知られることに本能的恐怖を感じてしまったので。
俺は質問に答えながら肩に回された腕を振りほどこうと抵抗するが、がっちりロックされていて外れない。サウナでギリギリまでいたのが災いして全力が出せないのだ。
意識も朦朧としているため、冷静な思考もできない。
「それは雄雄しい名前だな!」
「ああ、下半身が馬並みに逞しそうな名前だ!」
が、偽名を名乗ったことが逆効果となってしまう。
なぜか二人は俺の偽名を聞いて狂喜乱舞しはじめた。
……怖い。
「え、そうですかね」
焦る俺。
「うむ。どうだろう、その雄々しい名前に見合った脚なのか是非君の内転筋群を見せてくれないか!」
「俺達のようにタオルなど巻かずに生まれたままの肉体を見せてみろ!」
「そういうのはちょっと……」
二人は腰に巻いた俺のタオルをグイグイと引っ張り出す。
俺は必至で二人組の暴挙に抵抗する。
……どういう状況だってばよ!
「ここには男しかいないんだ。何も恥ずかしがることはない」
「そうだぞ、大丈夫だ。安心するといい」
耳元で囁くように両サイドから語りかけてくる二人組。
一刻の猶予もない感じがするのは気のせいだろうか……。
「出ますんでっ!」
俺は【剛力】と【膂力】を発動し、力の能力値を上昇させると無理矢理二人組を押しのけてサウナの外へと脱出した。
後ろを振り返るとゾンビのような動作でサウナから出てこようとする二人組が目に映る。
俺は腰のタオルを死守しつつ脱兎の如く逃げ出した。
…………
「っばぁぁああああっ!!!」
数分後、色々あったが念願のビールを味わう。
旨い。
もう何杯目だろうか。
結局乗船前にミックからもらった報酬はゼロになってしまったが、元々手持ちがあるので食事に困ることはない。
店に入るや否や、ビールを注文、一杯あける。そしてすかさず二杯目を注文。
と、いった感じでガンガンいった。
そして適当なタイミングで飯を注文。
店員が持ってきたこ洒落た肉料理を存分に胃に詰めこんで満足すると、再度ビールを注文。
即飲み干す。
そしてつまみを頼んだ後は、度数の高い酒を頼んでチビチビとやっていく。
旨いものを食って得られた満腹感に包まれながら、酒で喉を潤し、つまみをちびりちびりと食う。
――至福の瞬間である。
「こんばんは、お兄さん」
「ん? こんばんは」
俺がギャンブルという名のトラウマを乗り越え、また一つ大きな成長を遂げてしまったとき、不意に声をかけられる。




