16 健闘賞
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「わけが分からん……」
俺が呆然と溶けゆくエルザを見ていると、不意に背後から物音が聞こえてくる。
「グッ、どうやら他の連中もやられたみたいだね……」
振り向けば真っ赤に染まった白衣を着たトボッロが操縦席から這い出しているところだった。……どうやらまだ生きていたようだ。
「お、生きてたんだ。てか、そんなことも分かるんだな」
息も絶え絶えに呟くトボッロを見て、警戒を強めながらそんな言葉を返す。
「僕はゴメンだけど、彼らは体を散々いじっていたからね、……わかるのさ」
「へ〜、てことはあいつら上手くやったみたいだな」
トボッロの言葉を信じるなら、どうやら他の奴らもターゲットの抹殺に成功したようだ。これなら後はここから脱出さえすれば完全な依頼達成となる。
俺がそんな事を考えていると、瀕死のトボッロがこちらを見据えてニヤリと口を開いた。
「……完敗だよ。ここまで来て、たった数人にいいようにしてやられるとはね」
「褒めても何もでないぞ?」
瀕死であるトボッロの声に覇気はなく、全てを諦めたかのようだった。
確かにたった三人にここまでかき乱されれば応えるだろう。
「なら逆に僕から君へ賞品を出そうじゃないか。健闘賞ってやつさ」
「現金がいいな。他はいらん」
なぜかトボッロは俺達の健闘を賞してくれるという。
俺はその言動に身構える。
「そうか、残念ながら現金ではないんだ。でもきっと気に入ってくれると思うよ」
「そうなの?」
素早く懐を探り、俺へのプレゼントを取り出そうとするトボッロ。
残念ながら警戒して攻撃を加えようとした俺よりもトボッロがそれを取り出す方が早かった。
鉄杭の投擲姿勢で固まる中、開かれたトボッロの掌の上には鈍い光を放つ小さな金属の箱が乗っていた。意表を突かれたが、見る限り驚異も感じなかったので俺はついその箱を凝視してしまう。
「ああ、これさ……」
トボッロは震えがおさまらない手を動かして何やら煙草の箱ほどの小さな金属の直方体を俺へと見せてくる。よく見ると箱は縦に切れ目が入っており、握りこんだことによって横幅が狭まっていることがわかった。
「ん、何それ?」
「ボタンさ」
「え?」
軽く驚きつつもトボッロの回答と掌の上の物を併せ見る限り、そのボタンは押された後のようだった。多分懐に手を入れて取り出す間に握りこんでボタンを押したのだろう。
そして、俺の疑問の声と同時に……。
『自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。爆発まで後十分となります……』
……室内に備え付けられた拡声機能の魔道具から無機質な声が部屋全体に響き渡った。
「え?」
「アハハッ、どうだい! 気に入ってくれたかな?」
俺のとぼけた顔を見て満足気に笑うトボッロ。
どうやら今のスイッチで自爆装置が作動したらしい……。
「やってくれたな……」
「死にたくなければ早く逃げた方がいいよ? 十分で外に出られるならね!」
「言われなくてもそうするさ」
俺はそう言いながら投げそびれた鉄杭をトボッロの額目掛けて投げつけた。
「ガッ」
「……とんだ健闘賞だぜ」
短い悲鳴と共に事切れたトボッロを見ながら愚痴る。
これ以上何かされると困るので止めをさしたが、時既に遅しといった感じではある。
(まあ、俺は【疾駆】を発動すればなんとかなるだろう……。それより他の奴らは大丈夫かな)
俺には【疾駆】や【跳躍】など、こういうときに役立つスキルがあるので逃げ切れる自信はある。だが他の奴らは制限時間から考えて結構ギリギリになるかもしれない。
(いや、でも……)
……そこまで考えて俺はあることがふと気になった。
(レガシーは変身してたらマズイんじゃぁ……)
もしレガシーが変身していたらその効果が解けた後、しばらく動けないはず。
そうなってくると逃げ切るのは不可能になってしまうだろう。
「やべぇな……」
【疾駆】を発動した俺は自然とレガシーが向かった部屋へと走り出していた。
◆
『自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。爆発まで後十分となります……』
ミックはパトリシアを逃がした方を見つめながらその放送を聴いていた。
「そうきたか……。まあ、大打撃を与えられるから、こちらとしては願ったり叶ったりだな」
アナウンスを聞いたミックは落ち着いてそう呟く。
ミックからすれば元々この施設も後日破壊するつもりだったので、それが早まっただけの話だった。
(自爆ってことは中の奴らもタダじゃ済まないだろうし、他の博士が最後の抵抗に作動でもさせたのかね……)
ケンタは幸運にもトボッロの独白により他の動向を知ることができたが、ミックにそれは叶わない。
またミックは前回工場内にずっといたため、レガシーの変身については何も知らず、その事についても考えが及ばなかった。
自分に何か出来るかと考えるも、制限時間から逆算すると今からできることは何もないだろうと判断し、脱出を試みる。
「さっさと外に出ちまうか……」
ミックはそう呟きながら側にあった小部屋に入り、ロッカーの中から白衣を取り出して羽織る。簡単な偽装をして部屋を出ると通路へと顔を出す。
すると我先にと施設から避難していく者たちの姿が目に入った。
周囲を確認すると、混乱が増す要塞内で放送前と同じ行動をしているのは狼人間達だけだった。
「……まずいな。このまま島の外に出られると折角密集してた奴らが散り散りになっちまう」
ミックは逃げ出そうとする人員を見て顔をしかめた。
重要人物の処理には成功したが、これでは他の者達を各地にばらまいてしまうことにもなりかねない。
「くそっ、何かないか……」
そう考えたミックは再度博士の部屋へと戻り、何か方法はないかと辺りを慌てて調べはじめた。
「これだっ!」
そう呟いて見つけたのは防火シャッターの作動スイッチだった。
作動スイッチを調べると実験施設という面と要塞という面を併せ持つためか、防火シャッターは色々と設定できることが分かった。
実験中に事故が発生した場合被害が広がらないようにという目的と敵が攻め込んで来たときのバリケードという両面から考えられているのだろう。
区画ごとの起動、もしくは全箇所の起動など、かなり細かく操作できる様子。
「当然全て作動だな……」
ミックは何の躊躇もなく全ての防火シャッターが作動するボタンを押した。
……そして押した後に気付く――
「あ、俺らも出れなくなるんじゃぁ……」
――自身が要塞の出入り口からかなり離れた研究棟にいることに。
「な、なんとかなるだろ!」
ミックはそう呟きつつも力任せに扉を開け、全力疾走で出口へと向かうのだった。
◆
『自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。自爆装置が作動しました。建物にいる人員は速やかに退避して下さい。爆発まで後三十秒となります……』
仰向けに寝るレガシーの耳に一刻も早く避難しろと無機質な声が届く。
数分刻みに流れるアナウンスは、とうとう三十秒を切ってしまった。
「……ここで終わるのも悪くないか」
放送を聞きながら、そんなことを呟いてしまう。
力を使った副作用で一時的に全身が麻痺したレガシーは大の字に寝そべって天井を見上げていた。今回はかなり無茶な魔力の運用をしたので、しばらく動くことはできない。もはや施設の自爆を回避するのは不可能だった。
自爆装置が作動したということは相手をそれだけ危機的状況に追い込んだということなのだろう。きっと他の奴らが上手くやってくれたのだと考える。
――レガシーは体の力を抜き、ゆっくりと目を閉じる。
本当はここまで来れるはずはなかった。
逃亡生活を続ける間に捕まって致命傷を負った時点で死ぬはずだった。
だがたまたま居合わせた男に助けられた。
当てもなかったというのもあるが、特に他意も無く恩を返すということだけで、その男と行動を共にすることとなった。
そんな最中、幸か不幸か会うことは叶わないと思っていた仇とも再会を果たす。
男に助けられ、なんとか相手を討つことに成功する。
しかし、それで心が晴れることはなかった。なぜならまだたった一人だからだ。
自身を、仲間を玩具のように扱った奴らの数は両手に収まらない。
むしろ今まで不可能だと思って諦めていたことを成してしまったために気持ちの揺らぎが強くなってしまう。
その後も男と行動を共にし、何度も助けられた。
その度に男はお互い様だと笑って言う。
確かにそう言われるだけの修羅場を二人でくぐってきた。
だがそれは決して苦痛だったわけではなく、むしろどこか心躍るものだった。
そんなある日、憎む相手を殺してくれと依頼される。
何も考えずその誘いに即答した。
自分だけで蹴りをつければいいと思っていたが、男も同行すると言う。
危険なので来るなと言っても男は軽い調子で引き受けた。
男が即答するのを見て自然と苦笑を返していた自分に気がつく。
きっと無意識に相手に対して心強さを感じていたのだろう。
そして今、最も憎む相手を討つことに成功した。
ここまでできるはずもなかったことができたのだからこれで良かったのかもしれない。そう思うと、多少の晴れやかさと達成感も感じられる。
だが、思ったほどではない。
それより、男が無事でいるかどうかの方が気になる。
きっとなんとかやっているだろう、とは思う。
いつもの飄々とした感じで難なく逃げ切るはずだ。
確証もないのにそう思えてしまう。
こんなことに巻き込んで悪いことをしてしまった、と今更になって後悔がつのる。
だが、今の自分にできることはもう何もない。
動けないのだ。
もはやここで迫り来る死を待つしかない。
一番の仇は討てたんだし、それでいいのかもしれない。
――そう考えた瞬間、ゲッカーから聞いた姉のことが頭をよぎる。
「チッ、気になることがまだあった……」
だが身体は動かない。
動けずに横になっている間も遠くで爆発音が連続で聞こえ、確実にこちらへと近づいてきているのが分かる。
動けない身体で頭を横に倒すと、丁度眼前の壁が爆炎に飲み込まれるのが見えた。
「……クソッ、ここまでか」
迫る炎を前に全てを諦めた次の瞬間――。
「よお」
聞きなれた声が自身の耳へと届いた。




