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13 大盛り二杯





「どうなってるんだ……」


 目的の研究棟を目指すことに難儀していたレガシーだったがある瞬間から見張りがいなくなり、あっという間に博士の研究室前まで到着してしまう。


「開けりゃ分かるか」


 レガシーは躊躇うことなく眼前の扉を思い切り蹴り開けた。



 すると中には一人の男が机に座って黙々とノートに何かを書き込んでいるのが見えた。



 辺りを見渡すも男以外他に誰もおらず、室内が静かなせいかノートを取る音が妙に大きく聞こえてしまう。熱心にペンを動かす男の顔を見て目的の人物だと分かったレガシーは声をかけようと傍へ近づく。



 レガシーはその男の顔を良く覚えていた。


 忘れたくても忘れられないほどには世話になった顔。


 几帳面に整えられた黒髪と細長いフレームの眼鏡、その下から覗く目つきの鋭い顔はターゲットの一人であるゲッカーで間違いない。



「おい」


「…………」


 レガシーが声をかけるもゲッカーは全く無反応でひたすらノートに何かを書きなぐり続けていた。無視されたことに苛立ちを覚えたレガシーは剣を鞘から抜き、平でゲッカーの頭を叩きながら再度声をかける。


「おいって」


「ん? なんでこんな所に君が居るんだ?」


 やっとのことで顔を上げたゲッカーはレガシーの顔を見てもマイペースを崩さなかった。ゲッカーは剣を向けられても一切表情を変えずに疑問に思ったことを口に出す。



「お前、さっきの警報聞いてなかったのか?」


 レガシーもゲッカーの質問には答えずに自身の質問をぶつける。


 折角手下が危険を知らせたというのに、どうやらこの男はそれを無視して研究を続けていたようだ。



「……ああ、うるさいと思ったらそんなものが鳴っていたのか。次からは消音できるようにしておかないとな」


 煩わしそうな顔をしたゲッカーはマイペースに研究環境の改善計画を口にする。



「音が消えたら意味が無いだろうが」


「騒々しいのは研究の妨げになるから邪魔なんだよ」


 ゲッカーは危険より研究が優先されるのは当然のことだといわんばかりの表情で告げる。



「相変わらずだな。この間死んだと思っていたマイケル達に会った。もしかしてあいつも生きているのか?」


 ゲッカーの奇行にはある程度耐性があるレガシーはあまり気にせずに他にも生存者がいるのか尋ねた。


「あいつが誰のことか分からないな。でもまあ生存者はそこそこいるな」


 名前が分からず誰を差した言葉なのか理解できなかったゲッカーは全体としての実験結果を説明する。


 どうやらレガシーが知らないだけで生き残った者達もいたようだった。


 だが……、ゲッカーにとっての生存とレガシーにとっての生存の意味は大きく異なる。その事実を理解しているレガシーはその言葉を聞いて素直に喜べるはずもなかった。


「ローレッタだ。あの人は生きているのか?」


「ああ、君の姉かい? なら生きているよ。君より従順で重宝しているね。再会したいのかもしれないけど、残念ながら今は猛獣の調教に外へ出ているよ」


 レガシーは気になっていた者の名を告げる。


 それは実験に参加していたレガシーの姉の名だった。



 するとゲッカーはその名を聞いてぱっと表情を明るくする。


 しかしそれに続いて語られた内容を聞いたレガシーは無意識に顔を限界までしかめた。


「……そうかよ」



 生きていたことを喜べばいいのか、手下となってしまったことを悲しめばいいのか分からず、そんな言葉しか出てこない。


「ふふ、彼女は素晴らしいよ。完全に我々のコントロール下にありながらある程度思考能力も有しているし、因子との適正も君並なんだ」


 ゲッカーは興が乗ってきたのか嬉しそうにまくしたてる。


 レガシーはその言葉を聞けば聞くほど顔から表情がなくなっていく。



「なら俺はお前を殺しておつかいの帰りを待つとするか」


「誰が誰をだって? 君を作ったのは我々だよ? そんな君が私に適うわけないじゃないか」


 もはや聞くことも無いと判断したレガシーは剣を構える。


 ゲッカーはそんなレガシーの言葉を受け、笑顔を絶やさず見下すような表情を見せる。



「俺を作ったのがお前達だって? 聞き間違いかな」


 じっと睨みながらレガシーはゲッカーに問う。



「う、うるさい! そんな事より君に預けた遺産を返してもらうぞ!」


 ゲッカーは痛い所を突かれたせいか、急にしどろもどろになりながら感情を露わにする。そしておもむろに椅子から立ち上がった。


「お前らが勝手に埋め込んだくせに随分な言われようだな。取り出したら死ぬのに返すわけないだろうが」


 レガシーはゲッカーの挙動に警戒しながら間合いを詰める。



「なら無理にでも引きずり出させてもらうさ」


 そう言いながらゲッカーは指で眼鏡の位置を正しながら口角を吊り上げた。



「はじめからそのつもりだったくせに……。やれるもんならやってみろ!」


 怪しげな表情を見せるゲッカーに立ち止まって怒声を浴びせるレガシー。



 戦闘開始だ。





「また大盛り二杯か……」


 俺は眼前にそびえるロボ二体を前に、自然とため息を零した。



「何の話だい?」


「アーーーーッハッハッハ!!!」


 こちらの呟きを拾ったトボッロが質問してくるが、それを遮るように高笑いが木霊する。



 そんな高笑いにつられて俺の視線がエルザに誘導されてしまう。


 ……やっぱりどう見てもピンピンしているが、一体どうなっているのだろうか。


 よく見れば両眼、両腕が健在だし、いくらなんでもおかしい。



「いや、こっちの話だ。ってか、隣で爆笑してる奴をちょっと前に跡形も無く消し飛ばした記憶があるんだけど、回復魔法ってそこまで万能なのか?」


 元気そうなエルザに疑問の視線を向けながらトボッロに尋ねる。


 あそこまでやって蘇生できるとかありえるのだろうか。



「フフッ、知りたいかい? でも企業秘密だよ! 残念だったね!」


「アーーーーハッハッハッハ!!!」



 が、どういう事情なのかは話してくれないようだ。


 そしてエルザの高笑いは続く。


 ……続きすぎだろ。


「会話が成立しにくいなぁ……。その笑い声、どうにかならんのか?」


「う〜ん、他は素晴らしいのに、これだけはどうしようもないなぁ」


「アーーーーッハッハッハッハッ!!!」



 どうやらトボッロの方もエルザの笑い声にはうんざりしている様子。


 というかさっきからエルザは一切話していないが、どうなっているのだろうか。


 治療の副作用的なもので知能が低下しているとかなら戦いやすくてありがたいのだが……。



「ところで二対一って卑怯じゃない?」


「以前君も彼女相手に二対一で戦っていたじゃないか? さあ、行くよ!」


「アーーーッハッハッハッ!」


 トボッロになんとか一対一にできませんかと相談してみるもすげなく断られる。


 俺の言葉を受けてトボッロの乗った金属巨人騎士が構えをとる。


 エルザは相変わらず笑ったままだったが、あれで構えているのかもしれない。



 結局ここは俺一人でこのデカブツ二体を相手にしないといけないらしい。


「……まあ、行くか」


 俺は武器を抜かずにトボッロの方へ一直線に駆ける。



「この機体は頑丈だよ! 僕自身も完全に乗り込んでいるし死角はない! さあどうする!?」



 トボッロが自信作である金属巨人の完璧さを力説してくる。


 確かにエルザの方は上半身がむき出しだが、トボッロの方は胸部に操縦席があるため全方位が分厚い装甲に守られている。以前戦った経験からいって、俺の武器ではあの装甲を貫くことは叶わないだろう。そうなるとかなり厳しい戦いになることが予想される。


「どうするって聞かれて、こうしますって答えるわけないだろ?」


 俺は走りながらトボッロにそう返す。



 トボッロが操る金属巨人は俺の接近に反応して長大な剣を振り下ろしてくるもワンテンポ遅い。攻撃自体は正確で素早いものだったが、動作に移るまでにわずかなラグがあるのを感じる。


 そのため動きを予想しやすく、かわしやすい。


(性能はいいみたいだけど、中身がそれを引き出せていないな……)


 金属巨人自体の性能は良いのかもしれないが、中に乗って操縦しているのはそれを作った人間であって操縦するのが上手い人間ではない。


 そのせいか金属巨人の性能を充分に引き出せていない感じが窺える。


 テストを兼ねると言っていたし、動かすこと自体大してしていなかったのかもしれない。



 巨剣をかわした俺はトボッロが操る金属巨人へと一気に肉薄する。


「くっ、やるね! だが多少の攻撃ではこの機体はびくともしないよ」


「だろうな」


 俺の接近に焦ったトボッロは攻撃を警戒して防御姿勢に入る。


 動きが固まったのを好機と判断した俺は金属巨人の股下を潜り抜けると【跳躍】と【張り付く】を使ってその巨大な背中にぴったりと張り付いた。


「っ!? 何のつもりだ!」


「こういうつもりさ」


 俺はトボッロが操る金属巨人の背中に張り付いたまま機体の脇の間からエルザ目掛けて鉄杭を投げつけた。


「アーーーーハッハッハ……あ?」


 鉄杭ははじめにいた位置から一切動かずに今も高笑いを続けるエルザの肩に命中した。笑うのを止めたエルザは肩に刺さった鉄杭を黙って凝視し、固まる。


 そして次第に震えだし、こちらを睨みつけてきた。



「おい、敵は背中だ! 分かってるんだろうな!」


 見るに見かねたトボッロがエルザへと指示を飛ばす。


 固まっていたエルザはトボッロの声を聞いて視線をこちらへと向け、続いて機体を方向転換させる。


「どうでしょうねぇ」


 ニヤニヤして待つ俺。


「アーーーーッハッハッハッ!!!」


 そして何の躊躇もなく突撃してくるエルザ。



 二人が操る金属巨人には踵部分に前回同様タイヤのようなものがついており、その大きさに見合わないスピードで前進することが可能のようだった。


「お、おい!!」


 エルザの奇行に慌てるトボッロ。



 このままでは正面衝突も免れない。


 だが、エルザは予想に反してトボッロの前まで来ると急カーブし、背後に張り付く俺目掛けて突進してきた。


「こぉお! ろぉお! すぅう!」


 トボッロが操る金属巨人の背中に張り付く俺目掛けてエルザの金属巨人が巨大な拳を振りかぶる。


「よし! よくやった!」


 ちゃんと指示通りに動いていると喜ぶトボッロ。


 金属巨人の背中に張り付く俺目掛けて凄まじい速度で繰り出された巨腕が迫る。



「よっ」


 俺は【張り付く】を解除して迫る巨拳をひらりとかわした。



 かわした拳は当然トボッロが操る金属巨人の背面に突き刺さる。


 落下する俺の頭上から大質量の金属塊が激突したと思わせる衝突音が辺りに轟く。



「グアアアアアッ!!」


 背後から凄まじい衝撃を受け、トボッロの悲鳴と共に吹き飛ぶ巨人。



 金属巨人は跳ねるように何度か転がって激しい擦過音を出しながら火花を散らして地面を滑ると、しばらくして静止する。


「こ、この程度で……ッ」


 背面からの攻撃を受け、かなりのダメージを負ったトボッロの金属巨人はガクガクと振動しながらもなんとか立ち上がる。


 俺は素早く吹き飛んだトボッロが操る金属巨人を追いかけ、立ち上がるタイミングに合わせて再度背中に張り付いた。


「きっ貴様!」


 こちらの行動の意図を察して声を荒らげるトボッロ。



「今度からは背後にも攻撃できる手段を用意しておくんだな」


 俺はそんなトボッロの言葉に的確なアドバイスを残しながら再度エルザへ向けて鉄杭を投げつけた。


「アーーーーッハッハッハッ!」


 今度は鉄杭を巨腕でガードしながらこちらへ迷い無く突進してくるエルザ。



「や、やめろ!」


 トボッロの制止の声も空しく、エルザはまた眼前で急カーブし、背後を取ると殴りかかってきた。



 俺は同じ要領で【張り付く】を解除してひきつけた巨拳をかわす。


 当然拳は再度同じようにトボッロの機体の背中へと命中し、勢いよく吹き飛ばした。



「加勢ご苦労さんっと」


【張り付く】を解除して落下中の俺は巨腕を繰り出して隙だらけのエルザ目掛けて【手裏剣術】で鉄杭を全力投球する。


「ア、ガッ!」


 鉄杭は鋭い勢いを殺さずエルザの額に深々と突き刺さった。



 額に鉄杭を受けたエルザは眼から生気が失われ倒れようとするも、上半身との接合部であるロボい部分がそれを許さず、中空を見つめるようにして固まって動かなくなってしまう。



 俺はエルザが動かなくなったことを確認し、トボッロが吹き飛んだ方へと視線を移す。


 エルザが操る金属巨人の拳を受け、仰向けに倒れたトボッロの機体はどうやら損傷が激しいため、起き上がることもままならないようで完全に沈黙していた。


 俺はそこへ一気に接近する。


 すると走り寄る俺の目の前で損傷が激しく安全装置が作動したのか、金属巨人の胸部装甲が勢い良く剥離する。俺が接近する中、装甲が剥離した部分からなまっちょろいトボッロの手がフラフラと生え、縁を掴んで外に出ようとしているのが見えた。


「終わりだっ!」


 俺は機体に肉薄すると剥離した胸部装甲の隙間から片手剣を刺し入れ、中にいたトボッロを突いた。


「アガッ、グウアアアアアッ! グッ…………」


 剣を受けたトボッロの痛みを堪える声が響くも、しばらくすると何も聞えなくなる。中を覗きこめば薄暗い操縦席の中で胸元を真っ赤に染め上げたトボッロが力なく倒れていた。


「これで依頼達成か……」


 俺は動かなくなったトボッロを見ながら呟く。


 幸運に助けられた部分もあったが、なんとか巨人二体を処理できた。


 これで後は要塞から脱出して合流すればいいだけだ。



 それにしてもエルザはどうやって生き延びていたのだろうか。



 完全に消し飛ばしたはずなのに生きていたし、もしかしたら額を貫かれても生きているのでは…………。


 そう思い、再度額を貫かれたエルザを見ると――。


「うお、グロッ」


 まるで夏場のソフトクリームのように生身の上半身部分が溶け出していた。



「どうなってるんだ……」


 俺には理解できない展開に着いていけず、呆然と立ち尽くしてしまう。





「うあぅううう」


 ローンクの命令を受け、赤肌の男の一人が言葉になっていない音を発しながらミックへと無造作に接近する。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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