21 燃え広がる宵闇
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「うおっ」
イーラの突きを受け止めると同時に側面からキラーウルフが飛びかかってきた。
俺は思わず声を上げながら咄嗟に手に持っていたナイフを投げつけてキラーウルフを仕留める。
「ちょ、タイマン勝負じゃないのかよ! なんだよそのキラーウルフは!」
不意の攻撃に焦った俺はキラーウルフとの連携に抗議を入れる。
「そのような約束はした覚えがありませんねぇッ!」
イーラはそう言いながら盾で殴りかかってきた。
「クソがっ!」
俺は素早くバックステップで盾攻撃をかわしつつ距離を空け、全体の把握につとめる。
辺りを見渡すとさっきまで行儀良く二列に座っていたキラーウルフ達が全てこちらへ向かって来ているのが分かった。
……これはまずいかもしれない。
「フフッ、怯えなさい! 迫る死に恐怖なさい!」
イーラは自身を通り過ぎて俺へと向かうキラーウルフを見守りながら高らかに笑う。
俺は逃げながら態勢を整えつつ、これからどう動くかを考える。
といっても、とにかくイーラとキラーウルフ達を同時に相手にするのはきついので両者を引き離すしかないだろう。先に狙うのは時間がかかるイーラより一発で仕留められるキラーウルフ。そうなってくるとイーラから逃げ回りながらキラーウルフを各個撃破し、数を確実に減らしていくってところだろうか。
俺がそんなことを考えながら走っているとキラーウルフが追いついて並走してくる。
キラーウルフは餓えた眼をギラつかせ口から大量に涎を撒き散らしながらこちらへと向かって来た。
「ヴオオンッッ!」
早速うなり声をあげた一匹のキラーウルフが俺へと飛びかかって来る。
「オラアッ」
考えがまとまった俺は飛びかかるキラーウルフをかわしながらすれ違い様に片手剣で腹を裂く。
が、そのタイミングを狙いすましたかのように俺に向けて何かが凄まじい勢いで飛来した。
俺はそれに気づき、咄嗟に軽く頭を傾けて飛来した何かをかわす。
何ごとかと飛んで来たものを確認しようと首を回す。
すると後方の木に大きなツララが深々と突き刺さっているのが見えた。
飛んできた方を見ればこちらへ手をかざした姿勢のイーラが目に入った。
「フフッ」
イーラはとても楽しそうな笑顔を俺に向けてくる。
かざした掌から冷気を思わせる白い霧のようなものが出ているのが見えた。
「なんだそりゃ……」
「フリーズアローです。知らないのですか?」
余裕の笑みを見せるイーラに訊ねるも質問の意図が伝わらず、見当外れの回答しか返ってこなかった。俺が聞きたかったのはそういうことじゃないんだが……。
「前はそんなもの撃ってこなかったよな?」
「使えたのに使わなかっただけかもしれませんよ」
改めて問うも適当に煙に撒かれそうになる。だが、以前戦った状況でそれはない。
一度目も二度目もイーラは死にかけていた。特に二度目は回復魔法が使えなくなっていたし、あの状況で他の魔法が使えるとは考えにくいだろう。
随分と変化した今の外見から予想すると最後に会った後に何かがあって新たに魔法が使えるようになったと考えた方がしっくりくる。
そんな事を考えながら新たに迫り来る二匹のキラーウルフをかわして攻撃を叩き込む。
俺は【剣術】スキルに身を任せ、安定した片手剣捌きで二匹を仕留める。
しかしまた剣を振り終えたタイミングを見計らったようにフリーズアローが飛んでくる。
「ッ!」
俺は片手剣でなんとかフリーズアローを弾きつつ姿勢を整える。
そこへ息つく暇なく、新たなキラーウルフが飛び掛って来た。
俺はドスを握り、タイミングを合わせて【居合い術】を発動させる。
夕方のように紅く照らされた森で振るった【居合い術】は朱色を帯びた銀閃を煌かせキラーウルフを両断する。ドスの一撃を受け空中で真っ二つに裂けたキラーウルフは、地面へと無様に落下した。
そんなキラーウルフの死体をじっくり確認する間もなく、次のキラーウルフが飛び掛って来る。
俺はドスを鞘にしまわず、そのまま【短刀術】へと切り替え、飛び掛って来るキラーフルフ目掛けて連撃を見舞う。ドスの連撃を受け、首と片足を切断されたキラーウルフは三方向に飛び散りながら絶命する。
そこへさらに三匹のキラーウルフが迫る。
俺はキラーウルフ達を迎え撃とうと一気に接近した。
まず片手剣を振り下ろし、一匹の頭を割る。
次にドスを振るい、もう一匹を仕留める。
更に片手剣をキラーウルフの頭部から引き抜く勢いを利用して力任せに振り抜いた切り上げを俺に飛びかかろうと空中にいた最後の一匹に見舞う。
何とか三匹を倒すも、剣を振り上げて固まったところへフリーズアローが飛来する。俺は面倒臭そうに頭を傾けてそれをかわす。
フリーズアローが来た方を見れば、したり顔のイーラがすっと離れていくのが見えた。
こちらへ接近してこないのはありがたいが意外と面倒だ……。
「お行儀よくじっとしていられないものですかね」
「時と場合によるな」
やれやれといった感じで肩をすくめるイーラを警戒しながら周りの様子を窺う。
すると七匹のキラーウルフが俺に呼吸を整えようとする間すら与えないかのように駆け寄って来るのが見えた。
俺は一旦ドスを鞘にしまいつつ、【縮地】を発動。そして一番近いキラーウルフへと肉薄した瞬間に再度抜刀し【居合い術】で首を撥ね飛ばす。
俺は素早くドスを鞘にしまいつつ、【縮地】の影響でお互い通り過ぎたためこちらへと方向転換しようとしているキラーウルフ目掛けて振り向き様に鉄杭を連投する。
【手裏剣術】を使って投げつけた鉄杭はこちらへ振り返ろうと立ち止まるキラーウルフの頭部に小気味いい音を立てて突き刺さっていく。
だが、一気に終わらせようと調子よく連続投擲を続けていると、こちらが嫌がるタイミングでまたもやフリーズアローが飛来する。
俺はギリギリのタイミングでこちらへと迫るフリーズアローを体をそらしてかわしつつ、キラーウルフ達へ向けて【縮地】を発動させた。
【縮地】を使い、さっきと同じようにすれ違い様に【居合い術】で一匹仕留め、お互い背を向けたところから鉄杭を投擲して倒す。立ち止まった俺目掛けてフリーズアローが来るタイミングで投擲をあきらめ、再度【縮地】を発動し斬りつける。
――ドサッ。
俺の【居合い術】を受けた最後の一匹が地面へと倒れる音が聞こえる。
キラーウルフはこれで全滅だ。
残すは……、イーラのみ。
「やっと二人きりだな」
キラーウルフと狼人間の死体で埋め尽くされた地面を踏みしめ、イーラヘと近付く。
イーラもそれに応じてこちらへと歩み寄ってくる。
「あらあら、私をもてなすにしてはいささか汚らしい場所ですね」
「そうか? お似合いだろ?」
「その減らず口も今日を最後に聞けなくなると思えば少し名残惜しいですね」
「俺の美声が聞けなくなるなんてお前もついてないな」
「今の私にとって貴方の死は何ものにも代え難いのですよ」
こちらへと歩いていたイーラは俺から数歩離れた所で立ち止まり、殺意むき出しの視線を送ってくる。
立ち止まったイーラは俺を睨んだまま両腕をだらんと垂らし、両足を大きく開いた。そして何を思ったか口を大きく開けると夜空を見上げるように顔を真上へと向ける。
「グウウウゥウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!」
突如イーラが咆哮する。
人とは思えない叫び声と共にイーラの全身が白い体毛に包まれ、口元が歪み、まるで獣のように変化していく。
「え?」
俺は眼前の出来事に呆気に取られて呆然と立ち尽くしてしまう。
「グルルッ」
遠吠えのような咆哮が辺り一帯に響き渡るころには青と黄金の双眸を持つ白狼が眼前に立っていた。
俺はその光景に目を疑う。
「前は獣臭い知り合いはいないって答えたけど、どうやら俺の知らないうちに一人できたみたいだな」
「グウアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!」
イーラは再度咆哮するとレイピアを構えて俺へと突きかかってきた。
武器を問題なく扱っていることから判断するに、どうやら獣の姿になっても思考はできるようだ。だが、さっきから吼えはするが全く言葉を返してこないので発声することはできないのかもしれない。
「っと」
俺は片手剣でレイピアでの突きを受け流す。
が、以前受けた突きより力が強くなっているようで思った以上に受けにくかった。
そのせいか少しもたついてしまう。
「グルルァアッ!!」
イーラがそんな隙を見逃すわけもなく、出遅れた俺目掛けて盾が迫る。
「っ!」
俺は振り回される盾を目で追いながら身を屈めてかわす。
盾が俺の体を掠めたところで普通にドスを抜き【短刀術】を発動させると滑らかな動きでイーラの側面へと回りこむ。
「グアオオンッ!」
が、イーラはその凶悪な身体能力を活かして力任せに方向転換をしてきた。
こちらを目で追うイーラは動きの流れなど全く無視し、筋肉の力で強引にねじ曲がると、回り込もうとする俺目掛けて突きを繰り出してくる。
だが、無理矢理体を振ったせいか突きの軌道がはっきりと分かる。
俺はそのままイーラの周囲を旋回するように動いてその突きもやりすごした後、一気に接近し連撃を見舞う。
「オラアッ!!」
肩、首裏、背面へとCの字を書くようにドスを滑らかに動かす。
一度強引に体をねじって動いたせいかイーラは俺の攻撃をうまくかわすことが出来なかった。
「グッ!」
三箇所を斬られ、少しよろめくイーラ。
「ハッ!」
俺はその隙を逃さず、よろめく背にショルダータックルを仕掛ける。
これで転倒させれば更に追撃できると思い仕掛けたタックルだったがイーラの凄まじい筋力に抵抗され、全く体勢を崩せなかった。
「グルァッ!」
イーラは俺を引き離そうと振り向き様に肘を繰り出す。
「うっ」
タックルに失敗しイーラに密着していた俺は肘打ちを受けて数歩後退してしまう。
「グアアオッ!」
そこへイーラが盾を構えて突進してくる。
俺は堪らず盾をかわして横軸方向へと駆ける。しかしイーラは地面へ足を突き刺すようにして強引に方向転換し、追いすがってくる。
諦めて迎え撃とうと身構える俺にイーラの連続突きが迫る。
(変身した影響か……?)
以前のイーラはレイピアと盾を駆使して相手を惑わせて隙を作ったり、相手の武器を絡め取ったりしていたが今はまるで別人だ。
眼前に立ちはだかるのは力の権化のような獣。
変身した今のイーラはその増大した筋力を活かしてひたすら正面から突進するという方法をとってくる。正面から来るので予想がしやすく反撃を入れやすいはずなのに凶悪な身体能力のせいでそれが叶わない。
柔軟な動きや絡め手が失われた代わりに力と速さが増している印象だ。
攻撃の威力も格段に上がっているようで、受け流すタイミングが遅れるとこちらの防御行動を無視して攻撃が突き入れられる可能性がある。
「ハアアアアッ!!」
俺はイーラから繰り出される連続突きを片手剣とドスを使って弾き続ける。
軌道は読みやすいが力強い突きはタイミングが遅れるとこちらの剣を弾き飛ばして突き刺さりそうな勢いだ。
なんとか連続突きを捌ききり、イーラが再度突きを繰り出そうと後退した瞬間を狙って回し蹴りを放つ。蹴りはイーラの腹に突き刺さるも、まるで分厚いゴムの塊を蹴ったような感触が俺に跳ね返ってくる。
「グルッ!」
自身の腹に当たった俺の脚を見てぐにゃりと顔を歪ませるイーラ。
そして、盾を突き出して殴りかかってきた。
俺は威力を相殺しようと不自然な姿勢のまま盾に片手剣を合わせて振り下ろす。
――ゴンッ!
が、抵抗空しく俺の振り下ろしは盾に弾かれた。
剣が弾かれただけでは済まず、盾はそのまま直進し俺の上半身へとめり込む。俺は車にはねられたかのような衝撃を受け、派手に吹き飛ばされた。宙を舞いながらまさか弾き飛ばされるとは思わなかったと朦朧とした意識の中で驚愕する。
数瞬後、俺はぬめりのある地面へと叩きつけられた。
それでも衝撃が収まらず、泥を跳ねながら転がり続ける。数回転がり全身にくまなく泥がついたところで狼人間の死体にぶつかり、やっと静止する。
揺れる意識の中、なんとか復帰しようと頭を振って立ち上がるとイーラが空中から突きを見舞おうと飛び上がってレイピアを振りかぶっている姿が霞む目に映った。
夜空に浮かぶ月と空中で踊るイーラが被り、全身が白光を放つ。
「グアアアアアオオオオオンンンッッ!!!」
淡い月の輝きを反射しながらレイピアが俺へと突き出される。
「く……ッ!」
俺は空中から振り下ろされる突きにあわせて片手剣を振るうも完全に弾ききれず、胸を狙った一撃が腹を掠める。
「うおおおおおおっ!!」
俺はレイピアが腹を切ったことなど構わず、イーラの首へ向けてドスを振るう。
――ギインッ!
が、ドスはイーラのアギトにかみ止められてしまった。
イーラは刃をかみながら顔を寄せ、青と黄金に輝く歪んだ双眸が俺をねっとりとねぶる。
(まずいっ!)
ドスを引き抜こうとするも、イーラにかみ締められて抜けない。
手を放すという選択肢が一瞬思いつかず、焦った俺の顎に下から盾が撃ち当てられてしまう。
「ガウウウンンッッ!」
イーラは盾でのアッパーを当てる瞬間に口を空けてドスを振りほどき、俺を思いきり打ち上げた。
俺は激しい衝撃を受けてそのまま空中へと投げ出されてしまう。
激しく顎を揺すられたダメージと空中に投げ出されたことにより、俺は意識が朦朧として前後不覚に陥ったまま地面へと叩きつけられた。
「……うぅ……」
再度ダウンし、なんとかふらつきながらも立ち上がるところへイーラがレイピアを構えてこちらへ突進してくる姿がおぼろげながらも目に映る。
意識が未だはっきりしない状態ではかわしきれないと判断した俺は【縮地】を発動。イーラの突進に対して真横に移動してやりすごそうとする。
なんとか迫り来る突きの初撃はかわすことに成功するも、イーラは力任せに急停止すると直角に曲がって追いすがってきた。
「グアオウッ!」
イーラの吼え声とレイピアでの次撃が俺へと迫る。
「ぐっ……、うおおおおっ!」
俺は転ばないように不自然な足取りで後退しながら片手剣とドスを必死に動かして連続突きをそらし続ける。
イーラの剣捌きは以前のように変幻自在というわけではなく直線的で軌道が読みやすいのでなんとかなっているが速度と力が強く、こちらのひるんだ体勢を復帰させるのが難しい。
復帰しようとするとすぐに強力な突きが来て結局ふらついてしまうのだ。
そんなことをしているうちに再度ぬかるみへと突入してしまう。
水気をたっぷり含んだ土は俺の足にまとわりつき、足捌きに影響が出てくる。
俺が焦りの色を見せる中、そんなぬかるみを力技で跳ね除けるイーラの突きが連続で繰り出された。
なんとかイーラの連続突きをしのぎ、後退するもどんどん足元の水の量が増えていく。
違和感を覚えた俺は連撃の隙を見てちらりと後方を見る。
すると背後には大きな沼が広がっていた。
(まずいっ……!)
このままでは動きがさらに制限されて追い詰められると判断した俺は止む無く立ち止まってしっかりと踏ん張る。
「オラアアアッッ!」
そして片手剣を構えるとイーラが放った突きを全力で弾いた。
イーラの突きの威力は凄まじく、少しふらついてしまうも剣を持ったお互いの腕は対象から微妙にそれる。
俺はその隙を逃さす、【剣術】から【短刀術】に切り替え、位置関係を入れ替えようと回り込みながらイーラを斬りつけた。
盾で防がれないようにイーラのレイピアを持つ腕の方から側面へと回りこみ、ドスで連撃を放つ。
俺の行動を見たイーラは防御をしようと盾を動かすも間に合わず、ドスが脇腹や背を捉えた。
「グアアアオオンッ!!」
が、イーラは斬りつけられても全くひるまず、俺の方へ向き直ると何を思ったか大きく口を開いてかみつこうとしてきた。
レイピアを振るには距離が近すぎるので打撃のみに注意していた俺は対応が遅れてしまい、肩に思い切りかみつかれてしまう。
「うぐっ!」
「グルルッ!!」
鋭い歯を肩に食い込ませ、俺の血と肉の味を確かめるようにかみついた口を何度も揺すり、目元を歪ませるイーラ。
俺はイーラを引き離そうと腹部目掛けて連続突きを放つも腹とドスの間に素早く盾が滑り込んできて防がれてしまう。
ドスを弾かれ、肩にかみつかれた痛みで顔をしかめているとレイピアがゆっくりと俺の腹に刺し入れられた。
「ぐぁっ……、は、放せッッ!!」
たまらず俺はかみつくイーラの頭部めがけて片手剣を振り下ろす。しかし、それを見たイーラはすっと肩から離れて片手剣をかわした。目標を見失った片手剣は俺の肩へと着地してしまう。
「んっ……ぐっ……」
自らの攻撃で軽く肩を切ってしまう。
完全な自爆行為だ。
「ンングルル……」
そんな俺の行動を見てにやりと口元を歪めるイーラ。
(一旦距離を空けないとッ……)
追い詰められた俺はなんとか隙を作ろうと【火遁の術】を発動した。
ぼふっと空気が破裂するような音と共に俺の体から大量に白い煙が発生する。




