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15 風船男





「ククッ、まあいい。お前と会えたのは運が良かったかもしれない」


 ゲッカーは椅子から立ち上がり、レガシーの正面へと移動すると、おもむろに白衣を脱ぎはじめた。



「それは良かったな」


 ゲッカーの唐突な行動を見て、何かの罠かもしれないと攻撃するか迷ってしまうレガシー。



「ああ、私の体もほぼ完成形に近づいた。後は君の中にある遺産、つまりアークデーモンの角を返して貰うだけだ」


 どこか自慢げな表情を見せるゲッカーはそう言いながら白衣と上着を脱いでいく。



 ゲッカーが服を脱ぎ終えると寝る間も惜しんでずっと机にかじりついていたと思わせるほど、やせ細って不健康な上半身が露わになる。


 そしてそんな弱々しい身体には縦横無尽に縫合跡があった。



「その体……」


「ククッ、お前たちで何度も検証した結果をその目で見るがいい。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ゲッカーの咆哮と共に体の中に大量のモグラでもいるかのようにうぞうぞと何かが這い回り、全身が一気に膨張しはじめる。その体はまるで空気を入れすぎて破裂する寸前の風船のように膨らみ続けた。


「なんだ? 体を膨らませる芸を覚えたのか?」


 膨らむゲッカーを呆然と見つめるレガシー。



「ククッ、言っているがいい。この力の前にお前は死ぬ!」


 風船のように膨れたゲッカーの体が整い、均整の取れた体つきへとじわじわと変化していく。やせ細り朽ちた枯れ枝のようだったゲッカーの体は一瞬で歴戦の戦士を思わせるほど精悍なものへと変貌を遂げた。


「俺が穴あけてしぼませてやるよッ!」


 レガシーは躊躇なく魔法剣を変身中のゲッカーへ向けて突き出し、伸ばす。



「やってみろ! 私はここだ!」


 ゲッカーは自身へと迫る魔法剣を見ても微動だにしなかった。


 口元を歪め、両手を掲げて迫り来る刃を待ちうける。



「オラァッ!」


 レガシーの放った渾身の一撃はゲッカーの胸元に深々と突き刺さった。


 その刺突は常人相手なら絶命に足る威力だろう。



「ククッ、その程度か!」


 そんな一撃を受け、刺突部分からは少なくない量の血液が流れ出ているにも関わらずゲッカーは余裕の表情を崩さなかった。


 次の瞬間、薄く笑みを浮かべたゲッカーが全身に力を込めると刺さった魔法剣が筋肉に押し出されるようにしてずるりと引き出されてしまう。


「な!?」


 レガシーは予想外の出来事に驚愕しつつも伸張させた刃を引き戻す。



「ハァアアッ!」


 ゲッカーはその隙を逃さず一気に接近し、拳を繰り出した。


 変身したゲッカーの速度はレガシーの予想を上回り、無防備に晒した身体へと攻撃が迫る。


「ぐおッ」


 レガシーの鳩尾にゲッカーの拳がめり込む。


 そして拳が振りぬかれると同時にレガシーの体は宙に浮き、吹き飛ばされた。


 拳を受けたレガシーは軽くないダメージを負いながら地面を激しく転がる。



「折角力を使ったんだ。もう少し楽しませてくれよ?」


 ゲッカーは自慢の腕を披露するかのように高く掲げて見せながら口元を吊り上げ、地面に這いつくばるレガシーを見下ろした。


「ッ! フレイムアローッ!」


 次撃を恐れて焦ったレガシーは転倒した姿勢のまま魔法名を叫ぶ。



 ゲッカーへと向けた掌に魔力が集中し、一瞬にして朱色に輝く炎の矢が形成されると凄まじい勢いで飛んでいく。


 だが、今まさに自身へと飛来する炎の矢を見てもゲッカーの余裕の表情は揺らがなかった。ゲッカーはその場から動こうとせず、ゆっくりと片手を前に伸ばす。


「ククッ」


 放たれた炎の矢はゲッカーのかざした掌に命中し、熱に耐え切れなかった指先が炭となって地面へと落下する。


 掌は原形をとどめないほど黒ずんでボロボロになっていたが、ゲッカーが力むと肉が盛り上がってそれを包み込み、何ごともなかったかのように綺麗に成形してしまう。


「あ?」


 その凄まじい再生力に驚愕し、唖然としてしまうレガシー。



「そんな所で寝そべっていてもいいのかな? フリーズアローーッ!」


 炎の矢を防ぎ、再生したゲッカーの掌から今度はツララのような氷の矢が複数発生し、お返しといわんばかりにレガシーへと迫る。


「クソッ」


 レガシーは転がるようにして殺到する氷の矢をかわし、立ち上がる。



「ククッ、そっちへ行くと思っていたよ!」


 だが、レガシーが回避した先には、そこに来るのを予想していたかのようにその場へと駆け寄りながら拳を振りかぶるゲッカーがいた。反応が遅れたレガシーは迫るゲッカーをかわすことができず、咄嗟に腕を交差して拳を受ける。


 ゲッカーの拳を受け止めたレガシーは防御を固めるも、凄まじい力の前にじわりと後すさってしまう。だがなんとか拳をせき止めたとレガシーが安堵した瞬間、それが間違いだと気付く。


 ゲッカーの肘は曲がっており、腕は全く伸びていなかったのだ。



「ッ!!」


 今までが予備動作であり、力が解放されるのはこれからだと気付いて言葉を失うレガシー。


「ハハッ! 吹き飛べっ」


 ミシリと何かが軋む音と共にゲッカーの腕が一気に伸ばされる。


「ぐあああッ!」


 それと同時にレガシーの両足が浮き上がり、そのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。まるでボールを遠投するかのような軌道で部屋の隅へと投げ出され地に打ち付けられる。追撃を恐れたレガシーはすぐさま立ち上がろうと全身に力を込めた。


「ゲホッ……」


 なんとか身体を起こすも、たまらず吐血するレガシー。



 震える膝に力を入れて立ち上がるとゲッカーは追撃もせずに薄い笑みを浮かべてレガシーを見据えていた。レガシーはそんな余裕を見せるゲッカーの態度に苛立ちを感じながら、ふらつく足取りで飛ばされた距離を歩いて戻る。


「そのままでいいのかい? 死んでしまうよ?」


「クソがああああああああああああああああああああああああああッ!」


 覚悟を決めたレガシーが咆哮する。



 叫び声と共にレガシーの肌が真っ赤に染まっていく。


 そして顔にあった角の刺青が這い回る虫のように少しずつ頭頂部へと移動する。


 刺青の移動が額の上部へとさしかかると激しく発光をはじめ、同時に刺青は表皮を破って突き出したかのようにみるみるうちに実体化し角の様相を呈してくる。



「ククッ、そう来なくては」


「余裕を見せたことを後悔させてやる……!」


 レガシーが変身する間も一切攻撃せず、その様をじっと見守り、待っていたといわんばかりの表情を見せるゲッカー。光を放つ角を生やし真っ赤に染まった肌となったレガシーは静かな怒りをゲッカーへと向ける。


「無駄だっ! 私には勝てない!」


「フレイムアロオォッ!」


 ゲッカーの挑発に魔法を発動するレガシー。



 手をかざし、魔法名を叫ぶとレガシーの周囲に複数の炎の矢が発生した。


 変身前のレガシーでは度重なる改造手術の影響で一度に一発しか作り出すことができなかった炎の矢だが、変身すると威力が向上した上に複数同時展開が可能となる。瞬時に六発の炎の矢を作り出したレガシーはゲッカーに向けてそれらを一斉に放った。


「ッ!」


 咄嗟に反応できなかったゲッカーはまともに防御行動もとれずに全てのフレイムアローをその身で受け止めてしまった。


 一気に殺到した炎の矢が起こした爆煙により、ゲッカーの姿が隠れて見えなくなってしまう。


「ざまあみろ……」


 レガシーはそんな眼前の結果に満足しながらニヤリと笑う。


「そんなものか!」


 だが、視界を遮っていた爆煙を突き破るようにして拳が現れ、レガシーへと叩き込まれた。


「グアッ」


 ゲッカーの拳がレガシーの胸部へとめり込む。


「無駄だと言っただろう!」


 爆煙が晴れ、レガシーへと振るわれた拳の先にはフレイムアローで肉を焼き削られた姿のゲッカーが立っていた。その傷は致命傷と言っても過言ではないほどむごたらしいものに見えるがゲッカーの表情に焦りはない。


「その様でよく言うぜ」


 変身したため身体能力が強化されたレガシーは拳を受けても物ともせずに踏みとどまる。



「これか? こんなものはこうだ!」


 打撃を防御され、間合いを取ろうと数歩後退したゲッカーが叫ぶと同時に一瞬にして身体が風船のように膨らむ。


 そしてすぐに元の状態にしぼむと焦げ痕が全てなくなっていた。



「ウオラッ!」


 凄まじい回復力に驚きながらもレガシーは隙を見せるゲッカーへ向けて魔法剣を突き伸ばす。魔法剣の刃はドリルのように螺旋を描きながらゲッカーへと到達し、攻撃を振り払おうとした片腕を削り取った。


「無駄だ!」


 ゲッカーは腕を千切られても動じず、再度腕部分の肉を盛り上がらせる。


 不気味な音を立てて増殖を続ける肉塊が成形されると千切れた腕が元通りになっていた。


 調子を掴むように再生された手を開閉するゲッカー。



「うるせえっ! フレイムアロオオオオオッ!」


 あまりの展開に動揺を隠せないレガシーは力で押し切ろうと更に魔力を込め、十発の炎の矢を同時に放つ。


 更にダメ押しといわんばかりに魔法剣も伸ばして炎の矢の後を追わせる。



「ブアアアッッ!!」


 圧倒的な量の魔法をその身に受け、さすがに声を漏らしながらふらつくように後退するゲッカー。そこへ遅れて魔法剣も到達し、爆風に風穴を開けるようにして突き進む。


 螺旋を描く魔法剣の刃は炎の矢が発生させた爆煙を吹き飛ばし、ゲッカーの胸部中央に大穴を穿つ。



「……自慢の身体もそれだけ食らえばもう終わりだろ」


「無駄だあああああぁっ!」


 レガシーはゲッカーの上半身に空いた大穴という常人では生存不可能な結果を見て身体の緊張を解こうと深く息を吐いた。


 が、そんな状態でもゲッカーは咆哮し、またもや身体を膨らませる。



 すると瞬時に全てが元の状態へと戻ってしまう。


「どうなってるんだ……」


「ククッ、再生能力の高いモンスターの因子を組み込んだんだ。ちょっとやそっとでは死なんぞ!」


 再生を終えたゲッカーは驚いて呆然とするレガシーへ向けて走り出した。



「ちょっとやそっとじゃなけりゃいいんだろっ! ならこれだっ! フレイムゥゥゥウウウ……、アロォォォオオオオオオッ!」



 レガシーは更に魔力を練り、ドラム缶を三個直結させた大きさの炎の矢を形成して自身へと迫るゲッカーへ向けて飛ばす。


 ――ゴウッ!


 極大の炎の矢は周囲の空間を焼くような音を立ててゲッカーに直撃した。途端、凄まじい大きさの火柱が吹き上げ、周囲を乾いた熱波が駆け抜けた。


 火柱は破裂するように火の粉を辺りへと撒き散らしながら大量の煙を吐き出す。


 レガシーは腕で目元を覆いながら事の行く末を見守る。



「……はぁはぁ」


 肩で息をするレガシーの眼前でゲッカーを覆う煙がじれったさを感じるほどたっぷりと時間をかけて晴れていく。


 煙が晴れると――。


 ――そこには申し訳程度の上半身に片腕と頭部のみになったゲッカーが倒れていた。



 残された身体の断面からは拳大の宝石のような物が露出しているのが見える。


 体の中にあるにしては不自然なそれは怪しげな黒煙を放ちながら鈍い光を放っていた。



「ムウウウダアアアダアアッ!」


 地の底から這い出すような声が響くと同時に宝石が激しく閃光する。


 それと同時にボコボコと音を立てながら肉塊が瞬時に作られ、人の形へと形成されていく。ゲッカーは凄まじい速度で人の形へと変化しながらゆっくりと立ち上がり、レガシーを睨みつける。


「あれは……」


 が、レガシーは凄まじい再生力を見せるゲッカーの肉体より一瞬見えた宝石が気になった。



「今のは効いたぞ……。だが、それだけの魔力を一気に放出すれば変身を維持できまい! これで終わりだ!」


 怒りをあらわにしてレガシーへと駆け寄るゲッカー。



「終わるのはお前だっ!」


 そう言うとレガシーは魔法剣を床に突き刺した。


 突き刺したまま先端から棘を射出し床に縫い付けてしまう。



「何をしている! 気でも狂ったか!?」


 レガシーの予想外の行動にいぶかしんだゲッカーは身構えて立ち止まってしまう。


「うおおぉりゃぁああッ!」


 レガシーは気合いの一声と共に魔法剣を伸ばし、ゲッカーを飛び越えんばかりに上昇する。


「な!?」


 それを目で追い、立ち止まったまま見上げるゲッカー。




「フウウウレェエイイムウウウウウアァアロオオオオオオオオオーーッ!」




 レガシーは全身から全ての魔力を搾り出し、数本の巨木を束にしたような大きさの炎の矢を作り出すと、ゲッカーのいる真下へ向けて射出した。朱色に輝く溶岩の滝を思わせる極大の炎の矢はゲッカーへと降り注いだ。


「ア゛ア゛ア゛ア゛」


 溶岩の塊を全身で受け止め抗おうとするゲッカーのくぐもった声が周囲に木霊する。



 その声も次第に薄れ、だんだんと息を吐くような音へと変わり、最後は命の灯火が燃え尽きたかのように何も聞こえなくなる。


 辺りを静寂が支配し、炎の矢が完全に消えてなくなる頃にはその場に真っ黒な彫像が出来上がっていた。重力に耐え切れなくなった漆黒の彫像は風も吹いていないのにさらさらと崩れ行く。


「再生するなら全部消し飛ばしてやればいいんだよ……」


 空中で変身が解け、地面に叩きつけられたレガシーは起き上がれないまま顔を倒して、消し炭となって宙を舞うゲッカーだった塵を見て呟いた。





「わけが分からん……」


 俺が呆然と溶けゆくエルザを見ていると、不意に背後から物音が聞こえてくる。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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