22 それぞれの旅立ち
今話はあとがきの方に本話の中盤部分別バージョンを掲載しています。
結果は同じなのですが過程が少し違う感じです。
(一旦距離を空けないとッ……)
追い詰められた俺はなんとか隙を作ろうと【火遁の術】を発動した。
ぼふっと空気が破裂するような音と共に俺の体から大量に白い煙が発生する。
◆
「ググッ」
ぐにゃりと歪めたイーラの口元から喜悦の音が漏れ出た。
受け入れられない醜悪な姿へ変貌し、ケンタを確実に追い詰める。
この姿になると感情の制御が難しく、どうにも本能のままに動いてしまう。
以前なら相手にかみつくことなど絶対しなかったが、今は逆にやりたくてしようがない。その気持ちを抑えられず、二度もかみついてしまった。
だがそのせいでかみつきを嫌がったケンタがなんとか引き離そうと剣を振るい、自身の肩を傷つけていたのには失笑を禁じえない。
追い詰められたケンタはそこから更に煙幕を使った。
人の身だったころはそれに惑わされもしたが今は問題なく対処できる。
匂いを辿れば問題ないからだ。
それは以前対応されたケンタ自身も知っているはず、それでも同じことを繰り返したのはよほど切羽詰っているのだろうと思うと、歪んだ口元が更に曲がる。
あれだけ傷を負った上にこちらに対策がある方法でしか切り返しができないとなると、相手はもはや虫の息で自身の勝利はゆるぎない物だろうと確信する。
逃げ惑うケンタを追い詰める喜びに打ち震え、レイピアに付いた血の匂いを嗅ぐ。相手の微細な動きも逃さないように新鮮な匂いを入念に記憶する。
匂いを再度記憶し、確実にとどめを刺してやろうと嗅覚に集中すると異常な悪臭が鼻を突いた。
「グルッ!」
あまりの異臭に思わず声が出てしまう。
それは位置を探れるほどに研ぎ澄まされたイーラの嗅覚では耐え切れないほどの匂いだった。そのあまりにも強烈な悪臭のせいでケンタの匂いに集中できない。
イーラは視界が悪い煙の中で苛立ちながら悪臭の原因を突き止めようと匂いがする方向へレイピアを突き立てた。手応えを感じて引き寄せるとそれはただの靴下だった。
「グルアアアアアアアッ!!」
こけにされたことに唸り声をあげるイーラ。
こんな小賢しいマネで自慢の嗅覚を誤魔化せると思ったら大間違いだと再度匂いを辿る。
すると大量にある靴下に巧妙に隠されたケンタの匂いを発見する
「グアアアオオッ!」
“そこだっ!”とレイピアを突き下ろす。
白い煙が充満する中、目を凝らすとうっすらと見えるのはうず高く積まれた衣類の山。そんな布山の隙間から覗く見慣れたベスト目掛けてレイピアを突き入れ、何度もえぐる。
感情を抑えきれず、何度も突き入れ、何度もえぐる。
止めの一発といわんばかりに、今までの気持ちを全て込めた全力の突きを繰り出す。凄まじい勢いで繰り出されたレイピアはベストを容易く貫通して地面を深々と貫いた。
「グアアアアアアアアオオオオオオオオンンンンッ!」
手応えを感じ、勝利を確信し、歓喜の咆哮を上げる。
やってやった、これで終わったと全ての気持ちを噴き出す。
そんな咆哮に吹き飛ばされるかのように煙が徐々に晴れていく。
濃厚な白い煙が薄れ、段々と景色がはっきりしてくる。
勝利を確信したイーラがケンタの死体を確認しようと顔を近づけた瞬間、凄まじい閃光がその目を襲った。
◆
煙幕を発動した後、俺はすぐさま匂いの囮を設置して自身へカモフラージュを施し、隠れて隙を窺う。
身を潜めながら鞘にしまったドスに触れ、【気配遮断】の部分発動を適用させようと集中する。
イーラはレガシーの靴下の匂いを嗅いで激高していたが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、俺の捜索へと戻る。
自慢の鼻を使い、俺が潜む方へと一歩二歩と進んでくる。
そして、レイピアを振りかぶると俺のベストを着込んだ皮袋へ振り下ろした。
何度も何度も突きを振るい、最後はしっかりと溜めをつくって全力の突きを見舞う。
手応えを感じ、勝利を確信したイーラは歓喜の咆哮を上げた。
俺は咆哮を上げて隙だらけのイーラを確認すると爆弾を起爆させる。
衣類の山に仕込んだ爆弾から激しい閃光と衝撃波が発生し、イーラを包み込む。
驚愕の表情を見せるイーラはすんでのところで獣的直感を発動させ、爆発から身を守ろうと退いた。
だがその行動は一瞬遅く、レイピアは折れ、盾は衝撃で吹き飛んだ。
俺はその隙を逃さず、【水遁の術】を使って潜んでいた背後の沼から一気に飛び出す。
吹き飛んだ衣類の山から水飛沫を上げて飛び出す俺へと向き直り、目を見開くイーラ。
レイピアと盾を吹き飛ばされ、よろめきながらも俺に向けて鋭利な爪を振るう。
――だが、遅い。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
イーラの爪が俺の顔を掠め、頬の肉をえぐっていく。
構わずドスを握る手に集中する。
【縮地】、【気配遮断】、【暗殺術】、【かまいたち】、【居合い術】を発動したドスをイーラ目掛けて振るう。
――チン。
鞘におさめる音と共に腕を振り上げたまま固まるイーラが胴の辺りからゆっくりと分断されていく。
分断され地面へと落ちた上半身は真っ白な体毛が落ち、元の人の姿へと戻っていた。
切り分けられたイーラはまだ息があるようだったが、その顔からは強い感情を感じることができず、何かが抜け落ちたかのように空虚なものになっていた。
「……ここまでの……ようですね。……取り戻すはず……だったのに」
「……そうだな」
「あちらで…………待っていますよ」
「悪いな、先約があるんだ」
「あらあら……、こんなに……麗しい女性からの誘いを断るなんて……ありえませんね」
「旨い酒には変えられないってことさ」
「こう見えて…………私はあまり飲めません……」
「それは残念だったな。お前の分も俺が飲んでおいてやるよ」
「それはそれは……お優しい申し出ですね……」
「あばよ」
うわ言のように呟くイーラの頭部目掛けて俺は片手剣を振り下ろした。
事切れたイーラを見下ろしながら片手剣を振ってまとわりついた血を落とす。
片手剣を鞘に収め、イーラに背を向ける。
「行くか……」
イーラに最後の別れを告げた俺はレガシーの後を追うためその場を離れた。
◆
「く、そ……」
レガシーは首を絞められた状態で体を吊り上げられ、意識が朦朧としてきていた。
薄れ行く意識の中、眼下で自身を吊り上げる女の顔を見れば自然と出た言葉もくやしさを表現する物となってしまった。そして……、その一言を最後にとうとう声も出なくなってしまう。
何とか正気を保とうとするも視界がぼやけ、景色が歪んでいく。
女の後ろに広がる暗い海と夜空が混ざり合い、濃い藍色が渦を巻いているように見えてしまう。
「レガシーー!!!」
混濁した意識の中、自分を呼ぶ声が聞こえる。
目を動かせば全身に傷を負い、泥まみれのケンタがこちらへと走ってくるところが見えた。
――来るな。
と、言いたかったが、もはやその言葉を発することが出来る程気道は開いておらず、血流を圧迫されているため意識もはっきりしない。
せめて腕を上げて制止させようと試みるも、自分の意志とは裏腹に指先すら満足に動くことはなかった。
動かした目だけがこちらへと駆けて来るケンタを捉える。
腰に有る木製の短刀に手をかけ、こちらへと猛然と走ってくる姿が目に焼きつく。
その姿を見る限りこちらの真意が伝わることもなく、むしろ焦らせてしまっただけのようだった。
ケンタは必死の形相で凄まじい速度へと加速し、こちらへと向かって来る。
女もその事態には気付いたようだったが、緩慢で多くのことに対処できないらしくレガシーを締め上げることに注力する。
そしてあっという間にケンタがこちらへと到達し、短刀を振るった。
目にも留まらぬ速さで振るわれた短刀はレガシーを拘束して固まる女の首を捉え、はね飛ばした。
切断された首は眼前に有る崖へと吸い込まれるように落ちていく。
首を失った体も一気に力を失い、レガシーを手放すと、そのまま倒れるようにして崖へと落下していった。
朦朧としていたレガシーもそれにつられて崖に落ちそうになるも、そこでケンタが肩を掴んで引き止める。
「大丈夫か!?」
ケンタの声がレガシーの耳に届く。
レガシーは未だ意識がはっきりしないのかその言葉に返事をせず、ゆっくりと立ち上がる。
「肝を冷やしたぜ」
一人で動けることを確認し安堵したのか、ケンタは軽くレガシーの背をはたいた。
背をはたかれ一歩前に踏み出したレガシーは無言のままゆっくりとケンタの方へ身体を向ける。
「レガシー?」
レガシーの対応に違和感を覚えたのか、ケンタが問いかける。
が、その呼びかけに無言で拳を返してしまう。
「グアッ」
負傷しているうえに突然のことだったため、ケンタは対応できずにその身に拳を受けて倒れてしまう。
「っ! なんだよ!」
ケンタは訳も分からず殴られた頬を押さえながらこちらを見上げた。
だが、レガシー自身もケンタを殴ってしまったことに驚いて固まっていた。
無意識に行ってしまったことだったため、事が起こってから自分が何をやったか気づいたのだ。
「ッ! ……すまん」
レガシーの顔が驚いたものから、なんとも形容し難い複雑な表情へと変化する。
「おい、大丈夫か?」
やはり様子がおかしいと感じたのか、ケンタは起き上がりながら再度声をかけた。
◆
(仇じゃなくて仲間の方だったのか……)
声をかけたあと、レガシーの様子から俺は工場でのことを思い出す。
あの時襲い掛かってきたのは以前の仲間だと言っていた。
止む無く応戦することになり、結局相手を全滅させた後の表情と今のレガシーの顔がそっくりだった。
森の中で女を見つけてから血相を変えて追いかけはじめていたため、残された仇を見つけたのかと思っていたがどうやらそうではなく、仲間の方だったのだろうとレガシーの様子を見て予測する。
「……俺の方こそすまん、もしかして今の奴も昔の仲間だったのか?」
大事な仲間を殺めてしまったかもしれないことに気付いた俺は即座に謝罪する。
それと同時に謝ったところでどうにかなる問題ではないことも分かってはいた。
沈痛な面持ちを見せるレガシーは俺の言葉を聞いてもすぐに反応せず、静かな時間が経過する。しばらくしてレガシーは重い口を開き、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「……お前は何も悪くない」
レガシーは搾り出すような声でそう言うと背を向けて歩き出した。
「おい、どこに行くんだ!」
俺は集合場所とは違う方向へと向かい出すレガシーを呼び止める。
「お前は何も悪くない、それは分かっているんだ。だが、気持ちの整理がつかない。少し頭を冷やしてくる」
レガシーは数歩進んで立ち止まると背を向けたまま俺にそう答えた。
◆
――ケンタは何も悪くはない。
森の中では遠方だったため外見で判断することは叶わなかった。ついさっきは自分が死に掛けていたため、それどころではなかった。お互い一杯一杯だったため、事前に説明するという考えにも至らなかった。
何よりあの状況で悠長にできることなど何一つなかった。
だが、眼前で姉の首をはねられて笑顔で助かったと言える心情でもない。
あのままいけば遠くないうちに自分が死んでいたことは確実だし、当然勝つことはできなかっただろう。
そして意志の疎通すらとれない状態を見るに姉を元に戻すことも不可能だったことはしっかりと理解している。理解しているつもりだ。
――だが、それでも受け入れられない。
頭では理解しているのに受け入れられない。
どうにもならない感情の奔流がレガシーの心中をかき乱す。
だからといって何度も命を救われ、今も助けてくれた相手に怒りを向けるのは筋違いだ。そう理解していても今の状態ではきっと自制できずに怒りをぶつけてしまうだろう。
もし怒りを制御できたとしてもこんな状態ではケンタに気を使わせるのは必至だ。
それは自分の望むことではない。
だから気持ちを整理する時間が必要だ、と。
そう思ったレガシーはケンタの前から去ることを選んだ。
目を見て話せばもしかしたら無意識に睨んでしまうかもしれないと思ったレガシーは背を向けたままなるべく短く話す。
「分かった。……すまない」
こちらの雰囲気を察し、今はどんなに言葉を重ねても逆効果だと思ったのか、ケンタも短く答える。
「何度も言うがお前は何も悪くない、だから謝るな。俺が狭量なだけなんだ。……必ず戻ってくる! それまでこいつを預かっておいてくれ」
レガシーは一瞬振り向いて愛用している魔法剣をケンタへと放り投げた。
「ああ」
ケンタは魔法剣を受け止めると返す言葉も短く、ただ頷く。
「私物の片付けも残ってるしな……」
レガシーは背を向けたままぽつりと呟く。
そしてケンタの言葉を待たずに森の奥へと進みはじめた。
そんな去り行くレガシーの背中をケンタは黙って見送った。
……レガシーは自戒の念を込めて自分の愛剣をケンタに渡すとその場から離れた。
いつか必ず戻ると言葉を残して。
◆
ぼんやりとレガシーが去った方向を見つめていると背後から声をかけられる。
「お、無事だったんだな。探したぜ」
振り向けばミックが手を振りながら近付いてくるところだった。
「……何とかな」
俺はなんともいえない気分のまま、ミックに返事をする。
「レガシーは?」
ミックはきょろきょろと辺りを見回しながら聞いてくる。
「あいつは……」
どう話せばいいか咄嗟に思いつかなかった俺は言葉に詰まってしまう。
「まさかやられたのか!?」
それを誤解したミックが目を見開いて驚く。
「いや、大丈夫だ」
「そうか、もしかしてケガして動けないとかか?」
「いや、違うんだ。ちょっとケンカしちまってここには来ない」
どうしたものかと考えた末、ケンカ別れしたと伝える。
「そうなの?」
「ああ、無事だし、自分で島を出ると思う」
「ならいいんだけどな……」
「とりあえず移動しよう」
「分かった。そういうことなら仕方ない……か」
納得していない表情を見せるミックを説得し、島を出る方向で話を進める。
詳しい話は岸に出るまでの道すがらにでも話せばいいだろう。
しかし、どうにも気分が晴れない。
「おい、そんな落ち込むなって」
俺の様子を見たミックが励ますように声をかけてくれる。
「いや、よく考えればあいつが怒るのも当然なんだ」
俺が首をはねたのはきっと昔の仲間だったのだろう。
そりゃ怒って当然だ。
工場の時はそれでもなんとか耐えていたが今回の相手は女だった。
あの乱れようからして、恋人とかだったのかもしれない。
そうなってくると本当に取り返しのつかないことをやってしまったことになる。
「まあその内なんとかなるって」
「……そうだな」
苦虫をかみつぶしたような顔をしているだろう俺の背を叩いて軽い調子で励ましてくれるミック。結構傷だらけだった俺は軽くはたかれただけで大きくふらついてしまう。
「これで依頼は終わったわけだけど、このままこの国にずっといるのか?」
「いや、元々出る予定だったんだが、その前に今回の話になった」
ミックがこれからどうするかと聞いてくる。
俺は依頼を受ける前にこの国を出ようとしていたことを淡々と話した。
「そっか、なら報酬とは別にいいもんやるよ」
「いいもの?」
「豪華客船のチケットだ。ほんとは俺が休暇を楽しむつもりで手に入れたやつだけどお前にやるよ。予定が決まってないなら船旅を楽しみながら国を出ることにしろよ」
「いや、いいよ。ミックも疲れてるだろうし、リフレッシュしてこいよ」
「いいっていいって。そんなしけた面をずっと見せられるこっちの身にもなってくれよ。気晴らしに楽しんで来いって!」
ミックは俺を元気付けようと船のチケットをくれるという。
報酬とは別だと言うし悪い気がするので断ろうとするも、やたら勧めてくる。
そこまで俺は落ち込んだ顔を見せていたのだろうか。
「ん〜でもなぁ。大体その船はどこに向かうんだ?」
「色々と回るが俺のチケットは近隣のカッペイナ国までだ。のどかでいいところだぞ」
「そうか……」
「要人暗殺どころか施設も破壊できちまったし、追加報酬だと思えばいいさ。行って来いって」
「そうだな……、分かったよ」
「お! そうこなくちゃな。レガシーには俺から行き先を伝えておくよ」
迷ったがミックの押しに負けてチケットを受け取ることにする。
行く先も決めていなかったし、豪華客船での船旅も悪くないかもしれない。
レガシーにも伝えてくれると言うし、ここはミックのお言葉に甘えるとしよう。
「……色々すまんな」
「いいってことよ、こっちこそ大助かりさ。んじゃ、お前は先に行ってくれ。俺はレガシーを待ってみるよ。あいつも多分潜水服を取りに来るだろうしな」
「分かった」
「沖で待機してる船には往復してもらうように伝えておいてくれ。まあ無事成功したんだし、これくらいのサービスはさせてもらうぜ」
「了解だ」
「チケットと報酬は明後日霧霞に取りに来い。レガシーとは鉢合わせしないようにしといてやるよ」
「何から何まで悪いな」
そんな俺とミックの会話が終わる頃には出発地点に辿り着いていた。
俺は穏やかな波の音に耳を傾けながら服を脱いで傷の手当てをし、潜水服に着替える。
音のする方へ顔を向ければ夜の海を燃え盛る爆炎が照らし、黒い波の先端が赤くきらめいていた。
(俺から会いに行くべきか悩むが、あんまり謝りすぎるとそれはそれで揉めそうな気もするし、しばらくは大人しく待ってみるか……)
レガシーともう一度話し合うべきか悩んだが、こじれる可能性を考えて少し待ってみることにする。あまり時間が空くようならミックを通じて会いに行けばいいだろう。
「うしっ、行くかっ!」
俺は両手で頬を叩くと島を出る準備に入った。
●別バージョン
目にも留まらぬ速さで振るわれた短刀はレガシーを拘束して固まる女の腕を捉え、はね飛ばした。
切断された腕はレガシーの首からずり落ち、地面に転がる。
「……ぁ、ぁぁ」
女は腕が切断されたのに大した反応も示さず、淡々とレガシーの蛇腹剣を握りこんでいた手を放し、構える。
そして構えたその掌をレガシーの顔へと向けた。
掌には朱色に輝く炎の矢が瞬時に形成されていく。
「レガシィイイッ!」
スキルを使った一撃だったのか女との距離が離れ、隙が生じて動けないケンタは叫ぶことしか出来なかった。
「……くそが」
レガシーは小さく呟くと女の手を払った。
払われた手から発射されたフレイムアローは軌道がそれ、地面を焦がす。
「……ぅぅ」
だが女はすぐさま腕を戻し、再度フレイムアローを形成する。
「クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
レガシーの叫びと蛇腹剣での一閃が同時となる。
力任せに振るわれた蛇腹剣は女の首をばっさりと撥ねた。
激しい剣圧により首は崖下へと落下していく。
自分の行った結果に目を見開き、完全に停止してしまうレガシー。
――そんな数瞬の間に過去の出来事がレガシーの頭の中で甦る。
ある日、動ける者達だけで脱走を試みた。
本当は全員で逃げたかったが動くことすらままならない者も多いため、それは難しかった。
なんとか脱走に成功するも道半ばで気付かれてしまい、追っ手がかかってしまう。
皆、少しでも時間を稼ごうと負傷している者から順に追っ手をひきつけると言って残っていく。最後に残されたのは自分と姉の二人だけだった。
包囲された状態で断崖まで追い詰められ、もう駄目だと思ったとき、突然姉が自分を突き落とした。それと同時に姉の体を大量の剣が突き抜ける。
落下しながら手を伸ばすも追っ手が振るった大量の剣に貫かれながらも笑っていた顔が遠ざかって行く。
今でもあの時の光景が目に焼きついて離れない。
そんな目に焼きついていた表情と落下していく首の顔つきが重なって見えてしまう。
レガシーが呆然と立ち尽くす中、首を失った体も一気に力を失い、そのまま倒れるようにして崖へと落下していった。
朦朧としていたレガシーもそれにつられて崖に落ちそうになるもそこでケンタが肩を掴んで引き止める。
「大丈夫か!?」
ケンタの声がレガシーの耳に届く。
レガシーは未だ意識がはっきりしないのかその言葉に返事をせず、ゆっくりと姿勢を正す。
「肝を冷やしたぜ」
一人で動けることを確認し安堵したケンタは軽くレガシーの背をはたいた。
背をはたかれ一歩前に踏み出したレガシーは無言のままゆっくりとケンタの方へ身体を向ける。
「レガシー?」
違和感を覚えたケンタはレガシーを呼びかける。
「やっちまった……」
が、その呼びかけに返ってきたのはか細い呟きだけだった。
「おい、大丈夫か?」
やはり様子がおかしいと感じたケンタは再度声をかけた。
(仇じゃなくて仲間の方だったのか……)
声をかけたあと、レガシーの様子からケンタは工場でのことを思い出す。
あの時襲い掛かってきたのは以前の仲間だと言っていた。
止む無く応戦することになり、結局相手を全滅させた後の表情と今の顔が酷似していることにケンタは気付く。
森の中で女を見つけてから血相を変えて追いかけはじめていたため、残された仇を見つけたのかと思っていたがどうやらそうではなく、仲間の方だったのだろうとレガシーの様子を見て予測する。
「もしかして今の奴も昔の仲間だったのか?」
ケンタは呆然と佇むレガシーに問いかける。
沈痛な面持ちを見せるレガシーはケンタの言葉を聞いてもすぐに反応できず、静かな時間が経過する。しばらくしてレガシーは重い口を開き、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「……すまん、少し頭を冷やしてくる」
レガシーは搾り出すような声でそう言うと背を向けて歩き出した。
「おい、どこに行くんだ!」
集合場所とは違う方向へと向かい出すレガシーを呼び止めるケンタ。
「すまん、気持ちの整理がつかないんだ。しばらく一人にしてくれ」
レガシーは数歩進んで立ち止まると背を向けたままケンタにそう答えた。
ぼんやりとした足取りでゆっくりと歩を進めるレガシー。
再会できたのに結局救えなかった。
ついさっきは自分が死に掛けていたためそれどころではなかった。
お互い一杯一杯だったため事前に説明して協力を得るという考えにも至らなかった。
何よりここまでの状況で悠長にできることなど何一つなかった。
あのままぐだぐだと闘い続けていれば死んでいたのは自分の方だ。
そして意志の疎通すらとれない状態を見るに姉を元に戻すことも不可能だったことはしっかりと理解している。理解しているつもりだ。
――だが、それでも受け入れられない。
頭では理解しているのに受け入れられない。
どうにもならない感情の奔流がレガシーの心中をかき乱す。
こんな状態ではケンタに気を使わせるのは必至だ。
それは自分の望むことではない。
だから気持ちを整理する時間が必要だ、と。
そう思ったレガシーはケンタの前から去ることを選んだ。
腑抜けた面を見られたくなかったレガシーは背を向けたままなるべく短く話す。
「わかった。……すまない」
今はどんなに言葉を重ねても逆効果だと思ったケンタも短く答える。
操られていたとはいえ、仲間を傷つけてしまったことも謝罪する。
「お前は何も悪くない、だから謝るな。俺が弱いだけなんだ。……必ず戻ってくる! それまでこいつを預かっておいてくれ」
レガシーは一瞬振り向いて愛用している蛇腹剣をケンタへと放り投げた。
「ああ」
ケンタは蛇腹剣を受け止めると返す言葉も思いつかず、ただ頷く。
「私物の片付けも残ってるしな……」
レガシーは背を向けたままぽつりと呟く。
そしてケンタの言葉を待たずに森の奥へと進みはじめた。
そんな去り行くレガシーの背中をケンタは黙って見送った。
……レガシーは自戒の念を込めて自分の愛剣をケンタに渡すとその場から離れた。
いつか必ず戻ると言葉を残して。
●というわけでケンタのやらかし度が低いバージョンです。
ただ、切羽詰った状況で助けるとなるとやっぱり一発で倒そうとするかなと思い、本文バージョンを採用しました。本文バージョンでレガシーの回想を入れるとさすがにやりすぎな感じがするのでカットしております。
八章を終えての方に載せるか迷ったのですが今回はこちらに掲載しておきます。




