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異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ!  作者: 館林利忠
九章 特別篇 ゴウカキャクセイン号にて
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10 ヘザーは彷徨う


(このまま部屋に留まるべきだろうか……)


 ヘザーはトランクの中身を船員に見られたことに危機感を募らせていた。



 だが、このまま不安を掻き立てるだけ掻き立てて何も起きない可能性も充分ある。いくら態度が悪いとはいえ、相手は船員。きっと良識ある行動をしてくれるはず。


(だが……、しかし……)


 そうは言っても落ち着かない。


 落ち着かない原因は結局あの船員の外見や態度に起因していた。



 どう考えても軽薄そうで、規律を重んじるように見えなかったのだ。


 ずっとああいう輩の監視をしてきたヘザーにとって、あの船員は疑心暗鬼に陥ってしまう条件を充分兼ね備えていた。



 自分が寝た瞬間を狙って扉を開けてくるかもしれないし、大勢を連れてやってくるかもしれない。そんな想像の域を出ないことが湧き出すたびに頭を振って否定するも、ヘザー自身が新たな不安と可能性を生み出し続けてしまう。


「ダメだ……。ここに居たくない」


 結論はその一言に尽きる。



 ここにさえ居なければあの船員がこの広い船内から自分を探し出すことは難しいはず。


 それなら外に出るべきだ。


 悩んだ末にヘザーはそう結論づけた。



 そうと決まったら一刻の猶予も無いといった体で部屋を飛び出す。


 そしてヘザーは通路を早足で歩きながらどこへ向かうか考えはじめる。



(やはり人が居ない場所へ隠れるのが手っ取り早いか……)


 元々人を避けて部屋に閉じこもるつもりだったので、外に出てもそこは譲りたくない。そう判断し、人がなるべく居ない場所へ隠れることを決める。


(倉庫辺りはどうだろうか……)


 これだけ巨大な船なら倉庫もさぞかし広いだろうし隠れる場所も多そうだ。



 ヘザーはそう考え、一路倉庫を目指すことにした。


 だがそんな考え事をしながら早足で歩いていたのがまずかったのか、十字路に差し掛かったところで急に女が飛び出してきたことに反応できなかった。


「なっ……!」



 驚いて声を上げつつも飛び出してきた女をかわそうと足を大きく踏み出す。


 それは見事に成功し、女との接触を免れた。


 そこでほっとしたのも束の間、女を越えた先に今度は勢い良く男が飛び出してきたのだ。


「……ッ!」


 あまりのことに声も出せずに真正面から思い切り接触してしまうヘザー。



 女をかわそうと勢いをつけていたのも災いして、男と正面衝突し盛大に転倒してしまう。


 跳ね飛ばされるように倒れるも、ヘザーはすぐさま立ち上がろうと両手をついて姿勢を正そうとした。



 ――そこで気付く。


 今まで持っていたトランクから手を放してしまったことに。


 ヘザーは慌てて立ち上がり周囲を見渡す。


(あったッ!)


 冷静さを欠いていたヘザーは視界に入ったトランクを餓えた獣のようにひったくると素早く立ち上がった。


 一刻も早く人気のない場所へと行きたかったヘザーはトランクを素早く拾い上げると倉庫を目指す。その場に留まれば面倒事になるのは必至と判断したヘザーは走るようにしてその場を離れるのだった。


 …………


「そう、うまい話はないか……」


 倉庫で隠れられる場所が無いかと考えたヘザーだったが実際到着してみると扉は固く閉ざされ、その前には船員が警備についていた。



 しかも警備が異常に厳重で到底中に忍び込める雰囲気ではない。


 まるで倉庫で何か事件がおき、警備が強化されてしまったかのような気配すらある。



(クッ、他に何か良い場所は……、そうだ! 機関室なら……)



 次にヘザーが思いついたのは機関室だった。


 そんな場所なら絶対に客は近寄らないだろうし、金目の物があるわけでもないからここより警備も簡素なはず。何よりこの大きさの船に見合う機関室なら隠れる場所も多いだろうという考えだった。


 次の行き先を決め、トランクの取っ手を力強く握ったヘザーは機関室へと向かうのだった。


 …………


(どうなってるんだ……)


 船員の目を盗んでなんとか機関室の側までたどり着くもその目論見は外れてしまう。


 何故かは知らないが機関室の近辺にはやたら乗客が居たのだ。



 しかもその者達の外見がどうにも胡散臭い。


 機関室の前に集いつつある者達が普通の乗客に見えなかった。



 その者達は全員男で妙に荒々しい外見をしていた。


 服装に統一感はないのだが、醸し出す雰囲気が皆似通っていた。


 三等市民の監視役を長らく勤めたヘザーにはその男達から同種の匂いを感じとってしまう。



(ここは……、ダメだ……)


 トラブルを回避しようと移動しているはずだったのに、あそこに行けば確実に問題が起きる。


 そう直感したヘザーは男達に気づかれないようにそっとその場を離れた。



(避難所はどうだろうか……)


 最後に思いついたのは避難所だった。



 といっても正式名称は多目的ホールとなっている。


 これだけ大きな船の場合、不測の事態に備えた避難場所が存在する。


 基本的には小事なら自身の客室が避難場所であり、大事になれば救命ボートを使う。



 そんな中間、絶対鎮火できる小規模な火災、運行に影響のない局所的な浸水、その他諸々の小さな施設上の不備、船員で対応可能であるが一時的に場所を移動してほしいときに使う空間である。そんな場所が船内には数箇所存在した。


 多目的ホール。



 そこは避難場所のため、平時は何も無い空間にしておかなければならない。


 そうしなければ有事に利用できないからだ。



 一応乗客同士の交流会が開かれたりはするようだが、全ての多目的ホールが使われるわけではないし時間も決まっている。問題が起きない限りは何の用途もない場所なので船員もそうそう来ないはず。


 ヘザーは散々考えたあげく、多目的ホールへと向かうのだった。


 …………


 しかし、多目的ホールに到着してみると、かなりの数の乗客がその場に先客としていた。


「あ、ご一緒にどうですか?」


 入り口近くにいた中年男性がヘザーに気付いて声をかけてくる。



 だがヘザーは予想外の出来事に咄嗟に返事すらできなかった。


 出航して間もないこんな時間から交流会やイベントが開かれるわけがないと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。



(今までで一番人が多いんじゃないだろうか……)


 眼前の人だかりにがっくりと肩を落とすヘザー。



 それほどまでに大量の人間がその場には居たのだった。


 多目的ホールに居た客たちは一見共通点の無いように見えた。


 若者や老夫婦、夫人の集まりのようなものも見える。



 そんな客たちの外見に共通点はなかったが皆がしている動きは共通のものだった。


 妙にゆっくりした動きで両手や両脚を伸ばしたりしているのが目に留まる。



「……ここで何を?」


 諦めたヘザーは話しかけてきた中年男性へ問いかける。



「乗り物酔いに効く体操を皆でしているんですよ。はじめての船旅で難儀している人もいたようなので、船員の方に相談してこの場を設けさせてもらったんです」


 笑顔でそう答える中年の男。



 皆がやるゆったりした共通の動きは船酔いに効くらしかった。


 ヘザーはそんないらない情報を手に入れ、あからさまにがっかりする。



「そうでしたか。私は酔っていないので今は大丈夫です。もしその時がきたらお願いしますよ」


 余計な事をしてくれたものだと心の中で毒づきながらも、自身の顔に作り笑顔を貼り付けるヘザー。



「いつでも歓迎ですよ。朝昼晩と三回やっていますので、気が向いたらいつでもどうぞ。開催するホールの場所はその都度変わるので、詳しくは船員の方に聞いていただくと分かると思います」


「ありがとう。では、失礼」



 ヘザーは中年の男にまったく誠意のこもっていない言葉を返すと踵を返した。


 その後、他の多目的ホールへ行ってみるもしっかりと施錠されており、中へ入ることは叶わなかった。



(人気の無い所で身を隠すのは無理……、か)



 ここでヘザーは隠れることを諦める。


 元々ここは船の上、隠れる場所などないに等しいのだ。


 そうなれば考え方を変えて別の方法を探すしかない。



(こうなったら逆に人通りが多いところにいて事を起こすのを躊躇わせつつ一晩明かすしかないな)


 考え方を変えたヘザーは今度は逆に人通りの多いところへと足を運ぶのであった。



 人の中に紛れれば捜し出すのも苦労するだろうし、そんなところで船員が盗みを働けばどこの誰かすぐにバレるはず。


 そう考えたヘザーは店舗があるエリアを目指して歩き出した。


 そしてそんなヘザーの背をいつまでも見送る中年男性の笑顔は木に掘り込まれた仮面のように堅く、温かみなど一切感じ取れないものへと変化していた。



 ◆



「大分楽になりましたし、少し胃に物を入れましょうか……」


 限界まで体力を消耗し、まともに歩けなかったミゴだったが部屋で少し休んだおかげで体調が快方に向かっていた。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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