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異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ!  作者: 館林利忠
九章 特別篇 ゴウカキャクセイン号にて
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1 ジャスティスマスクZは懊悩する

本作品は残酷なシーンが含まれます。そういった描写に不快感を感じられる方は読むのをお控えくださいますようお願いします。


あらすじにも書いてありますが本作品は残酷なシーン、登場人物の死亡、主人公が殺人を犯す描写が出てきます。なろう内の投稿作品を見ていると該当話の前書きに注意書きをするのをよく見受けますが、本作は該当シーンがネタバレになる部分もあるため前書きでの注意喚起は行わない予定です。また、そのシーンを読み飛ばして読んでも意味が分からなくなってしまうというのもあります。そのため冒頭に当たる第一話での注意喚起とさせていただきます。ご了承ください。


※バードゥの口調は異世界のとある地方で使われる独特のなまりであり、関西弁ではありません。









「もう、朝か……」


 掠れたうわ言のような呟きが薄明るい室内に響く。



 宿屋の一室でジャスティスマスクZは悩んでいた。


 今朝出航する船に乗るまでにはその悩みを解決したかったが、残念ながらその願いは叶わなかった……。



 ベッドの側にあった椅子に深く腰掛け、テーブルに両肘を付き、組んだ両手で口元を隠す。厚いカーテンの隙間から差し込む朝日を眺めながら昨日の出来事を思い出す。



 それはリーダーであるジャスティスマスクXの発言がはじまりだった。


 ジャスティスマスクXが突然、我々はチームだし決めポーズを作ろうと言い出したのだ。



 確かに現在彼らは三人というチームで行動している。


 リーダーであるジャスティスマスクX。部下であるジャスティスマスクY。そして私自身であるジャスティスマスクZの三人だ。



 リーダーの発言にジャスティスマスクYももろ手を挙げて賛同し、ポーズを作るという案は数秒で採用されてしまった。



 問題はそこからである。


 二人は悩むジャスティスマスクZを尻目にあっという間にポーズを完成させてしまったのだ。



 ジャスティスマスクXのポーズは両手両脚を大きく開いて全身でXを表したもので、ジャスティスマスクYのポーズは足を閉じて両手を大きく広げ、全身でYを表したものにすぐ決まった。


 ジャスティスマスクZからすれば……本当に一瞬の出来事だった。


 ポーズがすぐ決まった二人は目を輝かせてこちらがポーズを作るのを待った。



 しかし、ポーズはできなかった。


 今現在、彼が名乗っている仮の名はジャスティスマスクZ。つまり流れ的に全身でZを表現しなくてはならない。


 だが、思いつかなかったのだ。



 心優しい二人はそんな彼に励ましの言葉をくれたが、それは到底納得できるものではない。


 やはり三人揃ってのポーズは必要であり、全身でZを表すことが急務なのである。



 ジャスティスマスクZは今も悩んでいた。


 全身でZを表すにはどうすればいいのかを……。



 彼はテーブルに置かれた冷め切った紅茶を一口すすり、自身の頭の熱も冷まそうとする。だが、そんな頭の中では自身が思い浮かべられる全てのポーズをZと照らしあせる作業が延々繰り返されていた。



 ジャスティスマスクZが苦悩する中、誰にでも平等に振る舞う朝日は天へ向かって上昇し続ける。


 ……出航のときは近い。



 ◆



「そろそろ時間か……」


 ヘザーは小振りなトランクをぎゅっと抱きしめベッドに腰掛けていた。



 光の差し込まない部屋でベッドに腰掛けたヘザーはゆっくりと立ち上がると眼前にある窓へと向かい、カーテンを少しだけ開ける。


 するとそこには朝日を眼一杯浴びた輝かしい港の風景があった。



 安宿とはいえ、泊まっている部屋が五階ともなれば辺りも見渡せる。


 本来はいつでも逃げ出せるように下の階に泊まりたかったのだが、豪華客船が入港した影響でお祭りムードとなっていた港町で希望の部屋を取るのは難しかったのだ。



 五階の窓から顔を出したヘザーの視線の先には巨大な旅客船が見える。



 そんな光溢れる港の風景とは対照的な薄暗い安宿で、一睡もしていないヘザーの目は濁っていた。



 数日前、今まで行ってきた悪行が露見し、追われる身となったヘザーはなんとかこの港まで逃げ切ることに成功した。


 だが、最後に取引した報酬をミツヒキチ島へ向かって受け取ることは叶わなかった。

 そんなチャンスはなかったのだ。



 前もって手に入れていた旅客船のチケットがあったため、逃走先に迷うことはなかったが気が休まることもなかった。追っ手に怯えて眠れぬ日々が続き、今に至る。


 しかし、そんな気持ちももう少しでやわらぐ。


 それは後数刻もすれば、今見つめている旅客船が出航するからだ。


 その船に乗れば無事に国を出ることが出来る。


「……あと、少しだ……」


 鮮明とは言いがたい意識の状態でもゴールが見えた今は少し気分が軽くなってきている。



 そんな状態で少しでも気を引き締めようと、ヘザーは窓の側からテーブルへと向かう。そこにはカップに入った紅茶があった。



 カップを手に取り、少しだけ口に含んでじっくりと紅茶を楽しむ。


 紅茶は冷え切っていて最悪の味と香りだったが、それが逆にヘザーの頭を覚醒させるのに一役買ってくれる。


 カーテンの隙間から差し込む早朝の陽射しが活力を与えてくれたかのように濁っていた眼に光が宿り、顔に生気が戻ってくる。


 そしていつも通りに残りの紅茶を一気に飲み干す。


「…………よし!」


 今まで何度となく繰り返してきた儀式を終えると、気持ちが引き締まるのを感じる。それを証明するかのように自然と声に張りも戻った。



 体の動きに力強さを取り戻したヘザーは宿の扉を開け、一路船を目指す。



 ◆



 そこは朝日を目一杯浴びた爽やかな雰囲気が漂うカフェ。



 その店は海に面する部分が全面ガラス張りとなっており、景色を楽しむにはもってこいの場所となっていた。そんな店内の一つのテーブルに二人の男がいた。



 一人は黒髪に黒っぽい上下と全身黒ずくめの男、名はケンタ。


 異世界へと転生した冴えない男である。


 一人は顔に大きな縫い傷の痕があるスリーピースのスーツを着た男、名はミック。とある組織に属する男である。



 ミックはケンタに何やら話しながら、テーブルの上に物を置いて行く。


 その動きは非常に淡々としており、ケンタは頷くのが精一杯といった感じだった。


「まず、これが依頼の報酬」

「おう」

「そんでこれがチケット」

「おう」

「で、これが連絡用魔道具な」

「お、おう」


 テーブルの上に置かれた三つの物を順に見ながら頷くケンタ。



 左から順にパンパンに膨らんだ小さな紙袋、名刺入れ位の大きさの金属ケース、立方体のガラスケースに収められた小鳥の模型が眼前に並ぶ。


 ケンタは順にそれらを見るも、全てが自身のイメージと違ったのか首を傾げた。



「霧霞で渡そうと思ってたんだが、ちょっと手間取ってギリギリになっちまった。悪いな」

「貰えるならいつでも歓迎だぜ」


「おうおう、遠慮せず全部持っていってくれ。じゃあ報酬から確認してくれ、一千万あるはずだ」

「は?」


 ケンタは報酬の金額が予想と違ったため思わず聞き返す。


「まあ、あれだけの仕事の割に金額が少ないってのも分かるが、前も言った通りうちは小さいからこれで勘弁してくれってこった」

「いや……、そうじゃなくてだな……」


 ミックからすれば安い報酬だと思ったのかもしれないが、ケンタからすれば予想外に高額だった様子。言葉は詰まりがちになり、目の前の紙袋に視線が釘付けになる。


「なんだ? 現物支給でもいいから追加が欲しいのか? 強欲な奴だな、全く」

「違うって! ちょっと金額が予想外に高くて驚いただけだよ」


 呆れ顔を見せるミックにケンタは自身の感想を述べ、驚いた理由を説明する。



「そうなのか? まあいいか。じゃあ次は船のチケットだ。こいつは俺が休暇用にと手に入れた奴だから客室も中々いいところだぜ。出航はもうすぐだ、遅れるなよ?」

「ああ、早めに出て、さっさと乗っちまうよ」


 ミックが説明しながら金属ケースを開いて見せると、中には綺麗に収納された旅客船のチケットが一枚入っていた。それを確認したケンタが金属ケースを受け取り、懐へとしまう。


「で、最後のこれは連絡用の魔道具だ。足首に付いた筒に手紙を入れて外で放せば自動的に定められた場所まで飛んでいくって寸法だ。そこそこ大事な用以外では使うなよ? 挨拶とかだけで送ってこられても、こっちも困るからな」


 次にミックはガラスケースをポンポンと軽く叩きながら中に入った小鳥の模型について説明する。その魔道具は魔石からの魔力供給が続く限り飛び続けて目的地へと向かう物である。多種多様な使い方が可能だがミックは連絡手段として利用するらしかった。


「……伝書鳩みたいなもんか。了解だ、これならお前の行方が分からなくても聞きたいことができたときなんかはなんとかなりそうだな」


 ケンタも説明に納得し、ガラスケースを受け取る。


「おう、サービス満点だろ?」


 ミックはニヤッと口元を緩めながら軽く手を上げる。



「依頼を受けたときはどうなるか心配だったが、色々と助かったよ。んじゃ、乗り遅れるのも嫌だし、さっさと行くことにするよ」


 ケンタはテーブルに置かれたものを全て受け取ると、即座に席を立とうとした。


「お……、おう。飯はいいのか?」


 そこで今まで余裕たっぷりに振る舞っていたミックが微妙に動揺しはじめる。


 そして、どこか焦ったような表情でケンタに飯を勧めてくる。


 その視線はなぜか背後をチラチラと見ていた。



「ああ、宿で食ってきた。どうした? 何か他にあるのか?」

「いや、な、何も? まあ、楽しんで来いよ」


 ケンタに聞き返されるもミックは言葉に詰まり、何も返せなかった。


 逡巡した挙句、結局見送りの言葉をかける。



「ん? おかしな奴だな。じゃあ、しばらくしたらレガシーとも会いたいんで、その時は頼むわ」

「あ〜……それな! 任せとけ!」


 ケンタは最後に気がかりだったことを吐露し、ミックに確認をとっておく。


 ミックはその言葉を聞いて、じっとりと冷や汗を流しながら勢いよく相づちを打った。



「ああ、頼りにしてるぜ。じゃあな」

「とりあえず俺もカッペイナ国で仕事があるから向こうで会おう」

「分かった。じゃあ、向こうで」


 ケンタはミックに別れの言葉を告げ、軽く手を振ると背を向けて店を出て行った。


 そんな離れ行く背に向けてミックは苦い顔をしながら手を振り返す。


 手を振りながら背後に隠れていた男へ向けて声をかける。



「おい……、行っちまったぞ? 俺、結構頑張って引き止めたぞ?」

「……すまん。なんか出るタイミングを逸してしまって……」


 するとミックの言葉に反応して、物影から顔に刺青のある男が現れた。


 男の名はレガシー。少し前までケンタと行動を共にしていた者である。



 レガシーは心底気まずそうな顔をしつつ、さっきまでケンタが座っていた席についた。



「わざわざ報酬を渡す時期を遅らせてここで会うようにした俺の努力はどうなるのよ?」

「すまん! なんか啖呵切り過ぎたっていうか……、顔を出しづらいっていうか……」


 ミックはクッションの効いていない背もたれに体を預けながらレガシーを半眼で見据える。レガシーはテーブルに頭が付くかと思うほど上体を曲げて謝った。



「はぁ……、で、どうするんだ?」


 ミックはため息をつきながら体を曲げるレガシーを見下ろしつつ尋ねる。


「どうするって……」

「いや、だからこのまま会わないのか?」


「いや! それはない! 悪いのは俺だからな……、あの時は動転しちまったが、ある意味気持ちの整理はほとんどついてたようなもんだったんだ……」



 半眼のミックに問い詰められ切羽詰ったレガシーはきっちりと否定する。


 レガシーの言葉に偽りはなく、もはや心に動揺はなかった。



 少し前、レガシーはケンタとちょっとしたトラブルを起こしていた。



 だが、その主な原因はレガシーの動揺にある。


 しかしその動揺は一日もすれば霧散していた。


 もっと時間を要することだと思っていたため、レガシー自身もそのことに少なからず驚いてしまう。



 だが思い返してみればそれはある意味当然でもあった。



 なぜなら元々ほぼ心の整理がついていた事だったからだ。


 整理がつくほどの時間はケンタと出会う前に充分経過していた。



 ただ自分の弱点とも呼べる部分が突然畳み掛けるように彼の目の前に現れ続けたために予想外にかき乱されてしまったのだ。


 そして整理がついていただけに案外すぐに冷静さを取り戻すことに成功してしまう。



 そうなるとさっさとケンタとの関係も回復したいと考えたが、結構大きく啖呵を切ってしまったため、すぐ顔を出すのがはばかられたのだ。


 そんな迷いがレガシーの行動を消極的にさせてしまい、ミックから不評を買ってしまう。



 そういった事情を一切知らないミックはレガシーにひたすら冷たい視線を送り続けた。



「はいはい。で?」

「お前……、案外冷たいな……」


「おいおい、聞き間違いか? どこの誰が冷たいって? こんな頑張り屋さんを捕まえてよく言うぜ」

「悪かったよ! と、とりあえずもう少し……、ふ、二月したら会いに行く!」


 ミックにせっつかれ、レガシーが出した結論は二月だった。


 この位間を空ければ苦悩した男としての威厳は保てると判断したのだろう。



「なげーよ! 乙女か! さっと行って、ぱっと解決しろよ!」


 が、ミックにダメ出しを食らう。


「ひ、一月だ!」


 レガシーが再検討して出した結果は一月だった。



「はいはい。じゃあそのタイミングでケンタと会うようにセッティングするからな?」


 余りに必死な形相をするレガシーが可哀相になってきたのか、ミックはそこで妥協する。



「何から何まですまん……」

「サービス満点だろ? ここまでの借りを作ったんだから俺が困ってるときは誠心誠意助けろよ?」


 深々と頭を下げ誤り続けるレガシーにミックはすかさず借りを作ったことをアピールしていく。



「……お前の困ってる時って、この間みたいな状況じゃないだろうな?」

「……どうだろうな?」


「誤魔化しきれてないぞ……。まあ、その時は改めて考える」

「良い決断を期待してるぜ」


 と、今後の事を話し終えた二人は席を立つ。


 朝日を浴びた爽やかな空気を放つカフェを出ると雰囲気が一変し、眼前に見える旅客船に並ぶ人々でごったがえす周辺の喧騒が出迎えてくれる。



「んじゃ俺らは列車で移動するかね」

「ああ、行き先はカッペイナ国だったか?」


「そういうこった。暇だったら小遣い稼ぎに俺の手伝いでもするか?」

「小遣い欲しさに命を差し出す趣味はないぜ」


「おーおー、この親切でサービス精神溢れる俺の誘いを断るわけだ?」

「……検討させてもらおう」

「列車の旅は長い。ゆっくりご検討下さい」


 二人は港の喧騒から離れるようにして、その場から立ち去るのだった。





「ん〜」


 バードゥは自分の番が来るのを待ちながら、乗船に並ぶ客をじっくりと一人ずつ慎重に観察していた。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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