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12 雫


「アーーーーハッハッハッハ!」


 見慣れた上半身が体を盛大に揺らしながら笑い散らす。



「……勘弁して欲しい特化に加えて、心の底からいらない特典が付いたな」


 ぼやく俺の目の前になぜかエルザが再び現れた。



 前回同様金属の巨人の首部分に生身の上半身がついている状態で……。


 今回はロボの腕は四本ではなく二本しかなかったが、それでも面倒なことに変わりは無い。



 それにロボの腕の数は減ったが、太さが増し増しになっていた。


 特に肘から先が異常に膨らんでいる。


 あんなもので殴ったら地面にクレーターが出来そうだ。



 ……それにしても妙だ。


 あの時、確かに俺は爆弾でエルザを消し飛ばしたはずなのに眼前で笑い続けるそれはピンピンしていた。……一体どうなっているんだ。


「そんな邪険にしなくてもいいじゃないか。じゃあ行くよ?」


「こぉお! ろぉお! すぅう! アーーーーッハッハッハッ!!!」


 二体の金属巨人が俺へと狙いを定めるようにして構えを取る。



「まじか〜……」


 俺は額に手を当てながら買った覚えのない通販商品が二つも届いたことに溜息をついた。


 二体を前にした俺は異世界にクーリングオフ制度がないことに心の底から嘆いた。





 なぜか途中から見張りがいなくなり、簡単に目的の部屋の前まで辿り着いたミックはドアノブに手をかけようとする。


「ばれてるな……」


 博士の部屋へと通じる扉のドアノブを握ったミックは険しい顔でそう呟く。


 それは直感に近かったが中にいる人物はこちらに気付いているという確信があった。


 このまま入るべきか一瞬の迷いが生じる。



「早く入ってきたまえ」


 そんなミックの思考を読んでいたかのように室内から声が聞こえた。


 多分、声の主は標的の一人である博士だろう。



「そう言われちゃぁ、仕方ないな」


 ミックは意を決して扉を開き、中へと入る。


 そこは想定していたよりもずっと広い空間だった。



 部屋の隅には申し訳程度に机や本棚もあるが、何もない空間の方が大半を占めていた。



 多分、この部屋でも大規模なテストなどができるように大き目のスペースを確保してあるのだろう。


 そんな部屋の中央に白衣を着た男が立っていた。


 男はミックに品定めをするような視線を送り、思案顔を見せる。



「ふむ、どうやら数人潜り込んだようだが、君たちはシュッラーノ国の囚人とかかい? 減刑を餌に鉄砲玉にされたのかな」


 男は腕組みしながらミックの素性を予想する。



 話しかけてきた男の声は部屋の外で聞いたものと同じだった。


 その声に聞き覚えは無かったが男の容姿に関しては資料を通して知っている。


 白髪が混じる壮年の男、やつれたような顔は間違いなくターゲットの一人であるローンクだ。



「どうだろうな」


 ご丁寧に事情を説明する気のないミックははぐらかすような返事をする。


「まあ、話すわけないか。誰かが警備を退かせたせいで面倒事が増えてしまったが仕方ない。ここは捕らえてじっくり聞くとしようかね」


 わずらわしそうな表情を見せるローンクが片手を上げると奥の物影から複数の男が現れる。



(……あれは)


 奥から現れた男達の姿にミックは見覚えがあった。



 現れた男達は一様に肌が赤く、それぞれ頭部のどこかから角のような物が生えていたのだ。そして開かれた双眸は瞳と呼べるものが無く、真っ白でどこを見ているか分からない。



 どこか虚ろに歩く様はモンスターを連想させる。


 それらはミックが以前工場で戦った者達に酷似していたのだった。



「さて、前はやられたが今回はどうなるだろうな」


 男達を見ても表情を崩さないミックはそう言いながら動き易いようにジャケットを脱ぎ、ベスト姿になった。


「彼らのことを知っているのか。まあいい、その辺りも含めて詳しく聞くとしよう」


 ローンクはミックが手下のことを知っていたことに興味を示す。


 そんな会話をしている間に赤肌の男達がローンクの下に集い、携帯していた武器を抜く。



 ミックは男達を見据えると両腕を曲げて前に出し、右手は自身の顎下、左手は少し前にやり肩より少し高い位置で止める。両足は肩幅ほど前後に開き、両膝を軽く曲げ、右踵を軽く上げた。


「シュシュッ。そう上手くいくかな?」


 調子を掴むためか、その場で軽くステップしながら息を吐きつつ数回空を打つ。


 素振りを終えたミックの口元は余裕を示す笑みが形作られていた。



「ふむ、素手で戦うつもりのようだな。これはいいサンプルがとれそうだ」


 ミックの仕草を見て興味深げに呟くローンク。



 室内に独特の緊張感が生まれ、いつ戦闘がはじまってもおかしくない一触即発の空気が漂いはじめる……。



 と、その時――


「って、なんだ? 水漏れでもしてるのか」


 ――ミックの首元に何かが落ち、ビクリと身を震わせてしまう。



 手で拭いとって見てみると、首がじっとりと濡れているのが分かった。


 どうやら水滴が丁度首に落ちたようだと考え、ミックはそう呟く。



「君は失礼なことを言うな。我々の施設にそんな不備があるわけがないだろう」


 その言葉を聞いたローンクは不機嫌そうな顔をしながらミックは睨みつけた。


 どうやらこの施設に対して相当の自信がある様子で水漏れなどありえないといった感じが語気から伝わってくる。


「そうか? 悪かったな」


 原因などどうでもいいと思ったミックは適当に流す。



「分かってくれたのならばいい、ここは完璧なんだ。……水滴一つたりとも落ちたりはしないんだ」


 腕組みしながら満足気に頷くローンク。だが、そんな自慢の施設に水滴一つとはいえ、自分の予測し得ない事態が起きたことには納得いかないようで、原因については気になる様子。


 たった一粒の水滴によって高まった緊張感に水を挿されてしまい、妙な雰囲気になってしまう。二人はどちらからというわけでもなく、お互いに顔を上げて水漏れの原因を突き止めようとする。



 するとそこには――


「あら? バレてしまいましたね、ヒャヒャ」


 ――体のラインがはっきりとわかるラバースーツを着た女がいた。



 女はまるで床に寝転ぶかのように脱力した姿勢で天井に張り付いていたのだ。


 その口からは常時舌が出されており、そこを伝ってミックの首に何かがしたたり落ちたのだろう。



 二人の視線を受けた女は隠れる意味もなくなったと判断したのか天井からするりと降りてくる。


「……水漏れじゃなかったのか」


 天井から降りてきた女と濡れた革手袋を交互に見つめるミック。



「当然だろう。この施設は完璧だ。どうやらそれは唾液のようだね」


「なるべく想像しないようにしていたのに丁寧なご指摘をどうも」


「何、こう見えて私は親切なんだ」



 女を挟んだ形でミックとローンクの会話は進行する。


 が、そこで女が口を開いて会話に割り込んできた。



「あのぅ、お取り込みのところすいません。で、ここは一体何なのでしょうか?  ヒャヒャ」


 二人を交互に見ながら肩をすくめてこの施設について訊ねる女。


 その表情からは本当に此処がどういった施設なのか分かっていない様子が窺えた。



「知らずに来たのか?」


 呆れた顔で女に尋ねるミック。



 そして突如現れた乱入者である女の姿をまじまじと見つめる。



 女は地味目の眼鏡をかけており、短めの三つ編みが両肩に垂れ、まるでボディペイントかと思わせるほどぴったりと身体に張り付いたラバースーツのようなものを着込んでいた。そして常時舌を出しているその顔を見てミックはその人物に見覚えがある事を思い出す。


(確か……パトリシア、だったか?)


 パトリシア――、少し前に工場破壊の任務で同行したメンバーだ。


 ミックは早々にエスケープしたため、工場でパトリシアがどういう行動をとって最終的にどうなったか知らなかった。だが、この状況で親切に正体を明かす必要もないと判断し、自分のことは黙っておくことにする。


 このタイミングで現れたため、てっきりシュッラーノ側と関わりがあるのだろうと予想したミックだがパトリシアの話を聞く限りそんな様子も無く、肩透かしをくらった気分になってしまう。



「知らずに……、というか偶然標的を見つけて後を着けたのですが、一瞬目を放した隙に女と入れ替わってしまいまして……。何とか苦労して内部へと侵入したら今度は警報が鳴り出して困っていたところに標的と同行していたあなたを再発見したといったところです。ヒャヒャッ」


「なんだそれは……。こちらとしては非常に迷惑な話だな。帰ってくれないか?」


 パトリシアの事情を聞いたローンクは顔をしかめて帰れと言い出す。


 確かに何のゆかりもない人物が訪ねるにしては今夜は立て込み過ぎていた。



「え、俺も迷惑なんだけど」


 それに同調するミック。


「なんとも淋しいことを言ってくれますね。ですがここで帰るという選択肢はあり得ませんね」


「なら、お前を排除して彼を捕らえるとしようか」


 パトリシアは二人の言葉を受けても意に介さず、自分のペースで物事を進めていく。諦めたローンクは女を処理してから本来の目的を果たそうと決めたようだった。


「それは困りましたね。なんとか必死に抵抗しないといけませんね」


「よし、協力してくれるなら標的の場所を教える。誰だ標的って?」


 敵の敵は味方という可能性を考えて交渉を持ちかけるミック。


 うまくいけば戦力増強のチャンスと考えての発言だった。



「君は仲間を売るのかい?」


 そんなミックの言葉を聞いて半眼で見据えるローンク。


 その顔は相手が一人増えたからといってどうにかなるとは思っていないのが一目で分かるほど、落ち着いていた。だが、仲間の情報を敵に提供しようとすることには意外に感じたようで、少し驚いている様子。


「ここで死ぬ可能性が減るなら当然だろ? その後のことは後で考える。で、誰だ?」


 ミックはローンクに返事をしながらパトリシアに先を促す。ミックはローンクの非難の目線も物ともせずにパトリシアを仲間に引き入れようとする。



「私の標的はケンタです。冒険者のケンタさんですよ」


「おお、知ってる知ってる。どこに行ったかも分かるぜ。でも教えるのはここが片付いた後だ」


 パトリシアはミックに促されて追ってきた標的の名前を告げる。ミックはその名を聞いて即座に首肯すると引き続き交渉を持ちかけた。


「別にあなたを放っておいても構わないと思うのですが……」



 パトリシアにしてみればこの場に用は無く、逃げればいいだけの話だろう。


 この施設のどこかに目的の人物が居るのは確かなので地道に探せばいいだけ。


 わざわざ、この場で戦闘までして得る情報に価値を見いだせていないようだった。



「この広い要塞で当ても無く探すのと俺の情報で一気に目的地まで行くのはどちらが早いかな? まあ、俺はどっちでもいいけど、すれ違わないことを祈ってるぜ」


「食えない人ですね。いいでしょう、協力しましょう」


 これだけ広いと入れ違いになることも考えられる、それなら目的地まで一気に進むべきなのも確かだ。


 ミックの言葉を受け、それもそうだと思ったのか、パトリシアは戦闘に協力することを即断する。



「その決断に感謝するぜ。じゃあ、改めてよろしく」


「こちらこそよろしくお願いします。ところでどこかでお会いしましたか?」


 パトリシアの協力に感謝し、改めて挨拶をするミック。


 そんなミックの声を聞いて何かひっかかりを覚えたのか、パトリシアは面識があるのではと尋ねてきた。


「いや、気のせいだろ? 自分で言うのもなんだが俺の顔を忘れることなんてあるか?」


「ええ、あなたの顔なら忘れることはないと思うのですが、どうにもそんな気がしましてね。ヒャヒャ」


 ミックの返答にそれもそうだと納得したパトリシアはそこで詮索を止める。



「まあ、人数が一人から二人に増えようとこちらの勝利は磐石なのだ。さあ、はじめようか」


 ミックとパトリシアの会話をじっと待ってくれていたローンクは二人の行動が決まったと判断し、再度手を挙げて後ろにいた男達に指示を出す。



「連携とか出来る人なの?」


「私は一人で何でも出来てしまう人ですね。ヒャヒャ」


 ミックはどう立ち回るべきか考えながらパトリシアに尋ねる。


 が、返ってきた返事は“構うな”だった。



「了解。お互い邪魔にならないよう暴れまわるってことだな」


「話が早くて助かります。ヒャヒャ」



 ミックがパトリシアにそれぞれが障害にならないように動きながら各個撃破をするということでいいんだな、と確認をとると了承が返って来る。ミックは返ってきた返事にがっくりしながらも、連携は当てにできないがそれでも相手が減るだけ増しと考えた。



「じゃあ行きますか」


 手にはめた黒い革手袋が軋んで音を立てるほど拳を強く握り締めるミック。



「なるべく早く済ませて下さいね? 後がつかえていますので」


 大振りなナイフを抜き、丹念に嘗め回すパトリシア。




 戦闘開始だ。





「どうなってるんだ……」


 目的の研究棟を目指すことに難儀していたレガシーだったが、ある瞬間から見張りがいなくなり、あっという間に博士の研究室前まで到着してしまう。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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