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20 待ち人来たる





「狼人間の方はどうにかなったな……。キラーウルフもあと少しだ」


 俺は混乱が収まりつつある現場を前に呟く。


 突然はじまった狼人間とキラーウルフの戦いはキラーウルフ側が勝利した。


 元々俺が狼人間の数を減らしていたこともあってキラーウルフ達が優勢な状況が続き、ついには全滅させてしまったのだ。


 俺は何とか混戦状態を耐え切り、今は残ったキラーウルフを処理している状態だ。片手剣とナイフを使い、単独で行動する個体を狙って確実に数を減らしていく。


(……動きが変わった?)


 そんなキラーウルフの行動に変化が現れる。


 残されたキラーウルフは勝機がないと判断したのか段々と戦う意志が薄れ、じわじわと後退しはじめたのだ。



「お、帰ってくれるのか?」


 しかし、その場から離れていくキラーウルフを目で追っていると妙な違和感を覚えた。



「ん?」


 後退するキラーウルフ達は段々と整列しはじめ、二列に並んで座ってしまったのだ。キラーウルフとは何度も戦ったことがあるが、今までに一度も目の当たりにしたことのない行動を前にして俺は首を傾げてしまう。


 二列に並んで座ったキラーウルフ達はどう見ても隙だらけで攻撃してくれといわんばかりの状態だ。


 だが、俺の事など眼中にはないようで、皆同じ方向を見つめながらきっちりと背筋を伸ばして座っている。


 キラーウルフ達が作った列の間は大きく開けられており、まるで一本道のようになっていた。


「んん?」


 そしてその列の間を通って一つの人影がこちらへとやってくるのが見えた。



 人影は悠々とした歩調でこちらへと向かって来る。





 キラーウルフ達が跪く中、目的の男まで一歩、また一歩と大地を踏みしめ歩む。


 眼前に立ち尽くす男を見据えながら思い返す。



 はじめは使い捨ての駒として利用するつもりだった。


 が、思いのほか良い動きをした。それを見て使えると判断し、再度利用しようと考え策を弄した。



 ――人影は男へ向けて一歩踏み出す。


 だが、良い動きをし過ぎた。


 途中から制御ができなくなり、最後は自分が追い詰められた上に屈辱を味わうこととなってしまった。



 ――人影ははやる気持ちを抑え、また一歩踏み出す。



 恨みを晴らそうと追い求めるも、追えば追うほど自身の何かを失ってゆく。


 仕事、地位、名声、体、何もかも失ってしまった。



 ――人影は今にも走り出そうとする足を諌め、更に一歩踏み出す。



 もはや自身には何も残らず、残された道に分かれ道など存在しない。


 この僕たちが作る道こそ最後に残された一本道。


 その道の終着点が今、そこにある。



 ――人影は喜びと興奮の余り、叫びたくなる気持ちを抑え、更にもう一歩踏み出す。



 後数歩でそこへとたどり着く。


 それは言い知れぬ歓喜。


 それは言葉に出来ない充足感。



 足を前に出す度にこの時のために歩んできたことを思い知らされる。



 これが終われば自分はどうなるのだろうか。


 新しい道は現れるのだろうか。


 そんな先のことなど考えられず、ただただ今が愛おしい。



 ――人影はもう一度男をじっくりと見るため、立ち止まる。



 目の前の男が苦しみもがく姿を想像するだけで身体が打ち震える。


 無様に這いつくばる姿を夢想し、口元が緩む。



 今はそのためだけにある。



 そのためだけに前に進む。


 そのためだけに全てを注ぎ込み、確実に息の根を止める。



 ……確実に仕留める。



 手馴れた動作で鞘からするりとレイピアを抜く。


 燃え盛る施設の光を受け、レイピアが怪しい輝きを放つ。


 まるで真っ赤な夕日が沈んでいくような明るさの密林で男を見据える。



「あらあら、捜しましたよ?」


 興奮を気づかれないよう、平静を装った声を出す。



 ――人影は言い知れぬ歓喜を悟られないように血がにじむほど唇をかみ締めながらレイピアを構えた。





「んんん?」


 キラーウルフの間を歩いてくる人影に目を凝らすと、それが女だというのが分かる。



 しばらくすると燃え盛る施設のせいで【暗視】を使わずともその姿がはっきりと見えてくる。



 まずはじめに目を引いたのは雪のように真っ白な髪だった。


 髪が真っ白なせいか片目が硝子球のように青く光り、もう片方が黄金に輝いているのが際立って見える。そして女が着ている旅慣れた者が好んで着そうな丈夫な服が俺の記憶の泉から何かを汲み出す。


 俺から目を放さずじっと見つめてくる女の顔には見覚えがあった。



 一歩ずつこちらへと近づいてくる女は男なら誰でも見惚れてしまうような笑顔を俺に向けてくる。


 女は一歩一歩何かを確かめるように歩き、俺の少し手前で立ち止まると鞘から刃の細い剣を抜き、背から小振りな丸盾を出して構えた。


「あらあら、捜しましたよ?」


 女の狂気を孕んだ声が俺に届く。


 ……イーラだ。


 服装は以前と変わらない物を着用していたが、その外見が一変していた。


 髪は雪のように白く、片目が黄金、片目が青に輝いているのだ。



「イメチェンか? 白髪にオッドアイとか盛り過ぎだろ」


 俺はその変わりように驚く。



「フフッ、この髪、美しいでしょう?」


 イーラは俺に笑顔を振りまきながら大仰に髪をすく。


 すると零れ落ちる髪が燃え盛る施設の光に反射して白髪が朱色の輝きを放ち、夕日が差し込んだ滝のようにさらさらと舞い落ちた。


「まあ、綺麗だな」


「あら、素直なんですね」


 率直な感想を述べると驚かれてしまう。


「俺はいつだって真摯で正直だぜ、お前と違ってな」


「あらあら、心外ですね。神秘的でいたずら好きな魅力溢れる女性をつかまえて酷いことを言いますね」


「嘘つきで悪辣の間違いだろ?」


「見解の相違ですね。そういうあなたこそ小心で臆病なだけのくせに」


「俺より俺に詳しいな……、もしかして俺のこと……」



「その先を言えば舌を撥ねますよ?」


「おっと、それは勘弁してもらうぜ。全く、物は言いようだな」



「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」


「返されちゃったよ」



 イーラが俺と話しながら少しずつこちらへと歩を進めてくる。


 間合いが狭まり、妙な圧を感じた俺は両手に持っていた片手剣とナイフを無意識の内に強く握り締めてしまう。



「貴方の命と引き換えに私の日常と心の平穏を返していただきます」


「残念ながら俺の命にそんな効果はないな、他を当たってくれ」



「効果はあります、私限定ですがね。私はそれを求めてここまで来ました。貴方の心臓の奥底にある私の日常をほじくりださせていただきますよ」


 イーラは俺から少し離れた位置で立ち止まると、レイピアの切っ先をこちらへと向けて構えを取る。



「俺の心の奥底にお前の日常が入り込む余地なんてないぜ」


 それに応じるように俺も片手剣とナイフを構える。



 一触即発の空気の中、眼前で施設が一際激しい爆発を起こした。


 逆光に煽られたイーラの姿が影に覆われて黒く染まり、両目が怪しく光る。



「お前を殺す。確実に殺す!」


 狂気の視線を射るイーラが俺へ向けて飛び出す。



「お手柔らかに頼むぜ」


 俺は額にじっとりと汗が滲み出すのを感じながらイーラを迎え撃つ。





「ぐおっ、つええ!」


 レガシーは女が振り下ろした剣を魔法剣で受け止めようとするも、余りに一撃が重すぎて防ぎきれない。衝撃で危うく剣を取り落としそうになりながらもなんとかこらえた。


「……ッ!」


 そんなふらつくレガシー目掛けて女は再度剣を振り下ろす。


「グッ」


 姿勢を崩していたレガシーはかわすのが間に合わず、力任せに振るわれた一撃が肩を掠めた。女が振るった剣は力加減が滅茶苦茶なせいかレガシーを傷つけた後も威力が衰えず、地面を深々とえぐる。


「…………ぁ?」


 ぼんやりとした表情の女はレガシーを切り伏せられず、地面を叩いたことが納得いかないのか首を傾げつつ剣を引き抜く。


「容赦ねえな……」


 レガシーはまだためらいがあるせいか女が剣を引き抜こうとして隙だらけの状態を晒しているのを見過ごし、斬られた肩を手で押さえながら数歩後退してしまう。


「……ぅ」


 再び剣を構えた女はそんなためらうレガシーのことなど構わず向かって来る。


「っと」


 女の攻撃はいくら素早い上に力強くとも一本調子のため行動が読みやすい。


 数回攻撃を受けてそのことが分かったレガシーは女が繰り出した攻撃を難なくかわす。



 力任せに振るった女の凶悪な一撃はレガシーにかわされて地面に接触し、大地を割る。ゆらりと体を起こした女は攻撃をかわして移動するレガシーを目で追いながらすぐさま剣を引き抜き、身構えた。


「はっ!」


 レガシーはその隙を見逃さず、剣を構えて立ち止まる女へ向けて魔法剣を伸ばす。伸ばされた刃は螺旋を描くように特殊な軌道で女が持つ剣へと迫り、刀身に絡みついた。


「……ぁっ!」


 女は自分の剣に絡みついた魔法剣を引き剥がそうと力任せに引っ張る。



 だが、どんなに引こうとも複雑に絡みついた魔法剣がはがれることはなかった。


 しかし、その凄まじい膂力のせいで代わりにレガシーがずるずると引きずられてしまう。



「そいつは没収だ」


 レガシーは引きずられながらも絡みついた魔法剣を思い切り引っ張った。


 更に刃を撒き戻そうと魔力を通す。


 撒き戻る力と引く力が合わさり、強力な力となって女の剣をその手から引き剥がすことに成功する。



 レガシーは魔法剣を収縮させつつ奪い取った女の剣を空中で受け止めると崖へ投げ捨てた。


 持ち主を失った剣は激しくうねり水しぶきを上げる波間へと吸い込まれていく。


「おい、俺だ! 分かるだろ?」


 剣を投げ捨てたレガシーは武装を解いたのでもう大丈夫だろうと判断し、剣が落ちた波間を見つめて佇む女へ語りかけながらゆっくりと近付いていく。


「……」


 ぼんやり佇む女は何度目になるか分からないレガシーの問いかけに答える様子は無い。


 ただただ虚ろな表情で首を傾げる。



「話せないのか? 何か返事してくれよ、なあ?」


 レガシーは身振り手振りを加えながら女に話しかけ、何とか反応を得ようとする。


 しかし、その結果は芳しくなく、話しかけながら近付いた分だけ女との距離が縮まっただけだった。



「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 だが、そこで女は今までの無言を貫いていた姿勢からは想像もできないほどの大声を張り上げた。



 振動を感じるほどの咆哮と共に女の肌が赤く染まりはじめる。


 全身が赤くなると今度は鎖骨辺りにあった角の刺青が怪しく光りながら身体から浮き上がる。平面から立体へと変わり、鎖骨から生えた角はじわじわと伸び、首に巻きつくようにして止まった。


「それは……」


 あまりにも見覚えがある状態になった女に驚愕し、言葉を詰まらせるレガシー。


「アアアッ!」


 女は言葉にもなっていない音を発しながら身をよじって片手をレガシーの方へとかざす。


 すると掌の周囲に十本の炎の矢が出現し、その全てが一気に発射された。


「くそっ!」


 レガシーは眼前の光景に戸惑いながらもなんとか横飛びから前転へと移行し、殺到する炎の矢をかわす。


「ガアアアアッ!」


 だが、女はレガシーの回避軌道を目で追い、変身して向上した身体能力を活かして大きく回り込み、回避の到達地点へと先回りした。


 レガシーを待ちうけ、無造作に手を伸ばす。


「チッ」


 レガシーは舌打ちしながら肉薄された女へと仕方なく魔法剣を振り下ろした。


 が、剣は素手で受け止められ、そのまま握りこまれてしまう。



 魔法剣を握りこんだ女の手からは血がしたたり落ちるも、まったく動じる様子は無い。むしろ握る力を強めて、剣ごとレガシーを引き寄せる。



「なっ!?」


 驚くレガシーを尻目に女は空いた手を素早く伸ばす。


 女の手はレガシーの首を捉え、ギリギリと締め上げた。



「うぐあああああっ……!」


 まるで万力で締め上げられるかのような強烈な握力で首を絞められ、堪らず声を漏らすレガシー。だが女はそんなことなどお構いなしに更に力を強めていく。


「ゴッ、ゴホッッ」


 気道を塞がれ、呼吸が困難になり、むせるレガシーのつま先が地面からゆっくりと離れてゆく。


 女は首を締め上げていた片手のみ力でレガシーの全身を持ち上げたのだ。





「うおっ」


 イーラの突きを受け止めると同時に側面からキラーウルフが飛びかかってきた。


 俺は思わず声を上げながら咄嗟に手に持っていたナイフを投げつけてキラーウルフを仕留める。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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