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8 tai kick


 準備は万端だと紙袋に手を突っ込んでゴソゴソとするとミックはドヤ顔である物を取り出した。


「……どれだよ?」


 そんなミックを半眼で見据える俺。



「え、これを被るのか?」


 と、疑問顔のレガシー。



 自慢げに鼻を鳴らすミックの手に握られていたのは黒い目出し帽だった。



 目出し帽――いわゆる目と口の部分が丸くくりぬかれたように穴が開いており、フルフェイスで顔にフィットする伸縮素材の帽子である。正体をばらしたくないプロレスラーとか極寒の雪山で登山家が使うような奴だ。


 ドヤ顔ミックは早速レガシーにそれを手渡す。


 レガシーが困惑顔を示す中、ミックは目出し帽を鼻歌混じりに広げて自身の顔へと近づけていく。


「そそ、……こうやって、ほら!」


 ミックは説明するより実際に見せた方が良いと判断したのか、その場で目出し帽を被ってみせる。すると頭部が帽子によってすっぽりと覆われ、開いた穴から目と口だけが露出した状態となった。一応、顔の傷痕は隠せてはいた。


「おお、確かに! こうか?」


 完全に特徴を消せていることに驚愕したレガシーがそれに倣って早速目出し帽を被る。ミックと動揺に目と口元以外は完全に布に覆われ、顔の刺青は隠せた状態となった。



「“ほら!”でも、“こうか?”でもねえよ! 逆に目立ってるわ!」



 俺は目出し帽の隙間からつぶらな瞳を見せる二人を見て思い切りツッコむ。


「……ないですね」


 情報収集専門のフォグから見てもそれはありえないという判定が下る。



「完全に特徴を消せてると思うけどな?」


「だよな? まあ俺は目が隠せないからそこはサングラス的な物でもつければ問題ないはずだ」



 目出し帽を被り、目と口元だけ露出したミックとレガシーは二人して“どこに問題があるんだ?”という表情をしながら腕組みをする。



「特徴を消しても新たに目立つ特徴ができてるんだよ! あとレガシーはサングラスかけたら更に目立つからな!」


 どこからどう見ても“今から銀行強盗やります”ってスタイルの二人に全力でツッコミ続ける俺。



「こんな人に任せなければならないとは……、非常に心配ですね」


 ここまでやってきたことが最後の最後に瓦解しないかと見ているもののSAN値が減少しかねない程心配な表情を見せるフォグ。



「「なん……だと……!」」



 頭部が黒いニット地の布に覆われたレガシーとミックは驚愕の声を揃えて出す。


 が、目指し帽のせいでその表情ははっきりと分からなかった。



 ……多分驚いているんだと思う。


「どこからどう見ても強盗だろうが……」


 そんな二人を見て、俺は呆れ顔で指摘する。



「まさかこんなことで計画が頓挫するとは……」


 目出し帽を被ったまま額に手を当てて困惑の表情を見せるミック。


 その姿は目出し帽を被ったままストローなしでコーヒーをうまく飲む方法がないか真剣に悩む覆面レスラーのようで妙にシュールな空気が漂う。


「いや、ミックは変装しろよ」


「お前だって知ってると思うが、変装後の顔で捕まってたせいで顔バレしてるからだめだ。後、あれをやると眉が抜けるからお断りだ」


 以前ミックは工場で俺達を欺くほどの変装をしていたのでそれをもう一度しろと指摘するも、その顔で捕まっていたから駄目だと断られてしまう。


 どうやらあの変装はスキルによるものではないらしくメイクの類のようだ。眉が抜けるとか言ってるし、マスク的な物でも貼り付けていたのだろう。そうなってくると変装のパターンは一種類しかないのかもしれない。


「……俺一人で行くよ。お前らは店の前で隠れて様子を窺ってくれ」


「それでいくか」


「任せた」


 結局目立つ二人には待機してもらって、俺が店内で追跡することを持ちかけた。


 するとレガシーとミックが間をおかずに即答で同意してくる。



「お前らまさかとは思うが、はじめからこうやって俺に押し付ける気だったんじゃないよな?」


 少し気になった俺はジロリと二人を睨む。



「「……違う」」


 するとミックとレガシーは俺から目を逸らしながら声を揃えて否定してきた。


 ……目出し帽を被ったままで。



 カフェで同席した子供に“なんでそんな帽子被ってるの?”と聞かれて返答に困るタッグレスラーのような挙動をする二人を見ながら俺は深くため息をつく。


「まあいいか。で、どうすりゃいいんだ?」


「まず、着ける相手の顔を覚えてもらう」


 ミックが板に触れてタップすると潜伏場所の映像が消え、替わりに一人の女の顔が大きく表示された。


「こいつの会話を盗み聞きしたり、後を着けるわけね」


「そういうこった。この女、名前はヘザー。シュッラーノ国の人間で金欲しさに博士たちに自国の動向を教えたり、偽装の手伝いをやっている」


 目出し帽を被ったままのミックが映像を指して対象人物の説明をしてくれる。


 ……ミックはこのまま目出し帽を脱がないで最後まで説明するつもりなのだろうか。



 映像の女の顔はアップなので服装などは分からないが、キツい目付きが印象に残る。


 ……というか、どこかで見たような気がするが一体どこで見たのだろうか。


 どうも女の顔が気になって話に集中できない。



「あれ……、こいつどっかで見たような……」


 レガシーも女の顔がひっかかるようで腕組みして考え込む。


 ちなみに目出し帽は被ったままだ。


 ……気に入ったのだろうか。


 こいつらが目出し帽を被ったままだと喫茶店に篭城した強盗犯と人質みたいで微妙に気になってしまう。


 二人が俺に拳銃をつきつけて警察の包囲を脱出しようとする絵面が頭の中に浮き上がってくるもそれを振り払いつつ、板の映像を再度凝視する。


 名前には聞き覚えが無いが、その顔には見覚えがあるのだ。


 ……どこかですれ違ったのだろうか。


 俺はそこで女の鋭い目付きが引き金になり、おぼろげだった記憶が鮮明になって甦る。



「あっ、飛空艇に乗ってたベレー帽被ってた奴だ!」


 俺は映像を穴が開くほど見つめてやっと思い出す。



 映像の人物は俺達を飛空艇から何度も突き落としたベレー帽の女だった。


 どうして気が付くのが遅れたかと言えばベレー帽を被っておらず、結った髪を下ろしていたためだ。


 映像が顔のアップで服装が分からなかったというのもある。



「お、ちゃんと覚えてたみたいだな。こいつはシュッラーノ側の一番の協力者だな。金さえ貰えば割と何でもやってるみたいだ。この間も引き払った潜伏先をわざと見つけさせて注意を向けるために大人数を送り込んだりしていたらしいからな」


「あ〜、デスザウルス討伐に大量の三等市民向かわせて全滅したって奴じゃないのかそれ」



 どうやらこのヘザーという女は金のために裏切り行為を続けているようだ。


 デスザウルス討伐に失敗して大量に犠牲者が出たって話を以前、掃除屋から聞いたのを思い出す。



「そうだ。で、その後めでたく俺らがその工場に乗り込んだってわけだ。俺も先にその辺りの事情を知っていれば、あそこに行かずに済んだんだけどなぁ」


「情報が入れ違いになったのか? まあ、運が悪かったな」


 当時ミックはかく乱のためのおびき寄せとは知らなかったようだ。


 人数が少ない組織と言っていたし、伝達が間に合わなかったのだろう。


 そう考えると無駄に危険な目にあった分ちょっと可哀相な気もする。



「この女が色々とやっているのはシュッラーノ側も最近察知したようで、現在は博士たちの足取りを掴むために泳がされている状況にあります。その関係で今回の話も把握されているのです」


 どうやらヘザーは盛大にやりすぎたようで国側からもマークされているとフォグが補足する。


「なるほど……、つまり現場に行ってこの女に会う奴と俺達みたいに探りを入れようとしている奴を探し出せってことなわけね」


 俺はフォグとミックの詳しい説明を聞き、はじめにやる依頼の全容を掴む。



「そういうこった。その場で会話を盗み聞きするのと探りを入れている奴を見つけ出すのがメインだな。後を着けるのはしなくていい、別の方法をとる」


 あまり深追いはせずにその場だけにとどめるってことのようだ。



「いや、でも女の方は俺のこと知ってるだろうし、盗み聞きするって結構近寄らないとだめだから気付かれるんじゃないか?」


 だが俺はヘザーと面識があるし、そんな奴らの会話を盗み聞きするとバレちゃいそうだが大丈夫なのだろうか。



「お前達は一応正規の手段で二等市民になったから気づかれても問題ない。向こうもお前に気付いたとしても関わりあいたくないだろうから絡んでこないよ。うまくいかなかったら二人とも拘束しての尋問に切り替えるから気楽にやってくれて構わん。なるべく穏便に済めばいいなって程度の話だ」


 俺が不安を打ち明けるとミックがダメだったら次の手があると説明してくれる。


 後をつけなくていいというのはそういう意味だったようだ。


 安心させようと言ってくれた台詞だったのだろうが尋問の現場を見たくない俺としては一発成功したいと逆に緊張が高まってしまう。


「まあやってみるか。で、いつやるんだ?」


「今夜だ」


「今日かよ。かつかつのスケジュールだな」



 余り気は乗らないが他に選択肢もなく承諾する。


 これからの予定を聞くと今夜決行とのこと、多少時間が空くと思っていただけに少し驚きである。



「まあな。このままここで時間を潰した後、そのまま現地に向かう」


「了解だ」


「まあ、さっさと済むのはありがたいな」



 対象が現れる時間まではしばらくあるのでそれまではここで待機になるようだ。


 店の中は誰もいないし、案外気兼ねなしにくつろげそうではある。


 ミックの説明を聞いてすぐに事に当たれると分かったレガシーは深く頷きニヤリと頬を緩める。



「私はそろそろ時間なのでここで失礼します。皆さんの健闘を祈っておりますよ」


「うお、消えたよ……」


「なんとも不気味な奴だったぜ」


 大体の説明が終わったころ、フォグが次の任務に立つという台詞を残して姿を消した。こちらから何か挨拶をする暇もなく突然いなくなってしまう。


 そんなイリュージョンを目撃し俺達は自然と驚きの言葉を漏らす。



 その後、依頼の説明を聞き終わり、やることがなくなった俺達は夜までしばらく時間を潰すこととなった。


 …………


 そして、夜まで時間を潰し、カフェを出た俺達は目的の店の側へと到着した。



 その店は小さいながらも外観から一目で分かるほど高級感が漂っていた。


 服装で弾かれたりしないかちょっと気になるレベルだ。



「じゃあ、行ってくるわ」


 俺は物影に隠れて様子を窺いながらレガシーとミックにそう告げる。


 店の外から中を覗きこんでもう来ているか確認したいところだが、あれだけ高級感が漂っていると周囲をウロウロしているだけで不審者扱いになりかねないし、ここは一気に入店してしまった方がいいだろう。


「おう、まあ頑張れよ」


「何かあれば店を出て戻ってきてくれ」


 レガシーからエールを受け、ミックからはトラブルが起きたときの対処を聞く。



「ああ、何かあれば走って出てくるよ。で、上手く行けば普通に戻ってくる。お前らから来て欲しいときは頭をかきながら出てくるってことでいいか?」


 俺は考えられる可能性から合図を打ち合わせしておく。


「わかった。まあ、なんとかなるだろう」


「気楽に行け。全部失敗したら二か所を順に回ればいいだけの話なんだからな」


 レガシーとミックは俺の返事を聞いて深く頷いた。



「おう、じゃあちょっと美味しいものでも食ってくるわ」


 俺は二人に頷き返すと店へと向かった。



 服装でつまみ出されることもなく店内に入った俺は案内してくれる店員に気づかれない程度に辺りを見回しながら席へと向かう。


 そしてその過程であっさりとヘザーを発見してしまう。


 どうやら俺達が到着する前に店に入っていたようだ。


 ヘザーはこちらには気付いておらず、対面に座る男と談笑している様子だった。



 店員に案内された席はヘザー達の席から少し離れたが俺には【聞き耳】があるし問題ないだろう。むしろヘザー達に気づかれにくいのでその方が好都合だったりする。



 席に着き、注文を済ませた俺は早速【聞き耳】を発動させた。


 するとヘザーと男はまだ合流してから時間が経っていないようで、挨拶代わりに当たり障りのない会話を楽しんでいるのが分かった。テーブルの上にもまだ何もないので席について大して時間は経っておらず、本題には入っていない様子。


 俺はその状態を確認し、丁度良いタイミングで入店できたことに安堵する。


 後はシュッラーノ国側の追跡者を特定させれば大筋でことを成し遂げたことになる。


 まだヘザー達も本題に入っていないし、今の内に見つけ出せると一番いいのだが……。



 丁度ヘザーと男は注文した品が到着し、色鮮やかな酒を楽しみはじめた。


 お互いの品に対して色々と話しているのが窺える。


(さて、と。じゃあ炙り出しを先に済ませてからじっくり情報収集といきますか)



 俺はそう考えるとヘザーと男の会話へと注意を向け、ボソボソとアテレコをはじめた。



 ――それ、さっきバーテンが唾を吐き入れていたわよ


 男が持つグラスを見ながら目を細め、微笑を浮かべるヘザー。


 ――ああ、特別オーダーなんだ。他にも鼻水が入っているんだよ? 君もどうだい?


 グラスをヘザーの方へと掲げ爽やかな笑顔を向ける男。


 ――私の舌には合いそうにないから遠慮するわ。


 笑顔で自身のグラスを傾けるヘザー。


 ――そうかい? そういえば君のカクテルも見かけない感じだけどオーダーなのかい?


 男も自分のグラスを傾けて喉を潤すとヘザーのグラスへ興味の視線を向ける。


 ――あら、常連だけあってそんなこともわかるのね。そうよ、無理して作ってもらったの。


 ヘザーはふふん、と自慢げに笑みを浮かべる。


 ――へえ、じゃあ次はそれを注文してみようかな。どんなカクテルなんだい?


 そんなヘザーの表情に頷き、手に持つグラスへと視線をそそぐ男。


 ――牛の睾丸漬けと、獅子の睾丸漬けと、像の睾丸漬けをブレンドしたものよ。


 ヘザーは指を折り数えながら微笑む。


 ――おっと、それはすごいね。そんなものを飲んだら眠れそうにないな。


 男はハハッと笑うと、少し大仰に両肩をすくめる。


 ――残念だけどあなたは飲もうが飲むまいが今夜眠れることはないわ。


 そこで目を鋭くして男を見据えるヘザー。


 ――ハハッ、何のことかな……。


 ――フフッ、この後すぐ分かるわ。ところであなた、とても綺麗なお尻をしているわね?


 額から冷や汗を流す男へとねっとりとした視線を向けるヘザー。



 ――ブフォッ。


 俺のアテレコが滞りなく終わる頃、ターゲットや俺から離れたところに座っていた男がなんの脈絡もなく突然噴き出した。



 ……多分あれだ。



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