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10 潜入


 そして数時間の移動後、山頂ギリギリの地点に到着する。


 身を潜めて山の中央部分を見れば、自然の囲いをはみ出さんばかりの大きさの建物が姿を現した。



 事前にミックから聞いた通り、山の中央部分は削り取られており、特大のクレーターのようになった内部に大小様々な施設が密集しているのが見えた。



 なんとか目的地に到着したはいいが、まだ完全に暗くなっていない。そのため、ここで夜を待つことにする。


 俺達はしばらく時間を潰すため、思い思いに木にもたれかかって体を休める。



「じゃあ、ここからの指揮はよろしく頼むわ」


 腰を下ろしたミックが俺とレガシーの方を見ながら後は任せたと言ってくる。



「え、お前がしきるんじゃないのか?」


 俺としては依頼主の一人であるミックがこの後も指揮をとると思っていたため、驚いて聞き返してしまう。



「現地までの道案内はしたが、その後はお前たちに任せる」


「そうなの?」


 ミックは口に含んだ水筒を傾け、その中身で喉を潤すと再度同じ説明をしてきた。釈然としない俺は再度聞き返す。


「俺は単独での行動が多いから集団での指示には慣れてないんだ。それに俺の指示にそって動いてお前たちの持ち味を潰したら意味ないしな。俺があわせる方が動きやすいだろ?」


「まあ、確かにミックとは一度しか一緒に行動してないしなぁ……」


 ミックの言葉を聞けば確かに頷ける部分もある。


 俺達とミックで一緒に行動したのは兵器工場での任務だけだ。



 あの時ミックは偽装していたうえにほとんど役に立っていなかった。


 そのため、どんな動きをするのかさっぱり分からないので連携がとりにくい。


 それなら俺とレガシーの動きに合わせてもらった方がいいかもしれない。


「なら、ケンタ、お前が指示を出してくれ」


 俺が考え込んでいるとレガシーが俺に指揮を取ってほしいと切り出してくる。


「俺でいいのか?」


「今回の俺は冷静さに欠けているだろうからな。お前が適任だろう」


「分かった。基本時間に余裕あるときは相談して、緊急のときは俺の指示に従ってくれ」



 レガシーは今回の依頼で仇を討つつもりだ。


 そうなると感情的な行動に出てしまう可能性がある。


 そのことはレガシー自身も充分わかっているための発言なのだろう。



 となると消去法で俺しか残っていないことになる。


 俺自身そんなにうまい指示が出せるとも思わないので、無理せず二人にも頼る形で話を進めていく。


「問題ない」


「了解だ」


 俺の提案にミックとレガシーも頷く。



 というわけで、ここからは俺が指揮をとることになった。


 素人の俺に大役が回ってくる時点でこれから先の侵入は計画性よりアドリブが要求されるものになりそうだ。


(まあ、なるようになるか……)


 元々三人での侵入だ、し誰が指揮をとろうが無茶をすることになっていたのは間違いないだろう。


 早々に深刻に考えることを諦めた俺はレガシーとミックが見つめる施設の方へと視線を向ける。



 眼下に見える施設はデーレ地方で見た兵器工場よりは狭かったが高くて厚い塀があり、侵入は一筋縄ではいかなさそうだ。


 塀の中の建造物は大型の建物と小さな建物が細かく入り乱れるようにして多数存在し、それらが大規模な通路で複雑に繋がっているさまはまるで人体解剖図のようだった。


 数が多すぎるため、一目見ただけではどこが何の施設なのかはわからない。



 また出入り口となっている大きな門から舗装された道路が岸の方まで伸びているのも見える。あれを使って資材や人なんかを持ち込んだのだろう。


 そして少し離れたこの位置からでも塀の周囲を巡回している見張りがなんとなく見える。


「ここのどこかにあいつらが……」


 施設群を見下ろし、呟くレガシー。


「うまく中に入れたとしてもどうやってターゲットを探したらいいかわからんな……」


「親切な誰かに教えてもらうしかないだろうな」


 目的地に到着はしたがここからどうするか思案していると、ミックが捕らえて尋問しろと言ってくる。


 しかし俺はその方法に気が進まない。



 内情を詳しく知る人物をそう簡単に見つけられる自信がないのだ。


 ハズレを引いて二度、三度と捕まえていたらさすがにバレる。


 それなら一旦俺一人で潜り込んだ方がリスクが少ないかもしれない。



「俺が先行して探ってくるか……」


「一旦中に入ってまた戻ってくるのか?」


「一気に行った方がいいだろ」


 俺の呟きに反応したレガシーは疑問の声をあげ、ミックはさっさと行こうと言う。改めて二人の表情を見ると目的地を前に落ち着きがなくなっている気がする。


「……全員で一気に行くか」


 少し迷ったが二人の顔を見ていると一気に行った方がいいだろうと考えを改める。



 もし俺が様子見に行った場合、侵入する範囲が広いので帰って来るまでにかなり時間がかかるだろう。


 そうなってくるとレガシーとミックが痺れを切らして独断行動に出る恐れがある。特にレガシーはそうなりかねない。


 それなら三人同時に行って、お互いにフォローしながら進んだ方がまだ安心な気がする。



「やっぱり全員で一気に行くわ」


「ああ、これ以上待つのは御免だぜ」


「一人で行くより協力した方がいいって」


 俺の決定に二人が頷く。


 その後三人で話し合った結果、日が暮れた後もう少し距離を縮め、侵入しやすそうな場所を見つけて一気に乗り込む形で話がまとまった。


 …………


 そしてしばらく時間を潰し、夜になったところで俺達は移動を再開する。



「正面は警備が厳重だな……」


「どうするよ?」


 少し離れた崖から建物群を見下ろすも、かなり警備が厳重そうだ。


 特に施設正面は狼人間達がうろうろしているのが照明の影響でよく見える。



「側面に回るぞ」


 正面はかなり厳重に警備しているので少しでも手薄な場所を見つけるため、俺達は施設の側面が見える場所へと移動する。


 三人で一列になり、崖の上を身を屈めて進行し、施設の周囲を回る。


 側面へ回ると考えていた以上に警備の数が減りはじめた。


 元々クレーターの中にあるため、塀と山で二重の防壁になっているようなものなので内部に警備を集中しているのかもしれない。


 これならいけるだろうと判断し側面からの接近を試みる。



「俺が壁を登ってロープを渡す。お前らはそれを伝ってきてくれ」


 崖から降り、塀へと近付きながら打ち合わせをしていく。


 といっても俺が警備の隙をついて一気に塀を越え、ロープを渡して残りが続くというなんとも行き当たりばったりな内容だが……。


 危うさが残る作戦だがオカミオの街で見た狼人間達の行動を思い出す限り、それほど細かい思考ができる様子でもなかった。だから、目視で見つからなければなんとかなるだろうという判断だ。


 俺の言葉に無言で頷く二人を確認し、接近を続けると高い塀が見えてきた。


 周りに注意しながら木陰に隠れ、飛び出すタイミングを窺う。



「じゃあ、行くぞ?」


 後ろに居る二人に振り向いて確認を取る。


「おう、頼むぜ」


「登りきって準備ができたらロープを引いて合図を送ってくれ。それを合図にこちらも登る」


 短く返事をするレガシーに続いてミックが手順を決めてくれる。



 俺は周回する狼人間の隙をつくと【跳躍】と【張り付く】を使って器用に塀を登る。


 塀から顔だけを覗かせて眼下の状態を確認してみると見張りの男が手下の狼人間達を引き連れて丁度通り過ぎるところだった。内部は外部の周回とは違い、一人の人間が複数の狼人間を引き連れて見張りをしているようだ。


 見張りが丁度通り過ぎてくれたので俺はロープを垂らしながら一気に塀を乗り越えて内部へと入る。


 そして着地すると軽くロープを引いて合図を送った。


 するとしっかりとした抵抗が返って来る。



 それを合図に俺もロープを綱引きでもするかのように強く引いて安定させる。



 しばらくすると塀の上端からレガシーがひょっこり顔を出す。


 後はロープを伝うようにして一気に滑り降りてきた。


 それに続いてミックのも無事に乗り越えてくる。



「うし、じゃあ中へ入ろうぜ」


 無事塀を越えることに成功したので次は施設への侵入を試みる。


 とは言ったものの施設は多数存在し、どこへ入ればいいのか見当もつかない。


 やはりここは一番近くて大きい建物へと侵入すべきか……。



「待て、誰か来るぞ!」


 と、ミックが曲がり角の方を向く。


 そこには誰も見えなかったが演技をしているようにも見えない。


「え?」


 俺は慌てて【聞き耳】を発動させる。


 すると俺達が出した物音を聞きつけて、さっき通り過ぎた見張りが急に方向転換して戻って来ていることが分かった。



 何やら愚痴っぽく独り言を言いながらこちらへと向かってきているようで、距離感が掴み易い。


「もう戻れんぞ! 隠れる場所も側にないし」


「殺るか?」


「まだ中に入ってもいないのにここで痕跡を残すのは避けたいぞ」


 突然の事態にミックとレガシーが慌て出す。



「分かった。俺に任せろ」


 俺は混乱する二人を制して自分がやると告げる。


「大丈夫か?」


 レガシーが蛇腹剣に手をかけて聞いてくる。



「ああ、スキルを発動して見張りに話しかけるから適当に合わせてくれ」


 俺はそれを手で制して簡単な説明をする。


 ここはなんとか騒ぎを大きくせずに会話で切り抜けたい。


「分かった」


「頼んだ」


 俺の説明を聞いたレガシーとミックが短く返事を返してくる。



 二人に確認をとっている間に見張りが曲がり角の手前までやって来ていた。


 俺は慌てて【変装】を発動する。


 発動と同時に白い煙と稲妻が俺を包み込む。


 煙が晴れるころには私服姿のヘザーへと変身が終了していた。



「うお、すげぇ」


「その姿はこの間尾行した女だな」


 俺の姿に驚くレガシーとミック。


「ああ、これで話してみる。だめなら取り押さえるぞ」


 二人に説明が終わるころには見張りの男が曲がり角から顔を出すところだった。


 俺達は慌ててそれっぽい表情を取り繕う。



「誰だ!!」


 塀の側に居た俺達を見た男が怒鳴り声を上げ、こちらへと走り寄って来た。


 俺は以前見たベレー帽の女、ヘザーの口調を必死で思い出す。



「うむ、ご苦労。私のことは分かるかな?」


 こんな感じだっただろうか、と俺は手探りで見張りの男に話しかける。


「あ、え? ヘザーさん? なんでこんなところに」


「すまん、まだこの施設に慣れていなくて迷ってしまってな。戻りたいのだが案内してもらえないだろうか」


 男はヘザーの顔を知っていたようで驚きの表情を見せた。


 とりあえず内部へと侵入したいので俺はそれっぽいことをでっち上げる。



「え、ええ。構いませんよ。聞いていたより早い到着ですね? それに後ろの人達は一体……」


 案外上手く話が進んで行く。


 そういえば店で話しているのを聞いたとき報酬を貰いにここまで来ると言っていたし、見張りにも話が通っていたのかもしれない。



 変装が上手くいっているようで俺は怪しまれなかったが、男は後ろにいるレガシーとミックを見て警戒の表情を見せる。レガシーとミックは厳つい外見だし、適当なタイミングで護衛と言い張れば多分納得してくれるだろう。



「ああ、その事については移動しながらでも構わないかな? 少し急いでいてね」


「わ、わかりました。何か急用なんですね」


 だが、ここで話し込んでいては制限時間が過ぎてスキルが解けてしまう。


 少しでも前に進みたい俺は男を急かして移動しながら話す方向へと持っていく。



「しかしどこまで話したものか……、とりあえずお三方の内の誰かと面会したいのだが」


「分かりました、いつも通り皆さんは離れ離れで行動されているので中央の通信室まで行きましょう。話に関しては話せる範囲で結構ですよ」


 内部にいるターゲットまで案内してもらおうと話を振るも男は気を効かせすぎて三人全員と話せる手段がある通信室という所へ案内してくれるという。


 こちらとしてはその内の一人がいる場所に連れて行ってくれるだけで良かったのだが……。



 俺達は案内してくれる男の後に続き、正面から施設の中へと入る。


 所々で他の見張りに引き止められるも、その都度男が簡単に説明してくれるため、進行はとても楽なものとなった。俺はすれ違う見張りへ適当に会釈ながら案内する男や周囲の人間に気づかれない程度に辺りを見回し通路を進む。


 周囲を見渡すと広い施設内部は狼人間で溢れていた。


 様子を窺う限り、警備している者が大半だったが中には荷物を運んでいる者もいる。


 ミックが言っていた通り、ボウビン国へ攻め込む最終段階が近いようで広いスペースにはなにやら大量の武器類、移動に使うであろう乗り物などが整然と配置されているのが分かる。



 しかし、人の姿はまばらでほとんどいない。


 主要戦力は狼人間で、後方で指揮するのが人間になるのだろうか。



(っと、考え込みすぎたな……、何か返さないと)


 長考しすぎてあまり会話に間が空くと怪しまれると思った俺はそこで一旦考えるのをやめて案内する男に適当な言葉を返す。


「気を使わせてすまないね。実は今回の依頼があまりうまくいかなかったのだよ」


 確かアーカ地方の廃坑にも人を送ると言っていたのでその辺りがうまくいかなかったことにすればいいと判断し、適当に話を作っておく。核心部分については博士と会ってから話すと言い張ればなんとか持ちこたえられるだろうと思う……。



「依頼、ですか」


「うむ、依頼を受けた時点では問題なかったのだが、その後になって緊急の知らせが入ってね」


「それがお伝えしたいことなんですね」


「そういうことだ。詳細については通信室で同室して聞いてくれても構わないのでそれまで待ってもらってもいいかな?」


「了解しました。急ぎましょう!」


「助かる」


 男は俺の言葉を全面的に信じてくれ、話がスムーズにまとまる。



 しかも急いで行こうと向こうから提案してくれたため、怪しまれずに早足で向かえることになった。



 進行速度が上がった男の後に続いてしばらく進むと、通信室と書かれた扉の前に到着する。


「ところで後ろの方は?」


 扉を開けようとしていた男が振り返ってはっとした表情でレガシーとミックについて聞いてくる。


「護衛だ。こちらには連れて来たことがないので知らないと思うが、信用できる者達なので安心してほしい」


 レガシーとミックの方を向きながら簡単に説明する。


 二人も俺の言葉に合わせて頷き、男へ笑顔を向けて安心させようと試みる。



 ボウビン国から移動してきたのは博士たちだけではないらしいからレガシーのことを知っている奴が居るとやばいと思ったが、ここまでバレることはなかった。案外、レガシーのことはあまり認知されていないのだろうか。もしくは博士の側近的扱いで警備には参加していないのかもしれない。


「なるほど。ではこちらです」


 男は俺達の様子を見て納得したのか扉を開けて中へと案内してくれる。



 俺達は男の後に続き、通信室へと足を踏み入れた。


 中は何やら大小様々な機械が並ぶ狭い部屋で人間が数人せわしなく動き回っているのが目に入る。どうやら狼人間では手に負えない機械があるためか室内には人間しかいないようだった。


「すまない、助か……」


 俺が部屋の中央へたどり着き、ここまで案内してくれた男へ礼を言おうとした瞬間、全身から煙が発生し稲妻が走り出す。


 そして煙が晴れる頃には元の姿に戻っていた。



 ……制限時間が過ぎて【変装】が解けてしまったのだ。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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