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20 うおおおおおおおおおお


「ここは……行くしかないだろっ!」



 俺は腰を落として足に力を溜め、息を一気に吐き出す。


 相手はオーガ。剣の扱いに長ける戦士や、本物の魔法使いが苦戦する相手。


 こっちはゴブリンしかまともに倒せない素人冒険者。



 だが、やるしかない。


 皆の頑張りで、オーガは重傷を負い、動けない。


 だが、払った犠牲は安くない。


 あと少しで倒せそうな気配があるのに攻撃できる者が誰もいないのだ。



 そう、今このチャンスを活かせるのは、俺だけ。


 石を抱えた俺は行くしかないと覚悟を決め、足場を蹴る。


 屋根を駆け上がるように斜めに走り、オーガ目掛けて飛び降りた。


「オラアアアァァアッ!」


 落下の勢いに任せ特大の石をダンクシュートでもするようにオーガの頭目掛けて振り下ろす。


 ごりいぃっ! と鈍く大きい音とともに、石を通して頭蓋を完全に粉砕した感触が腕に伝わってくる。

 はっきり目視で解るほど頭が縮んだオーガは確実に生気を失っていた。


 そして俺は――。


 着地とともに石を手放し、一気に逃げ出した。


 屋根の上から確認しておいた逃走ルートをひた走る。



 そのまま街を抜け、街道を目指す。


 あの場に残っても面倒なことになるだけだし、残る義理もない。


 後は俺が居ようが居まいがなんとかなるだろう。


 …………


 俺は念のため街道に出てもしばらくは走り続けた。


 走りながら周囲に誰もいないことを確認し、頭に被った皮袋を脱ぎ捨てる。



「疲れた!」


 息苦しさから開放され、つい大きな声が出てしまう。


 もし、次があれば口と鼻の部分も穴を開けておこうと思った。


 ……次なんかなくていいが。


 少し落ち着いてきた俺は休憩できる場所を探しながら街道をのんびり歩く。



 周囲は上りの平原でどこまでも草が生い茂り、見晴らしが良い。


 ぼんやり景色を楽しんでいると涼しい風が頬をなでる。



 日差しはまだまだ暑いが嫌な湿気がない。もうすぐ秋になるのだろう。


 心地よい疲労感と、なんとも言えない達成感を感じながら俺はゆっくりと歩く。



 今の俺にできることは十分できたと思う。


 街を出る前にいい恩返しになったのではないだろうか。


 恩を返すようないい街ではなかった気もするが……。



 そういえばレベルはどうなっただろうかと思い、ステータスをチェックする。


 オーガを倒せたし、もしかしたら……。


 ケンタ LV5 暗殺者


 力 21

 魔力 0

 体力 8

 すばやさ 22


 暗殺者スキル

  LV1 【暗殺術】

 LV2 【忍び足】

 LV3 【気配遮断】

 LV4 【跳躍】


 狩人スキル(LV4)


「よっしゃー!」


 念願のレベルアップ達成である。


 この日をどれだけ待ちわびたことか。



 レベルがやっと5になった。ここまで本当に長かった。


 6になるのは一体いつになるだろうか……。


 嬉しい反面、これからのことを考えると悩ましい。



 街からも大分離れ、来た道を見下ろせる丘のような場所が近づいてくる。


 少し休憩しようとそちらへ向かう。



 俺は今、辺り一面が草原の丘で岩に腰かけながら眼下に広がる街を見ていた。


 風が吹くとまるで波のように草原が揺れる。


 アイテムボックスから酒を出し、一口あおる。



「……うめぇ」


 さらにルーフに貰った燻製も取り出す

 こんなときのために少し残しておいたのだ。



 燻製をナイフで適当に削り取って口に放り込む。


 固すぎず柔らかすぎず適度な弾力があり、噛み締めるたびに口の中に香りと旨味が広がっていく。


 少し濃い目に塩気があるので咀嚼し終わり飲み込むころには水気が欲しくなる。


 そこですかさず酒で塩気を洗い流す。


「あぁ……」


 息が漏れる。


(たまんねえな)


 あのろくでもない街もここから見ると中々の景色だ。


 街を見ていると色々な事を思い出す。糞みたいなことばっかりだった。


 だがそんな街ともこれでお別れだ。戻ってくるかもしれないが、当分は遠慮したい。



 酒で口内を湿らせながら、物思いにふける。


 生前、こんなに酒の味を感じたのはいつだろうか。



 味がしなくなったのはいつだろうか。


 住んでいる場所はずっと同じだった。朝起きて始業時間より早く出社し目覚ましをセットして仕事をする。時間になったら目覚ましが鳴り、タイムカードを差しに行き仕事を再開する。勤務時間が終わったらタイムカードを差しに行き仕事を再開する。休みの日は出社して仕事をする。そんな毎日だった。

 クリーン企業なので一定以上の残業もサービス残業も休日出勤も認められてはいないが、その時間を仕事にあてないと終わらない分量を全員が担当していた。

 当然、禁止されている行為なので上司はするなと言うし、見つかれば処罰される。全て自己責任で行わなければならない。そんな上司も毎日仕事場で見かける。

 求められた成果を上げられなければ上司からの指導が待っている。結果という、全てを正論にする材料を使って能力と人格を否定される。自分の能力では成果を上げられなかったこと、できなかった自分に責任があること、そんな自分は役に立たない人間だということ、その全てを受け入れ認めるまで指導は終わらない。会議室の端と端に位置し結果を出せない自分は価値の無い人間だということを端にいる上司たちに届くよう大声で何度も言う。当然、誠意を感じないとか気持ちがこもっていないとか適当な理由をつけられ、声が枯れるまで何度も言わされる。そして声が出なくなるころに近寄ってきて肩に手を置き、こんなことをするのは自分たちの本意ではない、君を思ってのことだ、これからも会社のために頑張ってくれるな? と優しい声音で聞かれる。そこで、はいと答えれば指導終了だ。

 仕事だから当然だ、社員なら当たり前、全力を出し切れば成長する、の合言葉のもとに命と人生を捧げるのが誉れと思われるように修正される。金を稼ぐことではなく、全てを捨てて会社に貢献することが求められる。

 休めるのは全てが崩壊し入院した時だけだ。退院すれば業績改善研修という名の精神的私刑で歓迎され心に消えない焼印を押されたらめでたく出向だ。出向が決まれば送迎会と言う名の強制飲み会がタバコの煙で濃霧となった場所で翌朝の勤務時間まで行われる。翌日の昼ぐらいになれば徹夜してもなんともないぜ自慢が蔓延する、そんな微笑ましい職場だ。

 たまに学生時代の友人と飲みにいって、その話が出ても誰も辞めればいいとは言わない。業績が芳しくなく人件費を削っているところはどこでも似たようなものだからだ。新しく一から仕事を覚えながら、今より少しましな、しばらくすれば今と同じ状況になる環境で働くのに魅力を感じるかと聞けば誰も首を縦に振らない。

 俺たちは、そんなどうにもならない泥の沼に頭のてっぺんまで浸かって、血管まで染み込んだ泥を洗い流そうと、バカ話をしながら酒を飲んでいた。あの時は味なんてしなかった。麻痺させて泥を感じなくするために飲んでいたからだ。



 だが今は違う。



 ここは、この世界は前いた世界より厳しい環境のはずなのに何かが違う。


 常に死の危険が付きまとい、保障は何も無い。暴力が必要とされ、命が軽い。


 だがここには泥が無い。


 心も体も自由に動く。


 俺は岩に腰かけ周囲を見渡しながら思う。


 この場所に何日も居続けても構わないし、今からすぐ次の目的地を目指して歩き出しても構わない。


 戻ろうと思えばすぐに戻ることもできる。もちろん違う行き先に変えてもいい。



 一瞬先の選択肢を無限に感じる。


 命を代償に両手に溢れんばかりの自由がここにはある。



 どちらの世界がいいかと聞かれれば、どちらもいいことなんてない。


 俺は前の世界の記憶があるから、この世界を自由と感じられているだけだ。


 何より、今の生き方を前の世界でしていれば、こんな気持ちにもならなかっただろう。



 全て運が良かっただけだ。自分で何かしたわけじゃない。


 それでもこの運を手放さない手はない。


 満喫すればいい、ただそれだけだ。



 深く考えずに駆け抜ければいい。


 思考を終結させて俺は酒を一気にあおる。


「オッシャー!」


 とても晴れやかな気分だった。


 元の世界のものと比べれば味では劣るはずなのに、 酒が本当に旨かった。




 そして俺は服を脱いでたたむと、全裸になった。



 脱いだ服は皺にならないように綺麗にたたんで隅に置いた、全裸で。


 脱ぎ散らかすのは性格的に許せない。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 俺は全裸で丘に仁王立ちになって放尿していた。


 絶叫しながら全力で放尿していた。



 眼下に小さな虹がかかる。


 広大さを感じる大地で、全身に自然を感じ、張り裂けんばかりの大声を上げ、放尿していた。


 自由だ。


 前の世界なら逮捕待ったなし。



 そして今まで真剣に考えていたことが台無しだった。


 もし、ここまでの思考を誰かに話として聞いてもらっていたのだとしたら、その相手は俺に向かってグーパンしていただろう。


 なんだそのオシッコは、と。


 うおおおおお! ってなんだよ、と。


 なんか色々深刻に考えていたんじゃなかったのかよ、と。


 ならば俺は答えよう。


 酔っているんだからしょうがない、と。


 ゴメンね、と。


 こういうチャランポランな男なんです、と。


 ほんとすいません。



「……最高だな」


 凄まじい開放感だった。


 今まで味わったことが無い。


 これからは好き勝手やっていこう、と心に誓う。


 まあ、そうは言っても元が気弱な一般人だ。悪人になろうと誓ったわけではない。あんまり我慢はよくないねって話だ。


 今まで、やりたいこと、やろうとも思わなかったこと、色々あるはずだ。


 こんな命の軽い世界で縮こまって生きていたら何も出来ないまま死んでしまう。


 小心者の俺なりにやりたいことをやっていこう。


「うおおおおおおお!」


 そう心に決め、大声で叫ぶ。


 爽快だ。



「大丈夫ですか!」


「え?」


 不意に声をかけられ、振り向くとそこには一人の若い男が立っていた。


「今、悲鳴を聞きつけて駆けつけたんです!」


「え?」


「襲ってきたのはモンスターですか!? 盗賊ですか!?」


「え?」


「ああっ! 服まで盗られたんですね! くそっなんて卑劣な盗賊なんだ!」


 俺の姿を見て怒りをあらわにする若い男。


「え?」


「僕が来たからにはもう安心ですよ。向こうに仲間もいますのでそちらに」



 全裸の俺を見て、透き通るような白い歯を見せて笑顔で手を差し伸べる若い男。



「あ、いえ大丈夫です……」


 会話を続けるうちに、段々酒が抜けてくるのがわかる。



「大丈夫なわけないじゃないですか! さあ早くこちらへ、水でも飲んで落ち着いて下さい」


 とても親切な若い男は俺が遠慮していると思って強引に連れて行こうとする。


 そうじゃない、そうじゃないんだよ!


 ちょっとオシッコしてただけなんだ。ただの尿なんだ! 君が心配するようなことは何もないんだ!



 と言えば、どうしてそうなったのか説明しなければならない。


 しかし、特殊な状況だ。


 相当丁寧に説明する必要がある。


 なぜ絶叫していたのか、なぜ全裸なのか、なぜ放尿なのか。


 あの若い男が、それなら納得ですと笑顔で頷いてくれる、そんな満足いく説明が必要になる。


(大丈夫だケンタ。何かあるはずだ……落ち着いて考えるんだ)


 全裸の俺はそう自分に言い聞かせ、数瞬で結論を出した。


(よし。無理だ)



「あ、いえ! ダイジョウブデス! ナントカナリマスンデ!」


 俺は早口でまくし立てると、素早いステップで若い男から軽く距離を離す。


 そして陸上選手のように綺麗なフォームで街道へ向けて走り出した、全裸で。



 俺は次の目的地、メイッキューの街へ向けて無心で駆けだした。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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