17 女子に言われたい言葉ランキング
「……クソッ、ここまでか」
迫る炎を前に全てを諦めた次の瞬間――。
「よお」
聞きなれた声が自身の耳へと届いた。
「お前……」
「こんなことだろうと思ったぜ。お前は俺がいないとダメだな」
首を反対側へと倒すと見慣れた顔がひょうきんな面をして見下ろしているのが目に入る。それは腰に手を当ててしたり顔をしているケンタだった。
「チッ、“弱い俺を助けて下さい、お願いします”だ、この野郎!!!」
レガシーは舌打ちしながらここで言わなければならない台詞を嫌そうな顔で吐き出した。
「正直なのはいいことだぜ。っと、とりあえず出るぞ!」
「俺一人でも出れたんだからな!」
「はいはい」
などと話していると爆音がこちらへと迫ってくる。
ケンタは憎まれ口を叩くレガシーを素早く背負うと部屋の外へと走り出した。
「すまねぇ……」
「え、何だって? ありがとうございますケンタ様、一生仕えさせて下さいって言葉にしては短いな!」
「お前はこんな時にも相変わらずだな……」
「え? また奢ってくれるって?」
「ああ! しこたま飲ませてやるよ!」
「その言葉忘れるなよ? じゃあ行くぜッ!」
「おう!」
ケンタはレガシーをしっかり支えると凄まじい速度で通路を走りはじめた。
「ぅうおおおおおおおっ!」
レガシーを背負ったケンタは後方から迫る爆炎に追いつかれまいと雄叫びを上げながら全力疾走を続ける。
「おいっ! 前!」
ケンタが全力疾走を続ける中、前方の通路の天井と床から二分された壁がせり上がって繋がろうとしているのを見たレガシーが声を上げる。
「ゥオラッ!」
せり上がる壁をハードル走のようにして飛び越えるケンタ。
飛び越えると同時に二分されていた壁が繋がるようにして綺麗に閉じる。
――ゴウンッ!
閉じる音と爆炎が扉にぶつかる音が合わさり、轟音となって響く。
どうやら、閉じた壁はレガシー達に向けられた妨害目的の罠ではなく、建物の被害を最小限に食い止めるための防火シャッターのようだった。しかし、どちらにせよこちらにとっては進路を妨害するものでしかない。
「やべえぞっ!」
炎を防げて一息つく間もなく、少し前方の防火シャッターが無情にも閉まりはじめるのがレガシーの目に留まる。
「ふぬぅぅうおおおおおおりゃぁあああああっ!」
額に青筋を立てたケンタは己の限界を超えようとするかのような雄叫びを上げ、全速力で疾走する。そして、またしてもシャッターをハードルでも飛び越えるかのようにしてかわす。
が、そこで視界に映ったのはすぐ先で新たな防火シャッターが作動するところだった。
「俺を捨てろ!」
自分を置き去りにして軽くなれば、その分前へ進む速度も上がるしシャッターを抜けられる確立も上がると判断したレガシーはそう叫んだ。
「黙ってろ!」
だがケンタはそう吐き捨てながら走り続ける。
レガシーを置いていけば速度は上がるかもしれない。だが、その動作を行えばそれだけでタイムロスとなってしまう。などと考えてケンタはそう言ったわけではないだろう。
「うっがあああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
ケンタは血走った目を限界まで見開き、脚に込める力を更に強める。
二度目までの綺麗なフォームとは打って変わって、捨て身のジャンプをしたケンタはなんとか防火シャッターを潜り抜けた。
無事シャッターを抜け、二人で床に転げ落ちるようにしながら止まるのと、少し先にあった新たな防火シャッターが閉じるのが同時になる。
前後のシャッターが閉まり、完全に閉じ込められた状態となってしまった。
「どこか……、出られる場所は……」
ケンタはレガシーを床に寝かせると、その場から立ち上がって辺りを見回す。
(……俺に出来る事は)
動けないレガシーはケンタに任せきりになってしまっていることにいら立ちを感じていた。それでも何かできないかと、多少動く首から上を使って視線を巡らせる。
横になったレガシーは周囲を確認し、ここが今まで走っていた通路とは違うことに気づく。
閉じ込められた場所は天井が高く、少し広い空間でロビーのようになっていた。
来客用のスペースなのか他の素っ気無い空間とは違い、天井や壁面には編みこむようにして無数の柱があるのが目に留まる。
「これなら登って上から抜けれそうだな……」
編み重なる柱の隙間から見える天窓を見てケンタが呟く。
と、その時――。
「うおぅ?」
ケンタがびくりと身を震わせる。
「どうした?」
驚きの声を上げたケンタにレガシーが尋ねる。
「いや……、なんか額に水が……」
と、額に水滴が落ちたことを告げるケンタ。
どうやら、天窓を見上げるために顔を上げていたために起きた出来事のようであった。
眉根を寄せたケンタは額に手で触れ、濡れたことを再確認していた。
水滴を拭った手を見つめ首を傾げる。
「水漏れ、か……?」
ケンタは手で拭ったものが少量の雫で無色だったため、そう結論付けようとする。
「おいっ! 上だ!」
ケンタが逡巡する中、ある事に気づいたレガシーが声を張り上げた。
それは身動きが取れず、ずっと天井を眺めていたレガシーだから気づけたこと――。
「え? 上がなんだって……」
レガシーの言葉を聞き、再度天井を見上げるケンタ。
そこには――。
「……ヒャヒャッ」
まるでヤモリのように柱の隙間を器用にすり抜けて移動するパトリシアの姿があった。
「えーっと……、え?」
パトリシアの口からチロチロとはみ出る舌と濡れた手を交互に見るケンタ。
ケンタが濡れた額と手の原因について考察を深めている間にパトリシアは柱の間を飛び移りながら、あっという間に地上へと降り立つ。
そしてうっとりした表情でケンタを見据えると口を開いた。
……もちろん舌を出したままで。
「再会できて嬉しいですケンタさん。ヒャヒャ」
「クッ、女子に言われたいセリフトップテンに入りそうな言葉なのに全く心に響かないっ!」
この世の終わりのような顔をして悔しがるケンタ。
「ずっと貴方の事ばかり考えていたんですよ?」
「おい止めろ! それ以上俺の女子に言われたい言葉ランキングに入ってるセリフを言うのを今すぐ止めるんだッッ!!!」
ケンタの怒声が響くのと施設が爆発する音が重なり、まるで盛大な効果音のようになってしまう。
「滅茶苦茶危機的状況なのになんか締まらねえな……」
絶賛建物が崩壊中の中、寝転んだまま動けないレガシーは対峙する二人を見てそんな呟きを漏らした。
◆
俺の目の前にはボディペイントかと疑うほどピッチリとしたラバースーツを着たパトリシアがチロチロと舌を出しながら零れんばかりの笑顔を振りまいていた。
どうやら俺と再会できたのが相当嬉しい様子。
もちろん俺も再会できて嬉しい…………はずもなく、むしろ勘弁してほしい。
この場は防火シャッターっぽい隔壁が全方位で閉じているので、爆炎がこちらまで来るのに時間はかかるだろう。とはいってもそれもいつまで持つか分からない話だ。
爆炎に耐えられるほどタフじゃない俺としては一刻も早くここから脱したい。だというのに、眼前のパトリシアはそれを許してくれそうにない。
モテる男のつらいところだ。
「ではそろそろ私に殺されてください。ヒャヒャッ」
笑顔のパトリシアはそう言うと大振りのナイフを抜いて丹念に嘗め回しはじめる。あのナイフ……、味でもついてるのだろうか。
「お断りだ!」
「お前生きてたのかよ」
俺が大声で断りを入れるのと、レガシーの疑問が被る。
「レガシーさんもお久しぶりです。とりあえず用があるのはケンタさんだけなので、貴方はそのまま帰ってもらって構いませんよ?」
ナイフを執拗に嘗め回しながらレガシーへと視線を向けるパトリシア。
心優しい彼女は標的は俺だけなので、レガシーは見逃してくれると言う。
だが、レガシーは今動くことができない。
「そうもいかない状況なんだよな、これが」
レガシーはパトリシアの言葉に寝転んだまま首だけ動かして答える。
「全くままならないもんだぜ」
そんな中、俺は片手剣を抜いて構えた。
「では二人仲良く死んでください。ヒャヒャ」
パトリシアはナイフを舐めるのを止めるとニタリを目元と口元を緩める。
「「断る」」
俺とレガシーはうんざりした顔での返答がぴったり揃う。
両者共に即答だった。
「……行きますよぉ? ヒャヒャッ」
パトリシアは俺達の返事を聞き流し、一瞬全身脱力したかのように体を緩ませると今度は一気に体を緊張させ、こちらへと身を躍らせた。
「来るんじゃねぇっ!」
俺は片手剣を構えつつも、空いた手でシッシッと追い払う仕草をする。
「ヒャヒャッ」
俺の言葉を無視してパトリシアはこちらへと接近し、ナイフを突き出す。
全身の筋肉をしならせ、力がナイフ一点に注がれたかのような一撃が俺へと迫る。
「クッ」
俺は片手剣で受け流すようにしながらナイフを逸らす。
その隙を軽減させようと空いた手でパトリシアへ拳を突き出した。
が、考えることは同じのようで俺が繰り出した拳とパトリシアが放った掌打が激突する。
「中々いい動きをしますね。待ち望んだ獲物があっけなくやられるより、こちらの方が断然イイですっ。ヒャッ!」
パトリシアは掌打で受けた俺の拳をグッと握ると力任せに引き寄せて頭突きを放ってきた。
「お前、掃除屋と気が合いそうだよなッ」
俺は彼女の放った頭突きを頭を傾けてかわし、膝蹴りを見舞う。
だが、こちらの膝蹴りに向こうも膝蹴りを合わせてきて相殺されてしまう。
「心外ですね。あんなマゾみたいな人と一緒にしないでいただきたいですね」
片手剣とナイフ、拳と掌、膝と膝が交差する中、耳元で否定される。
頭突きをかわした後で顔が近すぎたせいかパトリシアが話すと舌が動いて俺の耳に触れ、生温かい唾液が耳元を伝う。
「ッ! 違うのかッ!?」
耳元で暴れる舌にビクリとしながら掃除屋とは違うと言うパトリシアに驚く。
「その驚き方……、苛立ちを覚えますね……。私は仕事、彼は趣味ですからね」
「……仕事でマゾを?」
「……黙りなさい」
パトリシアは俺とのこう着状態を脱しようと強引に力押しすると見せかけて一気に身を引いた。
「うっ」
つられた俺はその反動で姿勢が崩れ、一歩前に踏み出してしまう。
「ヒャッ!」
そこへ鞭のようにしなった蹴りが俺の首へと直撃する。
「クッ」
蹴りをもろに食らった俺は更にふらついてしまう。
「ヒャヒャーーー!」
それを好機と判断したパトリシアは全力を乗せたナイフで突きを放ってきた。
全身の筋肉をしならせ、独特の軌道を描く刺突が俺へと繰り出される。
「オラアッ」
俺はその突きを片手剣の【剣檄】で弾く。
スキルは成功し、お互いピンと張るほど腕が弾き飛ばされる。
俺は空いた手でドスを抜き、素早く切り替えた【居合い術】を発動させた。
途端、大きく腕を上げて、がら空きになったパトリシアの上半身を銀閃が通過する。
――チン。
俺のドスが鞘に納まるのとパトリシアの腹から胸にかけて、斜め上に血が噴き出すのが同時となる。
「ぐあッ」
たまらず悲鳴を上げ、ふらつくパトリシア。
「ぶっとべッ!」
俺はその隙を逃さずよろめくパトリシアの腹部へ全力の蹴りを放った。
「……アッ」
俺の攻撃を受けて一気に吹き飛ぶパトリシア。
部屋の端まで転がり、壁に激突してやっと止まる。
――ドオオオンッ!
それと同時にパトリシアとの間に燃え盛る巨大な柱が大量に落下して完全にこちらへの道を塞いだ。
そして朦朧としながら立ち上がるパトリシアの両脇から大量の爆炎が迫ってきているのが見えた。
「どうやら再会できたのが少し遅かったみたいだな」
「そのようですね……。名残惜しいですがここは一旦退くとしましょう」
「その状況から脱出できるのか?」
「……またお会いしましょう。ヒャヒャッ」
その言葉と同時にスウッと姿が消えていくパトリシア。
そこへ凄まじい勢いで爆炎が殺到し、何も見えなくなってしまう。
「おいっ、ボヤッとしてる暇はねえぞ!」
「だな。上だ、天井に登るからな」
眼前の光景を呆然と見つめていたが、レガシーの言葉で我に返る。
俺はレガシーを担ぐと【跳躍】と【張り付く】を使って天窓から脱出を試みることを伝えた。
「いつもすまん」
「それは言わない約束でしょ、おとっつあん」
「何だよ、その台詞」
「む、こっちじゃ定番じゃないのか……」
レガシーの謝罪を緩和しながら上を見上げて飛び移れそうな場所を探す。
何とか飛び移れそうな場所に目星をつけ、俺はレガシーを背負ったまま【跳躍】を発動し、天井の柱目掛けて跳ぶ。
編みこむように張り巡らされた柱に【張り付く】を使って張り付くと、次の柱目掛けて【跳躍】し、上を目指す。
「何とか行けそうだな……」
そう呟いて張り付いた柱から元いた場所を見下ろせば眼下は完全な火の海と化していた。
「た、頼む早く出てくれ……」
俺に支えられた状態で高所にいるのが耐えられないのか、レガシーがか細い声を頼りなさげに出す。
「ああ、分かってる。……落ちたら丸焼きだな」
俺は激しく燃え盛る地上を見下ろしてやり直しがきかないことを確認すると、慎重に天窓を目指した。
◆
呆然と立ち尽くすミックの眼前で大爆発が起こる。
その表情に生気は無く、目は限界まで見開かれ、口も大きく開いていた。
驚愕の表情を見せて佇むミックの顔を大量の冷や汗がじっとりと伝う。




