12 ケンタはツキを実感する 一
「ついてるわ〜」
俺は船内を歩きながら自然とそんな台詞を呟いていた。
それほど今日の俺はついている。間違いない。
今日一日に起きたことを目を閉じて思い出してみる。
乗船時、たまたま倒れている女性を発見し、介抱した。
その女はローブのようなものを着ていて体のラインが分からなかった。
分からないはずなのにおっぱいがデカかった。
……デカかったのだ。
ローブ越しから分かるほどデカかったのだ。
女は朦朧としていたためこっちがガン見していてもバレなかったし、ちょいちょい不可抗力で当たってしまったが緊急事態ということで全て許された。
この時点で今日の運勢のピークだと思っていた。
だが、俺の運勢はそこから更に上昇してしまった。
なんとその後も同じようなシュチュエーションで女と再会してしまったのだ。
俺はおっぱいに吸い寄せられるようにして倒れていた女に近付き、介抱する。
女はまだ足元がおぼつかないようで俺にもたれかかってきた。
すごかった。
凄い凄かった。
――胸が。
女の顔は気分が優れないせいもあり、目元にクマとかあったりしてダークなオーラが漂っていたが、俺にとっては見慣れた顔なのでさほど気になる部分でもなかった。
前の世界の同僚は皆あんな顔してた。
なんていうか全てを諦め、全てを受け入れ、ただ目の前の事に集中する顔とでもいうのだろうか。見慣れてるからマイナス要因にはならない。
むしろ懐かしい。
しかもそこで終わらず、お互いの自己紹介をした上に食事に誘われてしまう。
内心舞い上がっていたが顔に出さないようにしつつ献身的に振る舞った。
と、いうわけですごいツキだったのだ。
まるでトーストくわえて当校したらイケメンと衝突する勢いである。
「なんだろう……。今日はこれで終わらない気がする……」
そんなことを考えながら船内をぶらぶらと散歩していると丁度カジノの前を通りかかる。
通路からでも見える店内は煌びやかに輝く照明が別世界を演出しているかのようだった。
「この感じ……、行けってことかっ!」
運気の上昇を実感した瞬間に偶然カジノの前を通る。
今日のこれまでのパターンからして、ここは行くところだろう。
流れを感じる。
莫大な量の幸運が俺に流れ込んできているのを。
きっとこれから先、こんなツキは二度とない気がするくらいだ。
(このカジノ、俺のせいで営業時間内に閉店しちゃうかもなぁ)
――間違いなくここで伝説の序章がはじまってしまう。
サブタイにギャンブラー列伝とか入れないといけないレベルの伝説がはじまっちゃう。
俺はそんな事を考えながら前髪をファサッとかき上げ、颯爽とカジノへ足を踏み入れた。
…………
数刻後、俺は一旦洗面所に移動し、心を落ち着けることにした。
鏡の前に立ち、鏡像の自分へと語りかける。
「まだ三百万負けただけだ。大丈夫だ」
そう、手に入れた報酬は一千万。まだ七百万もある。
ここで終われば問題ない。
だが、この世界にスロットを持ち込んだ奴だけは絶対に許さん。
見つけ出して額が真っ赤になるまでデコピンしてやる。
「残りは七百万もあるんだ。何も問題ない」
鏡に映る俺自身に強い声音で励ます。
そう、残りは七百万。全く同じように惨敗しても四百万も残る。
つまり逆転のチャンスはまだあるってことだ。
「いける。まだいける」
ここは退く場所じゃない。前進あるのみだ。
行って取り返す。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
俺は全身に力を込め、自身に気合を入れなおすと洗面所を出た。
すれ違い様にトイレに入ろうとした男が俺の声に驚いて股間を握り締めていたのがちょっと気になったがそれどころじゃない。
なぜなら、ここは後ろを振り返らずに前進するところだからだ。
俺、やっちゃうよ。
…………
数時間後、俺は一旦洗面所に移動し、心を落ち着けることにした。
鏡の前に立ち、鏡像の自分へと語りかける。
「まだ六百万負けただけだ。大丈夫だ」
そう、残りは四百万。まだ慌てる状況じゃない。
だが、この世界にルーレットを持ち込んだ奴だけは絶対に許さん。
かならず探し出してぶん殴ってやる。
「ここが踏ん張りどころだ」
なんとか百万取り返せれば残金五〇%まで息を吹き返せる。
ここがターニングポイントであり、正念場。
退くならせめて五割復帰はしておきたい。
残金が五割まで復活すれば諦めもつくし、笑い話の種にもなる。
高い授業料だったと思えばいい。
だが、その為には五割復帰が必須だ。
「大丈夫だ。俺はまだ大丈夫。大丈夫なんだ」
前の世界で職場のトイレに入ったとき、J〇Lの株で資産管理してた先輩が同じ台詞を鏡の自分に何度も語りかけていたのを思い出す。
日曜で取り引きできない状態のうえ、休日出勤中のために鏡に呟くことしかできなかった先輩。あの強メンタルには学べる部分があるはず。
そう、ここを乗り切ればなんとかなる。
なんとかなるんだっ!
「やってやるぜぇえええっっ!」
俺は両頬を叩いて気合を入れると洗面所を出た。
…………
数刻後、俺は一旦洗面所に移動し、心を落ち着けることにした。
鏡の前に立ち、鏡像の自分へと語りかける。
「まだ二百万残ってる。ゼロじゃないんだ」
そうゼロじゃない。ゼロじゃなければいくらでも取り返しはつく。
だが、ブラックジャックをこの世界に持ち込んだ奴は絶対に許さん。
必ず見つけ出し、生まれてきたことを後悔させてやる。
残りは二百万。元の一千万に戻すためには八百万勝たなくてはならない。
その為には自ら倍率の高い賭けに挑み、それに完全勝利する必要がある。
そうしなくては負けっ放しで終わってしまう。
このままでは全敗だ。
この状況で負けて終わるとかありえない。
なんとしても一矢報いなければ俺の気がすまない。
「あきらめんな! 行ける行ける行ける! 絶対勝てる! 本気を出せ! ここからだ! ここからが本番なんだ! やれるやれるやれる! 絶対できる! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺が鏡に向かって叫んで気合を入れていると、後ろの個室からズボンを下ろしたままのおっさんが出てきて顔を引きつらせながら小走りで走り去っていった。
――露出狂だろうか。
そんなおっさんのことなど放っておき、気合を入れなおした俺は颯爽と洗面所を出た。
…………
「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
報酬を全てすった俺はサウナで呻き声を上げた。




