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異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ!  作者: 館林利忠
九章 特別篇 ゴウカキャクセイン号にて
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4 ヘザーは狼狽する

 

「後少しだ……。ここまで来たぞ」


 無事乗船し、自分に割り当てられた客室へ入ったヘザーは自然とそう呟いた。



 追っ手を撒き、国外へ出る船へ乗ることに成功したヘザーに束の間の安息の時が訪れる。



(そうだ……、逃げ回っていたせいで中身をちゃんと確認していなかったな……)


 ヘザーはそう思いながら大事そうに抱え込んだトランクに目を落とした。



 一応準備は終えていたが最終確認をする前に逃げるはめになってしまったため、逃走をはじめてからトランクの中身を一度も確認していなかったのだ。



 準備を何度も確認しないと気がすまない性格のヘザーにとって、それは耐え難いものだったが逃げるために止む無く今まで我慢していた。


 だが船が出港した今となってはそのたがも外れてしまう。



 ヘザーははやる気持ちを抑えながら腰に差した剣を壁に立てかけると、トランクをベッドの上に置いた。


 綺麗にベッドメイクされ皺一つなかったシーツにトランクがダイブし、一瞬でくしゃりと歪む。トランクが自分の目線に合うように屈み込んだヘザーは取っ手の真下にある暗証番号を入力するダイヤルを操作しはじめた。


 程なくしてガチャリとロックの外れる音と共にトランクがほんの少し開く。


「確認しないと……」



 そう呟きつつトランクに手をかけた瞬間、ドアがノックされる。


 突然の物音にビクリと身を震わせるヘザー。


 続いて――。



「すんませーんっ! 乗船券の確認に来ましたぁ〜。いますか? いますよね? 開けてくださーーーぃよっと」


 まるで接客がなっていない無遠慮な声がヘザーの耳に届く。


 それと同時にノックには分類できそうもない何度も乱暴にドアを叩く音が聞こえてくる。



(こんな時に……)


 外から聞こえた船員の声に苛立ちながらも確認作業はたっぷり時間をかけて行いたいと考えていたヘザーは先に乗船券の確認を済ませてしまうことにする。


 ここで居留守を使ってもしばらくすればまた来るのは明白なので、先に済ませてしまった方がゆっくりできると考えたのだ。


 立ち上がったヘザーは早足で扉へと向かいつつポケットから乗船券を取り出す。


 そして扉を半分ほど開けて室外を覗くと、鼻や耳に大量のピアスを刺し、だらしなく制服を着崩した軽薄そうな表情を見せる船員が立っていた。



 服装が制服でなければ、まず船員とは思わない外見だ。


(この恰好が許されるのか……?)


 そんな規律を重んじない外見にヘザーは不快感を示しつつ、乗船券を船員に見せようと身を乗り出した次の瞬間――。


 船が大きく揺れた。


「くっ」

「うへっ、やべっ!」


 慌てたヘザーは咄嗟に扉を握って倒れないようにと力を込める。


 するとそれを嫌がるように扉が大きく開いてしまった。


 船員も空けられた扉の縁に掴まってなんとか倒れないようにと踏ん張る。



 二人が姿勢を保とうとする中、ベッドの上のトランクは掴まる手足も無く、シーツの上を雪ぞりのように滑り落ちた。


 そして盛大な音を立てつつ中身をぶちまける。


「……っ」

「ああっ! 何それ、すっげ! マジすっげ!!!」


 音を聞いて振り返ったヘザーがはっとするのと船員が驚く声が同時になる。



 ――部屋の中は大量の紙幣が床一面に散乱していたのだった。



「おいっ! 乗船券のチェックをしろ!」

「え? 了解っす。 てか、アレすごいっすね?」

「黙って確認を済ませろ!」


 部屋の惨状に釘付けになっていた船員の襟首を掴んで引き寄せ、無理矢理乗船券を見せ付けるヘザー。


 船員も我に返り、慌てつつも確認する。だがその視線はチラチラとヘザーの部屋の中を見つめ続けていた。


「あ、いいっすよ? 俺あんな現生見たのはじめてっすわ。ちょっとくれません?」

「ふん!」


 ヘザーは無礼極まりない台詞を吐き出す乗務員の襟首を放して押し出すと、勢いよく扉を閉めた。


「くそっ……」


 そして悪態をつきながら散らばった金を拾い集める。


(ちゃんとロックしていれば……)


 金を素早く拾い、乱雑にトランクの中に詰め直しながら、そんな後悔の念が頭の中を占めていく。


 冷静さを欠いた行動だと分かっていても拾い集める動作は速度を重視してしまい、乱暴なものへとなってしまう。


 そして全ての金を詰め終え、トランクを再度ロックすると額の汗を拭う。


「……見られた」


 散らばった金が元の位置に戻って頭が冷えてくると、次に気になることがヘザーの頭の中でにょっきりと姿を現した。


 ――それはさっきの船員だ。


 完全に見られてしまった。


 トランク一杯に詰まる金を――。



 あんな素行の悪そうな奴に……。



 あの男は同僚にこのことを話すだろうか。


 いや、それ以前にあの男はこの金を見て平静でいられるのだろうか。



 持っているのは一人の女。


 奪えないことはない状況だ。


 あの男がどこまで職務に忠実な男か知らないが、ここの給料よりこのトランクの中身の方がはるかに高額なのは確かだ。


 ヘザーはそこまで考えて額の汗が再びにじみ出ていることに気付く。


(この部屋の合鍵は……、あるだろうな……)


 ――客室の合鍵。


 もし合鍵をあの男が手に入れることができるなら、ここは安全な場所ではなくなってしまう。


 あの男が正直者で善意溢れる者だったとしても、中身を見られたことと合鍵があるという事実は変わらない。


 そして自身がこの部屋にいる限り、金が奪われるかもしれないという不安は払拭されることはないだろうと思い至ってしまう。



「どうすれば……」


 不安からそんな言葉を紡ぎ出す。


 いくら追っ手を撒いて国外に逃げれたとしても、この金がなければなんにもならない。



 ヘザーが得た安息の時は部屋に着いてからほんのひと時で終了してしまうのだった。



 ◆



 船内の一角、人通りが一切無い場所に数十人の男達が一点を見つめていた。


 その視線の先には木箱に腰掛けた男がいた。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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