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18 乱入者





 呆然と立ち尽くすミックの眼前で大爆発が起こる。



 その表情に生気は無く、目は限界まで見開かれ、口も大きく開いていた。


 驚愕の表情を見せて佇むミックの顔を大量の冷や汗がじっとりと伝う。



 凄まじい火柱が上がり、施設群が火の海に包まれていく様は活火山の噴火を思わせるほどだ。



 爆発規模があまりに大きく、不細工な形の山が聖火台のように見えてしまう。


 そして施設が激しく燃え盛るせいで夜明けがきたのかと疑うほど辺りが明るくなっていく。



「……あいつら大丈夫なんだろうな」


 いち早く施設を脱出し、侵入時は使わなかった最短距離のルートを走ってなんとか集合場所に辿り着いたミックは火柱を見ながら独りごちる。



 ミックは防火シャッターを作動させたとき、慌てていたせいもあってケンタとレガシーのことがすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。まさかこれほどの爆発だとは予想もしていなかったため、眼前の惨状を前に冷や汗が止まらない。



「とりあえず準備だけでもしておくか」


 ミックがそう呟きながら合図を送るための発炎筒と着替えの潜水服を出していると、爆発の明かりによって一艇の小舟がこちらへと向かって来るのが見えた。



 身を隠してやりすごそうかと思ったが、小舟がかなり近くまで来ていたためそれもできない。隠れる前に船はこちらへと着いてしまうだろうと予想したミックは諦めて近寄る舟を見守った。



 しばらくすると小舟は岸に到着し、それに乗っていた者が降りてこちらへと向かって来る。



「よう、なんだあのド派手な爆発は?」


「さあな」


 ミックに近付いて来たのはスーツ姿で短髪の女だった。



 死人のように不気味な白さをした肌のせいか月明かりに照らされたスーツの黒さが妙に映える。そして男かと見紛うほど短くした金髪は色素が抜けたように薄く、それに合わせたかのように両目の瞳の青さも薄い。そんな両目が飢えた獣を思わせるほど獰猛に捻じ曲がる。



 そう、その場へ現れたのはケンタを求めてさまようドンナだった。 



 ドンナは要塞の爆発についてぶっきらぼうに聞いてくる。


 だが、詳細を答えるわけにもいかず、ミックは言葉を濁した。



「悪いけどよ、そこをどいてくれねぇか?」


「それは、できねえよなぁ」


 ドンナは爆発に対する興味を失ったのか、今度は道をあけろと言ってくる。


 ミックは未だ他の連中と合流できていないのによく分からない人物を施設の方へ向かわせるわけにもいかず、ドンナの眼前に立ちふさがった。


「二個目にしてなんとか当たりを引いたみたいだしよぉ。こっちはウズウズしてるんだよ。どかねえならやっちまうぞ?」


 ドンナは拳をミシリと鳴らしながらミックを睨みつける。



「明らかに危険人物っぽいしなぁ。どけないわなぁ」


 ミックはそんなドンナの仕草を見て平和的解決を諦めた。


 ケンタとレガシーを待つミックとしては、こんな不審人物を施設の方へ向かわせるわけにもいかず、ドンナの方はそんな妨害をするミックが邪魔で仕方がない様子。


「なら殺す」


 短い言葉と共にドンナの拳が赤黒く染まり、素早く手刀が放たれた。



 格闘家のスキル【瓶切り】だ。



 このスキルは本来鋭い手刀を放つ技なのだが、特殊な使い方もできる。


 それは【瓶切り】発動時に【鉄腕】、【鉄脚】を同時発動させるといったものだ。



 スキル【鉄腕】と【鉄脚】は単体で発動させる場合、スキル発動から使用可能になるまでにタイムラグが発生する。


 しかし、【瓶切り】を同時発動することにより、その遅延時間を無くすことが可能となるのだ。



 だが、【瓶切り】は一度使用するとクールタイムが発生してしまい、その戦闘中に再使用はほぼ不可能となってしまう。つまり高威力のスキルを【鉄腕】を素早く発動させるために犠牲にしてしまうのだ。そのため、この特殊な使用方法は利用されることがほぼなく、ほとんど死に特性となってしまっているのが現状だ。


 そんなメリットの少ない行動をドンナは一切の躊躇なく使用する。


 ――ギィンッ!


【瓶切り】による鋭い手刀でミックの身体が跳ね飛ばされてしまったかと思いきや、まるで金属の刃同士がぶつかるような甲高く独特な音が響く。


 いぶかしむドンナが手刀が捉えた場所を見れば、同じように赤黒く染まったミックの手刀が交差していた。


「無抵抗に殺されるのは御免だよなぁ」


 ミックは手刀同士で鍔迫り合いのようになりながら軽口を叩く。



 そう、ドンナの素早い動きに危険を察知したミックは偶然同じように【瓶切り】と【鉄腕】の同時発動を行ったのだ。


「へぇ、珍しいな」


「あんたもな」


 お互いの職業が同じ格闘家系だったことに驚く二人。



 格闘家はかなり希少な存在で、二人揃うことなど滅多にない。


 その理由はいったってシンプルで大半の者になることが面倒な上に意味がない職業と思われているためだ。


 職業、格闘家は習得条件が微妙に面倒なうえに下位職で同じ前衛となる戦士が簡単になれてしまうため、全く人気がない。


 また、格闘家は職業の特性上、武器を装備できないため、素手でしか攻撃が行えずリーチが短くなってしまい、扱いが難しいと認識されている。


 この二つの事情から格闘家はなることに意味がないと思われ、とても少ない存在となってしまっているのだ。


 しかし、序盤で取得できるスキル【鉄腕】は制限時間なく発動できるスキルのため、そのことに光明を見出した者なら考え方が変わってくるかもしれない。



「それじゃあ、行くぜぇッ」


「止めとけって、俺には勝てない」



 お互い交差していた手刀を引き戻して構えをとるもドンナはそれを見て突進してきた。


 凶悪な表情を見せるドンナを前に面倒だなと呟きを漏らすミック。



 戦闘開始だ。





「ふう……。なんとか脱出できたな」



 俺は爆炎に包まれ施設が炎の城と化していく様を目撃しながら呟く。


「背負ってもらっておいてこんなことを言うのはなんだが、パトリシアが来るかもしれん。油断するなよ」


 するとおぶさっているレガシーから気を抜くなと言われてしまう。



「……だな。合流地点まで慎重に行こう」


 俺はレガシーの言葉に同意すると施設に背を向け、合流地点へと向かうことにする。



 今回はレガシーを担いだまま移動しなくてはならないので、施設正面まで移動してから下山し、平地に出たら森を突っ切って合流地点を目指す形を取ろうと思う。


 このルートならある程度短時間で目的地までつけるし、疲労も少ないだろうと考えた。とはいっても、さすがに舗装された道の真ん中を通ると敵に見つかる可能性が高くなってしまう。なので、その道のすぐ側の森の中を抜けていくつもりだ。これなら多少ごまかしも効くだろう。


「ああ、頼む」


 申し訳無さそうな顔をしたレガシーは俺の背中の上で小さく頷いた。


 俺は燃え盛る施設に背を向けると近場の森へと飛び込み正面ルートへ近付こうと歩を進める。


 …………


「この辺はぬかるみが多いんだよな……」


「足をとられない様に気をつけろよ」



 施設から離れ、集合場所へ向かうため、密林のような場所へと突入する。


 上陸したときも思ったが、この島は水はけが悪いようで、ぬかるみの様になっているところや浅い沼が多い。俺は足元に注意しながら少しずつ進んで行く。


「やべぇっ、止まれ!」


「ん、どうした? って、何だありゃ……」


 しばらく進んだところで背負っているレガシーが俺の首を揺すって警告してくる。何ごとかと思って目を凝らすと、木々の間から大量の人影が見えた。


 どうやら足元を気にしすぎて、前方の注意がおろそかになっていたようだ。



 気づかれないようにしながら木の陰に隠れ、様子を窺うと大量の狼人間が施設へと向かって行くところだった。正規のルートからは大分離れているはずなのに、こんなところで遭遇してしまうとはどうにも運が悪い……。


「クソッ、タイミングが悪いな……」


「でもまあ、こっちに気付いていないようだし、何とかなりそうだな……」



 俺は狼人間のあまりの数の多さに悪態をつく。


 ただ、レガシーが言った通り、まだこちらには気付いていない様子なので、このまま隠れていればやりすごせそうではある。


「あれ? 一人だけ人間がいるな」


 そんな狼人間の集団を注意深く見ていると、中心に一人だけ人間がいることに気付く。少し距離があるのではっきり分からないが、どうも女っぽい。



「どこだ? ッ……!」


 レガシーは俺の言葉に集団を凝視し、その人物に気付くと驚愕の表情を見せる。


 そしておぶさっている俺の背中で身をよじり出した。



「おいっ、背中で暴れるな!」


「すまん。もう大丈夫だ、下ろしてくれ」


 俺が注意すると、レガシーが背から下りると言い出す。


 しばらく前まで変身していたが、もう動けるのだろうか。



「本当に大丈夫なのか? 痺れとかはないのか?」


「ああ、なんとかなる。それよりケンタ、悪いが俺はこれから別行動をとる。合流場所には一人で行ってくれ」


 心配なので大丈夫かと聞いてみると、俺の背から降りたレガシーは何を思ったか、別行動をすると言い出した。


「は? 何言ってるんだ?」


 俺は突然の事に驚く。


「あの人間に用がある。悪いが行かなきゃならないんだ」


 そう言うとレガシーは俺の返事を待たずに駆け出した。



「おいっ、おいって!」


 慌てた俺は咄嗟にレガシーの後を追いかけた。



 二人そろって声を張り、足場がぬかるんでいるにも関わらず走ってしまったためバシャバシャと盛大に音を立ててしまう。


 当然、俺達の話し声と盛大に水溜りを踏み抜いた音を聞いた狼人間達はこちらへと顔を向けてくる。


 ――完全に気付かれてしまう形となってしまった。



「「あ」」


 狼人間達と目が合い、俺達は今ごろになってやらかしてしまったことに気づく。


 自然と声が出てしまった間抜けな俺達は狼人間達の視線を受けてその場で固まってしまう。



 そんな中、一人だけいた人間の女が狼人間達を残して要塞の方へと進みはじめた。



「おいっ、待て!」


 それを見たレガシーが慌てた様子で追いかけようとする。



 だが、眼前には狼人間達が立ちふさがり、前に進むことができない。


 その間に女はレガシーの言葉を無視して早足で森の奥へと行ってしまった。



「俺が引きつけるからお前は少し大回りして後を追え」


 俺は狼人間達と対峙しながらレガシーにそう伝える。


 レガシーの必死な形相からして、あの女も仇の一人なのだろう。


 二人で追うのが理想だが、この状態では誰かが残って狼人間達を引きつけるしかない。


「ッ! すまん!」


 レガシーは少し迷った表情を見せたが、俺と目を合わせると意を決して走り出した。それに反応して狼人間達もレガシーを追いかけようとするも、俺が素早く間に入る。


「……悪いな。ここは通せないんだ」


 走り去るレガシーの後ろに立ち、片手剣を抜きながら狼人間に肩をすくめて話しかける。



「グウウアアアオオッ!」


 俺の言葉を聞いた狼人間の一人が威嚇行動から飛びかかってきた。



「よっ」


 俺へと迫る鋭い爪をかわし様に相手の腹部を片手剣で切り裂く。


 斬られた狼人間は勢いもそのままにぬかるみに顔から突っ込み、動かなくなる。



 ――ヴゥウウオオンッ!


 ――グアアアアアオンッ!


 それを見た他の狼人間達は次々と遠吠えを上げながら臨戦態勢へと移行していく。



「そう焦るなって、俺とたっぷり遊んでいってくれよ」


 こんなことになるなら不意打ちで数を減らしておけばよかったと後悔しながら空いた手でナイフを抜きつつ構えをとる。


 両手に片手剣とナイフを持って構えが成立する頃には新たに三人の狼人間がこちらへと飛び掛って来るところだった。


 …………


「多いな……」


 あれから何匹倒しただろうか……。



 一対複数の状況で、中々善戦できていると思うが、さすがに数が多すぎる。


 正面から戦うにはちょっと相手の数が多すぎるのだ。


 戦闘が進むにつれ、次第に狼人間達の包囲が狭まり、危機的状況が増していく。



 それでも目の前で飛び掛ってきた狼人間の攻撃をかわし、胸にナイフを刺して止めを刺す。


「グアアアオオオンッ!」


 しかし、その陰に隠れるようにして接近していた個体に気付かず、牙の全形がよく見えるほど大きく開かれたアギトが迫る。


「くっ」


 俺は反応が遅れ、傷を負うことを覚悟して身構えた。



「ッ!」


 が、そこで事態が急変する。



 俺と狼人間が交戦していた場所の側面から急にキラーウルフが現れたのだ。


 キラーウルフは俺に攻撃しようとしていた狼人間に飛びかかり、力任せにかみついた。


 不意を突かれた狼人間はキラーウルフに首をかみつかれ、たまらず転がって引き剥がそうとする。



 俺は目の前の光景に一瞬何が起こったか分からず、うろたえてしまう。


 その間に更に新たなキラーウルフが現れ、別の狼人間へと飛びかかっていくのが見えた。キラーウルフたちが現れた方を見やれば大量の群れがこちらへと駆けて来る姿が目に入る。


「どうなってるんだ……?」


 俺が呆けて独り言を呟いていると、こちらにもキラーウルフが飛びかかってくる。


「うおっ」


 俺は迫り来るキラーウルフをかわし、片手剣を叩き込む。


 かわし様に放った俺の一撃を受け、腹を裂かれたキラーウルフは地面に辿り着く前に絶命する。



(数が多いどころの話じゃねぇ……)


 ……大量の狼人間に加えてキラーウルフの群れ、これはさすがにどうしようもない。



 レガシーのためにももう少し時間稼ぎをしたかったが、こうなってしまうと離脱も止むを得ないだろう。


 しかし、俺が焦りながら逃げ道を探している間に狼人間とキラーウルフの戦いが激化していく。


 辺りの混戦は刻一刻と激しさが増していき、もはや何がなんだか分からない状態へと激変していった。


 また、そのせいで戦闘区域が広がり、離脱が難しくなってしまう。



(無理に逃げようとすると目立つな……)


 戦闘区域が広がりすぎたせいでこの場から離れるような動きをすれば注目を集めてしまうだろう。こうなってくると漁夫の利ではないが、とにかく両方の軍勢にダメージを与えるように動いて全体の数を減らして逃げるしかない。



 一旦逃走することを諦めた俺の周囲は大混乱の渦に巻き込まれていく。





「オラアッ!!」


 口端を吊り上げたドンナが突進し、力任せの拳をミックへ放つ。



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